夢をみる 降り立った春の森の草木が、地面が、パキパキと音を立てて凍りついた。少し離れた地面に転がる男は微かに白い息を吐いているものの、手足の肉を食いちぎられ、腑を溢し、辺りに死の匂いを濃密に漂わせている。
事の成り行きはわかっていた。今目の前で死にゆこうとする男が我が館から帰った後に教会を破門になったことも、その後も馬鹿正直に全て話すものだから人間の扱いを受けなかったことも知っていた。愚かだ。あのとき、私の心臓を貫く好機を逃さなければ、教会やそこらの人間に馬鹿正直に全てを話さなければ、ボロボロの身体で“悪魔”を庇ったりしなければ。あまりにも愚かだ。
気づけば私は血溜まりに両膝をついて目の前の男に問いかけていた。
「このままではお前は死ぬ。まだ生きたくはないか、命を繋ぎたくはないか」
ああ、何故だろう。私はこの愚かな男を死なせたくはないのだ。
伸び放題の髪の間からのぞく男の目には正面から相対したあのときのような強い光はない。きっともう目の前にいる私の表情も見えていないのだろう。今の私にはその方がきっと良い。
「やり残したことはないのか。愛しいものはないのか」
信仰心など持ちあわせてはいないが、目の前の男に祈るような気持ちで血に塗れた手を取る。その手は人の体温を失いはじめていた。もう残された時間は少ない。
「憎いものはいないのか」
お前がこんな目に遭っているのは何故だ。そもそも何がきっかけでこうなったのか覚えているか?お前を誑かした“吹雪の悪魔”が憎くはないか?
「執着はないのか」
僅かな食料の礼として、残り少ない私物すら渡してしまったお前。ただ生きたい、死にたくない、それすらも望みはしないのか。
「一つでもあるなら、答えろ。生きたいのなら、答えるんだ」
モノでもヒトでも何でもいい。お前をこの世に引き留める理由を与えてくれ。
結果として、男の口からは生への願望が漏れた。それが忌々しい同類の仕向けたことだとしても、今回ばかりは構っている暇などなかった。
「受け取るがいい、クラージィ」
男、クラージィに覆い被さり、首筋に牙を立てる。そこにあったのはただただ安堵で、その先にあるものがどうだとか考えてもいなかった。だから、なのか。
血は止まった。傷もみるみるうちに塞がり、腑も元あった場所に収まった。それなのに、何故。耳や牙に変化が現れなかった。呼吸が、心臓が、止まっていた。握っていた指先に霜が降りていた。吹雪の力を持つ私にとっても冷たい身体だった。
どれ程の間呆けていたのか、周囲には雪が降り積もりっていた。朝日の気配に追い立てられるようにクラージィを抱えて館に戻った私は、地下室の予備の棺桶に彼を横たえた。人間の転化は素質によってそれぞれだと以前に聞いた。ならば、クラージィは。いつ彼が起き出してもいいように、その日は棺桶のそばで昼を暮した。
「早く目を覚ましておくれ、寝坊助な我が子よ」