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    cho_kenjatime

    @cho_kenjatime
    吉良雛、🦆🐺、🥴🐺、晶♂フィとアレファを推して書くタイプのオタクです。

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    吉良雛本のサンプル⑤です。三章の中盤までです。ルキアと恋次の婚約報告な宴会での吉良と雛森です。

    吉良雛本サンプル⑤ 三章中盤 晩夏を越え、暑さを引きずりながらも暦の上では秋が訪れた。
     気温は易々とは下がらないが、からっとした空気は真夏のそれとは確かに違う。夏場の、外出を躊躇わせる日差しも、徐々に和らぎつつあった。
     同期から連絡が入ったのは、そんな季節だった。
     伝令神機を手に、ああ、もしかして、と雛森は温かな予感に口元を綻ばせた。
     真央図書館で偶然出会った、八番隊副隊長を歴任した女性死神達と別れて、夕暮れの街を歩く。
     祝いの席になるであろう宴会を前に、雛森の中には弾む心がある一方で、後ろ向きになる心があった。 雛森と吉良に対する周囲の反応を思うと、ほんの少し憂鬱がよぎる。
     藍染の目論みで一時的にとはいえ対立し、ただの同期という表現には収まらない関係となってしまった雛森と吉良。周囲がそれとなく関係調整をはかっていることに、申し訳なさを感じながらも有難く頼っている部分が、雛森にはあった。
     しかし、理性的に取りなしてもらえているうちは良くても、酒宴で自制心が緩んだらどうなるだろう。
     雛森自身は何と言われたところで構わない。今でこそ 護廷十三隊でもハラスメントの視点が設けられるようになったが、かつては若年層の女性死神という弱い立場に置かれていたこともあり、恋愛事情や性関係に踏み込んだ話題を投げかけられた時代もあった。そうした話題をいなすことには慣れている。
     吉良はその限りでは無いかもしれない。まして、肉体的には死んだ状態のまま復帰したという複雑な境遇となってしまった今、踏んではならないポイントは多く、話題選びには殊更気をつける必要があった。
     ——でも、全く触れないことが良い訳でもないんだろうな。
     他隊士が腫れ物に触るように自分に接していた頃を思い返す。
     雛森の前で藍染の話題は禁忌として扱われていた、あの頃。
     雛森が藍染の名を出すと、もれなく話し相手は狼狽や苦々しい表情を浮かべて、言葉を詰まらせた。
     怯まずに藍染の話題に触れたのは、平子真子が初めてだった。
     初対面だったのに、いや、初対面だったからこそ、触れられたのかもしれない。
     どんな手を使ってでも藍染を殺しておくべきだったと悔しげに零した、かつての藍染の上官であり、現在の雛森の上官となった死神。
     藍染との思い出を忘れる必要はないと言ってくれた人はいた。その言葉に救われたのも間違いない。 しかし、それらの体験を人に伝えられる言葉に整えて吐露できたのは、平子が藍染の話に触れ、受け止めてくれたからだった。この一件が無ければ、あのできごとを経て自分は何を得られたのか、真に理解し、糧とすることができなかったかもしれない。
     傷に手を当てるから、手当てという言葉が生まれたのだと、どこかで聞いた。それは心の傷にも当てはまるのだと、雛森は身をもって知った。
     その傷へ触れてほしいと、雛森が無意識に感じていたから成立したケースかもしれない。
     吉良の場合は————。
    「出たとこ勝負でいこう」
     頭を振って、雛森は小さく唱えた。
     起こるかわからないことに思い悩んで、折角の宴席を楽しめないのでは勿体無い。
     今夜の主役二人に想いを馳せて、雛森は貴族街へ向かう足を早めた。
     
     *
     
     宴に集った面々を誕生日席から眺める阿散井は、気が気では無かった。
     問題の両名を視界に納めて見比べながら、阿散井は考え込む。
     右手で猪口を呷り、左人差し指の腹で座卓を繰り返し叩いて歯噛みする。
     落ち着かない阿散井の左手を、真横から伸ばされた白い手の甲がぴしゃりと叩いた。
    「行儀が悪いぞ、恋次。こんな時くらい落ち着かぬか」
     顔を覗き込み、小声で嗜めるルキアに「おう、悪ぃ」と引き攣った笑顔で返す。
     隣に最愛の婚約者が居て、もてなすべき賓客を前にしても、阿散井の注意はつい友人二人のもどかしいにもほどがある関わりに向けられてしまう。全体を見渡せる席にいる分、なおのこと注意が向いてしまう。
     今日の席順は、主催二人の同期にあたる吉良と雛森が二人を挟む形になっても自然に思われたが、実際には阿散井の右隣に吉良、ルキアの左隣に山田という順になった。ルキアと親しい間柄である山田が着座するのも不思議ではなく、向かい合わせになる山田と吉良の関係も悪くない。絶妙な配置だった。清音と松本の間に座った雛森は、姉御肌の二人に引っ張られながらも祝いの席を楽しんでいる。
     宴が始まってしばらく経ち、それぞれ近くの席の死神とは自然なやりとりをしているが、吉良と雛森の間で会話に発展することは無い。時折視線を交わしても、すぐに他の死神と話し出したり、今は食事に集中しています、という雰囲気に籠ったりして、自ら話しかけようとしない。
     けれども、互いの発言の後に、どちらかが呼応する形で間接的に言葉を連ねるという不可思議なコミュニケーションをとっていることに阿散井は気づいた。
     例えば、雛森が店の晴れがましい内装に言及すると、吉良も続けて内装に触れる。また雛森が白哉の祝い方が微笑ましいと語ると、吉良もそれに追随する、というように。
    「こだまかよ」
     なんつう焦れったいやり取りだ。
     独り言を聞いたルキアが「何か言ったか?」と尋ねるのに首を振って返すと、阿散井は空になった吉良の猪口に酒瓶を傾けた。
    「ああ、ごめん」
     猪口を差し出して、吉良は軽く頭を下げた。
    「せっかくだ、満足いくまで良い酒飲んでいけよ」
    「お義兄さんに感謝だ」
    「俺にも感謝しとけ」
     わかってるよ、ありがとう、と酒で険のとれた自然な笑みで吉良は返した。
     そうやって雛森とも話せば良いだろ。阿散井はつい言いたくなる。
     吉良は単純に蘇生したわけではないと言うし、また何かしら後ろ向きに思い詰め、意図的に雛森との距離を空けているのではなかろうか。その一方で、雛森の提供した話題に便乗するのは「雛森くんを避けたり嫌ったりしている訳ではありません」という意図を暗に示すねらいがあるのか。
     仮にそうだったとしても、その試みは恐らく雛森を戸惑わせるだけで、何ら良い方向へ作用はしないだろう。現に雛森は物言いたげに吉良を見はするが、吉良は目が合ってもすぐに右隣の檜佐木や正面の山田の方を向くために、何も起こらない。元より吉良は雛森の反応には期待しておらず、自分が納得できればそれで良いという判断のもと、そう振る舞っていたとしてもおかしくはない。
     いずれも自分の妄想に過ぎないものの、考えるほどに阿散井はむしゃくしゃしてくる。
     阿散井とルキアの関係について、吉良と雛森は阿散井の想いを尊重し、関係を修復できるよう力を貸してくれていた。二人への恩返しなどと言ってはおこがましいが、今度は自分が力になる番ではないか。
     阿散井の知る限り、私用で吉良と雛森が対面するのは相当に久しいはずである。それこそ、今年の春は吉良の誕生日にも顔を合わせておらず、雛森の誕生日もまた然りといった具合である。
     せっかく二人が揃ったのだから、何かできないものだろうかと思いながらも、何分、人数も多いために迂闊な立ち回りはできない。良かれと思って阿散井が二人のどちらかを突こうものなら、便乗した面々が地雷を踏む藪蛇な事態に陥りかねない。仕掛けるとするなら解散前後を狙うべきか。
     雛森は難しいかもしれないが、吉良を連れ出すのは訳ないことだ。
    「ちょっくら便所行ってくるわ」
    「たわけ、言葉遣いに気をつけぬか! 貴様がそんな調子では、このような場を設けてくださった兄様に申し訳が立たぬではないか」
     ルキアに注意されるも、咄嗟に適切な言葉が出てこない。 
    「……花摘んでくるわ」
    「それもどうなんだい」
     酔いが回ってきて、だいぶ表情の和らいだ吉良がくすくすと隣で笑った。
    「吉良と花摘んでくるわ」 
     手間が省けたとばかりに、阿散井は母猫が仔猫を運ぶが如く、吉良の襟を掴んで無理やり立ち上がらせた。
    「——僕と⁉︎」
     近々夫婦になる二人のやりとりを微笑ましく見守っていただけなのに、よくわからない事態に巻き込まれて、吉良は素っ頓狂な声を上げた。
     阿散井と吉良を見て、観衆から一斉にどっと笑いが起こった。
     既に箸が転がっても可笑しくてたまらない者が続出しはじめているせいもある。
    「恋次! 貴様酔っ払っておかしくなったのではあるまいな⁉︎」
     突然吉良を乱暴に外へ連れ出した阿散井をルキアが慌てて止めようとする。
    「正気だから安心しろ、すぐ戻る」
     そう言いながら、阿散井は「ちょっと、あの、阿散井くん!」と困惑している吉良をぐいぐいと引っ張っていく。
    「新妻を置いて男とお花摘みたァ太え野郎だな阿散井ィ!」 
    「寄り道しても最後は朽木のところに帰ってきなさいよう」
     背中越しに好き勝手に言われながら、阿散井と吉良は廊下へと出て行った。
    「だから、二人とも品の無い冗談言うなってば。ごめんね、こんな調子で」
     綾瀬川は斑目と松本を非難すると、斑目にかわってルキアへ頭を下げた。
    「悪ぃ悪ぃ。ま、阿散井は気が利くし、吉良が調子崩してたのに気づいて連れ出してやったんじゃねえの」
    「そうでしょうか……? 私は吉良副隊長に変わったご様子は無いように思ったのですが」
     ルキアは首を傾げて、連れ去られる前の吉良の姿を思い返していた。
     十一番隊二人組の向かいでは、ゲラゲラと笑う面々の中、不釣り合いとも言える穏やかな笑みを雛森が浮かべていた。
    「吉良くんと阿散井くんがあんな風にしているの、久々に見ました。なんだか学院生時代を思い出します」
    「確かに……恋次は昔から何かと吉良副隊長に無体を働いていたような。そもそも私と恋次が吉良副隊長とお会いしたのは、入学式の日に恋次が吉良副隊長のご両親の墓石に落下したのが最初ですし……」
    「どんな状況よ、それ!」
     阿散井が吉良を連れて行った時から笑いが収まっていない清音が、更に腹を抱えて苦しげに引き笑いをする。 
     これを皮切りに、霊術院時代トークに花が咲き始めた。
    「なんだかんだ、お前らの代とは一年しか被ってねえんだよな。これの件があったから印象強えけど」
     檜佐木は自身の頬の傷をなぞって示した。
     以前、檜佐木から傷の由来を聞いていた松本は、ひやりとして隣席の雛森へ密かに視線を向けた。
     その話題に切り込むとは、なかなか危ない橋を渡る。
    「言われてみればそうですねえ。でも、檜佐木さんと吉良くんって仲良しですよね」
     雛森は果実酒の注がれた切子細工の杯を手に、ほんのりと赤みの差した頬を緩ませてにこにこ応じている。特段不穏なそぶりのないことを確認すると、松本は一息吐いて酒を口に運ぶ作業に戻った。
    「仲良しって言われると落ち着かねえが……」
    「じゃあ、懐いてる?」
     綾瀬川の言葉に、檜佐木は「吉良に穿点注されるぞ」と揶揄い混じりに返した。
    「吉良は瀞霊廷通信で連載持ってるし、言われてみりゃこの中じゃ付き合いある方かもな」
    「でもあの吉良がズケズケ物言う相手なんて、三番隊の面子除けば阿散井と修兵くらいなもんじゃないの? あたしにもまあまあ当たり強いけど!」
     豪快に笑う松本を、ジト目で日番谷が見る。
    「吉良は礼節弁えて、年長者と上官には敬意持って接するだろ。松本お前、前に吉良に干し柿食わせようとしたこと無かったか? また他所の迷惑になるようなこと——」
    「ないですないです。振り返ってみればあたしと吉良って、手加減無しで侘助食らったり灰猫で吹っ飛ばしたり、お腹に穴開けられて助けてもらったりした仲ですし? バチバチやったのきっかけで一緒に酒飲む機会も増えたし、気の置けない関係って言っても良いのかもしれませんね!」
     食い気味に日番谷の問いに答え、松本はあっけらかんと笑い飛ばす。同じ男に置いて逝かれた仲でもあるし、と酔った勢いで喉まで出かけたのを、敢えてハレの場で言うことでもあるまいと、松本は酒とともに呑み込んだ。
    「なんですか吉良ばっかり……妬けます。俺とだって気の置けない仲でしょう」
     対岸から詰め寄ってきた檜佐木を、松本は酒瓶を押しつけて跳ね除けた。
    「そーね、気兼ねしなくて楽ちんだわぁ」 
     絶妙にニュアンスが違う……! 檜佐木は悔しげに卓上で拳を震わせた。
     それを見て、ひらめいた! と言うように雛森が手をぽんと合わせた。
    「檜佐木さんと吉良くんって、振り回す方より振り回される方って感じが似てるのかも。だから波長? みたいなものが合うんじゃないでしょうか」
    「そんな、名案! みたいなノリで言うことでも無いだろ雛森……」
    「ああ! ツッコミを入れずにはいられないところも似てる気がします!」
    「おお、出来上がってきたな雛森〜」「えらいぞ〜」と左右正面からよくわからない褒められ方をして、雛森はふわふわと笑っている。
     上座から暫し見守っていた日番谷が、やや険しい面持ちで松本に告げた。
    「松本、雛森に飲ませすぎるなよ」
    「隊長ったら過保護〜」 
    「うるさい」

       * * *

     宴の席が霊術院時代の話題で盛り上がり始めた頃。
     阿散井と吉良は、行燈に照らされた料亭の廊下を歩くというより、突き進んでいた。吉良は阿散井に固く手首を掴まれて逃れられず、阿散井が進むままに連れられていた。
     後ろを歩いている吉良には阿散井の表情は窺い知れないが、擦れ違う仲居がぎょっとした顔をしているところを見るに、並々ならぬ表情を浮かべていることは想像がつく。
    「朽木さんを放って、どういうつもりだい。僕の体が気になるのか?」
    「語弊を招く言い方すんな! それも気になるけど本題じゃねえ」
     婚約者の家と繋がりのある料亭で、新郎が尋常でない剣幕で男と相対している姿を仲居に目撃されている時点で、手遅れな気がしないでもない。そう思いつつ、吉良は口を挟まずに阿散井の言葉を待った。
     廊下の突き当たりまで行き着くと、声を顰めて阿散井は切り出した。
    「長話できねえから単刀直入に言うぞ。雛森と話したいならしっかり話せ。半端なことしてんじゃねえよ」
     息を詰まらせて、吉良は恥入るように目を伏せた。
    「責めようって訳じゃねえ。まあ聞け」
     阿散井は語気を鎮めて続けた。
    「感謝してんだ、お前と雛森には。それこそ学院生時代から世話になったこと挙げたらキリがねえ。ルキアとの関係にしてもそうだ。俺にできることがあるんなら言え」 
    「お礼を言うべきは僕の方だ。阿散井くんに後押しされなかったら、僕は雛森くんを見舞うことなんてできなかった。充分力を貸してもらったよ」
     阿散井は眉を吊り上げる。
    「何悟った気になってんだ。もっと欲張れよ」
     そういうところが、気に入らない。
     寂しそうに、物欲しそうにしているくせに、大丈夫だ、充分だと言うお前のそういうところが。
    「感謝してるからっつって、お前が望んでねえことを押し売りするつもりは無ぇ。でもな、お前、雛森とどうなりてえんだよ。今のままでいるのが最良だって本気で思ってんのか?」
    「その方が、雛森くんのためだろ」
     沈黙するかと思っていたところに即答され、阿散井は虚をつかれた。
    「どうしてそう思う?」
    「僕は生き返ったんじゃなくて、死体のままなんだよ。だから生者を診る四番隊じゃなく、死人を扱う十二番隊で点検されている。生者のように振る舞えても、死体は死体だ。何もせない。行き止まりになった僕の生涯に、先のある人を巻き込んではいけない」
     阿散井は吉良のすらすらとした口上に、模範解答を丸暗記して面接に答える新人死神の姿を重ねた。
     そうか。そう自分に言い聞かせて答えを固めたつもりでいるのか。
     そこにお前の意志は、本音は在るのか?
    「知るかよ」
     お行儀の良いのは嫌いだ。小利口にまとまろうとする奴は、突き崩したくなる。
     びくりと震えた吉良に構わず、阿散井は思いの丈をぶつける。
    「こうして不自由なく口利けて飲み食いして一丁前に酔っ払ってるくせに、何が死人だ」
    「な……」
     時間を掛けて練ってきたひとつの答えを容易く一蹴されて、吉良は言葉を失った。
    「死んでるっつうのを口実に、自分の意気地の無さを雛森の所為にしちゃいねえか」
     考えてもみなかった言葉を受けて、瞳孔の開いた瞳が揺れた。 
     返答が無いのを見て、阿散井は『模範解答』への添削をする。
    「さっきお前が言ったのは理由っつうか理屈だ。それも屁理屈だ。こういう事実があるからダメなんですって言っているだけだ。お前の感情はどこに行った? 事実を固めてダメだと自分に言い聞かせているようにしか聞こえねえよ。理屈固めて抑えねえとならねえような本音があるんじゃねえのか」
     阿散井は言い募るにつれて語気が強まっていたことに気づき、ぐっと唇を噛んだ。何も言い返せず立ち尽くしている吉良を前に、じわじわと反省の念が込み上げてくる。
    「あー、長話にするつもりも責めるつもりも無えっつったのに、守れてねえよな。悪ぃ」
    「いや……」
     心ここに在らずといった面持ちで、吉良はゆるゆると首を横に振る。何か言葉を繋ごうとしたようだったが、その先は出てこなかった。
     これはまずいパターンではないか、と阿散井は焦り始める。
     一人で思い詰めると碌なことにならない。吉良が余計な思考に陥る前に、誤解のないように話をまとめなければなるまい。
     阿散井は魂が抜けていそうな吉良をこちらに連れ戻すべく、肩に手を載せて念入りに伝える。
    「俺が言いたかったのはな! あれこれ理由つけて雛森遠ざけてんなよっていうのと、まずは話をしろっつうこと、俺にできることがあるんなら言って頼れ! この三点に尽きる。以上。解散。マジで便所に用があるなら行ってもいい」
     阿散井の必死の形相に、吉良の表情に幽かな笑顔が戻る。
     虚飾のない感謝の念をもって、吉良は答えた。
    「一緒に戻るよ。ありがとう、阿散井くん」
     この不器用な優しさに何度救われてきただろう。


      * * *
     
     阿散井が吉良を連れて戻ると、口々に「おかえりー」「具合大丈夫?」「何か頼む?」と声が掛けられた。
     心なしか離席前より疲れて見える吉良に、ルキアが字義通り平身低頭して声をかける。
    「申し訳ございません、吉良副隊長。恋次が御迷惑を……」
    「そんな、朽木さんが謝るようなことは何もなかったから!」
    「面を上げろってよ」
     阿散井の茶々を受け、どっと場が沸いた。ルキア「人が謝っているそばから貴様!」と阿散井の袷を掴んで強引に頭を下げさせている。
     席を外している間に、自分がこれまで吉良へ働いた無題が話題となっていたなどとは、露も知らない阿散井である。自身に代わって何やら非礼を詫びるルキアを見て、これが世に聞く「うちの亭主がすみません」というやつか、と口端がゆるく上がるのを止められずにいた。
    「正真正銘の夫婦漫才になるってわけだ。いかにも幸せっつう顔しちまってまァ」
    「平和で何よりだよ、うん」
     十一番隊の二人組は、互いの猪口に酒を注ぎ足しつつ、ほのぼのと今日の主役二人を眺めた。
    「おめでたい話に、ネタに尽きない面子と美味しい料理とお酒をいただけるって最高に贅沢よね」
     三者のやりとりに、松本は可笑しさとともに感慨深い心地が込み上げるのを感じていた。
     いつぞや市丸に従って松本の前に立ちはだかった吉良に、自身の始解を知る者は同期二人ほどだと聞かされたことが思い出された。
     吉良もまた松本の始解を知らず、自身の斬魄刀たる侘助にとって致命的に相性の悪い斬魄刀——灰猫を剣戟で無力化する作戦をとったことが仇ともなった。それが今や、少なからずここの面々には吉良の刀も名が知れたところとなっている。空座町の戦いで共闘した死神も少なくない。苦難の日々を超えて、吉良を囲む人々の輪は広がっていった。
     松本はもう何度目になるかわからない「市丸が見たら」という空想をした。
     飄々と何を考えているのか悟らせない市丸だったが、吉良を可愛がっていたことは松本にはわかる。
     結局市丸は吉良を置いたきり、最期まで一言も交わさぬうちに帰らぬ人となってしまった。憶測で思い描くしかできないが、置き去りにした吉良の処遇やその後の対人関係について、人知れず案じていたのではないだろうか。
     流石あんたが育てた子よ。しっかりやれているから安心しなさい。
     次に墓参りに行くときはそう報告してやろう。松本の唇が、緩く弧を描いた。
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