「これ、人をダメにするクッションなんだよねぇ~~」
そんな訳のわからない事を言って萩原は最近買った正方体のクッションに一度身を沈めると
なかなか立ち上がろうとしない。
テーブルのあれこれ取っては勿論、俺がビールでも飲むかと立ち上がれば「陣平ちゃん、俺のもお願い♡」ときれいなウインクとハートマーク付きの甘い声で強請ってくる。いや、全然可愛くねぇし……
冷蔵庫から冷えたビールを二本取り出して部屋に戻ると相変わらず心地よさそうにでかいクッションにでかい身体を沈めて感触を楽しんでいる。何となくその姿が面白くなくて「サンキュ」と言って伸ばしてきた萩原の手を無視してわざと手の届かないテーブルの端に缶を置き、俺は自分のビールを飲み始める。
「ちょ、俺にもちょうだい」
「勝手に取れよ。冷蔵庫からは持ってきてやっただろ」
「届かない~~」
「知るか。呑まないなら俺が二本飲呑むから気にすんな」
「もー、陣平ちゃんのいじわる~~」
持ってきてやったのに随分な言われようだが、俺がこれ以上は折れない事を長年の付き合いで分かっている男はようやくクッションから重い腰を上げ立ち上がった。
長く整った指先て缶を取り、そのままクッションには戻らず俺の隣に座るとビールを呷り、満足そうに微笑むその萩原はさっきの胡散臭いウインクなんかよりもずっといい顔をしていて、悔しいけど見惚れてしまう。
「ぷはー、旨い」
「ビールの為なら立てるじゃねぇか、横着すんな」
「陣平ちゃんも座ってみたらわかるって。ほんと、居心地良くて立てなくなるから」
「……」
嫌そうな顔をした所で全く気にする事なくほらほら、と急かしてくる萩原に諦めのため息を一つ吐き、仕方なく腰を降ろしてみる。すると先程まで萩原の形に凹んでいたはずのクッションは中身の細かいビーズによってすぐ俺の身体に合わせて変形していく。沈み込み過ぎず、まるで全身を優しく包み込まれるような感覚に萩原の言っていた言葉を理解した。
「どう?気持ちいいでしょ」
「あー、確かに……これは立ちたくなくなるな」
クッションの効果なのか、先程飲んだビールのせいなのか、それともさっきまで座っていた萩原の温度が残っているせいなのか、ふわふわとした感覚が何とも気持ちいい。普段ビール一本で酔ったりなんかしないけど、クッションの安定感と安心感に気が緩んでアルコールの回りが早い気がする。そのままうとうとと眠ってしまいそうななった所で萩原に肩を揺すられぼんやりと目を開いた。
「気持ちは分かるけど流石にここで寝ちゃだめだよ?明日も仕事だし風邪ひくよ」
「……おう」
「立てる?」
俺を引き上げようと差し出された萩原の手を「いらねぇよ」と軽く叩いたものの、ずっしりと沈みこんだ身体はまるで根が生えてしまったかのように重く、持ち上げるのが辛い。腕に力を入れてもビーズの沼にどんどんハマってしまい身体を支えられない。そんな俺の姿を見てニヤニヤとしている萩原の顔は本当に楽しそうでムカつく。
「……手ぇ貸せ」
不本意ながらそう告げれば嬉しそうに笑って手ではなく背中と尻の下に腕を回して、抱きかかえるように起き上がらせてくれた。くそっ、全部こいつの思い通りになったみたいで一生の不覚だ……
先程までの浮遊感と眠気もあってうまく力が入らず、そのまま肩を借りてベッドまで運ばれながら「陣平ちゃんも気に入ったなら買ってあげようかと思ったけど、俺以外のものにそんな骨抜きにされちゃうのはジェラっちまうからお預けだね」と呟く萩原にバーカ、そんなの俺も同じなんだよ……なんて思った事はこいつには秘密にしておこう。