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    『四季折譚』
    待てない矢さんと待てる久の矢久。
    または矢さんの卒業した風雲児で久が四季を送る話。
    もしくは風雲児高校の書きたくても書けなかった話特盛にした話。

    あと、私は受けのために普段ならやらないことを不器用なりにやる攻めが死ぬほど好き。

    矢さんの母と姉と久の母もほんのちょこっとだけ喋る。

    四季折譚  ほんとに矢後さんはよく寝ますねぇ。これ以上成長するところもないでしょうに。
      今日、高校の入学式だったんですよ。矢後さんは卒業したから知らないでしょうけど、ほんとに大変だったんですからね。あんなに嫌だって言ったのに、卒業式の日に矢後さんがあんなこと言ったせいで僕はめでたく総長の座を頂いてしましました。今どきの転生モノでももう少しまともな環境と役職が与えられるってのに…僕の折角の平穏な日常は、少なくともあと一年は訪れないでしょうね。あーあ。
     それより早く起きてください。季節の行事にやたらとうるさい彼らがご丁寧に桜餅を大量に用意してくれたんです。
      桜餅も、合宿施設に持っていきましたけど、消費し切れる気がしないんですよねぇ。よりにもよって全部粒あんですよ、ありえない…僕が総長になったからにはとりあえずあんこはこしあんが至高だということを周知させるところから始めようと画策してるところです。さぁ、カピカピになる前に桜餅食べちゃいましょう。早く起きてください、矢後さん。




      はぁ…疲れた。
      確かに僕は先月「粒あんよりこしあんの方が好きです」と言いました。だから今回こどもの日のボランティアで作った柏餅は全てこしあんでしたよ。というか元々柏餅はこしあんで作るものですけど。それよりもですよ、僕も一緒にボランティアに参加してたから作ったし食べたんですよ、柏餅。それなのにお土産にどうぞって山のように柏餅持たせてもらっても困るんですよねぇ。矢後さんと一緒に食べてくださいって押し付けられて、それを突っぱねられるほど僕はまだ強気にはなれなかったみたいです。ちゃんとNOが言える人にならなきゃ…あ、これなんかほら、鬼の顔が餅に彫ってある。もはや職人芸ですよね、その筋の人にでもなるんでしょうか、この人。この人の彫り、子供たちにも大人気だったんですよ。どんなにせがまれても厳つい絵柄しか彫らなくて、でもそれに子供たちは大喜びしてて、風雲児高校の周辺地域にあーいう趣味が多いのは幼い頃からの情操教育の賜物だったんですね。大いに納得した瞬間でしたよ。
      ん、よかった、お茶のストックまだありますね。じゃ、入れてきますからそれまでに起きといてくださいよ。起きてなかったらたたき起こしますからね。




      久しぶりに晴れたってのに、ほんとに矢後さんはよく寝てますねぇ。
      まぁ、知ってましたよ。矢後さん昔から雨が降ろうが槍が降ろうが、睡眠第一で生きてますもんね。今更でした。
      雨が降っていては風雲児の人達も大人しくするしかないみたいで。この一年で一番穏やかな月ですよ。あぁ、でも僕的には頭が痛いですかね…
      何がってそりゃ、後輩探しですよ。矢後さんはツイてますよねぇ、たまたま見つけた僕を運良くヒーローに引き込めたんですから。僕にはとても真似出来ない芸当です。ということで今年は風雲児のヒーロー、僕一人でやることになりそうです。はぁ…他の高校は候補生が増えたりしてるっていうのに、僕のとこだけですよ。いや、志願者は多いんですけどね。なかなか条件に合う人が見つからなくて……。運命を変える力ってほんとに希少だったんですね。改めて考えても僕が持つべき力じゃないよなぁ、と。…久しぶりにこんなこと思いました。僕も変わってきてるんだって最近自覚できるようになってきたとこです。
      そういえば、ヒーローの後輩はともかく、未だに副長すら決まらないんですよ。僕が「喧嘩の前線には立たないので僕の代わりに喧嘩ごとを引き受けてくれる矢後さんより強い人がいい」なんてボヤいたのが失敗でした。まぁ、まだ矢後さんに直接喧嘩売りに来るような人が居なくて助かったと思うべきですかね。
      ……ふぁあ、進路のこともあるしで、最近は考えることが多いんです。たまには僕も一緒に寝てもバチは当たりませんかね?…うん、すみません、十分だけ一緒に寝かせてください…




      あー、暑いですねぇ。ただ暑いだけならあれですけど、蒸し暑いんですよね、七月って。訓練の日なんかはシャツが何枚あっても足りませんから、ほんとに大変なんですよ。
     一人暮らしなのに毎日洗濯しなきゃ着替えのローテが間に合わないんです。不便ですよ…僕が大富豪だったらシャツをあと五枚、買い足したい。でも正直今はそれよりも課金欲の方が強いんですよね。矢後さんの指に頼らずいかに欲しいカードを引くか日々研究を重ねてますが、こればっかりはやっぱり運ですからね。
     ということで、指、お借りします。
     気づいちゃったんですよ、この世の真理に。ありとあらゆる方法を試してもダイヤは消えるだけだと。今回はあまりにも多くの犠牲を払いすぎてしまいました。取り返すには、もうこの手しかないんです。
     ……いえ、やっぱりやめときます。寝てる人の指を勝手に借りるなんて、やっぱり罰当たりですよね。これ以上不徳を積むのは良くないだろうし。
     こないだもポロッとこぼしちゃったんですよ、「どこかに強運な指の持ち主は居ないかなぁ」って。そこからほんとに大変だったんですよ。矢後さん、知ってましたか?風雲児高校では他校と決闘して、その中で最も健闘して強運の指を持つ者として選ばれた人だけが僕のソシャゲのガチャを引けるんだそうですよ。いつの間にそんなルール出来ちゃったんでしょうね。でもいいやつを引いてやろうって意気込んでる人程物欲センサー働いてそういうのって引けないじゃないですか、なので丁重にお断りしました。
     ねぇ、矢後さん。今なら僕の引けてない推し溜まってますから、きっと一体くらいすぐ出てきてくれると思うんですよね。早く矢後さんに引いてもらいたいんですけど、そろそろどうですか?




     矢後さん、お久しぶりです。元気にしてましたか?会えない間にお誕生日迎えちゃいましたね、おめでとうございます。僕の方は珍しく風邪ひいちゃったんですよね。いや、文句なら台風の中海辺に出てくるイーターに是非お願いします。あんなに危ない戦闘は久々でした。海水浴は晴れた暑い日にやるに限ります。死ななかっただけマシだと思うことにしますけど。
     去年の今頃も海に行きましたね。忘れもしません、海水浴にみんなで行くって決まってた日の前日に矢後さんが身体に跡を付けまくったせいで上着は脱げないわ海には入れないわ、ひたすら砂浜でお城作ってたんですよ?折角の海だったのに勿体ないなぁとは思いましたけど、今年みたいな海水浴もごめんです。もっと普通に海を楽しみたいんですよ、僕は。
      ……でも、矢後さんのいない海はつまんなかったってのは、ありましたね。風邪引いた時も、みんな会いにきてくれたけど心細かったんですよ。矢後さんが来れないのは仕方ないですけど、それならせめて夢の中も自重して欲しかったなぁ。……いえ、それでも久々に声を聞けた気がして嬉しかったです。
     それじゃ、僕は休んでた間に溜まってた資料見直さなきゃいけないので少し早めに帰ります。また来ますね。
     


      はー、もう九月ですよ矢後さん。夏休みなんてあってないようなものだったし、まだ八月だと思ってたいです。だって、もう三年生も半分終わっちゃったんですよ?高校生というものに特別価値を感じたことはないですけど、進路のことを考えると憂鬱だし、それよりも前にある秋の芸術祭のことを考えるとそれだけで目眩がしそうなんです。
      夏の暑さにバテてたヤンキー達も、秋の過ごしやすい空気になると活動が活発になるみたいです。僕も三年経ってようやく彼らの生態を理解してきました。それはもう毎日飽きずに喧嘩、喧嘩、喧嘩。……別に頻度が少し上下するだけでいつもと対して変わらないですね。けど最近は血の気が多い気がします。まぁ、彼らは卒業したらどこかの職人の元に弟子入りしたり、専門学校に行くと決めたりとやりたいことを決めてる人達が意外と多いので、色々あるんでしょうね。
     僕の未来は相変わらずぼんやりしてて、彼らのやってることにどうこう口出しできるような立場じゃないなぁと思ってます。自分が何をしたいのかはっきりしないまま、とりあえず大学に進もうかなとか考えてるけど、それってどうなんでしょう?風雲児の人達然り、ヒーローのみんな然り。気がついたら周りはやりたいことが決まってる人達ばかり、不意に自分を見るとすごく虚しくなるんです。こういう時、矢後さんならなんて言ってくれるんでしょうか。矢後さんは、どうやって自分の未来を決めましたか?ってのは、野暮な質問ですね。でもあの時矢後さんがあっさり進路を決めたのには、驚いたなぁ。
      ま、もう少し考えてみます。今決めた道が全てを決めるわけじゃないですもんね。なんだか愚痴っぽくなっちゃってすみません。こんなんじゃ呆れられちゃうな。でも、また迷ったらその時はまた話を聞いてくれますか?相槌なんて要りませんから。





      はー、終わりましたよ!秋の芸術祭!風雲児で一番の鬼門ですよね、あれ。あの盛り上がりは僕にはどうにもできないし、逃げ切ることも出来ないしでどうなるかと思いましたけど、何とかなるもんですね。そういえば矢後さんが一年生の時に怪力ショーしたって本当ですか?どうせたまたまそこにあった物をタイミングよく壊したとかなんでしょうけど。彼らにとって見れば破壊も芸術のひとつなんですね、僕には理解し難い領域です。
      書なら楽なんで、今年もそれにしようと思ったんですけど、同じ手は使えませんでした。何やったと思います?コロッケですよ!ありえない!!いえ文化祭と言えば出店をやるのが一般的なのは分かります、普通ですよね。でも風雲児じゃ普通じゃないんですよ。そもそも芸術祭でなんで料理?美しく盛り付けられた職人の料理とかならまだしも、ただのコロッケ、揚げて紙袋に詰めただけなのに、あれも芸術になるんですかね……?幸いなことに人手は死ぬほどありあまってましたし何故か皆さん協力的だったので、大変好評で忙しかったですけど何とかなりましたよ。料理を普段やらない人達に一から教えるのは手間がかかりましたし、冷凍食品とかじゃなくて芋を蒸かすとこからやったので時間もかかりました。でも、歴代一の盛り上がりだったみたいです。普段は風雲児に近寄りたがらない地域の方々にも振舞ったりして。
      なんだか、周りは厳つい人達ばかりでしたけど、普通の高校生活を楽しめたのは久しぶりな気がします。勿論、僕が中心となって屋台をやった事は未だに不服ですし、できるなら外野で少しだけ手伝うくらいのチョイ役が僕にはお似合いだとは思うんですけど。まぁ、たまにやるくらいならありかも、くらいは思っちゃいましたねぇ。
     矢後さん、料理の基礎くらいはできますからコロッケも多分そんなに難しくないと思うんですよね。佐海くんみたいに手馴れた人と作るのも楽しいけど、それとは違う楽しみ方が矢後さんとやればありそうだなーとか考えちゃって。……ね、どうですか、矢後さんが起きたら一緒にキッチンに立ってコロッケ作ってくれませんか?矢後さんきっとじゃがいも潰すの上手だと思うんです。僕は少し芋のゴロゴロが残ってる方が好きなので、潰しすぎないようにしてくださいね。何回か作ったら多分塩梅わかってきますから。楽しみにしてますね。



     
      矢後さん、久々ですね。今月は色んな行事が沢山あって、どうしても会いに来る暇が作れなかったんです。けどとりあえずは一段落したんで今日は来てみました。
      僕、進路決まったんです。どんな進路を選んだかは、また矢後さんが起きた時にお話したいのでまだ言いませんけど。風雲児を選んだ時とは違う緊張感がありますよね、高校卒業後の進路を選ぶって。風雲児から離れられることは喜ばしいことなはずなんですけど、この時期になるとなんだか少し寂しい気もします。風雲児に絆されちゃったのかなぁ……。うう……受け入れがたい変化です……。
      ……矢後さんは、僕の誕生日って覚えてます?実は今日なんですよ。だから余計会いたくなっちゃって、思わず来てしまいました。自分の誕生日は来なかったくせに、とか言われそうですね。ふふっ、すみません、それはそうなんですけど、まぁ許してください。あの時はあの時で色々あったんですよ。
     いっぱい推しのグッズ貰ったり、いなり寿司用意してもらったり、沢山お祝いして頂いちゃいました。もう十八歳ですよ、そんな実感全くないですけど。でもやっぱ主役ってのは柄に合わないんですよね。静かに自分の部屋でゲームして、本読んで、好きな物を食べて、平和な一日を過ごす。それだけで十分幸せな一日ですよ。いえ、お祝いされたことが嬉しくないとかじゃないんですよ、全く!そこは断じて言いますけど!いや、でも風雲児式のお祝いだけはせめて改めて欲しいかな……。
     もう肌寒くなって、コンビニにも肉まんが並ぶ時期になりました。肉まん、ピザまん、美味しいですよね。あんまんはこしあんが出たら買うのを考えてもいいです。最近は期間限定の珍しいやつとかも出てて、でも僕はやっぱ定番のやつが好きです。カレーまんも定番といえば定番枠に入るかもしれませんが、ひとりだとどうしても買う気になれないんですよねぇ。カレーまんは矢後さんのってイメージが染み付いちゃって。二年連続で食べてたら僕の好物じゃないのに何故かあの味が恋しくなってくるんです。矢後さん、早く起きて買ってきてくださいよ、そして一口でいいので分けてください。一口くれたら、あとは矢後さんが全部食べていいので。誕生日プレゼントはそれでいいですよ。ね、お願いします。




     あぁぁ……もう今年が終わってしまう……。十二月は十二月で忙しいですよね、クリスマスに年末、僕とは縁遠いはずだったのにどれもこれも風雲児とヒーローのせいで大忙しですよ。僕はイベントの日こそ家にひきこもって平和な日々を謳歌する事こそが至高だと思ってるんです、こればっかりは何年経っても変わらないですよ。
     矢後さんだって喧嘩とかなければ寝てたいでしょう?それと同じ考えだと思うんですけどねぇ……。あれ、もしかして矢後さんと僕ってほんの少し似てたりしますか……?いや、まさかね、僕らに限って似てるなんてないですよ、だって正反対ですもんね。もし似てたら今年一の大発見になるところでしたよ。そんな事実、気づきたくないです。なので気がついてないことにします。
     今月は去年好評だったラ・クロワとのイルミネーション対決を何故か今年もやる羽目になって、まだ十二月も真ん中なのに既にクタクタです。けど、一応不良にも流行り廃りというのはあるらしく、今年は去年とはまた一風変わったデザインになりましたよ。僕は相変わらずラ・クロワのほうが好きですけど。けど風雲児の人達はボランティア慣れしてるだけあって手際もいいですね、あれで喧嘩っ早くなくて周りに敵も少なければもう一ミリくらいはマシな集団なんですけど……風雲児は最後まであのままなんでしょうね。喧嘩っ早くない、周りに敵もいないとなればそれはもはや風雲児じゃないです。
     今年は年末年始にかけて実家に帰るんです。もうこの時期にゆっくり過ごせるのも何回あるか分かりませんから。久々に実家でゆっくりすることになりそうです。だから年末年始は会えないんですけど、また時間があれば来ますね。




     あけましておめでとうございます、矢後さん。今年もよろしくお願いしますね。なんて言ったら怪訝な顔するんでしょうけど、これは僕が言える特権ですからね。
      いやぁ、久々に実家に帰るといいですね。親が大抵の事をやってくれますから、ダメ人間になるかと思いました。さすがに落ち着かなくなって色々手伝いはしたんですけど、びっくりされちゃいました。「いつの間にそんな世話焼きになったの」、なんて言われちゃいましたよ。一人暮らししてるせいってのもあると思うんですけど、六割くらいは矢後さんのせいですからね、これ。「これならどこに出しても大丈夫ね」なんてお墨付きまで貰っちゃいましたよ。出来ないよりかはマシでしょうけど、ほんとに僕いつからこうなっちゃったんだろう……。一通りの家事が高校生のうちにできるようになれてるってのは、結構なアドバンテージみたいですね、少なくとも春から新生活が始まっても余裕を持って始められそうです。
     僕もそろそろ新しい貰い手が…………
     いえ、聞かなかったことにしてください。いや聞いてないかも知れませんけど。え、なんか今動いた気がする、怖。いやいや聞いてない聞いてない。矢後さんだもの。ほんの出来心ですすみません気持ち悪かったですよね。
     僕の貰い手なんてないですよ、どうせ。矢後さんが変な人すぎておかしいだけで、普通僕なんか欲しがってくれる人なんていませんから。だから安心して寝ててください。そして充分眠ったら、早く起きてくださいね。まだ寒いからっていつまでも寝てばかりいるなんて、許しませんよ?





     もう二月ですね、早いなぁ。僕はもう進路決まったので自由登校が始まったんですよ。あの風雲児の校舎に行くのもあと残すは卒業式だけになりました。未練はないと思うんですけど、少し寂しくは感じるんですよねぇ。それなりに僕も高校生活楽しめたってことなんでしょうか?……あの風雲児で?僕って案外図太かったんですね。
     もう学校に行くことは無いんで別に気にはしませんけどね、最近果たし状なるものがよく届いてたんですよ。決まって人気のないところでのタイマン勝負を望まれてるっぽいので、もちろん僕が出向くことは無いんですけど。矢後さんが起きたら全部お譲りしますよ、好きですよね、喧嘩。結局今年は副長決まらず終いでしたし、来年から風雲児どうなるんでしょう……。僕の知ったことではありませんけど、まぁ少しだけ気にはなりますよね。なんだかんだ彼らなりに良くしてくれた、んだと思いますし。
      高校生活はほとんど終わったとはいえ、ヒーロー活動は三月までしっかりありますからね。そこはきっちり頑張ろうとは思います。幸いなことに僕を慕ってくれてる子もいますからね、僕にできることは最後まできっちりやり通しますよ。……これでも、風雲児高校のヒーローなので。
      それでは、僕はこの後パトロールがあるので出ますね。少し暖かくなってきたからって油断して風邪ひかないでくださいね。




     ついに卒業しちゃいましたよ、矢後さん。「おめでとう」の一言でも頂けるんですかね?風雲児の卒業式は相変わらずでしたよ、矢後さんが卒業した時となーにも変わってません。逆に不思議ですよね、なんで一緒に喧嘩したりしてた矢後さんと同等の扱いを僕が受けてるのか。気まず過ぎてやっぱ一足先に帰っちゃいましたよ。
      この後は合宿所に行く予定です。と言ってもヒーロー活動自体は今日までやって、明日以降は資料作りとか訓練のサポートとか、裏方業務がメインになります。僕が望んでたのはこういう仕事ですよ!いや、ヒーローと関わること自体僕には既にアレなわけですけど、それでも裏方って響き、凄くいいですよね。
      はぁ、振り返れば「こんなはずじゃなかった」で溢れた三年間になってしまいました。ほんとに、最初から最後までそう思ってましたよ。けど昔と変わったことといえば、それに後悔がついてきてるかどうかって所でしょうか。今思い返せば、どれもいい経験だったと思えるので思い出補正って凄いですよね。終わりよければすべてよしとはこういうことだと身をもって体験したところです。
     それじゃ、今日は少し早いですが合宿所に向かわないといけないのでもう出ますね。それでは、また。







     少しづつ、いろんな人間がいろんな話を一斉にやっている声が近づいてくる感覚がする。その音を払い除けたくて耳を塞ごうと動かしたはずの腕は鉛でも纏っているかのような重さで、びくともしなかった。だんだん覚醒する意識、鉛を纏っているのは腕だけじゃなかった。全身にのしかかっているかのような鉛の塊は息苦しさと全身の金縛りの原因でもあった。
      次いで感じたのは濃い消毒の匂いと、それに混じるほんの少しの甘い匂い。
      何とか瞼だけでもと何度か開けては閉じてを繰り返し、ようやく開いた視界はやけに眩しかった。
      目がイカれたのかと思ったけれど、どうやらそうでも無いらしい。視界に入ったのは真っ白な天井と点滴。何度か瞬きして焦点が合ってもそれしか見えないのだから、そうなのだろう。
      身体に乗っかってた重りも無くなって手を握ったり開いたりできるようになる。腕を持ち上げて見れば思いのほか細くて一瞬誰の腕か分からなかった。

    「勇成……?」

      未だに重りが取れねぇと思っていた右腕側から聞きなれた声がして、何とか首を動かす。少し髪の伸びた姉貴が、自分の右手を握ったままこちらを幽霊でも見たかのような表情を浮かべて見ていた。

    「夢……?勇成、ほんとに起きたの……?」

      返事の代わりに手を振りほどく。それでも固まったままの姉貴にどことなく不自然さを感じながらも何とか上半身を起こした。自分が酸素マスクをつけていることにようやく気がついて無理やり引き剥がす。姉貴はようやくハッとして母さんに、いや先に看護師に連絡を、と忙しなく動き出す。その顔を見て、ようやく不自然さがどこから来たのか分かった。
      姉貴は泣いていたのだ。
      よほど泣いたのだろう、目元が真っ赤に腫れていて、涙の後が残ったままなのも忘れている。俺が起きた瞬間には泣き止んでいたし、俺を信じられないとでもいいたげな目で見てきたのだから、まさか俺が起きたことに対する嬉し泣きでは無いのだろう。だとしたらなんだ、彼氏にでも振られて病院に入院していた弟に泣きついてきたとでもいうのだろうか。そんなキャラでもないだろ、姉貴は。
      起きがけに考えることでもなさそうなので考えることをやめて点滴に繋がれているチューブに手を伸ばした。それを引っこ抜こうとしたのはさすがに止められた。

      そこからはてんやわんやだった。
     看護師や医者がひっきりなしに出入りし、駆けつけた母親には死ぬほど抱きしめられた。入院したくらいで大袈裟な奴ら、と思っていたがどうやら今回は丸々一年目を覚まさなかったのだと言われてさすがに自分も驚いた。まさか自分がそんなに寝ていたなど思いもしなかったが、それも考えればすぐに分かる事だった。そういえばこの一年、自分のやった事は少しも思い出せないのだ。その代わりに久森がいろんな話をしに来ていたことだけははっきり思えている。どんな行事をやって、学校でどんな風に過ごして、どんなイーターと戦ったか。自分の記憶と錯覚するくらい、久森は随分と起きもしない自分に話して聞かせてくれていたらしい。
     そう思い出してから、次いで自分が嫌にイラついていることも思い出した。あれほど会いにきておいて、今は久森が近くにいない。一番最初に聞いたノイズ、あんな音で目覚めたくなかった。「起きてください」と、見た目の割に少し低い声、呆れたテンションでかけられるあの言葉が恋しかった。あれが余計に人を眠りに引き込むのだと、あいつ自身は知らないのだろう。

    「久森は、」

      一年ぶりに発した言葉は随分とかすれていた。舌打ちひとつ打つのもままならない。
     ほんの少し喋るのでもこれかよ、と更に苛立ちを募らせていたら、姉貴が震えていた。
     見上げれば止んでいた涙またポロポロとその両目から落としていた。
      何も話さない姉貴に変わって教えてくれたのは母親の方だった。
      久森は今日でヒーロー活動を終える予定だったが、最後の最後に後輩を庇って重症を負い、今まさに集中治療室に運ばれたところ、だそうだ。
     感情が追いつかない、というのはこういうことらしい。去年だって何回も死にかけたくせに。最後の最後でまた死にかけて、しかも今日。気がつけばベットの柵をバキバキにしていた俺を見て母親は、「あんたはとりあえず今日一日安静にしてなさい。姉ちゃんつけといてあげるから」と言ってまた忙しそうに出ていった。

     泣き止むのに時間がかかった姉貴は俺に聞かせる気があるのかないのか分からないボリュームでぽつりぽつりと話し始めた。
      俺が今回入院したのはちょうど約一年前。久森はそれから忙しい日々の合間を縫って結構な頻度逢いに来てくれていたらしい。同じ学校の生徒には何がなんでも病院に近づけさせなかったし、学校生活もヒーロー活動も疎かにしないようにしつつ、面会時間ギリギリに逢いに来ては少しだけ話をして帰るのだという。
     俺の血性が下がっていたこともあって、今回は本当に助かるかどうか分からない。姉貴達は医者から最悪の状況を想定して臓器提供や延命治療の説明をいつにも増して詳しく受けたらしい。
     そこに食い下がったのが久森だった。「家族じゃないのに口出しして申し訳ないのですが、」と凄く恐縮して告げてきた言葉を姉貴達は忘れられないといった。

    「僕は、ほんの少しだけ未来が見えます。ヒーローをやっていた間も何度も矢後さんの未来を見てきました。そこで矢後さんは何度も死にましたが、今まで現実で死んだことは一度もありません。矢後さんは僕の見てきた死期を何度もへし折ってきたんです。だから、僕が矢後さんが死ぬ未来を見ている間は、矢後さんを諦めないで貰えませんか」

     なんてファンタジーをいうのだろう、とその場にいた大人は誰一人久森の言葉を信じなかった。何より、死ぬ未来を見ている間は諦めないで欲しいだなんて支離滅裂だ。とはいえ、姉貴達も俺を諦める気はなかったらしく、久森の言葉をだしに延命治療を続けたのだという。
      俺が危険な状態に陥る度、久森は俺の手を握って言うのだ、「大丈夫、今夜も乗り越えますよ」と。医者を信じられない訳では無いが、あの弟と一緒にヒーローをやってのけた不思議な青年のなんの根拠も無い言葉は、何故か二人の気持ちを救ったらしい。そこから二人は前向きに諦めることなく俺の延命治療を続け、どうしても不安になった時は久森を頼ったのだという。とはいえこちらから頼むまでもなく久森は献身的な程に俺の元に通ったらしい。いつも大体五分ほど話して帰るだけだったようだが。それでも毎回丁寧に季節の花やお菓子を持ってはサイドテーブルに置いていったのだそう。「今日もほら、」と行って視線を向けた先には、小さなブーケが生けられていた。

    「今日は時間が無くて、卒業式で貰ったやつをそのまま生けてくれたのよ。そこまで堅苦しくなってやらなくたってよかったのにね」

      ここまで話して、姉貴はくしゃりと顔を歪ませた。晃人くんは何度も私たちを助けてくれたのに、彼がああなってしまっても私たちにできることは祈ることくらいしかない。それが悔しくて、やるせない。そう零して、拳を握った。

    「……死なねぇよ、あいつも」
    「……なんの根拠があって言ってんのよ」
    「あいつは俺の後輩だぞ。そう簡単に死んでたまるかよ」
    「どういう意地よ……」
    「意地じゃねぇ。それにあいつには借りがあんだよ」
    「返すまでは死なせねぇって?」
    「……」

      押し黙った俺に、はぁ、と大きくため息をついた姉貴は頭を抱えてたっぷり十秒考えた。そして顔を上げた姉貴はいつもの偉そうな笑みを浮かべていた。

    「あんた、一生かけて返しなさいよ、その借り」
    「言われるまでもねぇし、そもそもんなの一年以上前から決まってんだよ」
    「……へぇ?あんた、それどういうことなのか今度ちゃんと母さんと私に説明しなさいよ?」
    「……チッ」

      俺の知らないうちに久森と俺の家族が仲良くなってんのは想定外だった。絶対うちの人間は久森のこと気に入りそうだとわかっていた分、なんとも言えないモヤモヤが心を燻った。


     いろいろ出来事が重なったことは流石の姉貴でも疲れたらしい。「家のベッドが恋しいので帰る」と随分あっさり帰ってくれたおかげで、深夜に点滴を引っこ抜いて病室抜け出すのは随分と簡単だった。
     以前やっていたように窓から部屋を抜け出すと、着地した先には春風に揺れるクローバーとシロツメクサが敷き詰められていた。以前なら気にも止めなかったそれを見て、真っ先に久森が思い浮かんだ。鼓膜を揺らしたあの声が、鼻を掠めたあの香りが、控えめに触れるあの肌が、記憶と錯覚の狭間で呼び起こされた気がした。
     気がついた時にはクローバーとシロツメクサを数本、束で掴んで引きちぎり、そのまま足を裏口へと進めていた。


     一年寝たきりだっただけでもだいぶ体力は衰えるもので、少し歩いて階段にたどり着くまでに息が切れる。せっかく目が覚めたのにイライラすることばっかだなと思いはしても、そんなものに構っている暇もなかった。
     ただの木の棒に縋りつかないと前に進めない自分に嫌気がさす。一歩がやたらと重く、先の長さに目眩がした。けれどもそこでしゃがみこんだら二度と立ち上がれない気がして、暑くもないのに滴る汗を全て無視した。
      見知った病院は一年経ったくらいじゃ造りは変わらない。集中治療室で手術を受けた奴がどこに送られるのか、看護師がどの順番で部屋を回るのか、全て狂いなく思い出せてしまうせいで自分にほんとに一年のブランクがあるのかあやふやになる。
      目当ての名札が嵌められた部屋に辿り着くのに、いつもなら一分もかからなかったはずの道のりに十分以上もかかった。力の入らない人間でも開けられるように設計されたドアは音もなく簡単に開いた。


     たくさんのチューブに繋がれた久森。心拍数を表示したメーターの電子音だけが響くこの部屋で、ただ胸が上下するだけの人形のような姿で横たわる久森を見下ろした。
     まだ何も置かれていないサイドテーブルに無造作に引き抜いた草と花を置いて、舌打ちをする。強く握り過ぎたせいで、そんなに時間は経ってないのに可哀想な程にクローバーとシロツメクサは萎れていた。
    俺だったらぜってぇ無理だな、と思った。こんな姿になった人間の元に通い続けて、返事もないのに話しかけ続けて、起きるのを待ち続けるなんて。

     まだ一緒に食べてないものも、やってないことも、聞いてないことも沢山ある。あんだけ色々要求しといて、叶える前に逃亡しようだなんてそんなの許せるわけないだろ。

      自分が着けていたものと同じタイプの酸素マスクに手をかける。自分の着けていたやつはいとも簡単に取り外せたのに、久森のやつは同じように取っ払えない。こんなのがないと生き延びれないような姿を見たいわけじゃない。でもそれ以上にこの小さな動きひとつさえもなくなる方がもっと恐ろしかった。
     
      軽い目眩に襲われて思わずしゃがみこんだ。頭を強く揺さぶられる感覚は何度も経験してるから慣れてる。はぁ、と息を吐き出してなんとか落ち着くのを待っても、体の熱っぽさも相まってなかなか視界が定まらない。
      目の前に力なく横たわる自分のものより小さな手。人ひとりだって殴れないその手に自分の手を伸ばした。自分の体が熱いのか、それとも久森の指先まで血が巡っていないのか、やけにひんやりしているそれは今の自分が最も欲していたものだと理解する。
      一年寝て痩せたはずの自分の指よりも細い指を折らないようにそっと握った。指の腹で撫でて、感触を確かめる。記憶よりも幾分か硬くなったそれは、自分は久森のこの一年を知らないのだということを見せつけた。

    「俺は、一年も待ってやらねーぞ」

     誰に聞かせるでもなく、そう呟いた。



    「えっ、お迎えですか?」
    「……」

     思わぬ方からの声に目を向ければ、随分と懐かしい色が見えた。
     ぴくぴくと微かに動いた指が今度は俺の指をなぞる。「あ、ん?本物?」と、酸素マスクの向こう側でくぐもった声を漏らす。思わずその動きを捕らえるようにギュッと握ると、「痛い、痛いです」と反応する。痛いらしいので少しだけ力を抜いてやるが、離してはやらなかった。

    「お前、死にかけてたんじゃねーの」
    「死にかけてましたよ、体に穴空いてましたからね。だから矢後さんの事も地獄からのお迎えだと思ったんですけど」
    「おい」
    「でもまぁ全身麻酔が切れてあちこち痛いですし、こうやって意識もありますから、多分まだ生きてるんでしょうね」

     そう言って久森は点滴が抜けないようそっと体の向きを変えた。久森の手を握る俺の手にさらに手を重ねて、嬉しそうに撫でた。

    「おかえりなさい、矢後さん」
    「……ただいま」
    「本当はもっと待たせてやろうって思ってたんですよ?僕は一年も待ったんですから」
    「……」
    「でも、矢後さんの声が聞こえたと思ったら僕の方が耐えられなかったです」

      こんなはずじゃなかったのになぁとでも言いたげに笑うその表情は随分と懐かしいはずなのに、まるで初めて見た時のように心臓がキュッと締め付けられる。ピリピリと小さな電気が全身を駆け巡って落ち着かない。

    「……生きてる」
    「矢後さんが生きてるなら、僕も生きてますよ」
    「まだ、約束ひとつも叶えてねーだろ」
    「どんな約束しましたっけね」
    「叶えてやる」
    「へぇ、矢後さんが?珍しい」
    「だから、叶えてやるまで死ぬんじゃねーぞ」
    「矢後さんがそれを言うんですか」

     苦しそうに、でも楽しそうに笑う久森の声を、久しぶりに聞いた。いつもあやふやな意識の向こうで聞こえる声はどこか強がっていたのかもしれない、そんなことをまたひとつ思い出す。
      まだ嬉しそうにニコニコしている久森をベッドの奥に押しやって、空いた空間に無理やり体をねじ込む。

    「矢後さん、病院のベッドって一人用ですよ。二人も入ったら壊れちゃいますって」
    「じゃあもっと嫌がって追い出せよ」
    「そんなこと出来ないから矢後さんに言い聞かせてるんじゃないですか」
    「じゃあ黙ってろ」
    「そんな子供じゃないんですから」
    「お前が悪い」
    「えぇ、僕ですか……?」

     心外、とでも言いたげな顔をする久森を全力で無視する。
     こちらは一年間も返事ひとつ、その手を握り返すことさえ出来なかったのだ。それなのに自分の知らないところで記憶やら想いを一方的に送り付けられるだなんて、そんなのは性にあわない。どこまで自覚してやっているのかは知らないが、やったからにはそれなりの責任を持つのがスジというものだろう。

    「なぁ、久森」
    「なんですか、矢後さん」
    「お前、視てないだろ」
    「なんのことですか?」
    「俺の未来。視てなかったんだろ」
    「どうしてそう思うんですか?」
    「なんとなく」
    「なんとなく、かぁ」

     久森は少し呆れたように笑う。
     そのホッとした表情を見られてないと思いこんでる鈍感ささえ、懐かしい。

    「あんなに隠したがってた未来視のこともしゃべりやがって」
    「勢いで、つい」

     勢いでついしゃべってんじゃねーよ、と腹の底のムカムカを思い出す。
     本当にどこまでも鈍感なこいつをどうしてやろう。
     まずはこいつに何か植え付けてやろう、出来れば一生忘れられないほど苦しくてもどかしい想いをさせるようなやつがいい。
     そんなことを考えながら久々に触れた黒い髪に指を通してできるだけ優しく抱え込んだ。
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    👏👏👏🙏💞😭
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    NEL90000

    MOURNING『四季折譚』
    待てない矢さんと待てる久の矢久。
    または矢さんの卒業した風雲児で久が四季を送る話。
    もしくは風雲児高校の書きたくても書けなかった話特盛にした話。

    あと、私は受けのために普段ならやらないことを不器用なりにやる攻めが死ぬほど好き。

    矢さんの母と姉と久の母もほんのちょこっとだけ喋る。
    四季折譚  ほんとに矢後さんはよく寝ますねぇ。これ以上成長するところもないでしょうに。
      今日、高校の入学式だったんですよ。矢後さんは卒業したから知らないでしょうけど、ほんとに大変だったんですからね。あんなに嫌だって言ったのに、卒業式の日に矢後さんがあんなこと言ったせいで僕はめでたく総長の座を頂いてしましました。今どきの転生モノでももう少しまともな環境と役職が与えられるってのに…僕の折角の平穏な日常は、少なくともあと一年は訪れないでしょうね。あーあ。
     それより早く起きてください。季節の行事にやたらとうるさい彼らがご丁寧に桜餅を大量に用意してくれたんです。
      桜餅も、合宿施設に持っていきましたけど、消費し切れる気がしないんですよねぇ。よりにもよって全部粒あんですよ、ありえない…僕が総長になったからにはとりあえずあんこはこしあんが至高だということを周知させるところから始めようと画策してるところです。さぁ、カピカピになる前に桜餅食べちゃいましょう。早く起きてください、矢後さん。
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