信仰じゃない「春期休みは実家に帰ろうと思っているのだけれど」
夕方、居候先兼仕事先である店の締め作業後、坂井はおもむろにそんな話を切り出した。瞬時、ただの同居人にまで律儀にそんなことを報告しなくても、と突き放しの一言を口にするのを躊躇するようになったのは、成長かそれとも後退か。そんな問答に答えを出すほど考え込む余裕は、当たり前に進んでいく日常会話にはなくて、矢野は「はあ」と置きの一言を返すことしかできなかった。まあ高々一、二泊なんだけどさ、従妹が泊まりに来てるらしくて、僕もたまには顔出すように言われたからさ。そうまるで言い訳でもするように話す意味が解らない。別に矢野はこの男がいなければ死ぬ愛玩動物でもなければ、この男と当たり前にすべての時間を過ごすような夫婦や恋人的な関係でもないのだし。
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