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    Hayawo3011Sk

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    安赤ワンドロ「目立つのは……」より

    それはなんの変哲もない月曜日の朝だった。
    特筆すべき点といえば今日の俺はフレックス出勤で、朝食は最近家の近くに出来たベーカリーで購入しようかと思っていたことくらいだ。憂鬱な月曜日の朝くらいゆっくりしてもいいだろう。
    「……重い」
    俺に抱き着くように回された恋人の腕を遠慮なく押し退けて起き上がる。
    恋人の零とはもう付き合って四年目になる。彼の腕の中で目覚める朝に純粋な感動を覚えなくなってくる頃合いだ。
    しかも昨日の彼は部下の結婚式だか二次会だかに参加して深夜にへべれけになって帰ってきて、その時点で寝入っていた俺に酷く絡んできた。よっぽど美味い酒だったのだろうが、夜中に突然「愛してるんです」「一生一緒に居たい」と酒臭い息でキスをしてくる男には愛しい思いよりもちょっとした苛立ちを覚えるのは仕方がない事だと思う。
    ここ数年でしっかりとウェイトを増やした逞しい腕を容赦なくシーツの上に落とし、俺はマットレスの上で大きく伸びをした。
    ぐっ、と背筋を伸ばし、体の隅々まで点検する。いまは大使館のFBI事務局で書類仕事ばかりをしているが、昔から沁みついた癖は中々抜けないものだ。
    「――?」
    そこで俺はようやく違和感を覚えた。
    左手の薬指、その第一関節。爪先の方ではなく、付け根の方。
    そしてそこに視線を遣ると
    「……――なんだ、」
    は、と息を吞んだ形で口の動きが止まった。呆気にとられている、そういってもいいかもしれない。
    三十七にもなって驚くことも減ってきたな、と最近思ったばかりなのに、その時の俺の感情は驚愕でしかない。
    「――――この……バカデカい、石は……」
    数秒、息を吸うことも吐くことも忘れて、遂に飛び出した言葉はソレだった。


    推定3カラット。完璧な形のブリリアントカット。華奢なプラチナの台座には不釣り合いなくらいに大きく光る永遠の輝き。
    手元に鑑別用の器具がないのでわからないが、これまで現場で見てきたから判る。これはジルコニアで作られた紛い物ではなく、それは確実に“ホンモノ”だ。
    突然自分の左手薬指に推定一千万円弱のものが嵌っている状況に唖然としながら、俺は朝日にキラキラと純粋に輝くそれを見詰めていた。
    「怪盗キッド……? いや、そんな筈はないが……」
    そんなあり得ない事さえ疑ってしまうのも仕方がないほどに、その宝石は俺の左手の薬指に嵌っているのは不自然な事だった。
    自分の骨ばった手に嵌った、ダイヤモンドのリング。平均的な婚約指輪が0.2~0.5カラットであることからすれば、恐ろしいほど大きな石がそのトップに鎮座している。自分から見える位置に刻印がないから詳細は判らないが、恐らく欧米のハイブランド製のものだろう。アメリカで捜査員をしていた頃ハリウッドに行けばこんなリングはよく見たものだ。
    だが、しかしそれがどうして俺の指に?
    「……零?」
    そういえば、昨日彼が酔いつぶれて絡んできたときに、やたらと俺の左手に執着していた。
    何度も何度も『僕もここが欲しい』『貴方を縛る何かが欲しい』と呟きながら、するすると俺の手を撫で、キスをし、口惜しそうに爪先を食んでいた。
    俺は眠たかったからそれほど彼の言葉について深く考えなかったし、彼が何をしているかまでは見ていなかったが、考えられるのはその時しかない。
    今も眠りこけている彼のほうをパッと振り返れば、相当深酒をしたせいか彼はまだぐっすりと眠っているが、その右手にはしっかりと本革で出来た指輪ケースが握られている。しかも指の隙間からは世界的な有名なハイブランドメーカーの刻印も覗いている。犯行現場はそのまま、証拠も犯人がしっかりと持ったまま。
    つまり、このサプライズは彼からのモノだという事だ。
    「……信じられん」
    只茫然と俺は朝日を受けてきらきらと輝く指輪と彼の寝顔を繰り返し眺める。
    今俺の隣で、お腹を一杯にして眠った子供のように満足げな寝顔をした男は、元来こんなふうにサプライズプレゼントをするような男ではない。
    知り合ってから十年、恋人同士として付き合うようになって四年。彼からの愛情はまごう事なく真実ではあったが、しかし今までに一回として彼の愛を確実な物質という形にすることはなかった。
    勿論これだけ長く付き合えばお互いに何かを贈り合う機会もあった。指輪ではないにしろ、いつも仕事で身に着ける時計や仕事着であるスーツ、革靴。ハンカチやネクタイという小物、彼が趣味にしている料理に使うキッチン用具。俺がよく読むミステリー小説。二人の間、それぞれのスペースに、十分過不足なく物はあった。しかしそのどれもプレゼント(贈り物)という形にはなっていない。
    全て零が「プレゼント」を嫌うからだ。
    零は一部こだわりの強いところがある。偏屈な性格なんだ、と自分でも自覚しているらしいが、その一つの中に「モノを上げる行為を厭う」というところがあって、それのせいで俺達は何かものをプレゼントし合ったことがない。
    だが、だからといって俺達の関係が世間一般の恋人関係として比較して冷えたものだということではない。彼は俺に何かをしたいときに手を掛けて料理を作ってくれるし、俺が彼に何かをしたいときはドライブに行ったり、彼が恥ずかしがるくらいに「愛している」と繰り返した。肌を重ね合わせるときは噎せ返るほどに濃い愛が二人の間を行き来している。二人の愛情に揺るぎはない。だが、それをモノという形にする事に零は否定的だった。
    昔、まだ彼と付き合い始めたばかりのころ、その理由を尋ねた事がある。
    その時の零は酷く孤独そうな顔をして、「モノはいつか壊れるから」と答えた。その言葉からは彼の壮絶な過去が伺えて、自分はなんて酷な事を彼に聞いてしまったのか、と暫く自分自身を酷く苛んだ。
    彼は過去に様々なものを失い過ぎたのだと思う。スコッチという親友に、警察学校で出来た友人。公安のゼロという役職は彼が彼自身が安心できる一所に留まる事を許さず、何か特定のものを持つことすら許されなかった。
    流動的すぎる場所に身を置き、他人から向けられる感情さえ本物か偽物か分からない時間が彼の価値観を変え、大切なものを失う経験を重ねてしまったことが彼の物質への信頼を削ってしまったのだ。
    加えて、彼は完璧主義でもあった。もし俺が彼に何かを贈ったとして、彼はそれをとても丁寧に大切に扱うだろう。だがそれが少しでも損なわれた時、それが例えば時間の経過による仕様のない劣化をしたとしても、酷く傷ついてしまうのだろうと思えた。
    だから、俺は彼に何か形あるものを贈ったことはない。そして常に50/50でフェアな関係でいる事を望んでいる俺も、彼から何かを贈られたことはない。
    時折彼が自分に形あるものを残せないことを申し訳なく思っているという意味合いの事を呟くこともあったが、そんな事は何も気にならなかった。
    何度も繰り返すが、何か形を伴わずとも俺達の間にある愛情は確かなものだった。
    「……それが、なんで急に、」
    きらきら輝くダイヤモンドは確かに目の前にあるのに、未だに俺は信じられない心地だった。
    正直に言えば、この指輪は趣味ではない。
    元々装飾品を付ける趣味はなかったが、もし指輪を付けたとしても、このデザインは選ばない。
    まず石が大きすぎる。アームが細いことは評価できるのに、それに乗っかったダイヤが明らかに大きすぎる。こんなに大きいと何をしても何かに引っ掛けはしないかとヒヤヒヤしてしまうし、どれだけ気を付けても細かい作業――例えば銃火器を扱うときなどは、引っかかってしまうだろう。それにどうしたってこんな大きなダイヤを付けていると目立ってしまう。これがハリウッドで煌びやかなオーラを纏った女優の指に嵌っているならまだしも、俺は男性でなおかつそんな煌びやかなものが似合うような外見をしていない。
    もしも将来零と揃いで指輪を嵌めるなら、と想像したことはあったが、その時も俺が思い描いていたのは石すら嵌っていない、シンプルでなおかつ存在感もあまりないシルバーかプラチナのモノだった。
    そして、零はそれが察せない男ではない。零自身も華美にも取れるこの指輪が趣味だとは思えない。
    それなのになぜ、彼はこの指輪を――しかも恐ろしく高価な指輪を、俺に突然贈ったのか。
    『――結婚、って……いいですね』
    昨日彼が参加した結婚式の招待状が届いた時、彼が呟いた言葉がふと頭をよぎった。
    『家族になれるって、羨ましいな』
    世界でどれだけ同性婚がスタンダードになっていったって、この国ではまだ自分たちのようなものは家族になることを認められない。世間以前に俺達の関係は俺の家族以外にもカムアウトしていないのが現状だ。
    だが、だからといってそれを不幸だと彼は思ってはいないだろう。ともに生活し、何かあれば支え合える関係を築いた自分達に満足していたし、結婚という形に拘らずとも、自分達は幸せだった。
    だが、自分に近しい人間が結婚したことをきっかけに、ふと『出来ない』ことに目が向いてしまったのかもしれない。
    「……零、君は」
    もう一度彼のほうを見る。
    結婚式用のドレスシャツは適当に前をはだけたまま、スラックスも脱いでいない。よく見れば肘には指輪のブランドのショッパーを引っ掛けたままだし、髪をセットしたまま寝たのか、変な寝癖が付いている。
    彼は普段、俺の前でこんなことはしない。
    フォーマルな服は家に帰ったらすぐにでもハンガーにかけて翌日にはクリーニングへ持って行くし、ベッドに入るのは絶対に身体を清めた後だ。ブランドのショッパーを肘に掛けたままなのも理解できないし、髪のセットをしたままなんて俺がやったら普段の彼は怒髪冠を衝く。
    自分が推理するに、昨日の彼は部下の結婚式に参列し、その人生至上もっとも幸福で祝福される瞬間に立ち会ったことで、何かのスイッチが入って暴走してしまったのだろう。
    俺の指輪のサイズがあるであろう海外ブランドのショップに入り、そしてトップの石が大きいものを購入した。そして渡す時のプレッシャーに負けないように、アルコールの助けを借りようと普段ならあり得ない飲み方をして酔いつぶれた。
    恐らく勢いだけで、その行動の間には何も思考を挟まなかっただろう。そうでなければそれまでの自分の宗旨を変えてまで、ここまで行動は出来ない。
    「――本当に、恐い男だよ」
    指輪は恐ろしいくらいに自分の薬指のサイズと合っていて、とても抜けそうにない。
    だから、もしかしたら零はいつかこうする事を考えていたのかもしれない。だが、ただ単に彼の目と感覚が鋭いからかもしれない。もしくは愛の力でサイズが分かったという線もあるかもしれない。
    この趣味が合わない、愛情の大きさだけを物語ったダイヤモンドはもはや暴力のようなものだ。これまでの二人の間で育ててきた配慮や懼れを全てぶち壊して、新たな局面を啓いていくものだ。
    そう思うと、途端にこれが愛おしくなってゆく。
    無遠慮なまでに巨大な永遠の輝きが酷く愛おしいものになっていく。
    「ん、あかい……?」
    「ああ、零、起きたのか」
    寝惚け眼をこすりながら、ふわふわとしたミルクティー色の髪が揺れる。ぱつんと張った褐色の頬がもにょもにょと何かを呟いている。
    あれが昨日、俺に『愛している』と言った。『一生一緒に居たい』と俺に許しを願ったのだ。
    どんな時も強く、強かな男が愛を乞うたのだ。意地っ張りで繊細な少年のような子が、自らの壁を壊して。
    「おはよう、零くん」
    「……あかい、」
    「勿論、――答えはYESだよ」
    俺はハリウッド女優もかくやというほどににっこりと笑って、まだ仄かにアルコールの香る唇にキスをした。

    その後、結婚指輪は二人で揃いのシンプルなものを買いに行った。
    あのバカみたいに石のデカい婚約指輪は、俺が職場に見せびらかす為に嵌めた以降、大事に仕舞って置いてある。

    #視線を奪う      ー了ー
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    Hayawo3011Sk

    DONE安赤ワンドロ「目立つのは……」よりそれはなんの変哲もない月曜日の朝だった。
    特筆すべき点といえば今日の俺はフレックス出勤で、朝食は最近家の近くに出来たベーカリーで購入しようかと思っていたことくらいだ。憂鬱な月曜日の朝くらいゆっくりしてもいいだろう。
    「……重い」
    俺に抱き着くように回された恋人の腕を遠慮なく押し退けて起き上がる。
    恋人の零とはもう付き合って四年目になる。彼の腕の中で目覚める朝に純粋な感動を覚えなくなってくる頃合いだ。
    しかも昨日の彼は部下の結婚式だか二次会だかに参加して深夜にへべれけになって帰ってきて、その時点で寝入っていた俺に酷く絡んできた。よっぽど美味い酒だったのだろうが、夜中に突然「愛してるんです」「一生一緒に居たい」と酒臭い息でキスをしてくる男には愛しい思いよりもちょっとした苛立ちを覚えるのは仕方がない事だと思う。
    ここ数年でしっかりとウェイトを増やした逞しい腕を容赦なくシーツの上に落とし、俺はマットレスの上で大きく伸びをした。
    ぐっ、と背筋を伸ばし、体の隅々まで点検する。いまは大使館のFBI事務局で書類仕事ばかりをしているが、昔から沁みついた癖は中々抜けないものだ。
    「――?」
    そこで俺はよう 4874

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