肩に掛かる重みが心地良かった。
ちらりと横に視線を向ければ、隣に座っているアステルが、俺の肩にもたれ掛かりながら眠っているのが見える。
アステルの部屋で、一緒に昼飯を食った後。並んでソファに座り、次の休みに出かける場所の相談だったり、今アステルが気になっている映画をスマホで調べたりしていたところ──
次第にアステルの口数が減り始め、俺に寄り掛かってきたかと思えば。程なくして完全に寝入ってしまった。
……満腹になった昼下がりは、得てして眠くなるものだ。
それにアステルの場合、疲労もあるんだろう。
すー……と穏やかな寝息と共に無防備に身体を預けてくれるのは、俺としても悪い気がしない。薄らと開かれた唇を見ていると、思わず塞ぎたくなってしまうが……このまま暫く寝かせておいてやろう。スマホに再度目を落とし、そう思っていたのだが。
「ぬぬー!」
アステルの膝の上に、あの訳のわからん縫いぐるみ──たぬの野郎が飛び乗ってきた。
おい、やめろ。アステルが起きちまうだろうが……!
「……ん……」
案の定、ゆっくり目を開けて、俺から身を離してしまうアステル。
「あれ……俺、寝ちゃってた……?」
「ぬ!」
眼鏡を外し、まだ少し眠たげな瞳を擦っているアステルの膝上で、何度も飛び跳ねているたぬの姿。何かを訴えている様子は伝わってくるが、その内容までは相変わらず俺には分からない。だがアステルは何故かこいつの言葉が理解できるようで、
「ぬー! ぬーぬぬ!」
「……あ、そっか。そろそろおやつの時間だね」
再び眼鏡を掛けるとたぬの野郎を手のひらに乗せ、ソファから立ち上がって台所の方へと向かう。
──くそ。あいつめ……
アステルとの穏やかな時間を邪魔されて、内心舌打ちしていると、
「ぬ~~!?」
たぬの大声が聞こえてきた。全く、今度は何の騒ぎだ。
「何だ、どうした」
台所の──冷蔵庫前に立っていたアステルの側へ寄り、声を掛けてみる。するとたぬを肩に乗せたアステルが、少し困った顔でこちらを振り向き、
「たぬくん、おやつにフレンチトーストが食べたいって言ってるんだけど……今見たら、牛乳と食パン切らしちゃってて……」
それでまた不服そうにしてるのか。
しかし俺がそう言うよりも早く、アステルは小さく微笑んで、
「じゃあたぬくん、少しいい子で待っていられる? コンビニ行って買ってくるよ」
「ぬぬ!」
アステルの提案に、満足げな表情で大きく頷くたぬ。
俺はそんなたぬを半眼で見やり、手を伸ばして鷲掴みにしてやった。そのまま少し力を込めて握り締める。
「──!?」
「な、ナガタくん!?」
悲鳴を上げるたぬと、焦った声と共に俺を諫めようとするアステル。
「アステル、お前はこいつを甘やかしすぎだ。だからこうやって増長するんだぞ」
「け、けど……」
「わざわざ買出しに行かなくても、適当に何か食わせとけばいいだろ」
たぬの奴をアステルの方へと雑に投げつける。
アステルは慌ててそれを受け止め、歪んでしまったたぬの形を直しつつ、
「でも、たぬくんも……ナガタくんだから。何か言われると、つい叶えてあげたくなっちゃうんだ」
へへ、と苦笑を浮かべた。
──はあ。
口から漏れる溜息。
たぬに対して、俺も思う所はいろいろあるが──
アステルにそんな事を言われて、そんな顔をされたら、あまり口出しできなくなってしまう。これも惚れた弱みか。
「なら、俺が行ってくる。牛乳と食パンでいいんだな?」
えっ、と目を瞬かせているアステルの返事を待たずに背を向け、ソファに掛けてあったジャケットを羽織って玄関に向かう。確か歩いて数分もしないところに、コンビニがあった筈だ。そう思い、玄関でサンダルに足を突っ込んでいると、
「──ナガタくん!」
追いかけてきたらしいアステルの声がすぐ後ろから聞こえ、振り向く。すると申し訳なさそうな顔をしたアステルが佇んでおり、たぬは台所にでも置いてきたのか、姿が見えなかった。
「ごめんね、ありがとう」
「……まあ、俺も食いたいし」
アステルの焼いたフレンチトースト。
たぬの奴が食いたいと言ってるのも……正直、分からなくはない。確かに美味かったからな。
「それに……アステルもまだ疲れてるだろ。だから買い物ぐらい俺が行く」
昨晩、そして今朝も少し無理をさせてしまった自覚は俺にもある。
さっき寝落ちてたのも、体力を消費させすぎたせいだと思い、そのままにさせていたんだ。
「あ、あの。その、えっと……」
俺の言葉の意味を悟ったのか。ついでに該当する出来事を思い出しでもしたのか。露骨に動揺していたアステルだったが、赤面したまま、ふと柔らかく微笑んで、
「……気をつけて、行ってきてね」
俺の唇に、自分のそれを軽く重ね合わせてくる。
近所だし、ここまでしてもらう必要はない気もするが。
アステルからされる分には文句はないので、素直に受け入れておく。
「大丈夫だ、すぐに戻る」
そう言って、俺の方からもアステルに触れるだけのキスをして。
未だ赤ら顔でこちらを見やり、手を振っているアステルに小さく笑いかけ、外に出た。