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    二初まとめ

    偶然だった。
    飛び込んだ暗い部屋で蹲る彼は影そのものに見えた。
    よく見れば白い髪、緑の瞳、面影もどことなくあの男に似ている。

    噂に聞く溺愛する弟だと悟り、咄嗟に武器を向けたが、彼はあまりに弱々しかった。咳が止まらず苦しむ姿は病人そのもの。
    無意識に手を差し伸べていた。
    それが与一との出会い。

    仲間たちは与一を殺すべきだと訴えた。人質にして交渉材料にという者もいた。
    俺はその全てを退けた。病人に暴力を押し付ける気にはなれなかった。
    清潔な環境を用意し、信用できる医者に診せた。
    与一は酷く弱っていたが、触れ合う人すべてに感謝の笑顔を向けた。
    年の割にあどけない子どものような笑顔。

    「あの部屋から出られる日が来るなんて思わなかった。本当にありがとう。きみは僕のヒーローだ」
    「ヒー ロー? 俺が?」

    コミックの読み過ぎだと笑った。
    悪を倒すスーパーヒーロー、そんなものはこの世界に存在しない。いたらあの悪の権化はとっくに倒されていたはずだ。

    「俺はヒーローじゃない。お前を助けたつもりはない、使えそうだから拾っただけだ」
    「使えそうなら使って欲しいな。兄さんを止められるなら、僕はどうなったっていい」

    与一は声色も変えずにそう言った。どうやら本心らしい。

    仲間たちと共にアジトを転々とした。
    忙しない日々だったが、その中でも与一は緩やかに回復していった。
    晴れた日に外を歩くこと、雨の日に前髪の先から水が落ちること、隣り合う人とどうでもいい話をして時に笑うこと。すべてに新鮮な喜びを見出しているように見えた。
    今までどんな環境で生きてきたのか。あの暗い部屋を思い出すと、胸が詰まるような気がした。

    医者は与一の容態についてこう言った。
    「いま生きているのが不思議だ」
    「なんらかの異能によって生かされている可能性がある」
    「医学的にはいつ死んでもおかしくない」

    医者には口外を禁じた。
    血が流れていると他人に指摘されて、やっと怪我に気づくことがある。与一本人がそれを知らなければ、このままでいられるような気がしたのだ。
    その頃にはもう俺にとって与一は拾い物ではなくなっていた。

    古いヒーローコミックを見つけて持っていくと、与一はひどく喜んだ。
    それがどんな物語か、主人公がどんなにかっこいいヒーローなのかを頬を紅潮させ一生懸命に語って聞かせてくる。
    コミックなんてろくに読んだことはないが、与一を通して見る物語はとても魅力的に思えた。

    物心ついたときには世の中はもう滅茶苦茶で、家族はいなくなっていて、生き残るためにずっと戦ってきた。
    与一の声を聞いていると、何も知らない子どもだったあの頃に戻ったような心地になれた。
    ボロボロのページを二人並んで捲りながら、いつの間にか眠りに落ちる。
    その時間は失い難いものになっていた。

    けれど日々は過酷で、与一はあまりに弱かった。
    彼を襲ったのは生まれ持った虚弱さでも病でもなかった。暴動に巻き込まれた子どもを庇ってひどい怪我を負ったのだ。
    健康な成人なら時間と共に癒える傷も、与一にとっては致命傷になる。そんなこと、本人が一番わかっていたはずなのに。

    「どうして」

    俺の問いかけに、与一は力なく微笑んだ。

    「ヒーローなら、きっとこうするから」

    ヒーロー! そんなものこの世界には存在しない。力もないくせに人を守ろうとするなんて大馬鹿だ!

    与一への罵倒は言葉にならず、俺はその枕元に座り込む。

    「僕が死んだら、兄さんは、きっと怒り狂うだろう」

    その隙を生かしてほしい。与一は途切れ途切れに訴える。
    心残りはあの男を倒す術も見つけられないまま死んでいくこと。死体でも役に立てるなら嬉しい、使ってほしいと。
    俺はぐっと息をのみ、答えた。

    「いやだ」

    たとえ死んだ後でも、与一の爪の先、髪の毛一本だってあの男には渡したくない。
    子供染みた感情だとわかっている。けれど嫌だった。

    「お前はだれにも渡さない。実の兄が相手でも」
    「……少しでもきみの役に立ちたいんだ」
    「なら全部俺に渡せ」

    与一の震える手を握りしめる。

    「お前の全部。全部俺が持っていく」

    若くして人生を閉じるやるせなさ、物語の中のヒーローに重ねた憧れ、道を違えた兄への想い、笑顔の下に隠した全て。
    与一がここで終わるなら、そのすべてを背負ってやる。

    「……そうだったね。きみはぼくを連れてってくれるんだ……」

    与一は柔らかく笑った。その目からとめどなく涙が溢れた。

    与一はぽつぽつと語った。
    あの暗い部屋の中で、このまま終わってしまうのかもしれない恐怖と戦っていたこと。
    外の世界を知って、毎日が楽しくて仕方なかったこと。
    幼い頃の兄はとても優しかったこと。できるならあの頃の兄に戻ってほしいこと。
    俺はその声を一つも聞き漏らすまいと必死で耳を傾けた。

    「ひとりで死ぬんだと思ってた。でもいま、ここにきみがいて、すべて託していける……やっぱり、きみはぼくのヒーローだ……」

    声が聞こえなくなると、浅い呼吸の音を数えた。冷たくなっていく指を温めるために強く摩った。
    やがてなにも聞こえなくなると、動かなくなったくちびるに口付けた。血の味がするキスだった。

    与一の遺体は燃やした。骨は砕いて撒いた。
    色々な枷で自由に生きられなかったから、死んだ後ぐらい自由にしてやりたかった。
    あの男にひとかけらも渡したくなかったというのもある。

    与一が死んだ後も俺の生活は変わらなかった。けれどある日アジトを強襲される。

    大きな爆発ですべてが吹っ飛ばされた。仲間たちも散り散りになり、生きているかどうかもわからない。
    咄嗟に部下を庇って瓦礫の下敷きになった。耳がおかしくなったのかなにも聞こえない。それなのに懐かしい与一の声が聞こえた。耳ではなく自分の内側から。

    「……そうか」

    唐突にすべてを理解した。
    死んだはずの与一はここにいる。そして次は俺の番。
    泣き喚く部下の襟首を掴み、血を擦り付けるようにくちづけた。

    「……次は、お前だ」

    部下は涙を拭って走り去る。
    与一はあっけなく死んだ。けれどあいつが残したものがある。
    繋いで、繋いで、繋ぎ続けていけば、それはいつか実を結び巨悪を倒すかもしれない。

    与一は俺をヒーローと呼んだが、本物のヒーローは悪を倒す力を生んだお前の方だ。
    それを言ったら、与一はどんな顔をするだろう。恥ずかしそうに笑うだろうか。
    その顔はきっとすぐに見られる。

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