同じ 相手へ愛を問う言動はあまりしたくなかった。重い女みたいで気持ち悪いし、粘着質なのは柄じゃねえからだ。ただ、その時は色々あって何となく口に出してしまった。何気ない日常会話の一端として、平素を取り繕い口から吐き出した。
「お前、俺様のためならどこまでやれる。」
俺の質問にお前はしばらく目をぱちくりさせ、首を傾げては考え込み、え?と声を上げ、それでも何も言わない俺様に困った顔を向けた。なので、手本と本音を教えてやった。
「俺様はお前のために死ねるぜ。」
おちゃらけて言うつもりが、心からの本心であったせいで口角は上がらず低く呟いてしまった。 お前はまた驚いたように目を見開いた。
「やるってそういう殺るですか。」
突っ込むところはそこかよと思ってから、互いに口を閉じてしまった。そのままテレビを眺め、お前がちょこちょこ動きながら部屋の片付けをし、時計の長身が何周かしてから、静かな空間にお前の声が響いた。
「ずっと考えてたんですけどね。」
その声が俺の脳を侵すように浸透してくる。ようやく得られる答えに期待し心臓が跳ねるような硬直するような緊迫を覚えた。お前の唇の動きを待ちわびるように凝視した。
「あなたが望むのであれば、あなたを殺して生き続けます。」
言葉の羅列が、飲み込めなかった。
羅列自体を飲み込んだのは、それから数分後のことだった。
お前が、俺様を殺し生き続ける。
最初こそ、なんでそんなこと言うんだと腹が立ったが、言葉の羅列から意味を知った途端に、全ての臓器が腹底にずり落ちたような、絶望にも似た衝撃が走った。
あなたを殺した苦痛にさえ僕は耐え続けます。
あなたが望むのであれば、どのような苦痛にも耐え続け苦しめます。
いったいそれがどれだけ苦しく、罪悪に苛まれ、億劫であり足枷となり心と精神を蝕み自虐に駆られてもそれすら許されない、永遠に思える苦痛を死で終わらせることさえできない地獄であるか。
無理だ、俺様にはできない。
俺様はお前を愛しているから、お前を殺すなんて、ましてや殺した後も生き続けるなんてできっこない。
だがお前は、俺様が望むのなら耐えるのだと言う。俺様を愛しているから、そのような苦痛も受け入れるのだと言う。
同じ“愛してる”なのに、こんなにも違う。
殺すことに耐える愛か、殺せないと嘆く愛か。どちらの愛が大きいのか分からない。
何気ない会話のはずが、俺様の中を隅々まで黒く染めあげてしまった。それなのに、お前は作った料理を並べながら、俺様に「手を洗ってきてください」といつものように催促し、何気ない会話として終わらせてしまった。
手を洗いながら、水垢の取れた鏡を見た。
鏡に映っていた俺様は、笑っていた。