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    NEL90000

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    『風雲児流後輩育成法』
    飴な矢さんと鞭な久が出てくるタイプの矢久。

    風雲児流後輩育成法 久森は今、目の前に並ぶ一年生ヒーローという存在を果たしてこれからの出来事に巻き込んでいいものなのかと良心の呵責に苛まれていた。とはいえ、どこか好奇心を抑えきれていない彼らの少し楽しげな視線を無碍にすることもまた、なんだか申し訳ないような気がして「やっぱりやめておこう」などと野暮なことを言うことも躊躇われていた。
     結局、ようやく開いた久森の口から突いて出たのは「怪我にだけは気をつけて。最悪相手のことはそんなに考えなくても多分大丈夫だから」という、経験則が含まれているのかそれともただ単に雑なだけなのかわからないようなアドバイスだけだった。


     「幅広い戦術を知ることは戦力の向上、ひいては各校との連携に役立つはずだ」という提案をしたのはいったい誰だっただろうか。とにかく自分がいつものように矢後を回収して遅れて合宿所に辿り着いた時には、既に話がまとまっていた。
     斎樹が簡潔にまとめてくれた説明を聞く限り、なるほど納得のいく話ではあった。五つの学校のヒーロー達がこの合宿所に集まり、学校関係なくチームを組んでパトロールや討伐を行うようになって早数ヶ月。最初の頃に比べればそれなりに連携が取れるようになったとはいえ、やはり長年培われてきた各校の特色に戸惑うことがまだあるのも事実だった。
     各校の特色を知るにはそれぞれに受け継がれてきた独自のトレーニング法をその身で体験するのが一番手っ取り早いだろう、そしてそれを体験するのはこれから先いろんな学校を引っ張っていく存在となる一年生が適切だろう、と、トントン拍子で話は進んだらしい。
     そう説明を受け、矢後はすぐに興味を無くしてどこかへまた消えてしまったが、久森はそんな矢後を追いかける気力など出ないほど困惑し、頭をフル回転させていた。
     風雲児には誰かが言ったような「独自のトレーニング法」など存在もしなければその指導方法なども持ち合わせていなかった。一年生の後輩を持たない久森は少なくともそのようなものを見たことがない。
     強いて言うなれば虎穴に入らずんば虎子を得ず方式、実践あるのみ、見て覚えろ、基礎体力作り・基礎訓練不要、自分のスタイルを貫くべし、これに尽きていた。
     矢後が誰かに戦闘方法を教えるということが得意なはずもなく、矢後から何か指導を受けることはほぼ不可能であることは他ならぬ久森が身を持って知っていた。かと言って久森自身も誰かに何かを教えるほど戦闘に長けているわけでもセンスがあるわけでもない。加えて矢後は重式、久森は術式。あまり組んだことのない迅式の立ち回り方すら把握しきれていないこともあるのだ、どうやっても教えるのに適しているとは言えない。
     間違った戦闘方法を教えてしまうことを避けるためにも風雲児に参加するのだけは辞めてもらおう、という結論に辿り着くのに数分も掛からなかった。そう意気込んでみたものの、一年生たちは各校にお試しで体験に行くことにワクワクを隠しきれておらず、上級生は上級生たちでなにを教えようかと訓練の計画を立て始めている。そもそも遅れてやってきた時点で久森が意見する余地など無いに等しかった。


     先日決定された体験訓練は崖縁、白星、ラ・クロワ、愛教を終え、残るのは風雲児のみとなった。独自開発された機械や他校にはない大人数での集団訓練、最新技術を駆使した訓練、普段なら企業秘密(らしい)な訓練などなど、一年生たちが他では体験できないような訓練を受けられたことはやはりいい刺激になったらしい。久森も後輩がそういった経験ができたことを手放しで喜んだだろう、トリが風雲児でなければ。どうしてうちが最後なんだ、と訴えでれば答えは明快で、「訓練の企画書を提出したのが最も遅かったから」である。
     これでも一応はリーダーなのだからこの訓練は矢後さんが行うべきだと提案したのは久森からだった。そう言われた矢後がとてもめんどくさそうに、渋々作成した企画書に書かれた企画は一文、「他校との喧嘩に参加させる」。できるわけないでしょう、と作成されて三秒でその企画書は久森の手で紙屑となった。結局、企画書は久森がなんとか妥協案として捻り出したものを提出したが、最後まで悩みに悩んだせいで提出に時間がかかったのは事実だった。
     最悪この企画書を読んで「こんなことに参加させられない」と突っぱねてはくれないだろうかと一縷の希望を指揮官に託したものの、返ってきた返答は「風雲児らしくていいね!」というなんとも暢気な返答だった。自分で書いた企画書ながら、軽く目を通されただけで承認の印鑑を押されたその紙を、久森はうっすら青筋を浮かべながら見るしか出来なかった。


    「…で、俺たちはここでこれをずっと眺めてていいんです?止めなくて大丈夫ですか?」

     佐海がチラリといつもよりテンションが低めな久森を窺いながら聞く。久森と一年生五人が少し高いアパートの上から見下ろしていたのは、まさに今矢後が他校と喧嘩をしている様子だった。五人に対して矢後一人ではあるが、明らかに矢後が優勢であることは素人目にも分かる。
    「いや、大丈夫だよ、まだよくある範疇だしね。残念ながらあのくらいじゃあの人はへばらないし、下手に飛び込むとこっちが怪我をするよ」
    「そーそー、素人が下手に手を出すとろくなことにならねぇぜ佐海ちゃん!」
    「…けど、いつまで見てるの?そろそろイーターが出てくるんじゃないの?」
     
     まさに霧谷がそう問いかけた瞬間、避難を促す警報が街に鳴り響いた。ここから少し遠い場所にイーターが出現したことを知らせてはいるが、この場所も避難区域となっているはずである。しかし目下の不良たちは喧嘩を止める気配が見えない。少なくとも矢後は警報の鳴り響いた方向を気にはしているものの殴りかかってくる奴らをとりあえずどうにかしようとしていた。

    「ちょっと止めてくるから、みんなも降りて来といてくれるかな?こっからが僕らの訓練だよ。……まぁ、期待は、しないでほしいんだけど…」

     まだ何もしていないのに既に疲弊しかけている久森を見て、大丈夫なのかと心配半分、ようやく風雲児のやり方を知れる興味半分で一年生はそれを見送った。


     風雲児の戦闘スタイルの特徴といえば、なんといってもその柔軟性が突出しているといえるだろう。白星ほど熟練され、型にはまった連携もなければ、ラ・クロワのような自身や仲間の身を第一にするような安全性への配慮も低くく、崖縁のようなヒーローというものへのプライドもそこまで高くない、とはいえ愛教のように一人で行動できるほど自由でもない。それでも風雲児高校が認可校のひとつをたった二人で維持してきたのは、それらを補う圧倒的センスと柔軟性が組み合わさっているからと言えた。
      矢後の幼い頃から鍛え上げられた戦闘への勘とスタイル、そしてその無謀とも言える積極性はぽっと出の人間が真似しようとしてできるものではない。そしてそのバーサーカーともいえる戦闘スタイルのリスクを一手に請け負い、安定したものに繋ぎ止めているのが久森だ。
      という総評を各々先輩から聞いていた一年たちは、一体どんな訓練を受ければそんな器用なことができるようになるのだろうかと興味を持たずにはいられなかった。訓練生時代を過ごすこと無く、久森は一年の時から「73」番として矢後の隣に立っている。運動はそこまで得意じゃないと自称する彼は一体どんな一年を過ごして今の力を手に入れたのだろうか。
     そしてなにより、先輩の無茶振りに振り回されてばかりの一部の一年生は、何とかして先輩を上手くいなす技術を盗みたいと思っていた。


    「矢後さん、時間ですよ」
    「わーってるっつーの。こいつらがしつけーんだって」
    「はいはい、わかりましたから早くイーターの方お願いします」
    「チッ…あ?なんで今日そいつらがいんの?そんなに人数いらねーだろ」

     どさり、と矢後は胸ぐらを掴んでいた相手を雑に落とす。消化不良とでも言いたげなその表情は見る者によっては恐れ慄いてしまうような凄みがあるが、久森はいつもと変わらない調子で声をかける。
     こちらに視線を向けた矢後は、ようやくその背後にいつもはいない一年生が背後にいることに気がついた。

    「僕らのやり方を見にきてくれてるんですよ…朝ちゃんと話したのに、もう忘れたんですか?」
    「忘れた」
    「はぁ……まぁいいです。みんなには僕の方についてもらうんで、矢後さんはいつも通りやっててください」
    「ふーん……ま、せいぜいがんばれよ」
    「なんのことです?」
    「お前じゃねー。一年の奴らに言ってんの」

     そう言い残してリンクユニットを砕いた矢後は、早々にイーターの方へ向かった。
     取り残された一年生はなんのことかと目をパチクリさせた。矢後が「がんばれ」などと声をかけてくることなど珍しい上に怪しい。久森はげんなりした表情で、「あの人は僕のこと鬼か何かだと思ってるのかな…」と呟いた。

    「まぁいいや。で、ここからなんだけど、僕らはここに転がってる人たちを近くのシェルターまで誘導しつつ付近に沸いてる幼体のイーターを倒す。送り届けたら今度は最短距離で矢後さんのところに戻る。これが流れになるかな」
    「え、それだけでいいの?」
    「うん、うちって特に特色のある訓練とかしてなくてさ。僕が一年の最初の頃にやってたことをみんなにやってもらうくらいしか思い浮かばなかったんだ。なんかごめんね、期待外れだったでしょ」
    「い、いえ!頑張ります!」

     一通り軽く説明を終えた久森は、今度は五人の不良達に目を向けた。体を起こしているのが四人、気を失っているのが一人。気を失っている人を確認したのち、動かしても大丈夫そうだと判断して担ぎ上げる。

    「あ、おい!お前風雲児のナンバー2だろ!そいつをどうするつもりだ!」
    「東エリアはね、残念ながら聞き分けの悪い人も多いから大人しく避難してくださいって言っても従ってくれないことが多いんだ」
    「おい、聞いてんのか!」
    「だからそういう人は多少手荒な真似をしてでも連れて行くことが多いかな。まぁ、東エリア以外でこんな方法使うと訴えられそうな気もするんだけど…とにかくやってみようか」
    「おい、聞けっての!!」

     しびれを切らした不良の一人が、一年生に説明している久森の背後から足払いを仕掛ける。それを避けた久森は不良に向き合うと、少し恥ずかしそうに宣言した。

    「く、悔しかったら取り返してみろってんですよ!」




    「あっはは、不良相手に啖呵切るなんて久森サンやるねぇ!」
    「笑い事じゃないよ…でもああするのが一番手っ取り早いんだって気がついちゃったからね」

      あはは、と笑う久森を見て、(やっぱり風雲児の生徒に久森さんが好かれている理由には久森さんにも原因があるんだろうな)というのを五人全員が確信した瞬間だった。
      しかし誰ひとりとしてそんなことを言葉にもしなければ顔にも出さなかった。今年の一年生はそれ程までに人を慮る心があった。

    「久森さんも苦労しますね…それで、ここから一番近いシェルターに向かうんですっけ?」
    「うん、といってもここからだと一番近くても少し距離があるからちょっと大変かも。認可外のパトロールしてるヒーローがいたらその人に引き渡してもいいんだけど、このコースじゃ難しいだろうしなぁ。とりあえず道が分かる僕が先導するから着いてきてもらっていいかな?」

      久森の問いに各々返事をする。
     しかしここからが軽く地獄だった。
     まず、先ほどまで地面に転がっていた不良達。矢後にボコボコにされた直後だというのにとてつもなく活きがいい。まるで親の敵でも追っているかの如く追いかけてくるし、久森と一緒に行動しているせいか自分達まで舎弟だと勘違いされる。だがこちらは彼らをシェルターまで先導しなければならない。つまり全力で逃げつつ逃げ切ることも許されない、捕まりそうで捕まらない速度を保たなければならないのだ。
     更に幼生体の相手である。正面に出てくるだけならまだしも、自分たちを追いかけてくる不良達の背後に出現してきた時の対処がまた大変だった。久森は、「こういう時は所々通ったところにトラップを仕掛けておくと便利だよ、術式専用で申し訳ないんだけど」と説明して実践して見せたが、慣れないうちはコントロールが難しく、発動のタイミングも合わない。コツを掴めば何とかできてくるものの、自分たちを追いかけてくる不良達に当てないようにしなければならないので緊張感は拭えない。

     慣れない道を慣れない速度で走りつつ、慣れない技を使う。しかもそれをいきなり実戦でこなすというのは想像以上にハードなものだった。
     シェルターにたどり着いて久森が担いでいた不良と後を追いかけ回してきていた不良を引き渡している間、(久森さんってあんなに体力ある人だったっけ…?)などとしか考えられないくらいには頭が回らなくなっていた。
     何とか息を整えている所に、久森が駆け寄る。

    「大丈夫…?ごめんね、怖かったかな」
    「いや、それは大丈夫です、むしろ沢山フォローしてもらってすみませんでした」
    「全然!やっぱり人が沢山いると楽だよ。こんだけ人がいたらもっと上手く護衛できるんだろうけど、ひとりでやらなきゃいけない時はこんな感じかなって程度に留めて貰えたらいいかな。一番は仲間を呼ぶことなんだろうけどね」
    「さ、参考になります…!」
    「さて、申し訳ないけどすぐに矢後さんのところに戻らなきゃ。急がなきゃ矢後さんが死ぬ時間に間に合わなくなっちゃう」
    「なになに〜、今日も矢後サン死ぬの?」
    「も、って……まぁそうだね、運が悪いと今日こそ死んじゃうかもしれない」

     乾いた笑いをこぼしならがら、軽く地面を蹴った久森の後を追う。

     ここからも軽く地獄だった。
     先程は不良達を誘導すべくちゃんと地面を走りつつ速度を弛めて走った。それが誘導すべき相手が居ないともなると速度もコースも段違いなレベルになる。
     久森が作るラインの足場を利用しながら色んな建物の屋根の上、屋上、たまに壁を、海外のヒーロー宜しく走り回り、いつもは使わないような薄暗い小道すら駆ける。いつも矢後が踏み込む足場よりかは太めにラインを用意してくれていることはわかるのだが、いささか初心者に綱渡りを強要するにはあまりにも時間制限が厳しすぎた。
     とはいえ、こちらには確実に矢後が死の危険にさらされているという事実が明らかとなっている。その事実は想像以上に自分たちの焦りを買った。
      一年生達だってヒーローである。彼らも命懸けで市内を駆け回ったりパトロール外のコースを走ったことはある。だが、慣れない道だけでなく道以外を走る事は珍しい。いかにして最短コースを走って目的地を目指すか、それは普段から気をつけて地元のことを見ていなければ中々咄嗟に判断も付けられないことだ。


     なかなかハードレベルなアスレチックワールドを命懸けでタイムアタックしたような走りは、元々すり減りかけていた体力をごっそり削った。矢後の元に辿り着いた頃にはイーターはあとは大型一体を残すのみとはなっていたが、一年生からしてみれば長時間戦闘を続けた並の体力しか残されていなかった。

    「思ったよりはえーじゃん」
    「そりゃ、みんな優秀ですからね。誰かさんと違って道を逸れたりとかしないですし」
    「誰かさんって誰だよ。お前らもお疲れ」
    「ありがとう、矢後さんに褒めてもらえるなんて、嬉しいな」

     透野しか返事は返せなかったが、ほかの四人もそれなりに驚いていた。あの矢後さんが、まさか自分たちを褒めるだなんて。しかも戦闘に参加したわけじゃなく、久森さんについて行っただけで。

    「わぁ〜、矢後サンに褒められるとか、天変地異の前触れかな」
    「なんだよ、テンペンチーって」
    「失礼だぞ北村!でも俺ら、ほんとに褒めてもらえるようなことしてないですよ。久森さんについて行くので精一杯で」
    「じゅーぶんだろ、それが今回の目的だろーし」
    「目的、ですか?」
    「あいつ、急にひとりでなんかやれって言われた時にでもちゃんと動けるよーにとかどうせ指導してたんじゃねーの?」
    「あ、はい!その辺についても勉強になりました……!」
    「俺はその辺なんも教えてねーから、すげー文句言われた。急に一人で戦場に立たせるのは鬼なんだってよ」
    「え、当然ですよね……?文句一つで済んだくらいで感謝して欲しいくらいですけど……?」
    「…じゃあ、久森さんのあれ、全部独学なの?」
    「まぁ、そうだね。トラップは術式の応用戦術のひとつにあるって聞いてたからよく練習してた、ラインを足場に使うとかも応用のひとつだよ。今日走った道のりは他校の人からいかにして身を隠しながら帰れるか毎日考えてたら分かるようになったって感じだし」

      頼れるヒーローが一人しかいない、しかもそれが矢後さんともなると、いやでも色々できるようになるよ。
     遠い目をしてそう零す久森と、少し同情的な目をしてしまう一年生、「おい」と一人だけ不満げな矢後。
     待たされすぎて不満を爆発させたイーターは七人ものヒーローに瞬殺され、無事矢後も死ぬことなくその日の討伐は終了した。



    「じゃーさー、矢後サンだったら今日の僕らに何を教えてくれたの?」
    「あ?喧嘩」
    「教えてくれたの、久森さんで良かった」
    「霧谷も喧嘩しなさそーだもんな」
    「ふ、普通はしないと思います」
    「でも久森のよりは楽だろ。あいつのほーこそ、鬼だからな」
    「まぁ確かに今日はなかなかハードでしたね」
    「なんだかんだ言って実践が一番覚えやすいしね。矢後さんにやられたみたいにぽんっと一人で投げ出されるよりかはマシかなぁと思ってたんだけど、やっぱり人に教えるって難しいね」
    「でも、とっても楽しかったよ。久森さんもお疲れ様」

     申し訳なさそうに笑う久森を見て、(本質はしっかり風雲児のやり方受け継いでるんだよなあ)とは、誰も口に出さなかった。




     報告書を仕上げてくる、と言って合宿所へ向かった久森と別れた後、残された一年生達は矢後に連れられて近場のコンビニ寄っていた。矢後が一年生に一本ずつジュースを奢り、人気のない駐車場を占領する。

    「マジで矢後サンが奢るとか、どういう風の吹き回し?ほんとに明日地球滅んじゃう感じ?」
    「北村、お前も大概しつれーだよな」
    「矢後さん、もしかしていいことでもあったの?」

     透野の指摘に目をぱちくりと瞬かせた矢後は、五秒ほど考えて首を傾げた。

    「いや、別に」
    「でも矢後さん、今日はすごく機嫌がいい。慎と良くんが久森さんのこと話してる時とか、すごく嬉しそうだった」
    「そんな事ねーよ」
    「でも久森さん、ほんとに凄かったんですよ。普段の優しい感じもありつつ、まぁ少し無茶振りするなとは思いましたけど、でもすごいわかりやすかったですし。な、慎!」
    「うん、僕と一年しか違わないけど、一年であんなに差がつけられるのって、やっぱり久森さんって努力家なんだなって思いました。同じ術式として、もっといろいろ教えてもらいたいです」

     北村はとりあえず置いといて、矢後は一年生たちのこの純粋な目が苦手だった。しかも自分のことを話しているならまだ適当にあしらえるが、彼らが話しているのは久森についてだ。あんなやつ、と言ってのけるのは簡単だが、それをいざ声に出そうとするとどうしても言葉に詰まる。
     なにせ、久森の努力を一番身近で見てきたのは間違いなく自分で、矢後にはそれを否定するなど到底できそうになかった。見せびらかしたいという気持ち半分、まだ隠しておきたいと思っていた気持ち半分というのは、この前のヒーロー襲撃事件直後辺りから自覚はしていたが、今になってそれをぶり返す羽目になるとは、矢後自身も想像していなかった。
     なんとも言葉にしたくない気持ちを大きく息を吐き出すことで誤魔化す。

    「そういうのは俺にじゃなくて久森に直接言え」

     それ以外の言葉は全て無意味だと、矢後でも悟った。
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    NEL90000

    MOURNING『四季折譚』
    待てない矢さんと待てる久の矢久。
    または矢さんの卒業した風雲児で久が四季を送る話。
    もしくは風雲児高校の書きたくても書けなかった話特盛にした話。

    あと、私は受けのために普段ならやらないことを不器用なりにやる攻めが死ぬほど好き。

    矢さんの母と姉と久の母もほんのちょこっとだけ喋る。
    四季折譚  ほんとに矢後さんはよく寝ますねぇ。これ以上成長するところもないでしょうに。
      今日、高校の入学式だったんですよ。矢後さんは卒業したから知らないでしょうけど、ほんとに大変だったんですからね。あんなに嫌だって言ったのに、卒業式の日に矢後さんがあんなこと言ったせいで僕はめでたく総長の座を頂いてしましました。今どきの転生モノでももう少しまともな環境と役職が与えられるってのに…僕の折角の平穏な日常は、少なくともあと一年は訪れないでしょうね。あーあ。
     それより早く起きてください。季節の行事にやたらとうるさい彼らがご丁寧に桜餅を大量に用意してくれたんです。
      桜餅も、合宿施設に持っていきましたけど、消費し切れる気がしないんですよねぇ。よりにもよって全部粒あんですよ、ありえない…僕が総長になったからにはとりあえずあんこはこしあんが至高だということを周知させるところから始めようと画策してるところです。さぁ、カピカピになる前に桜餅食べちゃいましょう。早く起きてください、矢後さん。
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