みんなは知らない内部事情 実を言うと、MANKAIカンパニーの公式HPのデザインや更新を一任されているせいか、いつの間にやら他のSNSアカウントの運営まで一成の管轄のようになっていた。
さすがに責任者とまではいかないものの、監督からの公演告知ではない、劇団員たちによるささやかでフランクな投稿に関しては、皆なんだかんだと一成に声をかけてくるのである。例えばハッシュタグの付け方や動画配信機能の使い方といった基本操作の一つ二つ、もしくは映える撮り方や人目を惹くための工夫といった上級者向けのアドバイス等々。
それより何より、雑談配信をするから参加しないか、という有り難い誘いを貰うことも決して少なくはなかった。そうして、一成は四方八方から頼りにされているところだった。
だから、その日の夕飯時、キッチンから運んで来たパエリアの皿とマリネの小皿をこちらに渡してくる真澄が、ついでのようにさらりと「今日、インステライブやる」と報告してくれたことも、何も間違っていないのだ。ただ、それを聞かされた一成が、うっかり過剰に驚いた、というだけで。
ついつい口をぽかんと開けて一拍置いて、それから引っくり返った声を上げる。
「え まっすーが まっすーがライブするの」
何しろ真澄がこんなことを言い出すなんて、今この瞬間のこれが記念すべき第一回目。
これまではずっと、写真投稿も動画配信も平等に面倒くさがられ、どうにかこうにか春組からの告知という体で引っ張り出したとしても、端っこで静かにしてしまうという始末。そういう顔見せが真澄一人だけ飛び抜けて消極的であるせいで、度々、寂しいと嘆く声がファンの間から聞こえてくるほどだった。
おかげで、そんな真澄が今日ついにやる気を出してくれたのだと思えば、一成はまるで自分のことのようにはしゃがずにはいられない。
「まっすーのライブとかレア過ぎ! 何時から オレもう告知しちゃっていい みんな絶っ対喜ぶって~! アーカイブ残してくれたら、オレ三回くらい見ちゃうかも! やり方わかる まっすーって配信の仕方知ってるっけ オレ全然教えるから、なんでも訊いて!」
果たして伝わるだろうか、この大興奮の喜びようが。矢継ぎ早にあれこれ言ってしまうほど、一成は真澄がようやく興味を持ってくれたことが嬉しくて仕方なかったのだ。そのため、せっかくの機会だからと、観てくれるであろうファンの皆だけでなく、配信する側の真澄自身も楽しめる時間になればいいと願わずにいられない。
かくして、真澄を心から応援しよう、と決めたところで、一成ははたと気付いてしまった。
「てか……まっすー、もしかして一人でやるの」
何をする予定なのかはわからないけれど、他に声をかけている参加者はちゃんといるのだろうか。日頃、真澄の方から監督以外の他者を誘うという微笑ましい姿は滅多に見ない。そのせいで、勢い込んで、よかったらオレ手伝っちゃうよ! と答えようとした時だった。
「やっぱり、真澄が配信やるなんて不安しかないよね」
と、苦笑混じりの声が賛同しながら、一成の同じように夕飯の皿を受け取っていた。そうして横からひょいと顔を覗かせた至は、一成の疑問なんてあっけらかんと笑い飛ばしてしまう。
「一応、俺が手伝うつもりでいるから、そんなに心配しないでよ」
そう断言して、穏やかに笑って見せるのだから、至のそんな姿は頼もしいと感じるべきなのだろう。一成は、むしろ余計に驚いて目を見開いていた。
「えっ、じゃあ、いたるんとまっすーと……二人」
「そうそう。真澄、普段は全然やらないから……たまにはね」
なんて返しながら至の視線がちらりと真澄へ向かうから、それに気づいた真澄もまた、返事の代わりにこっくりと頷いて見せる。
だから、そのせいで一成の方は思わず口を噤んでしまった。
だって、他ならぬ至がいると言うのなら、改めて配信方法を教えてやることも無く、企画へのアドバイスをする必要すらも無いのだろう。彼の人は、おそらく自分と同じくらい、こういうことに詳しいのだから。それを裏付けるかのように至は重ねて教えてくれる。
「真澄のために、いいマイクといいカメラと……あと、とびっきりのワンポイントも用意してあるから、よかったら一成も観てあげて」
そうして、イタズラっ子みたいに楽しげに笑い出す至と、反して苦虫を噛み潰したように渋い顔をする真澄。
一成には何が何だかさっぱりわからないけれど、きっと二人の間では何を指しているのか通じる話題なのだろう。だから、つまり、一成の知らないところで、とうに何もかも決まっていた話だったのだ。
さて、一成は「まっすーにフラれちゃってチョー悲しい!」と泣き付くことにした。
わざとらしく落ち込んだ態度とはいえ、優しいことに、談話室のソファーでくつろいでいた天馬と万里は声を揃えて「ドンマイ」と労わってくれる。ついでに、一成が座るスペースまで空けてくれる好待遇だった。
有り難くお邪魔しながら、一成は二人にも声をかけ、件のライブ配信の開始を待つ。こうして視聴者側に回って改めて振り返れば、やはり頼られている至のポジションがなかなかに羨ましい。真澄にフラれた、と思うし、至に取られちゃった、とも感じてしまう。次はオレともやろうよ、と誘ったら、果たして真澄はこちらにも頷いてくれるのだろうか。それが叶った時のことを考えて、オレもまっすーが喜んでくれるものを用意しておこう、と一成は期待せずにいられない。
なんてことを考えていたら、手の中のスマホではようやく配信が始まっていた。ところが、そこで真っ先に目に飛び込んで来たのは、普段と変わらぬおすまし顔の真澄と、その耳に付けられたウサギ型のキュートなヘッドホン。
「……えーっ 何これ、まっすーってば超カワイ~!」
「うわっ、何付けてるんだ真澄」
「こんなん、ぜってー至さんの趣味だろ……」
などなど、三者三様にわいわいと騒ぎながら、一成はより一層ウキウキと期待で胸を膨らませる。ひとまずは、後でこの真澄とツーショットを撮らせてもらおう、と。
end