淡黄蘗の明るくて儚げな色をした彼を初めて目にした時、夜に登った月が人の形をしてカムラの里の昼間に降りてきたのかと思った
◇◇◇
今でこそ、クラウスの髪の長さは肩に着くくらいだが、ハンターの修行を始める前までの彼の色素の薄い淡黄蘗の髪はそれこそ降ろせば腰程の長さまであろうかと言う見事なものだった
彼の妹の髪を見ても分かる通り、あの兄妹の髪質は艶々として、それでいて細く柔らかな絹糸の様な指通りの金糸の美しい髪である
彼が何故腰程までに伸ばしていたのかは、願掛けかと思いきや故郷では男女共に髪を長く伸ばす風習があったから…らしい
その見事な美しく長い髪が、ある日バッサリと肩までの長さで雑に切られていたので、ヒノエやミノトや里の者達がギョッとした顔で見る中、何食わぬ顔で里を歩いていたクラウスのザンバラになったソレを目にしたウツシは、凍り付いた様に固まった後に、自分が淡いと言うには少々熱量の高くなっていく想いを抱く彼が良からぬ輩に襲われたのかと思い走り寄って彼の肩を掴み問い質した所「売った」と、言うではないか。
「売った!?!?!?!!!?誰に!?!?!!」
「うわ、うるさ…っ…何だお前…」
「いいから!!!何で売ったの!?!あんなに綺麗だったのにそんな雑にも程があるザンバラに…っ!!」
「テメェ力一杯揺さぶるんじゃねえよ!!!!」
二人がギャーギャー騒ぐので、受付嬢姉妹の二人も此方に来てウツシに加勢した。ヒノエもミノトも、クラウスが里に来たばかりの幼い頃に彼の髪を時々梳ったり結ってあげたりして楽しそうに世話を焼いていたのだ。何とも痛ましいものを見る悲し気な顔をしている
「売った…と聞こえましたけれど、クラウスさん…どうしてそんな勿体無い事を…」
「ええ、私も姉様もまた貴方の髪を梳らせて貰えないものかと話していたのに…」
流石に三人に寄って集って問い詰められれば分が悪くなったのか、クラウスは決まりが悪そうに眉間に皺を寄せポツリポツリと言う
曰く、里の港に普段見慣れない交易商が居たと言う
偶々港に用事のあったクラウスが彷徨いてると、その男は彼の髪を嫌に褒めちぎり、次いでクラウスが竜人族かと思いきや他の特徴が違うのでエルフと見るや興奮して熱心に話し掛けて来たので、何と無く興味本位で話を聞くくらいは…と普段は絶対にしない癖に近寄って話を聞いたらしい
その男曰く、金糸の髪は市場にて高値で取引されるらしく、更に数が少ないエルフの金糸の髪であるならばその道の好事家達の中では垂涎もの故にかなりの額になるらしい、その上に見事な絹糸の如き美しさなのでどうか少しで良いので売って欲しいと、クラウスの言い値で良いと言うので売った…と言う
「クラウスさん、何でソレで売ってしまうんです…」
「そうですよ…ソレにそんなバッサリと…それに普段は里外の人間には近寄りたがらないのに…」
「いや…何か必死だったから圧されたと言うか……それに俺の言い値で良いとか言うし…」
「ァ"ア"ァ"ア"…っ何か欲しいのがあったんなら俺が買ってあげるのに何で売っちゃったの!!!!!!」
「いや何でだよ」
「その髪ソイツが切ったの!?!?」
「俺だが」
「まぁ!」
「クラウスが!!?!?!」
「丁度小刀持ってたから…こんくらいで良いかと思ってザクッとやった」
「クラウスさん、貴方器用なのに時々自分の事だと急に雑になりますね…」
自分より年上の三人に囲まれ代わる代わるに言われるので、流石のクラウスも段々言葉が尻すぼみになっていく
「…それにだな、お前そろそろハンターの修行始めるって言っただろ」
「え、うん」
「あんま長ぇと邪魔じゃねぇか。どっちみち纏められる程度には短く切ろうとは思ってたんだよ。それに…」
「それに?どうしたんです?」
「何か…俺は身長はそれなりにある筈なんだが、髪が長いと女に間違われる事が多いから段々イライラしてきてた」
「(ソレはクラウスさんが割と華奢で顔が御綺麗だからでは…)」
「(姉様、しっ!)」
「あと、クララも大きくなってきたし女は色々物入りだろ。金は有って困るモンじゃねえしな」
彼の言う理由はまぁ理解できたが、何とも勿体無い事を…とウツシも受付嬢姉妹も顔がくしゃ…っとなった
「でもそのじゃぎじゃぎした切り口のザンバラの髪はいただけません!ささ、どうぞ此方の長椅子に!このヒノエがクラウスさんの髪を整えて差し上げましょう」
「流石姉様…っ!それは良いですね。さ、クラウスさん此方に」
姉妹に気圧された彼は借りてきた猫の様に大人しく何も言わず二人に言われるがままに長椅子に腰を落とした
器用なもので、見る間に姉妹によって見事に整えられていく彼の淡黄蘗の髪
短い髪も似合うけれど、いつかまた伸ばしてくれないだろうか…とウツシはその光景を見て独りごちた
ちなみに彼は
家に帰って来た兄の髪がかなり短くなっているのを見て混乱した幼い妹に大泣きされたらしい