Recent Search
    Create an account to secretly follow the author.
    Sign Up, Sign In

    アイム

    @miniAyimu

    黒髪の美少年と左利きAB型イケメンお兄さんに弱い。

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 🎮 🎧 💖 🍫
    POIPOI 17

    アイム

    ☆quiet follow

    鶴獅子のさみしい話。by2015年

    ##鶴獅子

    彼の子はきらびやかな見目をしていると日頃常々思っている鶴丸国永であったが、そういう勝手な主観はさて置いても、正しい事実としてあれは宝物として存在している子なのだなと感じた。
    ふと視線を投げた先は庭である。そこは朝食前に通りがかった時と何ら変わりないように思えたが、よく見れば淡い色味が一つ二つ増えていて、そのせいで瞬間的に目を奪われて釘付けとされてしまった。
    実のところ屋敷の庭は、元は殺風景であったところに管理者である主が気紛れ一つで種を埋め苗を植え、どこからともなく樹木まで連れて来たため、様々な植物が渾然一体となっている。それを目の保養だと酒の杯を掲げる者もいれば、ちょっと喧しいなと眉を顰める者もいるのだから、楽しめるかどうかは受け取り手によるだろう。鶴丸は季節によってどちらもの感想も抱いていた。

    夏のこの時期は縁側から身を乗り出した先の近いところで朝顔が育てられていた。あちこちに突き立てられた添え木の背丈を追い越すほどツルは長く高く伸び、重なり合った大振りの葉は辺りをむせ返るような緑一色に染め上げる。そんな中でぽつぽつと青や紫、桃色が鮮やかに花開いたのは、今朝方ようやくのことだった。蕾が付けば、今か今かと気が逸るのは子供の成りをした短刀だけに留まらない。紫陽花だの向日葵だの名すらわからぬ雑草だのが庭を彩るのに感嘆の溜め息を漏らす一方で、お前はまだかと期待の眼差しを向ける者は決して少なくなかった。
    彼も、その内の一人なのだろうと思った。昨日から遠征に出ていた部隊がちょうど朝食が始まるタイミングで帰ってきたのだが、食卓で彼の姿は見なかったのだから先に風呂へ入ったか床に就いたかのどちらかだっただろうに、しかし今ぽつんと庭に立っている。もしかしたら通りがかりの誰かに教えられたのかもしれない。朝顔が、今日、咲いたぞ。それで、せっかく戦装束を解いて寝間着に着替えた後でも、こうしてわざわざ花を見に来たに違いない。種を埋めた春の頃からせっせと水をやり続けていたのだから、彼も喜ぶものと鶴丸は思っていた。

    ところが、庭に立つ彼は微塵も動かない。辺りを歩き回るでもなく、一つ一つを覗いてやるでもない。ほうと顔を綻ばせることすら、なかった。そこにあるのは、ただ見下ろしただけの淡々とした視線と、ほんの僅か開いただけで笑み一つ浮かべぬ唇。じっと朝顔を見下ろす顔が無表情であるからこそ、鶴丸にはそれが絵画のように見えて仕方が無かった。
    あれは隅々まで計算し尽くされた線画だ。肩に落ちた髪の一房すら優美な曲線を描いていて、これに見惚れなければ自分は何に見惚れるのだろうかと悩むほどに惑わせる。そして配色は、この上なく鮮やか。緑の中に金髪が立ち尽くしているから、という理由だけでなく、おそらく彼自身がスポットライトに当たるように光を集めているのだろう。景色がそうあるのではなく、彼がそこに立っているからこそ、周囲が彼を引き立てるようにその身を変えるのだ。きらきらした眩しさは、引き寄せた目を容赦なく焼いてしまう。
    こことあちらは、まるで別世界のようだ。間に大した距離などないというのに、まったく違うところにいるように感じてしまう。鶴丸と獅子王は、異なる生き物のようだった。彼らしからぬ無表情のせいで、鶴丸は改めてあの子の人形めいた造りを思い知る。丸い瞳に柔らかな髪、細い手足と薄い胴。彼は自分の小柄な体躯を悔しがるけれど、どれほど文句を口にしたとしても成長することは決してありえない。あの子はそういう刀だからだ。そうあることを心底望んでいるから、どうにもならないのだ。
    朝顔の花一時という慣用句があるが、それとは真逆だなと鶴丸は考えた。朝顔は花を咲かせても僅かな時間で萎むことから例えて、物事は衰えやすく儚いことであると示されるが、あの子は違う、あの子はそれには当て嵌まらない。彼はとうの昔に完成している。これより先へ進むことは無い。人形に未来など存在していないのと同じこと。凍りついたように微動だにしない彼は、永く枯れることの無いように鶴丸には思えた。
    薄い桃色は可愛らしくて綺麗だ。鶴丸もそう思う。だけれど獅子王は、ただじっと見下ろすだけ。咲いた花に感慨など、無い。今あの場に感情という瑞々しいものは一片たりとも存在しない。花が咲いたところで、彼の心が揺り動かされることはないのだ。感動も激情も、あの子はもう持っていない。わかるだろう、獅子王を動かせるのは一人だけ。彼が生涯で唯一認めた神様だけだ。せめて他に誰かいたならば、取り繕うために柔らかく微笑んでいたことだろう。だけれど一人になれば途端にあの子はああいう顔をする。人形のように、ただひたすら美しい淡々とした顔。
    美しく完成されたものは、ずっと眺めていたくなる。繊細に造り上げられたお人形さんにも、それを取り囲んで控えめに咲き誇る花々にも、目を奪われずにはいられない。こちらの思考を取り上げられそうなほど夢中になるが、しかし鶴丸は彼に声をかけた。芸術的な空気の立ち込めるこの場を崩してやろうと、そういう明確な意思を持って。
    「獅子王」
    反応は素早かった。凍り付いて二度と動かぬものと思い込んでいたが、まさかそんなわけがなく、予想に反して彼は即座にこちらを振り返った。向けられた眼差しだけでも普段同様に笑んでいるとわかったので、ほっと安堵して鶴丸も普段通りに話しかける。
    「君、寝なくて平気なのか? さっき遠征から帰って来たばかりだろう」
    「部屋が、暑くて」
    吐息のようだった。風が吹けばあっという間に飛ばされてしまうほど微かな声。今にも消え失せそうなそれに対して、頼りないなどと感じるのは、先刻までの印象が未だ色濃く残っているからだろうか。
    あの子は本当はここにはいないのだろう。自分と同じ生き物ではなくて、感情一つ持っていない。時間が止まっているように見えてしまうのは、彼を揺り動かすたった一人が既に失われているからだ。他者が介入しなければ、あの空気は続いていたに違いない。
    寝づらいんだ、と呟きながら眉を顰めて困った顔を作るのは、鶴丸がいるから、という以外に理由は無い。そう見せて取り繕うために、おどけた顔をわざわざ作る。
    「そうか」
    鶴丸はこっくり頷いてやった。そうという事実を片っ端から飲み込むように。ざわざわ細波を立てながら胸に浮かんだ様々な感情を漏らさぬために噛み締めるように。なんてことない笑みなど、彼にだって容易く作れる。
    「そんなら、広間に来るかい? 扇風機を、独り占めしたらいい」
    おいでおいでと手招きまでしてやったのは無意識だった。穏やかな声で呼びかけたくせに、その心中は裏腹に落ち着きが無かった。そうするからには、自分はそこに獅子王を置かせたくないだろう。例え目を見張るほど美しくとも、鶴丸は彼の風景は認めない。周りに合わせて取り繕っているのだとしても、あれが獅子王の本当である・すべてであるなんて思いたくなかった。心を動かされることなど、これから先一度も無い。本当に?
    草木の蕾に喜び、季節の変化に敏感で、同士が増える度まっさきに挨拶へと走る彼の心は、本当にもう凍り付いているのだろうか。鶴丸は信じたくなかった。もしも、まだ僅かな希望が残っているのであれば、溶けて消えて、あっさりといなくなってしまいそうなその手を、掴んで引き戻してやりたい。いっそ傲慢とも呼べるほど、鶴丸の想いは強く、あまりにも激しかった。
    寂しいことと指すのは、独りきりであった獅子王だけではないのだ。線を引かれ弾かれたようなこちらも、また。

    そんな鶴丸の必死さが功を成したか、獅子王はようやくのこと安心したようにふわりとやわらかい微笑を浮かべた。
    「うん。行く」



    end
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works