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    dentyuyade

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    dentyuyade

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    大阪の女が一人で恋をして、失恋することも出来なくなる話です。中編。

    実の成らぬ恋をする大事に温め続けていた初恋は、なぜだかいまだに枯れることなく生後二十云年の体の中で、今でもぬくぬくとその根を張り続けている。初恋を大事にすることが美徳とされる年齢もとうに過ぎ、未だに今思えば恋だったかも怪しいその感情を、捨てることもなく隠すこともなく飼い続けて、今日もまた夢に見るのだ。お付き合いの真似事ならしたことがないわけじゃない。気持ちの伴わぬなんちゃって恋愛をこなせぬほど子供でもなくなってしまったわけだが、しかし虚しさに麻痺してしまうほどにはすり減ってもいなかった。中途半端が一番つらい。彼を超えるほどに入れ込める相手を求めるのは、果たして白馬の王子様を待つのと一体何が違うというのだろう。
    (そもそもさして大きな接点があったわけでもないけど)
    王子様は教室の片隅で本ばかり読んでいて、特徴のない無難な顔立ちを眼鏡で隠していて、いつも違ったところに変に寝癖がついていた。私はそれをいつも後ろの席から眺めていて、時折その活字から得られるコメディがツボに入るのか、小刻みに揺れ始める肩を見つめるのが好きだった。その姿をついぞ正面から見ることは叶わなかったけれど、そういった人間味のある行動を見せられてしまうと、なんだか安心したのだ。カーテンを追いやる風に吹かれて揺れる黒髪が、差し込む日差しに映える私よりも白い肌が、なんだか彼の温度を奪ってしまうような気がしていたから。別に深い理由があったわけじゃない。後ろから見つめているうちに、気になるようになってしまった。ただ、それだけの芽生えるはずもない恋だった。それに水を与えたのは間違いなく最後の一日だけだ。
    「……あ」
    その日は親戚の結婚式で学校を休んだ。遠方での式だったから、式の後一泊して午前中に帰る。そのついでに空いているショッピングモールにでも遊びに行こうと、最寄りから一駅先のプラットフォームで降りたのがいけなかったのか。その跳ねた髪をまばらな人の中で見つけてしまえた自分は、今となっては相当彼への思いをこじらせていたと言わざるを得ないけれど。目の前で立ち止まり、あんぐりと口を開けて指をさしてくる女のことを、彼はさぞ怪訝に思ったに違いない。私の名をさん付けで呼ぶ声なんて、今でも思い出すことができる。
    「えっと、何してんの」
    「見たわかるやろ。サボリ」
    「そういうキャラやったっけ」
    「俺の後ろ姿しか知らんくせにキャラ決めんな」
    辛辣な物言いをしながらも可笑しそうに笑う彼は、まるで自分の行動が咎められるとは夢にも思っていないような態度だった。いや、実際に私は彼のことを窘めたりはしなかったのだけれど。謎の自信に胡坐をかいて平然と会話をする姿は、なんだか教室で見ていた儚さとはかけ離れていて、でもそれはそれでいいと思った。今から帰り。そう尋ねた私に彼は首を横に振ってスマートフォンの画面を見せる。ここに行こうと思って。指さされたのはその駅から何駅も先の名も知らぬ土地。よくわからないながらも会話を続けたくて、何しに行くんと聞いた私に、彼はただ一言「海」とだけ言ってみせる。その時初めて私はそんなところに海があるのだと知った。
    「海、行きたくて」
    「ふうん。ええやん」
    「一緒にいく?」
    「えっ」
    ええの。まさか誘われると思わなくて確認してしまう私に、彼は別にええけど、とぶっきらぼうに頬を掻いた。あまりにもずるいのだ。そんなことを言われて、断れるはずなんてないのに。

     

     
    「雑談とか振っていい?」
    「俺のことなんやと思ってんねん」
    「いや、なんかそういうの嫌がりそうやん」
    「……別に。嫌やったら誘ってない」
    もしかしてそういうこと皆に言ってる? そう確認したくなるほどにこずるい彼の言葉は、私の雑談へのハードルを上げるには十分だった。彼はもしかして私が知らないだけで、意外とフランクな人なのだろうか。辛辣な物言いも、海に行くアクティブさも、何もかもその日初めて知ったことで、私は彼の何も知らなかった。とりあえず、自己紹介からしてもらっていい。そんな無茶苦茶な切り出し方に、彼はユーモアを感じたのか声を抑えてくつくつと笑う。今更すぎんか。そう漏れる低い声をいいな、と思った。
    「出席番号十五番、得意科目は国語。好きな食べ物はアスパラベーコン。……あと何? 嫌いな科目は生物」
    「引き出し少な。しかも生物嫌いなんや、意外」
    「人間の体のこととか考えなあかんやん。あれ、俺ダメやねん」
    「あー、ちょっとわかるかも」
    心臓のとことかほんま無理、と眉を寄せる姿はなんだか思い描いていたよりもずっと子供らしい。こんなふうにして不快感をあらわにするんだ。もっと顔に出さずに静かに怒る感じかと思っていた。彼に貼りつけていたイメージが、レッテルが、一枚一枚丁寧にはがされていく。少しずつ見えてきた奥底のそれの全貌が見えたとき、私はどうなるのだろうと結構本気で思ったりもした。嫌なところだなんて見えそうにもなかった。知れば知るほど人間に近づいていく彼を、本気で愛おしいと思っていたから。
    「じゃあ逆にそっちが自己紹介せえや」
    「いやいや。私別に普通の、何の面白みもない人間やし」
    「なんやそれ。俺かて普通の人間やわ」
    そうやんな。知っとるよ。つい今さっきそれを思い知ったよ。膝の上で指先をいじりながらでもそんなことは言えなくて、私はただ曖昧に笑うことしかできなかった。自分、結構変やと思うけどな。電車で、五センチほどの微妙な距離を開けて座る彼から呟かれる言葉を、目的地の駅名が邪魔をした。後にも先にも車掌さんの声を疎ましく思った経験はこれきりだ。

     


    海は私が想像していた砂浜とは大きく違っていて、海岸から何メートルも離れた位置にこれでもかと建てられたフェンスが、波の音以外の情報を遮断している。海、見れなそうやな。気まずい雰囲気をなんとかしたくて口にした言葉に返事をしたのは、隣の彼ではなく、後ろを通った見知らぬおじさんだった。
    「……もうちょっとだけ進んだらフェンスに穴があるから」
    おじさんの手には釣り竿とバケツが提げられていて、どうやら先刻までその穴の先で釣りを楽しんでいたことがうかがえた。突然のことで呆気にとられた私の代わりに彼が「ありがとうございます」と頭を下げてくれる。別に、褒められた行為ではないから礼を言うのもおかしな話なのだけれど、それでも海を間近で見ることのできる裏技を教えてもらえたというのはきっと、彼にとってはひどく嬉しいことだったのだろう。よかったやん、と背を叩いても文句の一つも言わずに「良かった」とほほ笑む。
    「……そんなに来たかったん?」
    「おん。一回来たかってん」
    「あ、もしかして海初めてな感じ?」
    「なんやねん。悪いか」
    悪いわけではない。でも、私はてっきりこの場所そのものに何か思い出でもあるのかと思っていたから意外だった。本当に、ただただ近くの海に来ただけだったのか。呆気にとられた私に向かって彼はばつの悪そうに「俺、奈良生まれやねん」とぼやく。私には意味が分からなかった。
    「奈良は盆地で、山はあっても海はないやん……ないねん。だから、大阪越してくるときにやっと海見れるわーって思ってて」
    「いや、大阪も大概海ないけど」
    「……越してきてから気づいた。大阪湾めっちゃちっちゃい」
    「そのちっちゃい大阪湾といよいよご対面なんや」
    まあそんな感じ。口元に手の甲を当てて照れくさそうに視線を揺らす彼を、私はひどく可愛らしいと思った。期待に添えるといいんやけど、とまるで大阪代表みたいなコメントをして、その瞬間だけは私は彼の大阪の女であればいいなと、何となく思ったのだ。否、その瞬間に限らず、欲を言うなら永遠に、彼に通うシナプスは私と大阪とを繋げていてくれたらいい、だなんて。大真面目にそんなことを考えていたのだから笑える話である。フェンスにあいた穴は、屈めば普通に通れるほどの大きさだ。よっと声を出してくぐる私に、大丈夫かとかけてくれる声が優しく聞こえたのは、きっと私の耳にフィルターがかかっていたに違いない。そこから少し歩いて、途端に開けた世界には大海原とそこに飛び出る一筋のコンクリートだけだった。
    「うっわ! 風やば!」
    自分たちを守るものが何もない海上の浮き道で風に晒される体は、油断していたら足元をすくわれて、そのまま藻屑へと仲間入りしてしまいそうだった。市内で浴びる風とはあまりにも違う冷たく強い風に、燦燦と波を照らして白く変える太陽。砂浜はなくても、水着を着ていなくても、魚が居なくても、まごうことなくそこは海だった。I字の道の向こうにはこじんまりとした灯台が申し訳程度に建てられていて、その下にはここを教えてくれたおじさんと同じような背格好をした釣り人がみんななんともいえぬ表情を浮かべて海面と向き合っていた。でも、そんなことは些細なことで、このまま手を広げていれば少しずつ風に溶かされて海に帰るような、そんな爽快感を前にしてはきっと誰しも興奮せざるを得られないだろう。
    「どお? 海、感動した?」
    「……うん。海、ほんまにあったわ」
    「そらあるやろ」
    頬を紅潮させてその煌めきに酔う彼を座らせて、二人して海に足を投げ出す。少しでもバランスを崩したりしたら、きっと落ちてもう二度と陸へは戻れない。それがわかっていても、なんとなくそうせざるをえないような気がした。それがきっと海に対する作法だと思ったから。彼は言葉が出てこないのか、ただただぼうっとしながら「海、ええな」と頬をだらしなく下げた。うん、海、ええね。そんな中身のない会話でも、何かが伝わっていた。確かに海は「ええな」だったのだ。
    「俺にとってずっと海って、エッフェル塔と同じレベルやってん。あるのは知ってるし、写真でも見たことあるけど、この世に実在するって実感はないっていうか」
    「でも海、あったもんな」
    「そう、海、あったわ。それだけで満足した」
    「欲ないなー」
    ない分にはええやろ、という反論にひとしきり顔を見合わせて笑って、それからは何を言うでもなくするでもなく、二人してじっと波の満ち引きだけを見つめていた。青々とした、深すぎて底も魚も見えやしない海をじっと、日が沈みかけるまで、ずっと。それが今でもきっと、人生で一番幸せな時間だったと信じているのだから私も大概バカなのだろう。その次の日から彼は学校には来なかった。奈良の学校へ転校したのだと、風のうわさで聞いた。

     

    買ってきたサンドイッチを咀嚼しながら海を見つめる。珈琲を無理に流し込めば、どこに閊えることもなく簡単にそれは胃へと落とし込まれた。味はあまり感じない。生命のために仕方がなく摂取しているだけの食事というにもおこがましい生存活動だった。それよりも、潮の香りを肺に入れているほうが、ずっと。
    「……」
    彼は同窓会には顔を出さなかった。周りの友人たちも彼の行方を知らない。気づけば彼はパリのエッフェル塔と変わらないような遠い存在になっていて、私はただただ数少ない彼との思い出にしがみついては縋ることしかできなくなっている。さっさと諦めたらいいのに、未だに未練がましく週末になっては海に来て、無作為に時間を浪費していた。彼氏を振った日も、友人の結婚式に出た日も訪れたここは、彼よりも彼の影だけ見つめている時間のほうが気づけば長くなっていて、救われない。
    (いっそ、振られていればよかった、なんてね)
    初恋は実らないとは誰が言ったか。遅効性だった私の初恋は、花を咲かすことなくその葉だけを伸ばし続けていくのだ。果実だなんて、夢のまた夢だった。
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    Replies from the creator

    dentyuyade

    DONE性癖交換会で書いたやつ短編のやつです。割とお気に入り。
    星になる、海に還る輝く人工色、眠らない町。人々はただただそこで足音を鳴らす。唾液を飛ばす。下品に笑う。息を、止める。その中で自分はただ、誰かの呼吸を殺して、己の時間が止まるのを待っている。勝手なものだと、誰かが笑ったような気がした。腹の底がむかむかとして、思わず担いでいたそれの腕を、ずるりと落としてしまう。ごめん、と小さく呟いていた。醜いネオンの届かない路地裏の影を、誰かが一等濃くする。月の光を浴びたその瞳が、美しく光る。猫みたいでもあり蛇みたいでもあるその虹彩の中で、自分がただ一人つまらなさそうな顔をしていた。
    「まーた死体処理か趣味悪いな」
    「あー……ないけど、趣味では」
    「いや流石にわかっとるわ」
    「あ、そう?」
    歪む。彼の光の中にいる自分の顔が、強く歪んでいる。不気味だと思った。いつだって彼の中にいる自分はあんまりにも人間なのだ。普通の顔をしているのは、気色が悪い。おかしくあるべきなのだと思う。そうでなければ他人を屠って生きている理屈が通らない。小さく息をついて、目の前のその死体を担ぎなおす。手伝ってやろうか、と何でもないように語る彼に、おねがい、と頼む声は、どうしようもなく甘い。
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    dentyuyade

    DONE息抜きの短編。百合のつもりで書いたNL風味の何か。こういう関係が好きです。
    観覧車「観覧車、乗りませんか」
    「……なんで?」
    一つ下の後輩はさも当然のようにそんなことを提案した。園芸部として水やりに勤しんでいる最中のことだ。さっぱりとした小綺麗な顔を以てして、一瞬尤もらしく聞こえるのだから恐ろしいと思う。そこそこの付き合いがある自分ですらそうなのだから、他の人間ならもっとあっさり流されてしまうのかもしれない。問い返されたことが不服なのか、若干眉をひそめる仕草をしている。理由が必要なの、と尋ねられても、そうだろうとしか言えない。
    「っていうか、俺なのもおかしいやん。友達誘えや」
    「嫌なんですか」
    「いや別にそうでもないけど」
    「じゃあいいでしょう」
    やれやれと言わんばかりにため息をつかれる。それはこちらがすべき態度であってお前がするものではない、と言ってやりたかった。燦燦と日光が照っているのを黒々とした制服が吸収していくのを感じる。ついでに沈黙も集めているらしかった。静まり返った校庭に、鳥のさえずりと、人工的に降り注ぐ雨の音が響き渡る。のどかだ、と他人事みたく思った。少女は話が終わったと言わんばかりに、すでにこちらに興味をなくしてしゃがみこんでは花弁に触れている。春が来て咲いた菜の花は、触れられてくすぐったそうにその身をよじっていた。自分のものよりもずっと小づくりな掌が、黄色の中で白く映えている。
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