【タル蛍】逃げたい彼女と、逃がす気のない俺と。 久々の手合わせでいつもよりも昂っていた。それは少なからず影響していたかもしれない。
彼女は少しふらふらとしながら水の入った杯を手に取ると一気に呷った。しかし勢い余ったのか口の端から零れてしまい、慌てて杯を口から離すと困ったように口元を拭う。それでも拭いきれなかった水はそのまま首を流れていった。
いつもなら「何してんの相棒」なんて笑っていたかもしれないのに。そんな姿から視線を逸らせずふらふらと吸い寄せられるように近付くと、彼女は不思議そうにこちらを見る。
「俺にもちょうだい?」
「え? うん、どうぞ」
そう言って差し出された杯には目もくれず、彼女の手首を掴んで首を伝った水に舌を這わせる。
手首を掴んだのは、無意識にでも彼女の抵抗を防ごうと思ったからだろう。当然驚いた彼女は慌てて身を引こうとする。けれどその抵抗は掴んだ手が拒んだ。彼女の手から杯が落ちて足元に水が散る。
それを無視してそのまま首を舐め上げ、口の端を吸い、もっとと言わんばかりに口付け水を求める。当然そこに必要な量の水などない。それでも口の中の水分を奪うように口付けしばらくして唇を、そして手を離せば思い切り唇を拭われた。
どうしてそんなことをするのか。そんな感想が頭を過った。瞬間驚きに目を開く。彼女は当然のことをしたまでだ。
――だって俺たちは付き合っていないのだから。
それなのに口の端から水を零した彼女が煽情的で、ただ欲しいと思ってしまった。
そう、水ではなく彼女自身を。
全部、喰らいたいくらいに。
そんな欲は持ち合わせていないと思っていたのに。
「え? 俺、君のことが好きなの?」
欲情するような相手だと言うのなら、そこには好意があるはずだと思った。けれど一度もそんな風に彼女を見た覚えはなかった。だから確信が持てなくて問いかけるような形になってしまう。
「はぁ?」
何をふざけたことを。そんな感情がその声にはっきりと滲んでいた。ジトリと睨みつけられ更に強く唇を拭われる。チクリと小さな胸の痛みと、そこまでする必要ないじゃないかという小さな苛立ち。
何故?
必死に考えて一つの考えに至る。
「相棒、気付いたかもしれない」
「何に?」
「今唇を拭われて凄く傷付いた。だから君のことが好きみたいだ」
虚を衝かれた彼女はその小さな口をぽかんと開けている。あぁマズイ。またキスしたくなってきた。昂る欲をそのままにまた口付けようとすれば慌てて両手で防がれる。
「ちょ、っと待って!」
「どうして? さっきもしただろ?」
「勝手に奪ったんでしょ!」
抵抗しながら顔を真っ赤に染め上げていく蛍はとてつもなく可愛い。どうしよう、恋心に気付いた途端、強い彼女から可愛い彼女にしか見えなくて堪らない。
抵抗する手を掴みあげ腰を抱き寄せてまた唇を奪った。苦しさに必死に呼吸を求めるたび、漏れる吐息が腰に響く。大きくなりつつあるソレを隠しもせず押し付ければ、蛍はカッと目を見開き舌を噛んできた。痛みに拘束が緩んだ瞬間を逃さず距離を取る蛍に今度は俺が舌を気にしつつ唇を拭う。
「酷いな、相棒」
「信じられない……!」
真っ赤な顔で涙を浮かべてこちらを睨みつけても、今の俺には全部煽っているようにしか見えない。
じりじりとお互い相手の出方を窺う。
逃げたい彼女と、逃がす気のない俺と。
手合わせとは違った緊張感にまた神経が昂るのを感じた。