「こんなところにいたんスね」
いつもは喫煙者の溜まり場である屋外の踊り場。紫煙はくゆらないが、繁華街特有の喧騒から細やかながら逃れることのできる静かなこの場所に、柘榴はひとりでいた。
「おやおや。これはこれは、カスミではありませんか」
「柘榴がこんな所にいるの珍しいッスね」
「ええ、まあ。ワタクシとてたまには、ひとりになりたい時もございますので」
そう言う柘榴の声には覇気が無い。いつもの彼ならこんな調子では決して言葉を紡がないだろうに。どうやら今夜は相当参っているらしい。
……何か悩み事でもあるのだろうか。気になるところではあるが、口出しをするのも野暮だろうと思いカスミは言葉を飲み込むことにした。代わりに隣に立ってただ黙って隣にいることにする。
「本当に、星が出ない街ですね」
「……そうッスね」
柘榴の言葉にカスミは同意する。都会の空に星なんてひとつも見えないのだ。この街では特に。
「……ねえ、柘榴」
「何でしょう?」
「何か、あったッスか?」
「何か、とは?」
「元気が無いように見えたスから」
「おやおや。ワタクシはいつも通りでございますが」
柘榴はいつも通りの笑みを浮かべる。しかし、その笑顔にはどこか陰りがあった。やはり何かあったのだろう。カスミは確信する。柘榴がこんな表情をするのは、決まって何か悩み事を抱えている時だ。
「俺にも言えない?」
「突然の彼氏面とはこれいかに?」
「茶化さないで。俺は本気で心配してるんスよ」
「……ふふ、それは失礼致しました。ではお答えしましょう。ワタクシはただ……今宵の晩御飯について考えておりました」
「え、晩御飯」
狐が笑ったような表情でケラケラ笑う柘榴にカスミは毒気を抜かれる。
「……は?」
「ですから、晩御飯について考えていたのです」
「いやそれは分かったッスよ。でも何でそれが元気無い理由になるんスか?!」
思わず大声を出してしまったカスミを柘榴はきょとんとした表情で見つめる。……まさかとは思うが、本気で晩御飯をどうしようかの理由であんな顔をしていたのか柘榴は。
「自分はてっきり……」
「ワタクシが落ち込んでいるように見えたと?」
「……そうッスよ。だから心配になったんス」
「それは……ふふ、それは大変ご迷惑をお掛け致しました。ですが、その必要はありません。もう解決しましたので」
そう言って笑う柘榴の表情はいつも通りだ。少なくともカスミにはそう見えた。ならばきっと、自分の思い違いなのだろうと思い込むことにした。
「……分かったッス」
「お気遣いありがとうございます」
そのまましばらく無言で向き合っていると、不意に柘榴が歩き始めた。
「では参りましょうか」
「?」
「晩御飯、カスミのおかげで決まりましたのでご一緒して頂ければこれ幸い」