「どう? ハル兄、見える?」
「ああ」
水没林の高台の上。
俺とハル兄の2人は、不利を悟って逃げ出したトビカガチを追い詰めるべく、ヤツの動向を見張っていた。
まあ……遥か遠くに走り去ったトビカガチがまだ見えてるのは、目のいいハル兄だけなんだけどさ……
初めて訪れる場所に、初めて戦うモンスター。
この時ばかりはフクズクに頼り切る訳にもいかず、自分達で探して、後を追わなきゃいけない。
トビカガチはもうだいぶ弱ってたみたいだから、そろそろ寝床に戻るんじゃないかって俺とハル兄の意見も一致し、そこまで泳がせようって寸法だ。
ほんの少し目を細め、遠くを見つめているハル兄。その琥珀色の瞳には、俺の見えないものまでがたくさん映っているんだろう。
そんなハル兄の真剣な眼差しと横顔に、俺は少し見惚れてしまって。隣でぼんやり眺めていたら、
「……動きが止まったな。どうやらあそこが奴のねぐららしい」
ハル兄の声にハッとして、我に返る。
慌てて俺も正面を向き、ハル兄と同じ方角に目を凝らしてみるが……やっぱりトビカガチの姿は見つけられない。
「ハル兄凄いなあ。俺、そこまで見えないや」
一応断っておくが、別に俺の目が悪いという訳ではない。むしろその辺の人に比べたら、視力はいい方だと自負しているぐらいだ。しかしハル兄、そして教官の2人は俺のそれを遙かに凌駕している。正直バケモノレベルだ。
前に3人で訓練に出かけた時なんか、2人にしか見えない、分からない世界の会話を俺の頭上で繰り広げていた事もあって。羨ましいなって思う反面、疎外感や何やらでちょっと悔しかったな……
「ん~……」
眉間にシワが寄るぐらい遠方を凝視していたら、ぽん、と頭を軽く叩かれた。思わず横を見上げると、
「ほら、追いかけるぞ」
優しく微笑むハル兄と目が合って、何だか照れてしまう。
さっきみたいなカッコいい顔はもちろん、ハル兄がたまに見せる笑顔も俺は好きなんだ。その柔らかい表情にホッとするし、それ以上にドキドキもさせられるけど……
なんて俺が考えてる間にもハル兄は素早くガルクに跨がり、高台から飛び降りてしまった。急いで俺も後を追う。
先を行くハル兄の背中を見つめながら、ガルクで走り回る事しばし。
「そろそろだ。多分寝てくれてるとは思うんだが──」
そんなハル兄の呟きを耳にして、俺はガルクのスピードを少し上げて併走する。俺が罠を仕掛けるって伝えたら、任せたと言わんばかりにガルクの速度をゆっくり落とすハル兄。うん、任された。
やがて寝ているトビカガチの姿が視界に映り、俺はその少し手前でガルクから降りると、足音を忍ばせ慎重に近付く。
トビカガチの真下に落とし穴をセットして、ハマったところに麻酔玉を投げたら無事終了だ。さっきは役に立てなかったし、俺だってこれぐらいはやっておかないとな。
後ろで見守ってたハル兄に大きく手を振り、終わった事を伝える。
するとハル兄も近付いてきて、ガルクから降りると、
「お疲れ」
そう言って俺の頭を再度ぽんぽん叩く。
へへ、と笑う俺に、笑みを返してくれるハル兄を見て。
……やっぱり、好きだなあって。
実感せざるを得ないのだった。
里に戻って門をくぐり、ヒナミさんが店を構えている橋の上を通り過ぎた辺りで、
「あ、そうだ」
俺はある事を思い付き、ハル兄に声を掛ける。
「教官に顔見せに行こうよ。心配してくれてたみたいだからさ」
新しい場所での狩りだったし、いつもより注意事項マシマシで俺達を見送ってくれた教官。だから安心させる為にも、無事戻りましたって報告しに行かない? って提案してみたものの。
「それは……お前に任せた。俺はちょっとハモンさんの所に行ってくる」
「え」
「頼むな」
俺の返事も聞かず、さっさと歩き出してしまうハル兄と。
急にひとりにされて、その場に立ち尽くす俺。
内心、またか──と思いつつ。
最近のハル兄は、時々こういった行動に出る。
もしかして教官に会うのが嫌なのかなって。何かあったのかなって、最初は心配してたんだけど。
教官と2人の時は普通に話してるし、雰囲気だっていつも通りな気がするから、そういう訳でもないらしい。でも俺がそこに加わると、入れ替わるようにハル兄が居なくなるんだ。一度、教官から『ケンカでもしたのかい?』って聞かれて、全力で否定した事もある。
ケンカなんてしてない。してないけど──
俺の知らないうちに、ハル兄が俺の事を嫌いになってる可能性があるんじゃないかって思ったりもした。
でも、さっきのクエスト中に笑ってくれたハル兄からは、少なくともそんな感じは見受けられない。……多分、きっと。
だから余計に理由が分からなくて、不安に襲われて、頭の中がグルグルしてしまう。ハル兄本人に聞くのが一番手っ取り早いんだろうけど、それはそれで、怖い。
本当はお前と組むのが、一緒に居るのが嫌なんだ。
教官に言われて仕方なく──なんて、一番聞きたくない事を言われたら。
想像するだけで、胸がギュッと苦しくなる。
あれだけ目が良くて、いろんな事を把握し、見通せるハル兄。
でも自分の近くの出来事はそうでもないっていうか──俺が寂しいって思ってる事には、気付いてくれてないんだな。
そんな、ちょっと自分勝手な思いを抱きながら。
「……はぁ」
集会所に向かう俺の口からは、重い溜息が漏れていた。