一等星、願いと共に 出会った頃は、お互いに「なんだこいつは」と思っていたような気がする。彼にとっての私は「冷血」だっただろうし、私にとっての彼は「粗暴」だったのだ。
……というのも昔の話。今は同僚として、仲良くしているつもりだ。この、ふわふわで、私よりずっと大きなオオカミのシリオン──フォン・ライカンと。
「本日の依頼は」
「護衛。襲撃の恐れ有り、だそうだ」
簡潔に内容を伝えると、ライカンは眉を顰める。
「……怪我をしないように」
「はいはい」
まったく心配性だ、と笑ってやるには無茶をしすぎた自覚がある。一度、縫うような大怪我をした時に何時間も説教をされたのをよく覚えている。
「(申し訳ないことをしてしまったな)」
常に冷静で思慮深い男が、あんなにも泣きそうな顔をするのは初めて見た。あれ以来少しは気をつけているものの、未だに心配はされている。
「いってきます」
「お気をつけて」
護衛の依頼と言っても、大抵は侍るだけのこと。時折羽虫を払い、謀り事を焼く程度は苦労ですらない。
聞こえが良いだけの消化試合。とはいえ、油断をするほど気の抜けた者でもないが。
「(まあ、依頼人に喜ばれるならそれはそれで)」
獲物を鞘に仕舞いながら考える。私は、こんなことをするために剣を取ったのだったか。本当に護りたいものは、もっと──
「ハリス?」
「……ん?」
気がつくと、ヴィクトリア家政の事務所に戻っていたらしい。ライカンがいつも通りの顔に心配そうな色を滲ませて、私を見つめていた。
「帰ってきてからずっと、上の空ですね。何かありましたか。あるいは、怪我でも?」
「し、してないしてない。ただ……昔のことを思い出してただけだ」
嘘は、言っていない。今間違った道を行っているとは思わないが……何か、引っ掛かりを覚えてしまうのだ。
「昔、ですか。あなたは確か言っていましたね。『この世の理不尽を消して、全ての人を護りたい』と」
「……よく覚えているな、そんなことを……」
我ながら子供じみた願い。だが、当時の自分にとってはそれが全てだったのだ。誰かがかつての自分のように理不尽に喘ぐことなく、平穏に生きることができれば……と。
「私は、あなたの言葉を忘れることなどありません。あの日の言葉は私の胸に強く響き、一等星の如く輝いておりますから」
よくもまあ、そんな歯の浮くような台詞を言えるものだ。とはいえその瞳は真剣そのもので、否定することも笑うことも憚られる。故に「そうか」とだけ返し、顔を逸らした。
「あなたの願いは、確かに子供のように無謀なのかもしれません。ですが、私はあなたならば成してみせると信じております」
「それは……光栄だな」
嘘偽りなく、そう思う。私の願いを笑わずにいてくれること自体が、夢のようだったからだ。
「ハリス」
「なんだ?」
ライカンは恭しく傅いて、ソファに座る私の手を取る。その行為に首を傾げていると、手袋を外されて素肌の手の甲に唇を乗せられる。
「わっ……」
「私は、あなたの願い……理想のために身を捧げましょう。あなたの願いは私の願い。あなたが望むことであれば、私は拒否をしません」
真剣そのものという瞳で、私のことを真っ直ぐに射抜いてくる。言葉が出なくなり、迷った末に、「よ、よろしく」とだけ返した。