はじめてのエスコート「……デート?」
創一朗さんから出た言葉に驚いて、ぱちぱちと目を瞬かせる。だが、そんなあたしの様子に気づいたふうもなく、創一朗さんは話を続けた。
「せやねん。今度お偉いさんとこのお嬢ちゃんエスコートせなならんくてなぁ。ほんで、デートの練習相手探しとるんよ」
そ、そんなの、なんやかんやあって創一朗さんが気に入られて、お見合いして結婚するルートじゃないか。そんなのだめ! いや!
「あ、あたし! あたしがやります!」
そうだ、あれやこれとケチをつけて、創一朗さんにエスコートなんてできないってことにしなきゃ。そうじゃなきゃ、何処の馬の骨とも知れない女に創一朗さんが取られちゃう……!
「へ、ええのん? 俺、道丹ちゃんはそういうんいっちゃん嫌がるかと思ってたんやけど」
「い、イヤですけど! 創一朗さんにデートの練習付き合ってくれるような人いなさそうですし、仕方なくです!」
「そうなん? 助かるわ〜」
な、なんとか誤魔化せたかな? わかんないけど、これであたしと創一朗さんは出かけることになった。デートなんてわかんないけど……でも、漫画とかで読んだことあるし! きっと大丈夫……!!
「道丹ちゃん疲れてへん? もっとゆっくり歩こか」
「ほらおいで。車道側危ないからな、俺の隣に居とき」
「あ、あれ道丹ちゃんの好きなもんとちゃう? 見てこか」
──話が違う、と思った。普段の創一朗さんはヘラヘラしてて軽薄で、こんなふうに気遣いのできる人じゃないのに……! それとも、これが"デート"の練習だから? 普段あたしは、女として見られてない、ってこと……!?
おろおろと考えながら、創一朗さんの隣を歩く。背の高い創一朗さんは歩幅も大きいのに、今はかなりゆっくりと歩いてくれているようだった。
「(自分より歩幅の小さい人に合わせるの、大変なのに)」
あたしは背が高いから、その苦労を知っていた。それでもなお、この人は今そんなことを欠片も表に出さず、あたしに合わせてくれている。それが嬉しくて、同じくらい悔しい。
「(あたしだって、早く歩けるし)」
すたすたと先に行こうとすると、「どないしたん?」と言いながら創一朗さんが着いてきた。
「なんでもないです」
「ほんま? それにしては道丹ちゃん、怒ってるふうやけど」
そんなことない、と言い張るには、我慢の限界が来ていた。
あたしにとっては見ず知らずの女の人と出かける予定があって、その練習相手を探してるなんて、そんなの、浮気同然だ。創一朗さんにとってのあたしはただの"近所の女の子"でも、あたしにとっての創一朗さんは……。
そう思って振り向くと、酷く優しい笑みを浮かべた創一朗さんがそこにいた。
「なあ道丹ちゃん。無理してへん? 俺と出かけてから、ずっと様子変やで」
「それ、は」
「俺な、道丹ちゃんのこと大切やねん。そやから無理してほしないし、楽しいことしてほしい。なあ、教えてぇな。今日、しんどない?」
眉を下げて笑う創一朗さんに、胸が痛くなる。もちろんイライラしたし、ずっと「なんで創一朗さんが女の人と出かけるんだ」って思ってたけど、でも、同時に……
「た、楽しかったです、よ。創一朗さん、エスコート上手なんじゃないですか」
「……ほんま? 嬉しいわ……道丹ちゃん、わかりやすい子ぉやから、喜んでくれそうなことしとっただけやねんけど」
尻尾がふわふわ揺れて、耳がぴこぴこ動いている。本当に、可愛らしくて……思わず、抱きしめてしまう。
「おわっ!? ち、道丹ちゃん?」
「でも……あんなこと、あたし以外にしちゃだめです。あたし専用のエスコートじゃなきゃ……」
そこまで言いかけて、恥ずかしさで口を閉じる。でもそれを創一朗さんは許してくれず、指先であたしの唇をなぞった。
「なあに」
「ぅ……そうじゃなかったら、泣いちゃいます……」
こんなにも"おねだり"に弱い自分が情けなくて涙目になると、創一朗さんはけらけらと笑った。
「はは! そかそか。女の子泣かすんはあかんわなぁ。ほな、ずっと俺は道丹ちゃん専用っちゅうこって」
抱きしめられたまま、するりと頬擦りをされる。そのふわふわした毛並みに目を細めると、そのまま抱き上げられた。
「ひゃっ!?」
「こんまま帰ろか。最初とは違うエスコート、見せたるさかいな」