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    kumaneko013

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    kumaneko013

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    正確にはジェイハン♂未満だけどジェイハン♂だと言い切る。
    ウツハン♂として成立してはないけれど、二人の(特に教官の)気持ち等はご想像にお任せしますという部分があります。
    ちょっとだけジェイくんのお姉さんについて想像で書いてる所も…。

    「あの、ジェイさん」
     背後から名を呼ばれ、振り返る。
     僅かに目線を下げると、そこにはもう見知った顔があって。
     ほんの少し固い面持ちと共に、オレを見つめている空色の瞳。頭に掛けたゴーグルが印象的な、赤毛の少年。
     そう、彼が──わざわざ海の向こうからお越し頂いた、猛き炎ことカムラの英雄だ。

     ガレアス提督からも『最大限の敬意を持って接するように』と、以前から念を押されていた、英雄殿。
     何でも古龍を一人で倒したって噂だし。やっぱりめちゃくちゃ鍛えてるんだろうなあ。一体どんなゴリマッチョがやってくるのかと、期待半分。でも怖い人だったらどうしよう……って恐れも半分。実際に対面するその日まで、結構ドキドキしてたんだけど──
     
    『カムラよりハンターをお連れしました』

     フィオレーネさんに連れられてやって来た、一人の男の子。
     ちょっと戸惑った様子で、ぺこりと頭を下げたこの子がカムラの英雄だと聞かされた時は、マジびっくりした。思い描いてたイメージと違いすぎるというか何というか。
     だってどう見てもオレより年下だし小さいし、筋肉量もゴリラには程遠い。聞けば年齢もまだ十六らしく、むしろオレら騎士達が守ってあげるべき対象なのでは!? って心境にも陥ったんだ。
     ……まあ、そんな懸念は、彼の戦いっぷりを目の当たりにしたら、一発で解消されたんだけどさ……

     そして今、オレの眼前に居る、件の英雄。
     名指しで声を掛けてきたという事は、何か用件があるのだろう。だがエルガドで過ごすようになってまだ日の浅い彼は、オレ達に対する緊張が抜けきっていないのか、どうも声色や所作が強張って見える。なのでオレの方も、そんな彼の気持ちを少しでも解きほぐそうと、努めて明るい声と笑顔で聞き返した。
    「アラタさん? どうしました?」
    「えっと、その、ジェイさんの都合が良かったら、密林の……ナルガクルガの調査に同行お願いしたいんですけど……」
    「お、いいですよ。行きましょう!」
     どん、と胸を叩いて快諾すると、漸く安堵したような表情を浮かべ、礼を述べるアラタさん。
     それと同時に何だか突き刺さるような鋭い視線を──恐らくルーチカさんのものと思われる、嫉妬や怒りの入り混じった気配を感じ、全身に寒気が走った。怖い。
     善は急げと言わんばかりにアラタさんの背を押してチッチェ姫の所に向かい、クエストを受注してもらうと、オレ達はエルガドを脱出……もとい、密林に向けて出発したのだった。

      * * *

    「それにしても……」
     先に船から下りたオレは、次いで降りようとするアラタさんに手を貸しながら、何とはなしに呟く。
    「最近、オレの事よく誘ってくれますよね。何か理由でも?」
     すとん、と浜に着地したアラタさんは、妙に気まずそうな顔でオレを見上げると、
    「あ、あの、気を悪くしないで下さいね?」
    「へ?」
     何ですかその不穏な前振りは。
     オレとしては本当に単純な疑問だったのだが、一体何を言われるのだろうと些か不安になってきた。
    「ジェイさんは、その、他の人より話しかけやすいというか……いい意味であんまり気を遣わなくて済むというか……」
     フィオレーネさんやルーチカさんは年上の綺麗な女の人で、声を掛けるのがちょっと恥ずかしくて。
     ガレアス提督やアルローさんは、そんな気軽に誘ってもいいのかなって、躊躇しちゃって。
     などと、少し言い辛そうに理由を語ってくれたアラタさんだったが、
    「もちろん、みんないい人達だって分かってはいるんですけど……ジェイさんも、迷惑だったらすみません」
     最後に頭を下げてきて、オレの方も慌ててしまう。
     だってアラタさんの言葉をそのまま受け取るなら、オレの事を慕ってくれてるって事じゃないか。英雄と謳われ、あのガレアス提督からも一目置かれている人物が、新米騎士であるこのオレを……!
    「いえ迷惑だなんてそんな! むしろ光栄ですっ!」
     思わず背筋を伸ばし、直立の姿勢で答えてしまった。
     そんなオレを見て、アラタさんは目を何度かぱちぱちさせた後、よかった、って安心したように息を吐く。
     
     ……そうだよな。
     十六歳の子が故郷を離れてまで、オレ達に協力してくれてるんだ。
     彼の待遇はそれこそエルガドを挙げて良くしているつもりだけど、やはり不慣れな土地での暮らしは何かと負担が大きいだろうし。特に身内が側に居ないってのは、なかなか堪えるのではないだろうか。
     ここは王国騎士として、年上の男として、デキるところをアピールしておかないと。

    「そういう事なら、もっとオレを頼ってくれて構いませんよ! アラタさんだってご家族と離れて単身エルガドまで来て下さってるんですから、オレも出来る限りの協力を──」
     ……お?
     一瞬、アラタさんが声を漏らしたような──何か言い掛けた気がして、思わずオレのセリフも止まる。するとアラタさんは僅かに苦笑して、
    「えっと、俺、身寄りが無いから……そこは気にしてもらわなくて大丈夫、です」
    「え」
    「俺、赤ん坊の頃、里の人に拾ってもらったんです。だから、その……親のことも、全然知らなくて」
     そう呟くアラタさんと、硬直しているオレの間に訪れる沈黙。
     お互い暫く無言で見つめ合った後──
    「すみませんでしたああああああ!!!!」
     オレは謝罪の言葉を口にしながら、その場で盛大な土下座を披露した。
    「ちょ、ジェイさん!?」
    「デリケートな問題なのに他人のオレが軽々しく踏み込んでしまって、ほんっっっとすみません!! このジェイ、一生の不覚……!!」
    「そ、そんな謝らないでください! ほんと、平気ですから!」
     額を擦りつける勢いで土下座し続けていたら、アラタさんが慌てた声と共にオレの腕を取り、グイグイ引っ張り上げる。

    『ジェイ、アンタってデリカシーなさ過ぎ』

     昔、家で姉に言われた言葉が脳裏に蘇った。
     まさしくその通りだ……と自分の軽率さを呪いつつ、アラタさんに促され力なく立ち上がると、
    「ジェイさんって、優しいんですね」
    「えっ……?」
     予想外のアラタさんの言葉に、またしても固まってしまう。

     もしも彼が。
     少し困ったように微笑んでいる彼が、後輩の騎士だったりしたら。
     迷わず抱き寄せて、背中をバシバシ叩いていたかも知れない。
     けど、アラタさんにそういう事をするのは、ガレアス提督やフィオレーネさん達の顔が過ってしまい、何となく憚られた。流石に馴れ馴れしすぎるかなって。

     結局オレは、ほんのちょっと迷ってから──
     アラタさんの頭に、ぽん、と片手を乗せ、そのまま静かに撫でた。
     最初キョトンとしたままオレに撫でられていたアラタさんだったが、へへ、と小さく笑ってくれて。それはオレが初めて見る、年相応の少年の笑顔そのもので。
     ……可愛いな、なんて。
     ついついオレの方も、そんな事を思ってしまったのだった。

     そしてこれ以降、味を占めたって訳じゃないが──
     アラタさんとふたりっきりで狩猟に出かけた時は、アラタさんの頭をポンポン叩いたり、撫でたりする事が増えた。勿論アラタさんが嫌がったら、その時点で止めようとは思ってたんだけど……
     頭を撫でると嫌がるどころか、何だか嬉しそうに笑ってくれるから。
     フィオレーネさんにでも見つかったら、無礼だって怒られるかなあ……なんて心配をしつつも、何となく続けてしまっていた。
     また、狩猟以外でアラタさんと行動する事もちょっぴり増えたんだ。
     主に狩りの後、エルガドに戻って一緒に飯を食ったり、オボロさんの店を覗いたりと、その程度ではあったけど。特にこっちの食事にはまだ不慣れな様子だったから、オレがよく行く店をいくつか紹介し、メニューについても説明してあげたり。
     そしてこの日も彼と一緒に夕飯を食べ、店を出た。
    「今日の飯屋、どうでした?」
    「おいしかったです! 特にあのハンバーグが──」
     目を輝かせ、身振り手振りを交えながら、さっき食べたハンバーグがどれだけ美味かったか、力説してくれるアラタさん。ここまで喜んでくれるなら、オレの方も誘った甲斐があるというものだ。うんうん。
    「里で食べ慣れてると思ったけど、魚もいろんな料理の仕方があるんですね。あのフリットとかも……天ぷらと同じかなって予想してたら、食感がだいぶ違ったし」
    「テンプラ?」
    「あ、天ぷらっていうのは……」
     楽しそうに解説してくれるアラタさんを見ていると、オレの方も自然に笑みが浮かんでしまう。
     隣を歩くアラタさんの表情は、以前と比べるとずっと明るくなっていて。彼のそういう変化も、こう……胸がほっこりするというか何というか。距離が確実に縮まってる気がして、地味に嬉しかった。
     食べ物談義に花を咲かせていたら、やがてアラタさんの部屋がある船へと到着し、
    「ジェイさん、今日もお疲れ様でした。それじゃおやすみなさい!」
     そう言って階段を上がろうとしたアラタさんの頭を、オレはいつものように、わしわしっと撫でて──
     この日は軽く酒を飲んでいたのが悪かったのかも知れない。
     オレの方も、このまま『おやすみなさい』と返して、自分の部屋に戻れば良かったんだ。
     なのにオレは頭を撫でていた手をゆっくり下ろし、手のひらを彼の頬に当てる。そのまま親指で軽く頬を──思ってたよりずっと柔らかいその頬を、ムニっと押し上げたりしていると、
    「……ジェイさん?」
     不思議そうな声と眼差しで、オレを見つめるアラタさん。
     その僅かに開いた唇に目が留まったものの、次の瞬間、我に返って慌てて手を離す。
    「す、すみません! アラタさんもお疲れ様でした、おやすみなさいっ!」
     一礼してから背を向け、逃げるように自室へと駆け出した。
     ほんと、何してるんだ。
     オレは王国騎士の一員で、アラタさんは大事なゲスト。
     彼を助け、守る事はあっても、不必要に触れたりするのは、本来なら良くないと分かっている筈なのに。
     だけど彼の笑顔を始め、いろんな表情が、もっと見たくて。
     髪以外の箇所も、触ってみたくなって。
     そう、例えば。
     あの無防備な、くちびる、とか──
     
     ……いや駄目だろ! 何考えてるんだオレ!
     
     良からぬ考えを追い出すべく、しばらくエルガド内を走り回ってから自室へと舞い戻る。そして風呂に入る事も忘れてベッドにダイブし、悶々とした気持ちのまま寝てしまったのだった。


     幸い、というか何というか。
     次にアラタさんと狩猟に行くのは二日後、とメシの時に約束しておいたので、オレも少し心を落ち着ける事ができた。
     ただ指揮所にいたら、アラタさんと顔を合わせる可能性が高い。そう思ったオレは自主的に見回りを増やして、指揮所からなるべく離れていた訳だけど──
     あの夜から一度も会話しないまま狩猟に出かける当日になったら、妙に緊張してきた。アラタさんから変だと思われてたり、警戒されてたらどうしよう……と不安も増してくる。
     あれほど楽しみだったアラタさんとの狩猟なのに。今はほんの少し、気が重い。
     だがすっぽかす訳にも行かないので、オレは意を決して待ち合わせ場所へ──アズキさんの茶屋へと向かう。そこに居たのはパサパトさんと、いつものヘルブラザーズのお二人。そして……

    「……ジェイさん!」

     どこかぼんやりとした様子で、椅子に腰掛けていたアラタさん。
     オレに気付いた途端、その顔がぱあっと明るくなった。
    「良かった、来てくれたんですね!」
    「ええまあ、一応約束してましたし……」
     オレの近くまで駆け寄って来たアラタさんに、はは……と乾いた笑みを浮かべながら言うと、
    「そう……ですね。ありがとうございます」
     ……あれ。
     今、アラタさんの表情が僅かに曇った……気がした。
    「えっと、それでですね、今日は……」
     でもクエストの話をし始めたらそんな気配は消え失せ、いつも通り概要をハキハキ説明してくれている。
     うーん、オレの気のせいだったのかなあ。今日は密林でタマミツネを狩ろうと思うんです、ってアラタさんの声を聞きながら、ふと思う。
     そういえば、あの夜の件にも一切触れてこないな。
     ……彼の中では、酔っ払いの奇行という事で片付けられてるのだろうか。
     ホッとすると同時に、所詮オレなんてアラタさんにとってその程度の奴だと、気にする必要もない人間だと思われているのかって。何故かそれがちょっとだけ、寂しく感じたりもしたのだけれど。
     まあ、こっちからわざわざ蒸し返す事もないか。
     そんな結論に至ったオレは、次第に肩の力を抜き始め。アラタさんと船に乗る頃には、すっかりいつもの調子に戻りつつあった。

      * * *

    「よーしもう少し……あっ!」
     そろそろトドメだ、とチャージアックスを構え直したオレの脇を、泡を撒き散らしながら走り抜けていくタマミツネ。
    「くそ……!」
     だいぶ弱ってきたからって、油断した。
     泡に塗れつつ振り向いたオレの目に映ったのは、この場から逃げ出そうとしているタマミツネの後ろ姿と、大きくジャンプしたアラタさんの姿。
     彼はそのまま前方へ跳び──まるで放たれた弓矢のように宙を駆け、タマミツネとの距離をあっという間に詰めて追いつくと、棍の一撃を振り下ろす。すると不意の攻撃に驚き、怯んだのか。タマミツネの身体が仰け反り、足が止まった。
     その機を逃さず、再び跳躍していたアラタさんが空中で器用に体勢を変え、タマミツネに向けて操虫棍を振りかぶり──
     アラタさんが着地した直後、タマミツネの身体も地面へ倒れ込んで、そのまま動かなくなった。どうやら仕留められたようだ。
    「おおー! やりましたねアラタさん!」
    「はい、お疲れ様です、ジェイさ……ん……?」
    「あ、あれ? 止まらな……!」
     賞賛の声を上げながら、アラタさんの元へと駆け寄ろうと思ったのだが。
     さっき当たったタマミツネの泡のせいで、足元がツルツル滑る。彼の手前で止めようとした足が一向に止まらない。 
     努力の甲斐も虚しく、オレは勢い余ってアラタさんに激突し、一緒にひっくり返ってしまった。
    「いてて……」
    「あいたた……」
     しかもただ転ばせただけでなく、あろうことかアラタさんを押し倒すような形に──いわゆる『床ドン』の体勢になっていて。オレの身体の下で、彼が目を瞬かせている。
    「す、すみませんっ! その、ワザとじゃなくて、タマミツネの泡がですね!?」
     その場から退くよりも先に、言い訳を捲し立てるオレに怒るどころか、ぷっ、と小さく噴き出すアラタさん。
     押し倒された体勢のまま、さも可笑しそうに笑い転げてるアラタさんを前にしたオレは。
     ……ああもう。やっぱり可愛いな、って。
     数日ぶりに見る彼の笑顔に、そう思わざるを得なかった。

     この後、タマミツネの素材もしっかり剥ぎ取って。アラタさんとの狩猟は恙なく終わったと思いきや──少々問題が発生した。
     いざ帰還って時に、天気が荒れに荒れたのである。
     密林自体は雨に見舞われる事も珍しくなかったが、問題は風の強さだった。強風の吹き荒れる中、船を出すのは危険だと判断したオレ達は、サブキャンプのテントで一晩明かす事にしたんだ。
     二人ともずぶ濡れの状態でテントの中に駆け込んで、装備を外す。濡れてたインナーもひとまず上だけ脱ぎ、お互いパンツ一丁になった。
     こういう時、男同士だと気楽でいいよなあ……なんて脱いだインナーを適当な場所に引っ掛けながら一息ついてたら。アラタさんがオレの方を──正確には、オレの身体をじっと見ている事に気が付いた。
    「オレの筋肉……気になりますか?」
     ニヤリと笑って軽くポージングしながら、冗談交じりに言ってみたのだが、
    「あ、す、すみません!」
     何故かアラタさんは赤面し、慌てて視線を逸らす。
     あれ? もしかしてマジでオレの身体に見惚れて……?
     それならもっとアピールしてみようかと思ったが、どうやら違ったらしい。
    「ジェイさん、筋肉ついてていいなって……俺も鍛えてはいるんだけど、なかなか逞しくなれないんですよね」
     腕を曲げ、力こぶを作りながら。むう、と不服そうに呟くアラタさん。そのむくれた様子が何だか微笑ましい。
    「アラタさん、まだ十六でしょう? これからですよこれから!」
    「これから……ですか?」
    「そうそう、まだまだ伸びしろがありますって。オレが保証します!」
     何ならオレのトレーニング法とか、オススメの食事なんかも伝授しますよ、と付け加えると、
    「……はい! 是非お願いしま……」
     嬉しそうな顔と共に、大きく頷いていたアラタさんの言葉が突然止まった。直後── 
    「……くしゅん!」
    「おっと、ちょっと待って下さいね。毛布探してみます」
     アラタさんのくしゃみと、軽く鼻を啜っている姿を見て、オレは慌ててテントの中を漁り始める。彼に風邪でも引かせたら一大事だからな。テントには大概、ハンターが寝泊まりに使えるようにと備え付けの毛布があるはずだが……
    「ありゃ……使えそうなの一枚しかないな……」
     思った通り何枚か見つかったものの、一番キレイなやつ以外はどれもこれも……汚い。ひどくホコリっぽいし、シミがついてるのもあったりで、こんなの身体に巻いてたら変な病気でも貰うんじゃないかってぐらいだ。ひとまずキレイな一枚をアラタさんに差し出して、
    「アラタさん、これ使って下さい」
    「え、でもジェイさんは?」
    「オレはほら、鍛え上げた筋肉がありますので! 寒さなんて平気へっちゃら……へぶしっ!」
     やばい。
     くしゃみのせいで、説得力のまるでないセリフになってしまった。オレが手渡した毛布を抱えたまま、アラタさんは困ったような顔で佇んでいる。
     いや、オレの事は気にしなくていいですから。
     そう伝えようとしたオレより早く、アラタさんがキッとした眼差しをこちらに向けた。
    「あの、ジェイさん──」

      * * *

    「風の音、すごいですね」
    「ですねえ、明日には収まってると良いんですが……」
    「ほんとだったら、エルガドでおいしいごはん食べてたはずなのになぁ」
    「はは、それは帰ってからのお楽しみにしましょう」
     はい……と返事をしつつも彼の表情は浮かないままだ。残念そうに肩を落としながら携帯食料を囓っている姿は、どことなく小動物を連想させる。そんなアラタさんの背後で、オレは笑うのを何とか堪えていた。

     結局、件の毛布はアラタさんの提案で、二人一緒に使う事になったんだ。
     つまり──
    床に座り込んだオレの前に……というか脚の間にアラタさんが座って、一枚の毛布を仲良く羽織っている状態である。
     確かにこれは温かい。毛布自体の温もりに加えて、オレ達の体温で毛布の中もポッカポカだし。夜になって気温も少し下がってきたが、これなら二人とも寒さを凌ぐことができそうだ。
    「テント……大丈夫かな……」
     風に煽られ続けるテントと、軋んだ音を立てながら揺れている明かりに不安を覚えたのか、アラタさんが小声を漏らす。
    「こういう場に設置する訳だし、雨風の事も想定して、しっかりした作りになってると思いますよ。オボロさんを信じましょう」
     彼は腕のいい商売人だ。顧客の信用を裏切るような真似はしないタイプだと思う。きっと安全面も考慮してくれているだろう。そうであってくれ。
     ひとまずアラタさんもオレのセリフに納得してくれたようで、そうですよね、と頷く。そこで一旦会話が途切れ、オレ達は携帯食料を黙々と食べていたのだが──
    「……あの」
     お互い食べ終わったタイミングで、アラタさんが遠慮がちに口を開いた。彼は俯いたままの姿勢で、ぽつりぽつりと語り始める。
    「今日……ジェイさんが茶屋に来てくれて、ホッとしました」
    「……え?」
    「ジェイさんに嫌われたかと思って、ずっと不安だったんです」
    「はい!?」
     予想もしなかった彼の言葉に、オレの声も裏返る。
    「俺の事、避けてるみたいだったから。何か気に触る事でもしちゃったかなって」
    「そ、そんな事あるわけないでしょう! むしろオレの方がアラタさんに引かれてたり、嫌われてたらどうしようって──」
    「……俺が、ジェイさんを? どうしてですか?」
     意外そうな声を上げたアラタさんがこちらを振り返り、オレを見た。
     綺麗な水色の瞳に、じっ、と見つめられ、何となく萎縮してしまう。オレは目を泳がせつつも、
    「それは、ええと……気安く触ったりして、本当は嫌な思いさせてたんじゃないかと……」
     するとアラタさんはオレから視線を外し、前に向き直ると、先程のように顔を少し下に向け、
    「……いえ。嫌じゃない、です……」
     そんな小声が、オレの耳に届いた。
    「よ……かったぁ~~!!」
     心から安堵したオレは、思わずアラタさんを後ろから抱き竦める。
     
     腕の中にすっぽり収まってる、彼の身体。
     アラタさんの返答が嬉しくて反射的にやってしまったが、これは流石に調子に乗りすぎではないだろうか……
     けどアラタさんを抱き締めた途端、何とも言えない感情がオレの中から溢れ出した。
     あったかい。かわいい。もうこのまま離したくない。むしろもっともっといろんな場所に触れてみたい。
     また、それらと同時に感じたのは──まるで胸が締め付けられるような、奇妙な切なさ。
     この時点でようやく気が付いたんだ。
     オレ、アラタさんが好きなんじゃないかって。

     そりゃオレだって、過去に女の子に好意を抱いた事はある。
     けどその時は、何となくいいな、可愛いなって思ったぐらいで……
     今みたいな胸の苦しさまで覚える事は一度もなかった。
     相手はオレと同じ男で、エルガドにとっても大事な人で。オレのこんな気持ちが、彼の迷惑になるかも知れないのに。だけど、それでも──

     オレもアラタさんも、無言のままだった。
     ギュッと抱き締めてからしばらく経ったけど、振り払ったりしてこないのは……つまり、そういう事だと思って良いのだろうか。彼もオレの事を憎からず思っていると、良い方向に考えてもいいのか……?
    「……アラタさん」
     小声で彼の名を呼んでみる。
     もしもまた、こっちを向いてくれたら。
     少し恥ずかしそうな表情で、オレの顔を見上げてくれたりしたら。
     その……キスとかしちゃっても、許される雰囲気だろうか。これは。
     そう思ってドキドキしながら待ってみたものの、一向に彼は動かない。
     ほんの少し俯いたままの姿勢で──……

     ……ん?

     オレは嫌な予感を覚え、彼の顔を横からそっと覗き込んだ。
     目を閉じているアラタさんの横顔。規則正しく繰り返される呼吸音。
     こ、これは……
     寝ている。間違いなく熟睡している。
     今までの緊張感やら何やらが全て吹き飛び、ガクリと脱力した。
     満腹感とこの温かさで、眠くなってしまったんだろうか。一狩り終えた後だし、疲れちゃったのかも知れないな。うん。
     だけど無防備すぎじゃないですか!?
     仮にも英雄と呼ばれている人が、こんなに警戒心ゼロでいいのか!? いや、よくない!!
     ちらり、とアラタさんに視線を戻す。
     オレの眼前に晒された、白いうなじに目が留まった。
     こんなの、生殺しじゃあないですか……
     はあ……と重い溜息をつきながら、オレは──
     アラタさんのうなじに唇を寄せ、口付ける。
     最初は軽くキスするだけのつもりだったんだけど……いや本当だって。実際に触れてしまった事で、オレの箍がちょっとだけ外れた。ほんの出来心で、ちゅう、とうなじを吸ってしまったんだ。
    「んん……」
     アラタさんが、僅かに身を捩る。
     ま、まずい。起こしちゃったかな……?
     一瞬焦ったが、彼はムニャムニャと二言三言呟いた後、また眠りに就いたようだった。しかしホッとしたのも束の間、身体を動かした事で、アラタさんが俺の胸にもたれ掛かってきたじゃないか。
     今まで俯いていた事により見えなかった彼の寝顔が視界に飛び込んできて、ごくり、と喉が鳴る。
     オレの我慢強さが……試されている……ッ!!
     人前でこんな簡単に寝落ちる方が悪い、って悪魔の囁きが聞こえた気もするけど。
     流石にこればっかりは、まぁいいかヤっちゃいましょー! という訳にはいかないだろう。騎士として、何より人として。それにイチャイチャするなら、やっぱり堂々としたいし。アラタさんからの反応だって見たいし……
     オレは一度大きく深呼吸してから、アラタさんの顔を見つめ直した。相変わらず穏やかな寝息を立てている姿に、苦笑が漏れる。
    「全く……一緒に居るのがオレで良かったと思って下さいね?」
     まだ少し濡れていて、額に張り付いていた前髪を払ってやる。
     ……うーん。
     もう何もしないつもりだったけど、あとちょっとだけ。これで終わりにするから、と。
     内心そんな言い訳をしつつ、オレはアラタさんの額に唇を落とした。
     
     ──貴方の進む先に、どうか幸あらん事を。
     
     なんちゃって。
     オレだって騎士のはしくれだし。たまにはこういうのも……って思ったけど、めちゃくちゃ恥ずかしいなこれ。アラタさんが起きてたら、逆に出来ないぞこんなの。
     スヤスヤと眠り続けているアラタさんに、おやすみなさい、と小声で告げて。彼の身体を抱き締め直し、オレも目を閉じた。

      * * *

    「良かった、晴れてますよ!」
     テントの入り口から顔を出し、外を見渡していたアラタさんが嬉しそうな声を上げた。
     差し込む朝の光が眩しい。ほぼ徹夜明けのオレには少々堪える。
    「……大丈夫ですか?」
     ボーッとして座り込んだままのオレを心配してか、アラタさんが近寄ってきた。
    「いやあ……風の音が気になって、なかなか寝付けなくて……」
     これは少しだけ本当である。
     大半の理由は……やはりアラタさんの存在だった。
     そもそもですね、ほぼ裸の好きな子を抱えて、冷静でいられる訳がないんすわ……
     目を瞑ったところで、触れてる肌や体温は誤魔化しようがないし。何とか寝ようと四苦八苦しているうちに外が明るくなってきて、結局全然寝られなかったんだ。
    「……すみません。俺、ひとりで爆睡してましたよね……」
    「いやいや! 眠れたなら良かったですよ。それじゃエルガドに戻りましょうか」
    「は、はいっ」
     頷き、慌てて着替えを開始するアラタさん。
     そんな彼のうなじには、小さな赤い跡が残っており──
    「ああっ!?」
     思わず叫んでしまったオレを、アラタさんが不思議そうな顔で見る。
    「ジェイさん? どうかしたんですか?」
    「す、すみません! 何でもないです! 何でも!」
    「?」
     きょとんとしているアラタさんに罪悪感を抱くが、流石に本当の事は伝えられない。
     装備を着込めば見えないはずだし。もしアラタさんが気付いたとしても、泊まった場所が場所だから、虫刺されとでも言っておけば誤魔化せるだろう。……多分。


     テントを後にしたオレ達はそのまま船に向かい、エルガドへと帰還した。
     そこでオレ達を出迎えてくれたのは、少々予想外な人物で──
    「やあ! 二人ともおかえり!」
     にこやかな笑顔でオレ達に片手を掲げてきたのは、アラタさんの師でもあるウツシ教官だ。
     最近、エルガドにも頻繁に立ち寄るようになっていて、オレも何度か狩猟にご一緒させてもらっていたりする。アルロー教官とはまた違ったタイプの人なので、ウツシ教官からも学ぶ事はいろいろありそうだ。
    「船乗りさん達の会話を聞いたんだけど、向こうは天気がだいぶ荒れてたみたいだね。大丈夫だったかい?」
    「はい。ジェイさんが一緒だったし、いろいろ助けてもらいました」
    「……そっか。無事で良かった」
     ジェイくんもありがとう。
     そう言って、アラタさんの頭に手を置くウツシ教官。
     
     普段から声もリアクションも大きくて、元気ハツラツという言葉がこの上なく似合うウツシ教官だけど。
     先程アラタさんに掛けた声も、今向けている眼差しも──とても穏やかで、優しかった。
     そして、ウツシ教官に頭を撫でられているアラタさん。
     はにかむように笑っている彼の表情は、オレが一度も見た事のないもので。
     何だかこの師弟の……他人が踏み込めない特別な絆みたいなものを、見せつけられた気がしたんだ。
     いや、もしかして、この二人って……
     気付けばオレは下を向き、拳を固く握り締めていた。二人の会話も耳を素通りしていく。
     二人とも、ほんの目と鼻の先に居るのに。
     どうしてこんなに遠く感じるんだろう。

    「……うん、そうだね。疲れてるだろうし、今日はゆっくりおやすみ」
    「はい。教官も気を付けてくださいね」
    「もちろん! それじゃあジェイくん、またね!」
     ……へ?
     名を呼ばれた気がして顔を上げてみたが、既にウツシ教官の姿は消えていた。
    「あ、あれ? ウツシ教官は……?」
    「教官なら、任務があるからって……ジェイさん、やっぱり寝不足で体調悪いんですか?」
    「いえ、そんな事は! オレは今日も元気です!」
     わはは、と笑いながら言ってみたものの、アラタさんの表情は心配そうなままだった。
    「あ、あのですね、ほら、昨日の夕飯って携帯食料だけだったじゃないですか。だからお腹が空きすぎて……」
     少々苦しい言い訳かなあと思いつつ、下腹に手を当てながらそう言うと、
    「……俺もです。それじゃ、ごはん食べに行きましょうか」
     ふふ、と柔らかく笑うアラタさん。
     エルガドは船乗りが多いため、早朝から営業している飯屋も少なくない。昨晩は残念そうにしていたし、ここはアラタさんに好きな店を選んでもらおうか。
    「アラタさんの行きたい店でいいですよ。お供しま……!?」
    「はい!」
     空で燦々と輝く太陽のような、アラタさんの笑顔。
     だけどオレが驚いたのは、アラタさんが、その──オレの手を、ギュッと握り締めてくれた事で……
    「行きましょう、ジェイさん」
     彼はそのままオレの手を引きながら、歩き始める。
     
     オレも現金なもので、アラタさんの後ろを歩いているうちに、気分も少し浮上してきた。
     昨日、自分の身体を気にしてるアラタさんに『まだまだこれから』って言ったけど。
     アラタさんとウツシ教官の二人がそうだって決まった訳じゃないし、オレだってまだまだこれから。チャンスはあるよな?
     ──よし。
     次はオレから筋トレにでも誘ってみようかな。
     そんな決意と共に、アラタさんの手をこちらからも軽く握り返し。今後のアタック方法をいろいろと模索し始めるのだった。

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    Replies from the creator

    kumaneko013

    DONEアルハン♂で朝チュンしてます。
    ア教の事なら提督に聞くのが一番手っ取り早いと思うんだけど、勝手に個人情報を聞き出すのも悪い気がするな…ってのと、提督の事は好きだけどそれとは別に何かこう悔しさみたいなのがあるから聞かない…って気持ちは小僧の中にあると思います。でも当たり障りのない、ちょっとした事なら聞いちゃうかも。
    【欲張りだからもっと知りたい】 目を開けると、窓の外は明るくなり始めていた。
     寝ぼけ眼のアラタはベッドで横になったまま何度か瞬きを繰り返し、隣を見上げる。そこには未だ熟睡しているアルローの姿。
     自分とは違う褐色の肌も、目尻に刻まれたシワも、左目の上を走る大きな傷も、どれもが愛おしくて。アラタはほんの少し表情を緩ませながら、傷跡にそっと触れてみる。

     この傷、いつ出来たんだろう。
     傷に限った話じゃないけど、俺はアルローさんの事をまだ全然知らない。
     もっともっと知りたいなあ。
     それこそ、好きな人の事だったらいくらでも──

    「……おまえさん、俺の傷がそんな気になるのか?」
     唐突に聞こえたアルローの声により、思考が中断された。びくりと肩が跳ね、傷跡をなぞっていた指も慌てて離す。
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    kumaneko013

    DONEサトヤブ3のエアスケブでリクエスト頂いた『ゲーム軸でも現パロでもokですので、何故か犬(ガルク可)の群れに囲まれることになったジェイハン♂』です。
    現パロで書かせて頂きました。あまり細かい設定は考えておらず、アラタがいつものように高校生、ジェイくんが大学生やってて既にお付き合いしているぐらいのふんわり具合。あと教授呼びは単に私の趣味です。多分メガネ掛けてる。
     約束の時間から、既に二十分は過ぎてしまった。
     完っっ全に遅刻だ。
     彼をひとり待たせているかと思うと、心が痛む。
     大学の側にあるデカい公園の中をオレはひたすら走り続け、やがて目的地──売店近くのベンチで、ぽつんと腰掛けている男の子を発見した。
    「おっ、お待たせしました~~!!」
     大声で呼び掛けながら駆け寄ると、こちらを向いた彼が笑顔でベンチから立ち上がる。
    「ジェイさん!」
     こんにちは、と礼儀正しく挨拶をしてくれるアラタさん。学ランの下にパーカーを着込み、リュックを背負っている姿が高校生然としていて、可愛らしい。
    「いやほんとすみません……教授に……いきなり雑用押しつけられて……」
     少し折り曲げた両膝に手をつき、ゼイゼイと息を切らしながら。
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