仙台に地方公演に行った兵摂がずんだシェイクを飲むだけの話 劇団の公演も安定し始め、俺たちは劇場での公演がない時期に地方公演へ出るようになった。新幹線に乗って地方都市を回り、数日間の短い公演を披露する。会場での調整に時間が取りにくいこともあって、そのほとんどは演り慣れた過去作品の再演だ。しっかりと役作りをし、演出面の打ち合わせを綿密に行い、もちろん芝居に手抜かりはない。ただいつもと違う特別な場所に来ているという面では、それぞれが限られた自由時間で何をするかということに思考を裂くのは致し方のないことだと思う。かく言う俺も例に漏れず、行き先が決まってからご当地スイーツの下調べに余念がなかった。
「こうやって一か所に集まってんのは便利だよな」
「ああ、欲しいモンはだいたい買えた」
「……まぁテメーは買い過ぎだけどな」
東北は宮城県、仙台。東京から新幹線で二時間弱という利便性からか、駅の中も多くのビジネスマンや観光客が行き来している。新幹線を下りるとそこが駅の三階、二階部分は在来線の改札があって、土産物と駅弁を売る店が一か所に集まっている。駅舎に接続する商業施設も大きく、こちらも中に入れば地元の名産品は簡単に手に入った。もちろん駅の一階にも飲食店や売店があるが、そう規模は大きくない。
萩の月、喜久福、三色最中に支倉焼――目に付いた名物を次々と買い求め、あっという間に両手は塞がってしまった。とりあえずホテルで試食をして、特に気に入ったものを帰りにもう一度買うつもりだ。
「で、なんだっけ。飲みてえって言ってた……」
「ずんだシェイクだ」
摂津の質問に思わず食い気味に返事をした。ふは、と小さく噴き出すように笑って摂津はスマホを取り出す。慣れた手つきで調べものをしたかと思えばぱっと顔を上げた。
「えーと……三階みてぇだな。ずんだ餅も売ってるってよ」
「新幹線の改札のとこか?」
「らしいわ。ああ、俺らが下りた方とは逆側か」
言いながら目の前の長いエスカレーターを上る。摂津が歩く方へついていくと黄緑色の外観が飛び込んできた。
「ここじゃね?」
ずんだシェイクと大きく書かれた垂れ幕に目を瞠る。その横に掲げられている、鮮やかな黄緑色の衣をまとっているのがずんだ餅らしい。
「すげぇ緑だな……」
見たことのない色の食べ物を前に思わず率直な感想が漏れる。
「材料、枝豆らしいわ。おっ、なんだよ。ずんだシェイク、テレビで紹介されたことあんじゃん」
数年前に毒舌で有名なタレントの番組で絶賛されたらしく、ひとときは行列ができるほどの人気だったそうだ。今は店舗も増えて人の数は分散されたが、やはりそのパッケージは駅の中を歩く女性の手に収まっていることが多い。
「ほら、持っててやるから買って来い。言っとくけどこれ以上荷物増やすんじゃねーぞ」
両手いっぱいの荷物を取り上げられ、送り出される。ほどなくして買い求めたものを手に戻ると呆れたようにため息をつかれた。
「……お前、人の話聞いてた?」
「ああ? シェイクは今飲むから空は捨てるだろ。こっちは部屋に帰って食う」
「だからノーカンってのはさすがに無理あっからな⁉ しかも自分の分しか買ってきてねぇじゃねーか!」
「なんだ、飲みてぇのか? 言わねぇから買ってこなかった」
「いや、そういう奴だよな。テメェは」
摂津の話もそこそこに一口啜る。バニラシェイクの中にすりつぶした豆の食感が残っていて、鼻に抜ける独特な風味は新鮮だが嫌いではない。シェイクと聞いて強い甘みを想像したが、思いのほかあっさりとして飲みやすい。人気があるというのもわかる気がした。
「ほら」
これなら甘いものが好きではないという摂津でも飲めるのではないか。思えば勝手に手が動いていた。
「なっ、」
「一口飲んでみろ。うめぇ」
ほとんど強引に突っ込むようにしてストローを咥えさせる。両手が塞がっている摂津は諦めたようにシェイクを吸い込んだ。
「ん、たしかに。そんな甘ったるくねーし」
近づいて伏せられた目蓋に揃う睫毛が、ごくりと上下した喉が、べたつく口元をぺろりと舐める舌が、妙に色っぽかったと思うのは俺もたいがい舞い上がっている。
馴染みのない土地で二人、それも宿泊場所からそう遠くない場所で、まるでデートをしているような時間は妙にくすぐったい。ぐい、と乱暴に腕を引く。
「あ、おい、急に引っ張んなっての! つーかテメェいい加減荷物持て!」
そのまま元来た方へ歩き出すと、背後から慌てたような摂津の声が追いかけてきた。