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    アイム

    @miniAyimu

    黒髪の美少年と左利きAB型イケメンお兄さんに弱い。

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    アイム

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    犬飼先輩が喫煙してる犬辻。

    ##犬辻

    犬飼先輩は、大学生になって早々に煙草を吸い始めた。

    「……先輩、まだ未成年ですよね?」
    「やだな~辻ちゃん、おれこないだ誕生日だったじゃん」
    「いや……それでもまだ十九歳ですよね」

    成人した証拠も無いのに一体どうやって買ってるんだ、という疑問はきっとこの人には通用しないのだろう。
    不真面目な未成年の代わりに手に入れてくれる不道徳な知り合いがごろごろいるに決まっている。
    事実、俺が吸い始めたことに気付いて一週間も経たない内に、それまで使っていた蛍光色の安っぽいライターすら銀色の重たくて立派なものに変わっていて、何ですかコレとツッコめば、ただ一言、『もらった』とだけ返された。
    それが犬飼先輩にとっての当たり前であるかのように。

    犬飼先輩は市立大学への進学が確定するのとほとんど同時に春からの住居先を探し出し、二月の末にはもうすっかり荷物の移動までを済ませていた。
    進学をきっかけに一人暮らしを始める学生たちは他に多数いたけれど、誰よりも素早い行動だったことだろう。
    それを、本人だけがすっきりしたような晴れやかな顔。
    姉ちゃんたちのことは嫌いじゃないけど、でもやっぱ弟ってキュークツなものだしね。
    と、あの手この手で荷ほどきに巻き込んだ俺へと零す内緒話には、疲労感も解放感も混ざっているらしかった。

    そうして現在新たに根を張っているのが、大学からボーダーへ行くのとは逆方向へ二十分、最寄り駅から更に十分ほど入り組んだ道を辿った先にある、月五万の安アパートの角部屋だった。
    バス・トイレは別で、キッチンスペースもなかなか広々としていたけれど、服と靴だけで部屋埋まっちゃうと先輩が嘆くほどのワンルーム。
    おまけに、築数十年という歴史を裏付けるように、外観も室内も堂々とくすんだ色に染まっていた。
    犬飼先輩がこういうところを選ぶなんて意外だ、と感じるようなちょっと古びた場所だった。
    急いで決めたせいだろうか。
    と予測していたけれど、今にして思えば、この薄汚れ加減もまた、喫煙のためだったのかもしれない。
    きちんと換気扇をごうごう鳴らしながらや窓を全開にして外へ向けて吸っていることもあるものの、動くのが面倒になれば他のことなんてお構いなしで部屋の真ん中でくゆらせていることも少なくなかった。
    うっすらと漂う白い煙が、俺とあの人の間を勝手に埋めてしまう。

    今日もまた、荒船先輩オススメの一本が地上波初放映だからと二人並んでテレビに向き合っていたというのに、CMが始まるや否や、ちょっと一本と言い残して、さっさとキッチンへ向かって行った。
    そのまま換気扇の真下から戻って来ないから、釣られて俺もぐるりと体をねじったまま。
    頭の後ろではとっくにCMなんか終わっていて、忙しい銃撃戦が繰り広げられているところである。
    その合間に犬飼先輩は言う。
    「辻ちゃん、煙草嫌い?」
    当然ながら俺の批判的な視線など先輩にはバレバレであるらしい。
    やわらかい声は決して怒っているわけではないけれど、その分俺を諭したいらしい冷静さが伺えて、それがまた余計に俺を苛立たせる。
    わざとらしく顔をテレビに戻してから、反論を口にした。
    「……犬飼先輩が早死にするのは嫌ですよ」
    「あー……じゃあ、本数は減らしとくね」
    くすっと吐息だけで笑ったらしい、密やかな声がした。

    そうやって口の端に咥えながら喋る器用なやり方も、手持無沙汰に弄るライターが立てるカチンという涼やかな音も、いつの間にやら犬飼先輩の手馴れた仕草の一つとして増えていた。
    まとわせるのも辛いスパイスに似た不思議な匂いで、ぜんぶ、俺の知らないものばかり。
    だから煙草そのものが嫌いというよりも、先輩が知らない他人のように思えてくることの方が嫌だった。
    ただでさえ一つしか違わないという事実が信じられないくらいありとあらゆる経験の差があって、大人びた先輩と子供っぽい俺としてはっきり分かれてしまうのに。
    例えば二宮さんを支える両翼だの犬飼先輩が背を預ける相棒だの、周囲からそんな風に評価してもらえても、俺自身は全然そうとは思えない。
    何年経っても世話の焼ける弟扱いばかりが目について、不満はなはだしい。
    先輩と対等になれないことが、ただただ寂しかった。

    果たして俺はどうすればいいんだろう。
    いっそ開き直って、匂いが苦いからヤダヤダと泣き付いてやればいいんだろうか。
    それを犬飼先輩が聞き入れてくれるかどうかは、たぶん五分五分の勝負だ。
    ただ、本気で吸うのをやめて欲しいと願っているというよりは、そうやって焦燥感を煽られるが故の単なる八つ当たりみたいなもので、それがまた子供じみていて嫌になる。
    勢いあまって刺々しい声が出る。
    「隊務規定違反でトリガー没収も、やめてくださいね」
    「ここでしか吸わないから、他の人には見つかんないよ」
    意地の悪い俺の反論は、だけれど軽々しく笑い飛ばされた。
    それから犬飼先輩はゆっくりと言い直す。
    辻ちゃんしか知らないよ、と。

    それじゃあまるで共犯者だ。
    自分勝手に巻き込んでおいて、それで俺が告げ口しないと過信するなんて、犬飼先輩にしてはなかなかに脇の甘い考えだった。
    この人は、そんなに俺が従順で大人しいと思い込んでいるのだろうか。
    だけれど実際そんな結末を迎えるはずがないのだから、結局、返す言葉を失って黙り込むのは俺の方だった。
    かくして犬飼先輩の部屋は、今日も煙たいまま。

    さて、その後の末路に気付いたのは、六月になって夏服へと衣替えしてからの話になる。
    休みの前夜に冬服をクリーニングに出すからと声をかけられ、数日ぶりにブレザーを引っ張り出したところで、ふわりとスパイスみたいな匂いが漂った。
    それを煙草の匂いと知っているからこそ、進学校の生徒にはあるまじき残り香だと動揺せずにいられない。
    犬飼先輩の部屋に入り浸るから、移って、ここまで連れて来てしまったのだろう。
    ならば、果たして制服が匂うだけで済んでいるのだろうか。髪や肌は? 俺は?
    一人暮らしを始めた彼の人は、狭いからと言い訳して、同年代の知人友人たちを未だに一人も招き入れていないらしい。
    それに加えて、形ばかりはバレたら困ると言い張って、煙草を口にするのはあの安アパートの閉じられた空間だけ。
    他の人は知らない、という内緒話を信じるのなら、つまり俺たちは限りなく近い匂いがしていることになる。
    そのせいで、慌てたそのまま、奈良坂や片桐たちに『俺って煙草臭い?』と確認したくなる。
    だけれど、それはまずい。二人とも察しがいいタイプだから、きっと元凶まで悟られるに違いない。
    だから、むしろ頑として口を割るべきではないし、そもそも俺だって、いちいちこんなことを部外者に言いふらしたいとも望まない。

    それに、これは煙草臭いのではなく犬飼先輩の匂いと言うのが正しいのだと思えば、こんなしょうもないことで、初めて俺の溜飲は下がるのだった。



    end
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