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    dentyuyade

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    dentyuyade

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    雪のちょっとした短編。片瀬と介山の話。

    雪を知る人起きることができない日というのがある。目は覚めているのに、体を起こすことが出来ない日。わざわざベッドから出て何かをしようとする気力がわかぬような日。そこまで頻繁なことでもないので今のところ大学にはさしたる支障もきたしていないが、いつかこうしているうちに体そのものが動かなくなるのではないかと、たまに、そんなことを思う。まあ別に、止まってしまったところで構わないのだけれど。片瀬はうすぼんやりと開かれた視界をそっと改めて闇に落とした。世界へのささやかな拒絶のつもりだった。体がゆっくりと無意識に溶けだしていく。何故こんなにもどうしようもない人間なのかと、非難する己から逃げるように。
    「……おーい、片瀬さん」
    音がする。煩わしい。そう思いつつも意識は自動的に浮上していく。否、本当は望んで意識を取り戻しているのかもしれない。その声を、片瀬は後生大事に抱えている。
    「あれ、寝てるのかな」
    入りますよ、と傍若無人な言葉の後に、がちゃがちゃとドアノブを揺する音がする。そう言えば鍵をかけていたんだっけ、と思ってすぐ、かちゃりとその錠前が解除されたのがわかった。一本しかない自室の鍵。己は寝るとき以外鍵を閉めないし必要ないからと、彼にそれを手渡したのはいつだっただろうか。全部あっという間だ。恐ろしいスピードで過去になる。自分は彼と高校生として過ごした時間を未だ手元に置いているのに、それはどんどん現実から遠ざかっていく。彼にとっての己も、いつか。
    「片瀬さん」
    控えることを知らない足音が近づいてくるのがわかる。観念してもう一度視界を開けると、己の良く見知った顔がなんでもないようにこちらを覗き込んでいるのが見えた。なに、と尋ねた声は掠れていた。おはようございます、と淡々と男はズレた答えを返す。
    「雪、降ってますよ」
    そう言って、男は我が物顔で一つしかない椅子に座る。お前がここを動くまで自分もどかないぞと言わんばかりに。働かない頭で、動かない体で、ゆっくりと言葉を繰り返す。ゆき。言い慣れぬその単語に、男は微笑んでただ「はい」と答えた。


    「うわ、ほんとに降ってんじゃん。こんな積もってんの初めて見たわ」
    「今までで最高積雪らしいですよ。最高の名には見劣りする量ですけど」
    そう言ってどの寮生の物かわからないバイクに積もった雪を掬う姿に、そういえばこいつの祖母の家は降雪がすごいのだったなと思い返した。いつだったか見せてほしいと頼んだその約束は、残念ながら未だに叶えられていない。別に拒んでいるわけではない。ただ、自分から改めて口に出すのは抵抗があっただけだ。小さなプライドみたいなもので首を絞められながら生きている。
    「あ、誰か雪だるま作ってる」
    「……雪だるまと言っていいのか怪しい形状してるけど」
    「まあギリギリ顔パーツついてますし……」
    片瀬の心情など露ほども知らず、男はすぐに興味を周囲に移ろわせる。その目線の先にある、無骨な雪玉二つを重ねて、そこに無理矢理顔になりそうなものが差し込まれたそれは、まあお世辞にも可愛らしいとは言えない。誰が作ったんだ、と苦笑しながら手袋越しにそれに触れると、頭部がややぐらついて急いで距離を取った。いくら化け物と言えど殺したくはない。焦った様子の己がおかしかったのか、男はケラケラと笑いながら何してるんですか、と馬鹿にしてくる。
    「もー笑い事じゃないんだって。本気でびっくりしてんのこっちは」
    「まあ別に壊してもいいんじゃないですか。もう一個適当に作って差し替えときましょうよ」
    「これと同じレベルのやつ作れる気しないな」
    雪で軽く怪物の首元を補強してやりながら、そんな軽口をたたき合う。ふと吐いた息がどうしようもなく白い視界に溶けて消えた。本当に雪が降ったのだ。くるぶしほどまで足を覆う雪に覚えなどない。片瀬が生まれた土地は、積もって五センチほどだったのだ。この程度の積雪ですら、片瀬は知らない。なんだか変な心地だった。彼の祖母の家はどのくらい積もると言っていたっけ。己が知らぬ、埋もれるほどの雪を、彼は幾度となく目にしているのだと思った。彼にとってはこの程度、なんでもないのだろう。
    (……俺ばっかり、特別に思ってる)
    視界に唯一と言っていいほどの黒を誇るその髪を雪が覆い隠していくのが嫌で、そっと手を伸ばしては掃う。柔い髪からさらさらと白が落ちていく。いつか己もこうやって彼からはらい落とされるのだと思った。そんで今から、どうすんの。そう何気なく問うた声すら、寒さに吸われて届かないような気がする。男は拒むこともなく己に頭を任せながら、そうですねぇ、と口元を悩ませる。
    「まあ適当に散歩でもしましょうか」
    「そこは雪遊びじゃないんだ」
    「正直そういうのは間に合ってますね」
    「じゃあなんで」
    じゃあなんでわざわざ俺を起こしたんだよ。そんな言葉が口をついて飛び出た。我ながら理不尽な問いだ。それなのにそれを取り消す言葉も思いつかなくて、片瀬は当惑する。何もかもが上手くいかない。だから、起きるのが嫌だったのだ。それなのに勝手に人の部屋の中にまで入り込んで、己を連れ出さんとして。どうしようもない気分のまま探るようにして彼を見返すと、男はさも当然のように口を開いた。
    「だって片瀬さんといるときにこんな降ったの初めてじゃないですか」
    だから、反応が見たくて。そんなことは自明であると言わんばかりの声色だ。勝手に自分のテリトリーに入り込んでおいてそれはないだろうとか、そんなしょうもないことで人を起こすなだとか、言いたいことはたくさんあるのに、一つも言葉にならなくて思わず声をあげて笑ってしまった。なんだよそれ。そんな実のない感想だけが彼に届いて、けれどもそれで十分だと思った。結局のところ、自分は彼にどうしようもなく甘いのだ。
    「まあ仕方ないから行ってあげるよ、散歩」
    「なにやれやれ感出してるんですか。ほんとは自分も行きたい癖に」
    「そんなわけないだろこんなくそ寒いのに」
    お前じゃなきゃ付き合わないよ、介山。そう言って目の前の男の手を取る。男はひどく面食らった顔をして、まじまじと己の顔を眺めた。いつも全てを見透かすような色をしている瞳が、今は理解できないと言わんばかりに歪められている。なんだかひどくいい気分だった。
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    Replies from the creator

    dentyuyade

    DONE性癖交換会で書いたやつ短編のやつです。割とお気に入り。
    星になる、海に還る輝く人工色、眠らない町。人々はただただそこで足音を鳴らす。唾液を飛ばす。下品に笑う。息を、止める。その中で自分はただ、誰かの呼吸を殺して、己の時間が止まるのを待っている。勝手なものだと、誰かが笑ったような気がした。腹の底がむかむかとして、思わず担いでいたそれの腕を、ずるりと落としてしまう。ごめん、と小さく呟いていた。醜いネオンの届かない路地裏の影を、誰かが一等濃くする。月の光を浴びたその瞳が、美しく光る。猫みたいでもあり蛇みたいでもあるその虹彩の中で、自分がただ一人つまらなさそうな顔をしていた。
    「まーた死体処理か趣味悪いな」
    「あー……ないけど、趣味では」
    「いや流石にわかっとるわ」
    「あ、そう?」
    歪む。彼の光の中にいる自分の顔が、強く歪んでいる。不気味だと思った。いつだって彼の中にいる自分はあんまりにも人間なのだ。普通の顔をしているのは、気色が悪い。おかしくあるべきなのだと思う。そうでなければ他人を屠って生きている理屈が通らない。小さく息をついて、目の前のその死体を担ぎなおす。手伝ってやろうか、と何でもないように語る彼に、おねがい、と頼む声は、どうしようもなく甘い。
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    dentyuyade

    DONE息抜きの短編。百合のつもりで書いたNL風味の何か。こういう関係が好きです。
    観覧車「観覧車、乗りませんか」
    「……なんで?」
    一つ下の後輩はさも当然のようにそんなことを提案した。園芸部として水やりに勤しんでいる最中のことだ。さっぱりとした小綺麗な顔を以てして、一瞬尤もらしく聞こえるのだから恐ろしいと思う。そこそこの付き合いがある自分ですらそうなのだから、他の人間ならもっとあっさり流されてしまうのかもしれない。問い返されたことが不服なのか、若干眉をひそめる仕草をしている。理由が必要なの、と尋ねられても、そうだろうとしか言えない。
    「っていうか、俺なのもおかしいやん。友達誘えや」
    「嫌なんですか」
    「いや別にそうでもないけど」
    「じゃあいいでしょう」
    やれやれと言わんばかりにため息をつかれる。それはこちらがすべき態度であってお前がするものではない、と言ってやりたかった。燦燦と日光が照っているのを黒々とした制服が吸収していくのを感じる。ついでに沈黙も集めているらしかった。静まり返った校庭に、鳥のさえずりと、人工的に降り注ぐ雨の音が響き渡る。のどかだ、と他人事みたく思った。少女は話が終わったと言わんばかりに、すでにこちらに興味をなくしてしゃがみこんでは花弁に触れている。春が来て咲いた菜の花は、触れられてくすぐったそうにその身をよじっていた。自分のものよりもずっと小づくりな掌が、黄色の中で白く映えている。
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