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    ななみ

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    ななみ

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    七夕ミラトリ話。ミラトリマンスリードロの奴を上げ直し。
    七夕とミラトリの『感情』を書きたかったけど気づいたら七夕にかこつけていちゃつくミラトリ日記になった話(タイトル)

    「……タナボタ?」
    「あ、それ知ってる! タナカラボタモチ! たしか……日本の言葉ですっごくラッキー! って意味だよな?」
    「棚からぼたもちの意味は概ね合っているがそもそもが違う、七夕だ」
    「「タナバタ」」
     聴き慣れない単語をついディノと声を揃えて復唱してみると、よほど自分たちがおかしな顔をしていたのかブラッドが小さくふ、と笑ったのが見えた。
    「ブラッド?」
    「ああ、すまない。これも日本の行事のことだ。7月7日のな」
    「って言うと……来週か」
     6月ももう今日で終わる。そういえば随分と日が落ちる時間が遅くなったな、とまだ明るい外をちらりと見やった。ほんの少し前ならもうこの時間は外は暗くなっていたはずだし、そんな外は少し肌寒くて歩くのが億劫だと思っていたのが早くも懐かしく恋しい心地だ。──いや、今は今で半端に暑くなってきた外の空気はそれなりに煩わしい。
     人のいない空き教室で3人揃って勉強会やつまらない話をする光景も、もうアカデミー最高学年となる今では珍しいことではなくなった。入学当時の自分に、お前はラブピ星人と完璧超人堅物様と一緒に勉強したり帰ったり、飯を食ったり休日に遊ぶ仲になるんだぞと言ったら信じてもらえないだろうし、逆に何を言っているんだ、もし事実だとしても騙されているだけじゃないのかと今のキースの方が心配されてしまうだろう。かく言うキースだって、今でもたまに信じられないのだ。
     その時、空調が突然ごおっと音を発し、その方をつい3人揃って仰ぎ見た。冷房は7月──明日から使えるようになると聞いていたが、先取りなのか全教室一斉試運転かなにかなのか今電源が入ったらしく大きな音で冷風を送り込んできた。特に暑かったわけではないけれど、冷風を浴びて心地いいと感じて初めて、今は少し暑かったんだなと自覚した。もさもさとした癖毛が顔に引っ付く季節は正直苦手で、その日々が近づいていることに少し憂鬱にもなった。それを知ってか知らずか、ブラッドは凛とした涼しげな音を鳴らす。
    「七夕自体は来週だが」
    「ん?」
    「リトルトーキョーで、今日から七夕飾りを設置するらしい」
    「……へえ」
    「今年からの試みだそうだ。あそこには日本から移り住んできた人も少なくない、きっと故郷の行事に皆懐かしむだろうな」
    「そうだな!」
     それはとてもラブアンドピースだ、と隣のディノはご機嫌にいつものポーズをしてからにひっと笑う。ブラッドはそれにまた少し気分が上がったのか饒舌に続けた。
    「それに、俺も画像で見ただけだが、七夕飾りは風情があって美しかった。……他の皆もきっと気にいるだろう。……だから」
    「よし行こう」
    「ディノ!?」
     話の流れとして最終的にそうなるとは思っていたが、やはりこの男は何につけても思い切りが良すぎる。ブラッドも自分から言いたかっただろうに──とその涼しい顔を見てみれば、案外あまり気にしていないようだった。結論が同じならどれが誰の手柄だろうが構わないような男だったことに今更思い至った。
    「先に言われてしまったな。……そういうわけで、今日はもう遅くて厳しいが、明日は休日だ。良ければ行かないか」
    「もちろんオッケー! な、キース! ……あ、ごめんな、もしかしてバイトとかあったか……?」
    「いや、明日はねえけど……」
    「よし、決まりだな」
    「いや待て行くとは言ってねえ!」
    「ん?」
     ディノの空を映したような色の瞳は不思議な魔力か何かを秘めているのか、まっすぐ見つめられて伺わられるとつい嘘をつくことができなくなってしまう。それにつられて明日は完全に自分も休みだと白状すれば、ならば決定とばかりにあれよあれよと話が進んでいった。止めようとしても、ブラッドの同じく何故か嘘がつけなくなる瞳をまっすぐ向けられれば、キースに逃れる術はない。『良ければ行かないか』は建前だ、こいつ絶対最初から3人で行く気満々だった。
     キースは特別意志が弱いわけでも他人に甘いお人好しなわけでもなく、むしろ人よりも警戒心は強いし面倒くさがりな方だ。それでもこの2人といるとついペースに乗せられて巻き込まれていく。いつかのブラッドも言っていたが、そんな先で起こった出来事はどれもこれも大切な思い出になってしまうのだから性質が悪い。そんなこんなでもう3人はワンセットとしてみられることが多くなり、いつのまにかアカデミーでも有名トリオとして名を馳せているのだからいよいよわけがわからない。人生、何が起こるかわからないとはよく言ったものだ。
     そして、こうして面倒くさがってみたり憎まれ口を叩いてみたりするものの──悪くないと思っている自分がいるのも確かだった。出会ってから最初の1年間程は自分が楽しいと思っている、なんてことを自覚して認めるのにもなかなか勇気が必要だったことを思い出して懐かしんだ。そこから抜け出したのは決意だの開き直りだのかっこいいものではなく単なる諦めに似た感情であった上、その葛藤でまた一悶着があったのはまた別の話だ。
    「……仕方ねえなあ」
    「やった!」
    「つーか、そのタナバタ、って結局なんなんだよ。飾りってことは何か? クリスマスみたいにツリーでも飾るのか?」
    「…………もちろん行事としての意味合いが全然違うが、飾る……という点では似ているな」
    「似てんのか!?」
     こうして、明日は3人で過ごすことが決定したのだった。


     1番最初は、裁縫の腕の上達を願って。そして、星の河で隔てられた愛し合う2人が出会えるように。エトセトラ、エトセトラ。
     ブラッドが分かりやすく語ってくれた、そんなステキな歴史や物語、言葉を並べて最終的にキースの記憶に残ったのは『短冊に願いを書いて笹に吊るせばそれが叶う』というおまじないのようなものだった。
    (よくあるやつだな……)
     よくあるやつではあるのだが、キースにとっては当たり前じゃなかった。他人に何かを祈る暇があるのならば、自分の力を使って生き残ることを考える方がずっと建設的だったからだ。なにせ、キースの元にサンタクロースが来たことはないのだから。
     目の前の級友2人は家族に愛されて育ってきたのだろう、リトルトーキョーへ向かうバスの中、上機嫌で話す2人の言葉は夢も希望も幼い頃から抱いてきた者の声だ──と、キースは思う。かと言って羨ましくは思うものの恨むことはない。そんなことはもう分かりきった上で一緒にいることを受け入れたのだ。
    「キース!」
     跳ねるような声を器用に抑えてディノがその名前を呼んだ。振り返ってみると、ぱっと春風のような暖かく柔らかい笑顔が咲いたのが見えた。その隣も、優しく眩しい月夜のような笑顔だ──本当に上機嫌だ、この2人。
    「短冊だけ書いて終わりじゃないぞ、飾りも作ろうな!」
    「お前は意外と器用だからな、楽しみだ」
    「意外とってなんだよ」
     曰く、ブラッドも知ってはいたが実際に七夕やその飾りに触れるのは初めてらしかった。それは確かにテンションも上がるわけだ。


     子供向けのイベントとばかり思っていたが、いざイベント会場へ向かってみれば思ったより大人や自分達と同じような年齢層の人間が多くて驚いた。そういえばこのイベントは今回が初めてだとブラッドが言っていたのだ、七夕というイベントが懐かしくて参加する大人も多いし、それこそ自分たちのように興味本位で遊びに来る人もそれなりに多いのだろう。大盛況、というわけでもないが閑古鳥の影も形もなくほっと安堵の息を吐いた。楽しみにしていたイベントがしょぼかった、なんてことは2人にとっては悲しいことこの上ないだろうし──なにより、これならば自分たちも浮いて悪目立ちすることはなさそうだ。いや、顔立ちが日系のそれではないので多少は目立つのだが、思っていたほどでないだろう。
     キースはいくつもある大きな笹と、お祭りに似たどこか浮き足立つような空気にそわそわと所在なく佇んでいた。ディノはこけそうになった子供を咄嗟に助け、その子に早速懐かれてお喋りをしているし、ブラッドは気付けばどこかへ行ってしまった。いつのまにかぽつんと置いていかれてしまったキースは手持ち無沙汰でその笹をただ見つめているしかなかったのだ。
     キースは周囲から少しだけ高身長な部類にあたる。まだもう少し成長期は続きそうなキースの頭よりずっと上に笹のてっぺんはあった。一般的な笹のサイズを知らないから何とも言えないのだけれどきっと相当大きい部類なのだろうこともなんとなくわかった。周りに幾つか立ち並んでいるがそのどれよりも目の前の緑は大きいのだ。さらに、こんなに細い幹や枝なのにそう簡単に折れる気配はなさそうな、生命力のようなものも感じて思わず気圧されてしまう。
    (アマノガワ、だったか)
     葉に触れようと瞬間、背後からいつの間にかいなくなっていたブラッドの声が聞こえてきた。
    「キース。……ディノは向こうか」
    「お、ブラ──なんだそれ」
    「色紙──今回は折り紙だ」
    「折り紙……紙を折って物を作る日本の遊びだったか」
    「ああ。その紙だな。今回はこれを切ったり繋げたりして飾りを作るそうだ。貰ってきた」
    「仕事早」
    「ほら、これが説明……冊子もあった。もちろん短冊もな。どちらからする?」
    「ウッキウキだな本当にお前……」
    「ただいま〜」
    「ディノ。ガキはいいのか?」
    「ああ、あんまり走り回るとと危ないぞってお話しただけだよ。寂しかったかキース?」
    「言ってろ」
    「否定はしないんだな」
    「うるせえ。……で、どれが何だって──何だこれ!?」
    「ハサミで切り込みを入れるとこうなるらしい」
    「なるのか!? ……ああまあ、なるか……」
    「頼んだぞキース先生!」
    「だ、そうだキース先生」
    「オレも初心者なんだけど!? というかお前らも不器用なわけじゃないよな?」


     それぞれ自分に近しい色で飾りをいくつか作って、まだまだ素っ裸のような笹にくくりつけた。これからこの笹はカラフルに彩られていくのだろうことを思うと、柄にもなくキースも心が躍り、同時にこの細い枝たちを心配した──これからも様々な飾りで彩られていくのだろうが、折れてしまわなければいいのだけれど。お手本のように綺麗なブラッドの紫、少し危ういところもあるが豪快なディノのピンクは目についたところにそっと吊るされた。(キースから見れば)可もなく不可もないキースの緑は隠すように吊るした。変なところに個性が出る物だと3人して笑った後、いざ、と短冊を前にしてペンを持つ。
    『卒業できますように』
     本気の願いなんて天に聞かせる気はないし、そもそもない。まあこれでいいだろう、それにしても自分にしてはなかなか達筆に書けたと気分を良くしてからブラッドの方に目を向ければ、そこに書いてある願い事も自然に目に入った。
    『ヒーローになれますように』
    「……お前、そんなの書かなくたってなれるだろ」
    「努力はするが、どうせなら願掛けでもなんでもするに越したことはないだろう」
    「そんなもんかね」
     しばしの沈黙の後、あー……とディノが潰れたような声を出す。何事だと目を向けると突っ伏していた彼はばっと顔を上げ、眉尻を下げて愛嬌のある笑みを浮かべた。
    「何書くか考えてなかった」
    「……考えてなくてもひとつやふたつ思いつくだろ」
     ディノは自分の気持ちに素直な方だ──彼の心のうちを全部知っているわけでもなければ、何割を自分が知っているかも分からないが、キースやブラッドと比べれば圧倒的にあれがいい、これがしたいをはっきり言葉にしている。それなのに、こんなところで躓くとはキースもブラッドも──ディノ自身すら予想外だったようだ。はは、と笑って続けた。
    「ううん、思いつきすぎて選べない。ピザのこともヒーローのことも書きたいし、おじいちゃんおばあちゃんのことも書きたいし、2人のことも書きたいし……」
     その言葉を目を少しだけ見開いた。自分の欲や目標、家族と並べてさらりとブラッドとキースのことも書きたいと言い放ったディノはやっぱり優しいを通り越してお人好しなのではと思う。自分がそんなに大事な物だと思われているのだと思うことは烏滸がましくていまだに素直に受け入れられないから、ディノが特別いいやつなのだと思うようにしているのだ。うーんうーん、ああでもないこうでもない、と1人で百面相をしていたディノは、ぴんと思いついたのかぱっと顔を綻ばせた。意気揚々と書いたその先は──。
    『みんながラブアンドピースで過ごせますように♪』
    「いつものじゃねえか」
    「いつものだな」
    「いやいや、ちゃんと考えていろんなことをまとめた上でのラブアンドピースだよ? 俺もブラッドもキースも、おじいちゃんもおばあちゃんも、もっと他のみんなも幸せになりますように──って」
    「……は、はあ〜……」
     ラブアンドピース星人、恐るべし。彼に出会って何度こう思っただろうか。
     3人が朝一に来た時は人が少なくて自由にあちこち行き来できたものの、だんだん人が増えてきていくつか置いてある作業台も埋まり始めた。やることをやったなら場所は開けたほうがいいと3人しててきぱきと片付けと掃除をし、そそくさと荷物をまとめて退席した。
     その時ディノに懐いていた少年がもう帰るのかと不満そうな声で見上げてきた。ありがとう、また来るよとディノはその小さな手と握手する姿を見て──こういうところがつくづく人たらしなのだと思う。その様子を見守っている間に、もう自分たちが使っていた机には10代前半あたりの4人組が陣取っており、ブラッドが早めに席を開けて正解だったなと相変わらずお堅い顔で柔らかく笑う。冊子を見て騒ぐその4人に頑張れよ少年たち、と心の中で小さくエールを送った。
     さて──短冊は書くだけでは成立しない。飾ってこその代物だとはブラッドの談である。うっかり書いた時点で満足しかけて昼食をどうするかの方に振れてしまった気持ちをなんとか呼び戻し、最後の仕事に取り掛かる。さて、どれにつけてやろうか──と考えるよりと先に、ディノがぱたぱたと先程自分たちが飾りを吊るしたそれに一目散に駆け寄った。さすが行動が早い、と一瞬思ったが自分がぼんやりしているだけなのかもしれないなと思い直した。
    「なあなあキース」
    「なんだ、ディノ」
    「肩車してくれないか?」
    「は?」
     子供っぽいやつだとは以前から思っていたが、斜め上の発言が飛んできた。意味がわからないぞと困惑を隠さず全面に押し出せば、ああ、とディノは笑う。
    「いや、こういうのって上に吊るしたらご利益ありそうな気がしないか?」
    「……はあ」
    「……確かに、相手は天だからな」
    「ええ……」
    「な、頼むよキース!」
    「……………………はあ。仕方ねえなあ」
     ディノがこの目になってブラッドが乗っかった場合のキースの勝率は限りなく低い。というよりは勝った試しがない。もう少し粘りたい気もするが、まだ笹の方に人が少ないうちにさっさと終わらせてしまう方が得策だと判断した。よいせ、と決して軽くはないその体を持ち上げてやるが特にぐらつく様子はない。ディノのバランス感覚がいいのだろうと、こんなところでも彼の才能の片鱗を感じた。どんなヒーローになるのかは未知数だが、もしも近接戦闘タイプになったら絶対に手がつけられなくなるな──と苦笑いした。
    「よし、オッケー。ブラッドとキースのも吊るそうか?」
    「いや、自分でやろう」
    「あーじゃーディノ、オレのも頼むわ。ブラッドが優しくなりますようにっつって。ほいこれ」
    「それは貴様が言動や態度に気をつければいいだけだろう」
    「そういうところだって。つか冗談だよ」
    「はは……っと。はい、つけた! ありがとう、おろして大丈夫だよ、キース」
    「はいよー」
     すとん、とディノが降りているその間にブラッドも目の前の枝に自分の短冊を括り付けていた。常に仏頂面で表情なんか一生かかっても分かるようにならないんだろうなと最初の頃は思っていたが、今ではそれなりに分かるようになった。つまりつまるところ、ブラッドは今日終始ご機嫌だったわけだが、この瞬間が本日の最高記録を更新したことを理解した。
    「さーて、昼メシでも食いに──」
     そう言って一歩を踏み出した瞬間、ふと視線に気付いた。
     その方向を見ると──小さな男の子が目を輝かせて3人を見つめていた。その手には少しシワの寄った短冊が握られている。
    「……乗りたい?」
     ディノがとことこと近づき、しゃがんで視線を合わせてキースを指さす。優しく問いかければ、男の子はぱっと顔を明るくして頷いた。よく見れば少し離れたところからこちらを伺う子供も何人か見える。
    「……昼食はしばらく後になりそうだな」
    「ええ……」
    「ヒーローの予行練習と思え、市民サービスだ」
    「無理があるだろ……」
     見た目と愛想は1番怖いはずだから大丈夫だろう、とたかを括っているが、1番高身長であるというだけでキースがモテていたのは本人だけが知らない。



    ───────────────────────




     キースとブラッドが天に流した願いは叶い、3人揃って無事アカデミーを卒業してそのままストレートでトライアウトに合格しヒーローの仲間入りとなった。ディノの願いは──何が起これば叶ったとカウントできるのか本人に聞いてみたところ、『みんな元気に楽しく過ごせたらオッケー! ラブアンドピース!』とのことだった。まあ本人がいいのならいいのだろう。
    「去年はキースモテてたなー」
    「アンダー9歳にな。しかもみんな男」
    「ヒーローとしては好かれて正解なんじゃないか?」
     あの七夕イベントは、去年が好評だったらしく今年はさらに規模を拡大して開催されるようになった。今年はブラッドが発案しディノが二つ返事で了承、しぶるキースを引きずって来た──ほとんど去年と変わっていない。
     せっせこと去年と同じように飾りを作っていると突然去年の記憶が鮮明になってくるのだから不思議なものだ。しゃきん、と少し切れ味の悪いハサミはきっと使い込まれているのだろう。少し力を入れる方向を変えてちゃきちゃきと手早く切り込みを入れていく。
    「子供の扱いが苦手な割には頑張っていたな」
    「分かったような口を……」
    「貴様のことは分かっている」
    「げー」
     乙女が聞けばときめきで死んでしまうかもしれない程の破壊力を持った言葉だが、キースはそうではないので呆れただけだ。良くも悪くも端的に話す癖があるブラッドはいつか言葉不足で大きな失敗や問題を呼びそうで心配になる。
     予算が増えたのか、今年の飾り用に用意されたのは柄のついたカラフルな和紙で、それを見たブラッドとディノの目は、それはそれは輝いていた。その和紙自体の美しさや楽しさはもちろん、去年の七夕イベントが大成功したという証拠であるそれがことさら嬉しいのだろう。かく言うキースもあまり可愛らしいものやきらびやかなものに興味はないはずなのに、物珍しいからなのかつい目を奪われたことに自分では気付いていない。これらが器用にも不器用にも形を変えて笹を彩って、それが月明かりに照らされたら──確かに、フゼイというものはあるだろう。今年はスタッフの勧めで折り紙の飾りを作ることになると、用意されている和紙の中でも特に派手なものをずいっと押し付けられた。新人とはいえヒーローが作った飾りだと宣伝すればこのイベントはきっともっと盛り上がる──と事情も見え隠れしたが、友人達が去年それなりに楽しませてもらったのだ、そのくらいの協力はしてやったもいだろう。そもそもヒーローは市民に貢献してなんぼな職業なのだ──それはどの地区の配属でも変わらない。──と、誰に言うでもなく言い訳をした。
     切り込みが終わりハサミを置いて、その紙の両端をつまんで引っ張った。みょーんと伸びたそれはまるでディノの好物みたいだと思ったが、本人がそう思っていないのに自分だけがそれを連想したのは悔しいから黙っていることにした。
    「キース先生、これここからどうするの?」
    「オレに聞くな、見ろ説明を」
    「てへ」
    「かわいこぶんな、かわいくねーよ」
    「ひどい!」


     去年のような大きい笹はどうやら手に入らなかったらしく、あたりに立ち並んでいる笹はみんなほとんど同じ身長だったが、その分なのか数はそれなりにあった。もしかしたらあの時目を奪われた笹もこのくらいの高さだったのかもしれないけれど、キース自身身長が伸びていたから視線から目測することは不可能であったし、去年のあの笹の具体的な高さを数値で聞いてはいなかった──おそらく、聞いたところで覚えていないのだろうけれど。
     こちらどうぞ、と上機嫌なスタッフに誘導されてついていけば、高さは他と変わりないものの横幅があるからか色が綺麗だからか、一際存在感を放つものの前に案内された。
     ヒーロー一年目。キースはもちろんブラッドもディノも慣れないことばかりで、市民に向けられる目を少し気にしすぎていたところがあった。
     故に──一般受けしそうな当たり障りのないことを3人揃って書いたのだった。それも大事な願い事には変わりないのだが。



    ───────────────────────



    「前来たのっていつだっけ?」
    「あー……ヒーロー一年目の時だったか」
    「そんなに前かあ……」
    「そうだな。周りの視線が気になってしまっていたことを覚えている」
    「ブラッドでもそうなってたのか……」
    「あの頃は若かったよな、俺たち。すっごくそわそわしてた……うわ、今更恥ずかしくなって来た」
    「まだ若いぞ、特にお前は。いつまで年齢確認されてんだよ」
    「されたくてされてるわけじゃないぞ!?」
    「30あたりまではされるんじゃないか?」
    「ブラッドまで!」
     3回目ともなると抵抗することもやめ、素直に引きずられて件の七夕イベント会場に訪れた。数年間来られない間にイベント規模は順調に大きくなり、小さな広場で行われていた七夕のイベントは、一つの通りを通して飾り付けられるほどに発展していたのだ。こんなに盛大にするものなのだろうか、もう少しこう、情緒とか──とキースも柄にもなく気になったが、まあ楽しいのはいいことだろう。友人の言葉を借りるならラブアンドピースとかいうやつだ。
     そして、その数年でキースたちにも変化はあった。3人の胸に輝く星がひとつ増えているのだ。さらにその顔つきも少年がまだ混ざっていたものから大人の男性のものへと変わり、加えてヒーローとして成長し自分の立ち方も見えて来たいま、こうして数年ぶりな場所を訪れると自分も大人になったものだと実感する。危ない事故や喧嘩、怪我に空回りはあったもののなんとかここまでストレートに昇格してこれたのだ、何もかも順調と言えるだろう。少なくとも、街中で名前を呼ばれて動揺したり大感激したりするようなことはもうない。有名人気取りかよ、と自分にツッコミたくなるがそうなってしまっているものは仕方がない──それでも、キースが名前を呼ばれることは隣にいる2人よりはずっと少ないのだが。なにせ相手は顔面偏差値トップクラスの男と、愛嬌偏差値が世界レベルの男なのだ。
    「天下のブラッド様が作った七夕飾りか。盗まれないようにしないとな」
    「天下を取った覚えはない」
    「そこじゃないと思うぞブラッド」
     周りの視線もどこ吹く風と、軽口を言っては軽口で反撃されたり本気で返されたりするのが心地良い。3回目ともなると流石に見慣れた短冊を前に、うーんうーんと悩む。市民に気を遣ってらしくない教科書のようなオネガイゴトを書く気はないけれど、休みが欲しいだのブラッドのお小言が減りますようにだの、欲望を素直に書きすぎるとおそらくディノとブラッドが面倒だ。
    「あー……前回は何書いたんだったか」
    「確か街の平和とか書いたよな」
    「公共の場に出すにふさわしいものを、と意識した記憶があるな……」
     そうして雑談をしていると、遠巻きに見ていた市民のうちの2人がおすおずと声をかけて来た──ブラッドとディノに。
    「あ、あの……ブラッドさん、ですよね?」
    「ああ、そうだが……」
    「やっぱり! この間のLOMで活躍されていたのを拝見しました……!」
    「ディノ・アルバーニ、だよな?」
    「うん? ああ、ディノ・アルバーニ! 好きな食べ物はピザ! 好きな言葉は、」
    「「ラブアンドピース!」」
    「……! にひひ、ありがとう!」
     ファン層にも個性が出るものだ。少し奥の方を見やると、10代後半の女の子がキースを模した可愛らしいぬいぐるみを抱いていた。それは手作りなのだろう去年のハロウィンにキースが来ていた衣装を着ている。少し気恥ずかしい。キースのファンはどうやら控えめらしく、遠巻きに見ているのに小さく片手をひらひらと振ってやればそれだけで嬉しそうに微笑んでいた。ファンサービスを積極的にやりたいわけでなく、むしろ恥ずかしいし面倒だしやりたくないのだが──流石にもう少し望んでも良いのでは、と思う。応援されていることは、まあ素直に受け取ることにしよう。
     1人話しかけたら次から次へと人が集まってくる。今日は七夕当日で、人が多くみんな浮き足立っているのも要因だろう。さらに言えば、ブラッドとディノはその顔面と愛嬌からAAにも関わらずそれなりの人気があることもきっと影響していることはすぐに想像できた。その2人と3人セットのように扱われるキースもそれなりに話しかけられはしたが2人ほど多くはなく、顔と体格が怖い上に愛想もあまり良い方ではないのだから仕方ない──と、図体がでかいなりに気配を消してゆっくりその場からフェードアウトした。

    「七夕、ねえ」
     今年はいいものが見つかったらしい、今のキースから見てもそこそこ大きい笹の前に立つ。ざあっと風が吹くと、周囲に立ち並んだ緑がしゃらしゃらと奏でられた。まるで一つの音楽のようだ──だなんて柄にもなく思ってから、今のはナシだと誰に言うでもなく弁明した。
     ふう、と見上げてため息ではない息を吐く。笹の向こうに見えるのは青空でも星空でもなく、灰色の空だ。あれから毎年この時期に思うことと、昔からクリスマスに思うことはほとんど同じものだな──ハッ、と自嘲するため息をこぼす。
     ──果たして自分は、願い事なんてかけていい存在なのだろうか。一度もサンタクロースが来たことがない自分は、きっとそういう星のもとに生まれているのに。
     先程の作業台からこっそり持ってきた短冊を近くの壁に押し付けて、きゅっとペンを構える。ただのボールペンだ、流石に壁に写ってしまうことはないだろう。1人で壁ドンの練習でもしているような滑稽な姿勢のまま少しの間思案した。
     最初は拒否したのに、2人の圧に負けて渋々ついてきた。
     2回目も同じで、拒否した側からまっすぐな瞳に射抜かれてすぐに折れた。
     3回目の今回は──誘われれば二つ返事で了承して、素直に引きずられてきた。
     1番最初の時からそうではあったけれど順調に絆されているな、と思う。そして考える。
     ──ああ、願いたいことは、ある。
     だが、自分は果たして神やら天やら星やらに願っても良い人間なのだろうか──そんな後ろ向きな考えが頭から離れない。生まれたその時から自分は天に見放されているのだ、あの父のようにろくでもない人間になるのだろうから当たり前か、と悟ったのはもう記憶に残ってもいないほど昔の話で、つまりそれはもうキースの考え方の根底にあるものだ。そんな自分なのにすでに十分すぎるほど、もったいないほどのものを手に入れているのに、これ以上なんて求めて良いのだろうか。ふと、今まで書いたことを思い出す。
    (無事卒業して、街はそこそこ平和で。なんだかんだ、叶って……んのか……?)
     もちろん、そこにあるのは天の力ではなくて自身やヒーロー、市民たちの努力だとも理解していた。それでも少しは──カチ、とペン先を出して短冊に押し付け、脳内のぐるぐるを眺めてみたが決心も諦めもつかない。そろそろ2人が謝りながらこちらへ来る頃だろうから時間はないのに、どうする、どうする。
    「キース! ごめんごめん!」
    「キース、俺たちも悪いが1人で勝手に行くな」
     その声を背中に聞けば、もう勝手に手が動いていた。
    「おー、すまんすまん」
     軽い調子で謝りながらさらさらと書き殴る。最後にサービスだとそれっぽいサインも添えてやった。ディノとブラッド、そしてジェイにサインのひとつやふたつ持っておけと考えさせられたはいいが、最終的に落ち着いたものはただの記名になったし書く機会はほとんどない。天だか星だかのバカップルよ、このヒーローの端くれの貴重なサインをくれてやる。だから、だから──。
    「ほい、すいーっと」
     緑の淡い光を纏った緑の短冊は、キースの手を離れるとその指先の導く通りに空へと登っていき、1番大きな笹の上へと消えていった。歩いてくる2人はぽけっとそれを見上げて見送っていた。
    「わあ、便利」
    「だろ?」
    「……結べるのか?」
    「先に輪っか作ったのを引っ掛けときゃ大丈夫だろ」
    「器用だな……」
    「というか、何て書いたんだ? 今書いてたよな?」
    「忘れた」
    「ボケるには早いぞー」
    「いいから。ほらお前らもさっさと飾れ。腹減った……なんか晩飯食ってこーぜ」
    「……そうだな」
     ブラッドはともかく、ディノならばヒーロー能力を使ってタン、と地面を強く蹴れば隠してしまったキースの短冊の位置まで跳躍して行って、書いてあることを読んでしまうのも可能なはずだ。それをしないあたりがディノだなあと思う。明るく前向きで人を引っ張っていけるよくわからない力はあるが、強引で無神経──ではなくて思慮深くて優しい人間なのだ。
     ふと、目の前にブラッドが腕を高く上げて短冊をせっせと括り付けているのが目に入った。ついそれが目に入って、書いてあることも読めてしまい、その内容に目を見開いた。
    「……お前、そんな可愛いこと言うやつだったか……?」
    「可愛い? AAへの昇格も同時期だったんだから、各々が努力したら自然とこうなるだろう。3人分のそれを祈願するとこの文が1番手っ取り早い」
    「………………ああ、お前は、うん。そういうやつだよな」
     何を当然のことを、と言いたげな表情で首を傾げたブラッドの、何故か見ている方が照れる文章から目を逸らすと、次はピンク色の短冊に特徴的な文字で書かれているそれも読めてしまった。3人とも自然と短冊にサインを書いてしまったわけだが、ディノのそれは1番凝っていて可愛らしいものになっているなと思う。彼の願い事も、なるほどこいつらしい──。
    「じゃあ夜ご飯食べに行こ! どうする? ピザ? この辺りのピザ屋はね──」
    「待て待てとりあえず一回意見を聞くことくらいしてくれ」


    『3人一緒にメジャーヒーローになりますように ブラッド・ビームス』
    『来年のタナバタは晴れますように ディノ・アルバーニ』
    『来年もまた3人で、ここに来れますように キース・マックス』


     それは全て、叶わなかった。
     

    ───────────────────────

     HELIOSの空中庭園の屋根の下、ざあざあと降る雨を無感情に見つめてから空を見上げる。それからわざとらしくふう、と息を吐いて空へと白い煙を飛ばしてやった。
     オリヒメだったかオトヒメだったか、とにかく星のバカップルは雨が降ると出会えないらしい。
    (……ハッ、ざまあみろ)
     八つ当たりだという自覚はあるが、思わずにはいられなかった。一年に一度の逢瀬が叶わない男女にこんなことを言えてしまうのだから、自分はやはりろくでもない人間で何か欠けているのだろう──そりゃあ、3回目にしてやっと書いた本音の本気の願いなんて叶えてくれないわけだ。
    「……いっそ、オレのは叶わなくてよかったんだけどな」
     キースの願いだけ叶わないならそれでもよかった。ブラッドの願いが、自分だけ仲間外れになったってよかった。それなのに、どうしてこうなっているのだろう。どうして今夜は、こんなに雨が降っているのだろう。
     空中庭園の奥へ目を向ける。今はちょうど陰になって見えないけれど、キースの視線の先にはロストゼロの殉職者の石碑があった。忌々しいそれの場所を、直接は見えなくても分かってしまうほどには気にしていることに自分で腹が立った。そこには、ただ今日が晴れることを祈っただけの男の名前が刻まれている。
    「……はあ」
    「ここは禁煙だと何度言ったら分かるんだ、キース」
     ため息をつくと、まるでそれに召喚されたかのようなタイミングでブラッドの凛とした声が聞こえた。決して高くて聞き取りやすい声というわけでもないのに、雨の中でもその音は美しく聞こえた気がした。
    「ブラッド。……いいだろ。こんだけ酷い雨なんだ、火事なんか起きねえし、起きてもすぐに消えるだろ」
    「そんなことはないし、そもそもそういう問題ではない」
    「へーへー」
    「……」
     沈黙が訪れた。もしここにもう1人いたならば、今からもう来年のことを話し出すことくらいはしたかもしれなかったが、そんなものはたらればだ。
    「今年は短冊は書いたか? 時間もタイミングもあっただろう」
    「書かねーよあんなモン」
     ろくでもない自分の願いなんて、やっぱり叶えてくれるはずがないんだから。サンタクロースも星もジャック・オ・ランタンも、ろくでもない人間から生まれたろくでもない人間に笑いかけることなんてあるはずがなかったのだと今更改めて思い知ったのだ。ああ、ジャック・オ・ランタンは関係ないか。
     これは八つ当たりで、ただ拗ねているだけであることも分かっている。それでも思わずにはいられない。
    (オレが烏滸がましく本気になっちまったから、星が罰を与えたんだろうな)
     キースの願いが叶わないように──調子に乗るんじゃない、ロクデナシと言うように。きっとブラッドとディノはついでに巻き込まれたのだ。そもそもそんなファンタジーを信じるタイプでも無いキースだ、そんなことありえないと分かっているが──どうしてもそう思わずにはいられなかった。
    「……そうか」
     俺は書いたぞ、と鉄の男は続けた。キースはその言葉を追うでもなくでもなくもう一度煙草を吸ってふう、と吐き出し、その行動をどう受け取ったのか深いルビーのような瞳も空を見上げる。
    「メジャーヒーローになるぞ、キース」
    「そうかよ。がんばれ」
    「無論、貴様も一緒にな」
    「……はあ?」
    「最善を尽くせば、昇格の時期は自ずと同時期になる。去年も言っただろう」
    「確かに言って、いや書いてたが……」
     それから2つか3つ程会話を続けるといつのまにかうまく言いくるめられなあなあになってこの話は終わった。ブラッドがどこまで本気か分からないが、今年は自分は願いを書けていないけれど、もしかしたら律儀に書いたブラッドの願いは叶うのかもしれないな──と頭の隅でぼんやり思った。
     そんなことを考えるために開けられた端っこ以外の全ての脳は、去年のことを思い出していた。あの時願わなければ、とあの楽しかった光景を何度思い出してもそんな言葉と後ろ暗い感情が呼び起こされる。キースは、ただ──。
    「クソッタレ。二度と、お前らには願わないからな」
     バカップルだか神だか月だか星だか知らないが──と雷まで鳴り始めた空を思いっきり睨みつけた。その横顔をどんな目でブラッドが見ていたかなんて、キースは知る由もなかった。



    ───────────────────────



    「キーィース! ブーラッ、ド! 2人揃って歩くなんて珍しいな?」
    「おっと」
    「ディノ」
     会議終わりたまたま行く方向が同じだからとブラッドと肩を少しずらして並べて歩いていたところ、トレーニング室の前でディノと鉢合わせた。メジャーヒーロー召集の会議という割にはあまり自分には関係もないし特に意見もない案件だったためどっと疲れたところに、ディノの少々テンションの上がっている呼び声は食べ合わせが悪かった。背中にドン、とぶつかってするりと2人の肩に腕を回してきたディノはいい匂いがして、トレーニング終わりのシャワーも浴びてきたのだろうことが見て取れる。
    「あれ、お疲れだったか? ごめん」
    「構わない。さほど疲れていないしな」
    「は、お前さっきの会議で疲れなかったのか……?」
    「はぁ、キース──」
     あ、これ説教が始まる声音だ。それを察したキースは無理やり話題を変えてディノに話しかけた。
    「そ、それよりもご機嫌だなディノ。何かあったか? 誰か捕まえてスパーリングでもしたのか」
    「! そうそう、たまたまオスカーとグレイくんがいたんだ! ちょっと付き合ってもらっちゃった」
    「……それはまた随分珍しい組み合わせだな。グレイか……」
    「グレイくんの戦い方も面白くて参考になったよ。単純にやりあうのは楽しかったしね。……っていうのもあるし」
    「あるし?」
     気になる言葉をそのまま繰り返して言葉の続きを促すと、AAAのヒーローはニコッと笑って答えた。
    「気づいたらもうあの季節だろ、七夕! その話をしたくってさ」
    「……」
     その言葉を聞いて、キースは自分の芯がスッと冷えていくのを感じた。
    「……そうだな」
    「今年も行くよな、リトルトーキョーの……あ、そういえば俺がいない間2人は──」
    「行ってねえし行かねえ」
     ぴしゃり。ディノの言葉を遮って出てきた言葉自体は自分の想像通り、狙い通りのものだったが声音は思ったものとは違うものが出てきた。もっと笑い飛ばすように伝えるはずだったのに、明らかな怒りと嫌悪の音が混ざってしまっていたのだ。その空気に当てられてか、ディノの腕はキースとブラッドの肩から外された。
    「……キース?」
     オリヒメとヒコボシはオレの願いを叶えないためだけに、お前に幸福を届ける義務を放棄したろくでもない奴らだ──そう言ってしまいそうになるのをグッと堪えた。根拠がないし、そもそもキース自身も本気で星にいるおひめさまを信じているわけではないのだ。
    「俺も、ディノがいない間は行かなかった。なかなかタイミングが合わなくてな」
    「……ブラッドも……」
    「……だが、久しぶりに行ってみるのもいいかもしれないな。……行くとしたら、スケジュール的に7日か。なんとか夜に都合をつけよう」
    「本当か!? ありがとう!」
    「俺は行かねーぞ」
     意思を込めて、かつ先程までじゃない程度の語気で告げると、ディノも黙り込んだ。なんだかんだディノに甘いブラッドも、ディノ側の目線になってキースを見ていることがわかる。──頼む、『そう』してくれるな、と祈りながらただ3人分の靴音を聞いて歩く。
    「……」
    「……」
    「……ダメか?」
     あ、これは負け戦だ。直感的にそう思ったがここは退くわけには行かないと食い下がる。
    「ダメだ。その夜はそうだ、えーと……飲みの約束がある」
    「嘘を吐くな。しばらく予定がないとぼやいていただろう」
    「ブラッド!!」
    「……キース、七夕嫌いだったっけ……?」
     しゅん、と垂れた耳が見えた気がしたがもちろん幻覚だ。だが、その幻覚もあながち間違いではないのだろう、と思う──この幻覚をそのつもりなく見せてくるのだからこの男は性質が悪い。ディノが『こう』なると──食い下がるモードになると、キースの勝率は1割に満たない。そこにブラッドの加勢が入ればもう勝利は絶望的だった。というよりも、勝ったためしがない。
    (……)
     ただ、少しだけおかしな気持ちになったのも事実だ。まるで、一番最初に七夕イベントに行くことになった、放課時間の空き教室を思い出す。いる場所はもちろん、それぞれの立場も姿も状況も違うけれど、まるであの時の再現のようだ。そう思えば、思わず口をついて答えていた。
    「……仕方ねえなあ」



     メジャーヒーロー様2人と、いろいろな事が──それはもう本当にいろんなことがあった上に復帰して、さらにそれを全て公表した話題のAAAヒーロー。しかも元からサンコイチで有名な3人が七夕の夜にリトルトーキョーに集った。俳優やミュージシャンでもない3人は変装も何もせずに行ったが、少しだけそれを後悔した。会場に着くや否や──いや、そこに行く道中からそれはそれは注目を集めてしまっていたのだ。人が集まって大パニック、には流石にならなくともあちこちから視線が集まるのは何度経験したって慣れそうもない──とキースは思う。ブラッドとディノも同じかどうかは分からないが。
    「凄いなー! 知ってはいたけど、やっぱりブラッドもキースも市民に好かれてるんだな。改めて目の当たりにすると、なんか俺まで誇らしくなる」
     にひ、と笑ったディノにブラッドもいつも通りの声音で返す。その声が少しだけいつもより機嫌がいいことに気づけるのは一体何人いるのだろうか。
    「ディノも自分が有名で人気があることを自覚しろ」
    「いやお前ら何褒めあってんだよ……」
    「キースもかっこいいぞ!」
    「ボードゲーム会社とのぬいぐるみコラボの案が上がっていたぞ、キース」
    「3人で褒め合う提案はしてねえ。あとそのコラボの話は初耳だ」
     すれ違う人たちはみんなこちらを見ている(そもそも高身長というだけで注目を集めている気がしてならない)上、何人かは握手やサインを求めてくるのを器用に捌く2人を後ろから見守りながら、自身も2人ほどではないほどの人数の対応をする。いつまで経ってもやはり気恥ずかしい。


     受付に行って聞いてみれば、ちょうど先程七夕飾りのための和紙は全て出てしまったらしく、今から補充も難しいと言われてしまった。きっと落ち込んだだろうブラッドは見事にそれを隠し通し、短冊を貰うだけして落ち着いた。
    「おーよしよしえらいぞー。よくだだこねなかったなー」
    「誰がこねるか。貴様じゃあるまいし」
    「オレを何だと思ってるんだよ」
    「万年酔っ払い、だが?」
    「うわ、反論できねえ」
    「あはは!」
     それは道中で早くもビールを一缶調達したキースを端的に表現した言葉だった。当然のようにブラッドは自分の手元に紫の短冊を残し、キースに緑、ディノにピンクのそれを手渡した。これはアカデミー生時代、最初にここに来た時から変わらないことだ。それから、何とか見つけた作業スペースに3人はそれぞれ腰掛けた。
    (──さて)
     どうするか。こんな紙切れ一枚にかける願いなんてもうない。むしろ、書くことでそれが叶わなくなるなんてそんなことはもうたくさんだ。もうオリヒメにもヒコボシにも期待はしていない──最初からしていなかったが、少しくらいいいかと思った瞬間に裏切られたのだ、むしろ嫌いの部類にあたった。
     かといって、来てしまった以上それを表に出して白紙で提出するいうのも良くないし、恨みつらみを書くなんて論外だという認識はさすがにあった。市民に絶対見られるのだからそれなりのものは提出するべきだ──とブラッドのお小言が始まってしまうだろうし、そもそもそんな拗ねた子供のようなことをするようなキースではない。
    (……まあ、禁煙が成功しますようにとか、そんなんで茶を濁せば──)
     そこまで考えたところで、ブラッドのどこか思い詰めたような声が聞こえた。つい背筋を少しだけ伸ばす。
    「……そういえば」
     2人に謝らなければならないことがある。そう神妙な面持ちでブラッドは切り出した。いつもより真面目な声なような気もする──と思いかけたがブラッドの語気はいつもこんな感じだったことを思い出す。
    「は?」
    「どうしたんだ、ブラッド……?」
     それはわざわざこんなタイミングで言うようなことなのだろうか。分からないことにはこちらも何も言えないからとりあえず言ってみろよと促せば、帰ってきた言葉にキースは言葉を失った。
    「短冊の書き方を、勘違いしていた」
    「え?」
    「………………は?」
    「すまない」
    「いや、謝られても……なにを? どう?」
    「これはもちろん、叶えたいことを書くものだ、それは間違っていない。だが、これは──願望ではなく、決意を書くものだと」
    「決意?」
    「ああ。例えば──走るのが速くなりますように、ではなく走るのが速くなるように頑張る、だと。ヒーローになれますように、ではなくヒーローになるのだと」
     ぽかん、と2人して空いてしまった口をしばらく閉じるのを忘れていた。ブラッドがカチッとボールペンをノックした音で我に帰る。
    「え、俺今までナントカしますようにってお願い書いてたな」
    「……」
    「ああ、俺もだ。……その辺りを調べきれていなかった俺の不覚だ……」
    「あ、あまり気にするなよブラッド?」
    「いや、言い出しっぺの俺がその辺りを失念していたのが悔しくてな……。調べが甘かったのが……」
     そう言うブラッドは本気でそのことを気にしているようだった。ギリギリと拳から音が聞こえた気がしたので2人がかりで止めた。確かに既に行なった3回分が全て方法が間違っていたので無駄でした、なんてオチになったのだから真面目なブラッドなら責任も感じてしまうだろう。
    「じゃあ、ブラッドが書いたヒーローになれますように、も。……ラブアンドピースも街の平和も──願いが叶ったんじゃなくて100パーセント俺たちの努力の賜物って事だな!」
    (前向きの化身か?)
     そもそも七夕にかける願い事程度に自分の全てを預けてしまうほどブラッドは現実が見えていない人間ではない。もちろんブラッド自身今までのことが全て七夕の力だとは思っていないだろうし、努力も怠ることなくし続けていたから、短冊に何を書こうとも結果はそれほど変わらないはずだ。それでも、それとこれとは話が別なのだ。
     ──そしてそれは、キースも同じだ。
    (じゃあこの4年間八つ当たりじゃねえか、オレ)
     最初からそうだという自覚も少しはあったが、改めて思った。星の川に隔てられた男女に対して悪態をついたことは一度や二度じゃなかった。少しでも自分のせいに、誰かのせいに、何かのせいにしないとやってられなかったのだから。
     ちらちらと道行く人の視線を未だ感じ続けているし、何人かは物陰からこちらをずっとスト──もとい、見守り続けているようだ。常日頃から戦いに身を置いたりそのための訓練をしている人間に対してそれは無意味だと気付かないのだろうか。特にこちらを害する予定は向こうにはないだろうから放っておくとしよう。まあ、少しくらいは──とひらひらと片手を緩く振ってやってから、ディノとブラッドに振り返るように促して2人からのファンサービスも分けてやることにした。
    (良かったな)
     自分には起こらなかった黄色い悲鳴を聞いた。すると少女たちの横にいた少年や、伝播するように大人からも控えめに、時には豪快に手を振られたのにも2人は律儀に返している。ディノはファンと一緒にいつものラブアンドピースポーズもしてやる高待遇だった。
     ──よし、狙い通り。
     2人が振り返った隙にキースは内心温めていた文章をささっと書いて慣れた手つきでさらさらとサインも付け加える。さらにそれを小さく折り畳み、緑の光を纏わせて、そのまま指も動かさないままそれをひゅるりと昇らせ、一番近くにあった笹のてっぺん付近、短冊が密集しているところに紛れ込ませるように近づけた。机に雑に置いていた人差し指を小さくくるりと回すと、小さくなっていた短冊はぱらぱらと開き元の長方形に戻る──思ったより折り目が残ったが、まあいいだろう。さらにつけられた糸もくるりと回転し、きゅっと笹の枝と強く結ばれた。緑の光を解除した時、目線を地上に戻せば、ふとどこかで見覚えのあるような少年とぱちりと目があった。何か言いたげな少年に人差し指を口元で立てたポーズを見せると、少年は悪戯っぽい笑みで同じポーズをしてこくこくと頷いた。他にも何人か見て気付いていただろうが、今のも見られたなら詮索されることはないだろう。そもそも既に脚立も撤去されている今、あんなに高いところに付けたら誰も見れない。あとは片付けのスタッフに見つからないことを祈るばかりだ。──それも見越して随分遠回しな書き方をしたがきっと伝わるだろう。わかりやすくはしているつもりだ。
     よいせ、とわざとらしくガタッと音を立てて立ち上がると、何事かとディノとブラッドがこちらを振り返る。
    「わり。短冊落とした上にビールもこぼしたわ。新しいのもらってくるのとなんか酒買ってくる」
    「……? わ、分かった」
    「まだそこまで酔いは回ってなさそうだが、気をつけろよキース」
    「わーってるよ」
     背中に感じる視線はなんだかつんと刺してくるようだ。こっそり既に吊るしたことに気づいたかどうかはともかく、今のこぼしたことが嘘なことはしっかりバレているだろうな、そう思うとついフッと笑ってしまった。


     そして、その15分後にそれらが飾られてからイベント会場の照明が落ちるまでの数時間の間、そこはちょっとしたフォトスポットとして賑わうのだった。
    『世界中ラブアンドピース☆ ディノ・アルバーニ』
    『街の平和を守る ブラッド・ビームス』
    『酒の量を減らす キース』
     


     あんなに賑やかだったリトルトーキョーから離れ、エリオスタワーに帰るため清々しいほどによく晴れた星月夜の下を3人で歩く。キースは空に向かってふぅー、と白い煙を吐き出し、その一部が目に入ってしまい、つい目を閉じてしまった。
    「何をしてるんだ……」
    「うるせえ……あー痛え……」
     再び目を開くと、目が潤んでしまっていて視界は少しぼやけていた。目頭を押さえて軽くその指を動かせば、だんだん景色が鮮明に見えてくる。ふう、と落ち着き一旦リセットされてしまった視界でもう一度空を見上げる。
     そういえば何だか今日はいつもより星が明るい気がする。雲ひとつない星空は高いビルによって狭まってしまっているけれど、本当はもっとずっと広いそこは、きっと一年に一度の逢瀬には抜群のロケーションだろう。──バカップルめ、今日は存分いちゃつくといい。


     神にも星にも、どこぞのカップルにももう願い事なんて掛けてやらない。お前たちが叶えてくれるなんて、最初から思ってなどいないのだ。
     だから──それなら、俺の誓いを見せつけてやる。せいぜいそこから──。
    「……ハッ、見てろよ」
    「何か言ったか、キース?」
    「いーや?」


     カラフルな短冊がいくつも飾られた笹の頂上付近。折り目だらけの緑色の短冊は、星明かりの下、さらさらと風に吹かれて靡いた。


    『大切なものを絶対に失くさない キース・マックス』
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