「よくもう一度口説き落とそうなんて思いましたよね」
「ん?」
「貴方が好きになった俺のこと、俺は覚えていないのに」
隣で本を読んでいるコノエにチャンドラは話しかける。
ーーーーーー
約半年前ブルーコスモスによるテロに巻き込まれたチャンドラは特に外傷もないのになぜか昏睡状態に陥っていった。バイタルは何処も異常なし。言ってしまえばただ眠っているだけ。そんな状態だった。
しかし、一週間に及ぶ昏睡状態から目覚めた後チャンドラは、ファウンデーションとの戦いに勝利した後、ミレニアムに一時的に乗艦する事になった、そこまでの記憶しか持ち合わせていなかったのだ。その後一年半ほどの記憶がすっぽり抜け落ちていたのである。
あの時は、目覚めたら心配そうに覗き込むノイマンが居て、なぜか、その隣にハインライン大尉がいたのだ。ミレニアムに乗艦している技術大尉ということは知っていたのだが、何故ここに居るのかがわからず問えば、ハインライン大尉から
「お見舞いですよ。僕はアーノルドの恋人ですからね、恋人の友人のお見舞いには来ます。貴方には大変お世話にもなりましたし」
と言われ
「ノイマン、いつの間に知り合ったんだよ!?」
ていうか俺とハインライン大尉はほぼ初対面ですよね?と驚けば、ノイマンは少し考え込みそして真剣な顔で問うたのだ。
「チャンドラ、今コズミックイラ何年だかわかるか?」
そしてチャンドラはノイマンから現状を説明されたのだ。ここでチャンドラは自分が一週間昏睡状態だった事や、記憶がどうやら一年半ほどなくなってる事を理解した。
たかが一年半、チャンドラはそう思った。
ミレニアムに乗艦してたとしても、ノイマンは生きてるし、聞けばフラガ大佐もラミアス艦長も生きている。そうだとすれば特に大きな事件も起きず自分はいつも通り仕事をしていただけだろうと思ったからだ。まぁ、ミレニアムのコンソールの操作は出来ないだろうからそこは今後迷惑を掛けるなとは思ったが。
ノイマンには同性の恋人が出来るなんていう大事件が起こっていたが、自分にはそう言う話なんてないだろうしとノイマンの次の発言を聞くまで確かに思っていたのだ。
「コノエ艦長の事は覚えてないのか?」
「んー、ミレニアムの艦長さんだろ?関わりは無かったと思うけど」
ノイマンは悲痛な顔をして続けた。
「その左薬指の指輪見ても思い出せないか?」
「指輪ぁ?」
自分の左薬指を見れば、本当に指輪がはまっていた。この時チャンドラは人生で一番と言って過言ではないほど驚いたのだ。
「話の流れからすると、まさかだけどこれ…」
「お前に、コノエ艦長が送った指輪だ…」
記憶を失ったチャンドラよりも、ノイマンの方が泣きそうになっていた。
「おいおい、ノイマン泣くなよ⁉︎」
「そうですよアーノルド。目が覚めたのですから!」
「そう、俺生きてるしさ!」
ハインライン大尉と2人ノイマンを慰めていると、病室のドアが開いた。
そこに立っていたのは、チャンドラに指輪を渡したと言うミレニアムのコノエ艦長だった。
コノエ艦長は走ってここまで来たのか息を切らし、髪も乱れていた。そうして、チャンドラの事を見て泣きそうな顔になった後、安堵の笑を浮かべ言った。
「ダリダ、本当に良かった…」
心の底からそう思っているのが分かる声音であったので、その後抱きしめに来たコノエの事をチャンドラはそのまま受け止めてしまった。
そしてその事に申し訳なくなりながらもチャンドラはコノエに事実を述べたのだ。
「俺、貴方との事何も覚えてないんですよ…」
コノエの体が強張ったのがわかった。
しかしチャンドラはどうする事も出来ずにいた。
するとハインライン大尉から声がかかった。
「アレクセイ、聡明な貴方なら今の言葉で全てわかったのかもしれませんが僕からもう一度現状を説明させて下さい。とにかく落ち着いて、一度別室へ行きましょう」
ハインライン大尉がそう言うと、コノエ艦長はチャンドラの事を一度強く抱きしめると離れていった。
「驚かせてしまってすまないね、チャンドラ中尉。ノイマン大尉、彼の事宜しく頼んだよ」
「アーノルド、医務室から医官を呼んでチャンドラ中尉のバイタルチェックをしてもらって下さい。出来ますね?」
そう言ってハインライン大尉とコノエ艦長は部屋から出ていった。
ノイマンは少し落ち着いたのか、その後医務室に医官を呼びにいった。
残されたチャンドラはといえば指輪を眺めながらこう思っていたのだ。
(俺かなりコノエ艦長に愛されていたのでは…?)
ーーーーーー
次の日、ミレニアムのコノエ艦長は1人で俺の前に現れた。
「調子はどうかな?チャンドラ中尉。病み上がりなんだから楽な体勢で」
そう言われてベッドの上のチャンドラは敬礼をやめた。そして背中にある枕に少し寄りかかる。コノエはベッドの近くに置いてあった椅子に腰掛けた。
「ご存知かもしれませんが、バイタルも全て異常はありませんでした。…ただ記憶が一年半ほど無いだけですね」
「そうか。…ノイマン大尉や、アルバート…ハインライン大尉から僕たちの事は聞いた?」
「…そうですね。ちょっと信じられませんが」
なにが信じられなかったってコノエ艦長が俺の事、愛していたかもしれないって事だ。
ノイマンやハインライン大尉からも聞いたし、昨日のコノエ艦長の態度、そして指輪から考えても自分とコノエ艦長は恋人同士だったと言う事は確定だろう。しかし、どうしてそうなったのかが皆目見当もつかなかった。
おそらく、ノイマンとハインライン大尉の件で知り合ったのだろうが、そこから自分で考えてもコノエ艦長に好意を持たれるという想像が出来ないのだ。
そんな事を考えながらコノエ艦長見れば彼は笑みを浮かべてこちらを見ていた。
「聡い君なら分かったと思うけど、僕は君のこと愛しているんだ」
「…はい」
それは昨日の態度から分かっていた。
「もう一度君に好きになってもらう努力をするから、本当に僕の事嫌いになるまでこの指輪を外さないでくれるかい?」
そう言ってコノエ艦長はチャンドラの左手を取り、チャンドラが昨日外せなかった指輪に触れた。チャンドラの事を見る眼差しはそれはもう真剣で、大切なものに触れている時のものだった。
それに気づいチャンドラは柄にもなく顔が赤くなっていくのを感じた。
「脈はありそうで良かったよ」
ニコニコしながらコノエ艦長はチャンドラにそう言ったのだ。
そこからのコノエ艦長の勢いはそれは凄かった。
どうやって時間を作っているのかは分からなかったがチャンドラの前に現れては一言二言雑談をしていくし、頻繁にお茶や食事にも誘われた。そう言う時は決まって手を取って左薬指の指輪を撫でるのだ。そして自分がチャンドラの何処が好きだとか何処に魅力を感じてるかを伝えてくる。
そんな事が三ヶ月も続けばチャンドラだって絆されてしまうわけで。
そんな時である、
「チャンドラ君、これなんだけど」
そう言って渡されたのは一つの指輪だった。
「なんです?この指輪」
「これはね、君から僕に贈られた指輪なんだ」
「えっ!?」
チャンドラは思い出せなかったがコノエが言うならそうなのだろう。
「僕の推測が正しければ、チャンドラ君は僕の事をもう好きになってくれてるだろう?」
その通りである。
「僕は君とずっと一緒に居たいんだ。君もそう思ってくれるなら、僕に指輪を付けて欲しい」
そう言われてチャンドラは迷わずコノエの左手を取った。そしてコノエの左薬指に指輪を嵌めながらこう言ったのだ
「死ぬまでずっと一緒に居てあげますよ」
「本当に?」
「男に二言はありません。…何そんなに驚いてるんです?貴方ならこうなるって分かってて俺に指輪渡したんでしょ?」
コノエは今までに見た事ないぐらい驚いていた。
そして泣きそうな顔をしながらチャンドラを抱きしめて来た。
「ありがとう、ダリダ。君はやっぱり君だね」
「…まだダリダ呼びは許してませんよ」
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事の顛末はこんな感じである。
ただ、未だチャンドラは記憶を取り戻せていない。
「確かにそうだけど、僕は全部覚えているからね。それにダリダも僕の事愛してくれているんだろう?ならなんの問題もないよ」
「アレクセイさんの事は愛してますけど、問題だらけじゃないです?もしかしたら全く違う俺かもしれませんよ?」
だって、貴方が好きになった俺のことを俺は思い出せないのだから。
「君は君だよ。僕が好きになったダリダだ」
死ぬまでずっと一緒に居てくれるんだろう?
そう言ってコノエはチャンドラの事を抱きしめた。
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別室に行ったコノエとハイラインの会話
「たかが一年半、だ。彼の本質は変わらないよ。彼が僕との事を覚えていなくても僕は彼との事を覚えている」
「だから僕はダリダの事を愛している」
「彼は聡いからね、さっきの僕の言動と指輪で自分がかなり僕から愛されていた事はわかったと思うよ」
「だったらあとは彼の事をもう一度口説き落とせばいいだけさ」
「アルバートはもしノイマン大尉がダリダと同じ状況に陥ったとして彼の事諦めるのかい?」
「…諦めませんね。絶対に取り戻します」
「だろう?僕もだ」