かっちゃんがなにか考え込んでいる。
いろいろあって、と彼の同僚から連絡をもらった。いろいろあって、今日の夜勤は他のサイドキックが代理を務め、明日は有休扱いになったらしい。一体なにがあったんだ、かっちゃん。
問いただしたい気持ちはあるけれど、互いの仕事には口出ししないのが僕たちのルールだ。
僕はなにも知らないふりをして、夕方帰ってきたかっちゃんを笑顔で出迎えた。ごはんを食べさせ、お風呂にいれて、そして今。
「かっちゃん、熱くない?」
「おー」
かっちゃんの濡れた髪にドライヤーをあてている。僕はこの時間が好きだ。無防備なつむじを見下ろしていると頬擦りしたくなる。
この間もかっちゃんはブツブツ、ブツブツ、ひたすらブツブツ。
元々思慮深い人ではあるけれど、学生時代はもっと静かなイメージがあった。いつの間にか僕の癖が移ったらしい。テメェのせいだぞクソナード、と怒られたことがあるけれど、それを言うなら僕だってかっちゃんの口の悪さが移っちゃったんだからお互い様だ。
短い髪はすぐに乾いてしまう。ドライヤーを片付けて、僕はかっちゃんの正面に回り込んだ。
「ねえかっちゃん」
「あー? んだよ……」
一度は僕を見てくれたけどまたすぐにブツブツ言い出したので、両頬を抑えて無理やりチュウっと唇を押し付けた。
「おい(チュッ)なにし(ムチュッ)ま(プチュッ)っがーっ!」
吠えたかっちゃんは僕のキスを百倍にして返してくる。望むところだ。唇の皺がなくなってしまうようなキスを肺の中が空っぽになるまで受け止めて、僕らは同時に息継ぎをして睨み合う。
「なんのつもりだクソエロナード」
「なんのつもりって、そのつもりなんだよ」
僕は明日遅番で、かっちゃんは明日(予定外の)有休で、かっちゃんはブツブツ考え込んでいて、僕はぶっちゃけムラムラしていて、その両方を上手く宥める方法を僕たちは知っている。
「僕をエロナードにしたのはきみなんだから、責任とってよ」
首の後ろに回した手で耳を擦ってやると、かっちゃんはものすごく大きなため息をついて、Tシャツを脱ぎ捨てた。
「上等だコラ!」
「ははっ!」
翌日、僕が起き出してきたときには焼き立てパンケーキがテーブルに並んでいた。エプロンをつけたかっちゃんがわざとらしく目を剥いて言う。
「さっさと顔洗ってこい。頭が森になってんぞ」
「朝から失礼だな」
と思ったけれど、洗面台の鏡に映った頭が本当にモリモリ広がっていて自分でも笑ってしまう。これはもうどうしようもない。せめて見苦しくないように適当にくくると、頭にまりもをのせてる人になってしまった。
「お待たせしました……」
「まりも……」
「分かってるから言わないで! さ、食べよ!」
完璧主義のかっちゃんは作るご飯も完璧だ。ふかふかのパンケーキを夢中になって頬張っていると、「ガキくせぇ顔」と笑われる。悪かったな童顔で。でもこの顔が好きなんだろ。
「かっちゃんは今日もかっこいいよ」
「知っとる」
だよね。毎日3回は言ってるもんね。でもよかった。かっちゃんはすっかり調子を取り戻したみたいだ。
ねえかっちゃん。僕たちは生涯を共にすることを誓って、生活していればそれはもう色々ある。きみはときどき外野を遮断して思考に没頭するし、僕はときどき頭にまりもをのせてたりする。組手みたいなセックスをするときがあれば、殴り合い寸前の喧嘩をするときもあるし、今日みたいに完璧な食卓につく日があれば、僕が真っ黒なパンケーキを作成しちゃってきみが腹を抱えて笑い転げる日もある。その全部が大切だ。全部が愛おしい。この日々がずっと続いてほしいと僕は思う。きみが同じ気持ちでいてくれる限り、ずっと。
「ごちそうさまでした。片付けは僕がやるね」
「いや、俺がやっとく。おめーは出勤までにそのまりも頭をなんとかしろ」
「ま、また憎まれ口を……でもありがとね、かっちゃん!」
ヂュー!と少し強めに頬に吸い付くと、かっちゃんは顔をくしゃくしゃにして笑った。