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    アイム

    @miniAyimu

    黒髪の美少年と左利きAB型イケメンお兄さんに弱い。

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    アイム

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    クマのぬいぐるみと至真。

    ##至真

    ひんやりバカンス 休日とは、五時間六時間と際限なくゲームに没頭できる至福のひと時のことを指すのである。
     なんて主張に則って、今日も今日とて自室へ引き籠っていた至は、攻略になかなか手間取ったクエストをようやく終わらせた辺りで、ちょっと休憩しようかな、と久方ぶりに腰を上げることにした。昨日買って冷やしておいたコーラのペットボトルを取って来ようと、寮内のキッチンへ。
     向かうと、珍しく室内に他の劇団員は不在であるらしかった。その代わりに、ソファーにぽつんとクマのぬいぐるみが置き去りにされていたから、おやと気付いた至はついでに彼の隣に腰を下ろす。白い布地をベースに、鼻の頭や手足の先だけ紺色をしたそのクマは、間違いなく真澄のクマだった。
     せっかくなので、頑なに貸してくれないツンデレな持ち主がいない内に抱きかかえて遊んでみようかな。と興味津々で手に取れば、件のクマはぬいぐるみと言えど、結構な大きさをしているのである。そうして、でっかいからと腕全体やTシャツ越しの胸や腹、近付いた顎の先なんかが触れれば、ひんやりとした冷たさが感じられて、至は感嘆の声を上げずにはいられなかった。聞いた話では、接触冷感生地という素材が使われているとのことで、ひんやり・すべすべとした涼しげな触り心地であるからこそ、汗でべたつく夏の猛暑日でも快適であるらしい。
     寒いのも嫌だが暑いのも嫌い、ときっぱり言い張る真澄にとっては画期的なアイテムだったことだろう。おまけに、これは監督と二人で買い、監督とまったく同じものを持っている、というバフまでかかっているのだ。故に真澄は片時も手放さない、はずだった。
     それが叶わなくなってしまったのは、悲しいかな、真澄の希望に反して、夏にぴったりな便利アイテムということで我も我もと手に入れた劇団員が数人いたからになる。連日の猛暑を心配して親が買ってくれたり、道中に見かけて興味を持ったりだとかで、残念ながら二人だけの夏の思い出が二人だけに留まらなくなった始末。
     加えて間の悪いことに、その後監督の方はうっかりコーヒーを零してしまったとのこと。特殊な素材であるため洗濯も難しい、なんて話を聞かされたら、さすがの真澄も渋々諦めざるを得ないだろう。改めて別のお揃いを探そう、という約束を結んだらしいものの、なかなか悲しい現状であるのは否定できない事実。
     かくして、最初期ほどの関心は薄れ、こうしてうっかり置き忘れているのも致し方ないことになる。可哀想に。クマも、真澄も。
     そんな同情心から、代理で至がクマを抱っこして構ってやっていると、しばらくしてからふらりと誰かが入って来る物音がした。人影はまっすぐキッチンへ向かい、冷蔵庫を開けたり閉めたり、グラスに何やら注いだり。それを持って出て行こうとしたところで、ようやっと至の存在に気付いてくれたらしい。いたの、とわずかに目を見開いて驚いたのは、件の真澄だった。
     マイペースな足取りのまま、何の気なしに同じソファーへと腰を下ろして来る。その手には、何やら不思議な飲み物を持っていた。大ぶりのグラスをなみなみと満たす琥珀色はおそらくアイスティー。ただし、氷の代わりに色とりどりの物体も詰め込まれているようで、至が思わず何それと尋ねれば、
    「……紅茶に冷凍フルーツ入れたやつ」
    とだけ、簡素に答えてくれた。ペットボトルから直接飲んでいる自分とは違い、随分と洒落た逸品である。
    「ふーん……美味い?」
    「うん」
    「おぉ……じゃあ一口」
    「やだ」
     なんて言い合って、軽く小突き合いたくなってくる。
     だけれど、そうこうしている内に真澄はようやっと気づいたらしい。ぱちぱちと大きく瞬きをしてから慌てて、
    「……勝手に使うな」
    と、ちょっと声を荒らげながら、至から乱暴にクマを取り上げていった。
    「えぇ……今まで気づいてなかったくせに」
    「うるさい」
     指摘してからかえば、当然、より一層拗ねた様子で顔を逸らされる。どう転んだって、相変わらず真澄からのデレはほとんど無いに等しかった。
     とはいえ、それにあまりにも慣れてしまったせいか、至の方も今更腹を立てたり心を痛めたりすることも無い。つんけんした態度も、これはこれで真澄の微笑ましい面の一つなのだから、こちらもまた通常運転でハイハイと流してしまう。
     だからこそ、直後に手持ち無沙汰にチェックしていたSNSで目に留まったそれは、至にとって興味深いものだった。この夏限定と銘打っているその告知は、食品サンプル作りに挑戦する体験教室が打ち出していて、今回は『かき氷』作りを予定しているとのこと。サンプルとは言っても、フルーツや白玉で飾ったり銀のスプーンも添えてみたりと細かくこだわれば、確かに本物さながらの涼しげな雰囲気が感じられるに違いない。
     それを至は、自分が参加するのではなく、こういう手作りのものなら今度こそ二人だけのお揃いが叶うんじゃないか、と考えたから、他人事であっても、いいもの見つけたと反射的に喜んだのである。真澄に教えてやろ。今丁度いるし、と急いで隣を向いたところで、しかし至は口をぽかんと開けたまま固まらずにはいられなかった。
     何しろそこでは、今まで散々劇団内を騒がせてきた例のクマのぬいぐるみが、正しい持ち主にぎゅっと抱き締められていた。先述の通り、クマはなかなかの大きさをしているため両腕ぐるりと回して抱えてやらねばならない。そうして丁度いい位置に来るからとクマの頭に顎の先を少し埋めてやれば、おかげで心地好いのだろう、真澄はうとうとと眠そうで、手元のぬいぐるみにそっくりの顔。
     それが、あざっとい。
     大きなクマを抱っこしたまま眠ってしまいそうというあまりの無防備さにびっくりし過ぎて、至は目の前がくらくらする思いだった。もう高校生ではないはずなのに、まるでMANKAIカンパニーのメルヘン枠の代表みたいな堂々とした可愛らしい仕草に、口をぽかんと開けっ放しにするほど呆気に取られてしまった。
     幸や椋のように元々可愛いアイテムが好きと言うなら理解できるし、三角や太一のようにデフォルメされたマスコットを気になっていると言うなら納得できるだろう。反して、普段はむしろ一切の興味関心を示してこなかったからこそ、真澄はずるい。ギャップ萌えとはかくも恐ろしいのである。こうも容易く至を動揺させ、はしゃがせるのだから。
     そうだ、そういえば真澄は春組の末っ子だった。ウチんとこの、片時も目を離しちゃいけない大事な末っ子だ! という事実を改めて思い知る。もう十八歳、と感じていたのは幻覚で、最近しっかりしてきたなと感心していたことも、きっと錯覚に違いない。自分のすぐ隣で、こうして心底リラックスしてぬいぐるみに甘えているところを見せられては、至は庇護欲に捕らわれてどうしようもないところだった。こんなのもう、監督さんとどうのこうのなんて提案が綺麗さっぱり頭から吹き飛んでしまうのも、当然のことだろう。
     うっかり、このまま静かに飾っておいてやりたい、なんてことまで考えてしまったから、今この場に誰もいなくてよかったと有り難く思わずにいられない。可愛こぶる真澄を指して、これ俺のね、と言い張っていたかもしれないのだから。



    end
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