化け狸「!?」
つい先ほどまで戦闘が行われていた空間。そこに入った瞬間、強烈な違和感を感じて浮世英寿は身構えた。彼自身は別の場所で戦っていたのだ。引き受けた敵をすべて排除したから、こちらに戻ってきた。ここでもすでに戦闘は終了していたようだが、何かがおかしい。
「…っ!ナーゴ!」
瓦礫の間に祢音が倒れているのを見つけ、思わず駆け寄る。幸い命に別状はないようだ。IDコアにも傷はない。
「何があった…?」
彼女の様子を確認して、すぐに周囲を警戒。ここには祢音の他に景和が居たはずだ。
辺りを見渡した英寿はすぐに、そいつの姿を知覚した。
「タイクーン?」
瓦礫の向こうに佇む人影は一対の武器を持ち、耳の付いたシルエット。徐に変身を解いたそいつは、まぎれもなく桜井景和の姿をしていた。しかし。
「誰だお前?」
知っている景和ではない。見慣れぬ黒いジャケットを纏ったそいつは得体の知れない気配を醸し出している。
「俺か?…ふふ…俺はな、世界平和を願う一般人だよ…」
間違いなく景和の声だ。だが喋り方がまるで違う。
「何をした。お前は、タイクーンじゃないのか?」
「あー?俺はタイクーンだよ」
声の端々にどこか寒気を感じる。
「違う。俺の知っているタイクーンじゃない。ナーゴを倒したのはお前だろ。アイツはそんなことはしないはずだ」
さっきから様子がおかしいのだ。普通、ライダー同士が互いを攻撃したら警告音が鳴るはずなのに、なにもない。運営は何をしている?おまけに目の前のこいつはなんだ?
混乱する英寿を前に、そいつはゆったりと喋り続ける。
「俺は、俺の願いを叶えたいんだ。だったらほかの参加者を蹴落とすほうが楽だろう?」
「味方だと思ってるやつを倒すのは簡単だよ。まぁ、こいつは嫌がったけどなぁ。」
こいつ、と言いながら己の胸元を指さす景和は薄笑いを浮かべる。
「俺のゲームへようこそ、不敗のデザ神。次はお前の番だ。」
「なるほど、タイクーン。お前はとんだ化け狸だったんだな…。いいぜ、相手になってやる。」
薄暗い空から大粒の雨が降り出し、新たなゲームの始まりを告げた――。