ヨワヨワ本丸のはんくん(仮) 『……僕は、泛塵。真田左衛門佐信繁の脇差。大千鳥十文字槍ともども、真田のものとして……』
顕現の名乗りを上げると、その場の空気がぴりりと凍りついた気がした。
「……こんな塵が顕現して、がっかりさせてしまったか」
下がり眉を更に下げて、泛塵が俯くと、慌てた様子で布を被った男が声をかけてきた。
「いや、すまない。まさか泛塵が顕現するとは思わなくて……がっかりなどしていない。驚いただけだ。ようこそ、我が本丸へ」
汚い布を被った男は、その下にキラキラと輝く髪と宝石のような瞳を持っていて、ぎこちなく微笑みかけてきた。
「……ああ、よろしく頼む」
泛塵も顕現して初めての愛想笑いを試みるが、かろうじて唇の端を上げることが出来ただけだった。
「……名乗りが遅れたな。俺は山姥切国広。この本丸の初期刀にして近侍を務めている。何か困ったことがあったら言ってくれ」
鍛刀部屋を出ると、静かな廊下に出た。布をはためかせながら歩く近侍の後を、その歩調に合わせて小走りでついて行く。
すたすたと歩く山姥切国広に付いて辺りを伺いながら進むが、周りには他の気配がしない。
「……ここがお前の部屋だ。まずは人の身に慣れるといい。お茶でも飲むか」
「すまない。……それにしても、随分静かな本丸だな」
泛塵の言葉に、ぴく、と茶器に伸びた山姥切国広の手が止まった。
「……この本丸は、出来てから日が浅くて……実は刀は両手くらいしかいない」
「両手」
思わず泛塵は自らの手を見た。ひぃ、ふぅ……とお。十振りほどしかいない、と言うことか。
「本来ならば新しい刀剣男士が顕現した時には全振りで歓迎するつもりだったのだが……今は遠征と、内番で畑に出ていて出払っているのだ」
聞き慣れない言葉に首を傾げる泛塵に、おいおい説明してゆくから、と断る。
「ともかく、ここは出来たばかりで、いろいろなものが足りなくてな。申し訳ないがお前にも明日から早々に働いてもらうことになるだろう」
「ああ、任せろ。この塵は掃除が得意だ」
泛塵の言葉に頷くと、山姥切国広はすっと立ち上がった。
「すまないがまだ仕事が残っていて……俺の兄弟である堀川国広に世話係を頼んだから、今呼んでくる」
「泛塵さんで脇差は二振り目だね」
堀川国広はおにぎりを持って現れ、まだ顕現したばかりで解らない事だらけの泛塵に色々と細かい事を教えてくれた。
「本当ならば内番は畑・馬・手合わせと三種類あるんだけど、うちは人数が少なくて……遠征にも行かないと資材が手に入らないし。なんとか資材をかき集めて鍛刀した結果、泛塵さんが来てくれたんだよ」
「……そうなのか」
「……だからね」
堀川国広は言葉を切ると一呼吸おいて、申し訳無さそうに言った。
「ここには、大千鳥さんはいないんだよ」
しん、と静かな本丸にひときわ静けさが降りた。
ぽかんと、胸に空洞が空いたような感覚。
「……そうか……。ならば、いつ大千鳥が来ても良いように、掃除をしておこう」
本丸の生活に慣れてきて、泛塵は自分のおかれた状況を把握した。
なるほど、この本丸は出来たばかりで刀も少なく弱い。
刀の数を増やしたいが鍛刀するための資材も乏しく、かといって任務に出る力も足りない。
「大千鳥十文字槍は、この本丸が出来てすぐの任務で……政府からの報酬だったのだが、とても達成出来なかった」
写しの俺が近侍だから、と山姥切国広は俯いてしまう。
そういう事もあるのか、と泛塵は思っている。
自分のあるところには大千鳥十文字槍は居るものだと思っていた。
大千鳥十文字あっての自分だから。
でも、こんな風に……
自分だけがあることも、あるのだ。
吹けば飛ぶような弱々しい本丸で、日々を必死にこなしてゆく。
「山姥切国広、貴方が気に病むことはない。これからだろう?この塵も力を尽くす。この本丸を日の本一にしよう」
そうだ、これからだ。