深夜のティータイム鉄華団団長、オルガ・イツカは有力者たちとの会食に参加するためにクリュセに訪れていた。
会食の場所は高級レストラン。
キラキラとした街並みの中でも一際輝く店の外観を見上げてオルガはため息を付く。
正直メンドくせぇから行きたくはないんだがな。
心の中でもう一度ため息をつく、気合を入れるためにネクタイをキュッと締め店内に入った。
中に入ると今夜の会食相手の有力者達が待ち構えていた。
仕事用の笑顔を貼りつかせたオルガが最初に挨拶をし、それを合図に次々と挨拶が交わされる。
それが終わると社交辞令を交わしながらゾロゾロとテーブルへ向かった。
同じ時間訓練してる方が遥かに楽だな。
主催者の挨拶からの乾杯、ここまででオルガは疲労困憊している。
本日のメインイベント、会食が始まった。
「鉄華団の団長さんと食事ができるとは光栄だ。さあ、食べて下さい」
目の前にはCGS時代には目にする事すらできなったかった料理の皿が置かれている。
高さそうな皿に贅沢な料理が鎮座している。
「こちらもご一緒に食事ができて光栄です。いただきます」
カラトリーを取り、料理を取り分け、口に運ぶ。
複雑でこってりとした味が口に広がった。
オルガはこってりした味付けを好まないが料理を残したりしない。
染み付いた習性で出された皿の料理を全て綺麗に食べる。
「若いから沢山食べるでしょう。足りなければいくらでも追加を頼んで下さいね」
会食の相手はそれを見てオルガが喜んで食事をしていると思い込んだ。
「いやいや、十分頂いてますから」
少食のオルガは脂っぽく味の濃い料理を食べた時点で満腹を感じていた。
しかしフルコースなので目の前の皿を食べ終わると次の料理が運ばれる。
俺が食うより、この豪華食事を持って帰って、チビ達に食べさせてやりてぇな。
鉄華団に居る限り飢えることはない。
大人から少年たちまで腹いっぱいの食事を用意できる。
「この肉は絶品なんですよ。どうぞ味わって下さい」
「はは……ありがとうございます。そちらの取引先についてなんですが……」
食事をしつつ会話をし、周りを見て食べるペースを合わせる。
戦闘中と同じくらい目まぐるしい。
もっと気楽に、あいつらと笑いながら食う飯の方が美味いな。
一流シェフによる美しく凝った盛り付けよりも、複雑な味わいよりも鉄華団でアトラが愛情と思いやりたっぷりに作る食事が恋しい。
「流石は耳が早い。我々も注目しているんですよ」
「少し耳にしただけなんで、詳しく教えていただけますか?」
有力者と繋がれるのはいい、まっとうな仕事の足がかりになる。
鉄華団にとって有益な情報があれば、安全で儲かる仕事ができる。
待っている団員達の事を思うと頑張れるな。
オルガはユージンやシノが見たら驚くような愛想を振り食事と会話を続けた。
◇
夕食の時間、三日月は食堂に入った。
食欲そそそる料理の香り、団員達の楽しげな会話、食堂は交雑していた。
カウンターでアトラからいつものように大盛りのトレーを受け取ると空いている席を探す。
見渡すとユージンとシノの隣が空いていたので、軽く挨拶をして座った。
会話をするユージンとシノの会話を聞きながら三日月は食事を始めた。
淡々と食事をする三日月とは対象的に二人はやいやいと会話をしている。
三日月は盛り付けられた料理をスプーンですくい口へ運ぶ。
トレーから綺麗に料理が消えていく。
無言で食事をする三日月とは対象的に二人は会話を続けていた。
「今日オルガは?まだ仕事してんのか?」
「いや会食だよ。夕方からクリュセに行っている」
「会食ねぇ、ってことは一人豪華な食事食ってるって事か。羨ましいねぇ~」
「まーそうだろうな。なんかクリュセで一番の高級店行くっつってから」
「俺も一緒に行きてぇよ」
「そうか?俺は面倒なおっさんたちと食事なんてごめんだね」
「いやいや、美味いもん腹いっぱい食えるならいけるって」
「俺は嫌だね」
「えー、そうか?」
トレーから料理が消えると三日月は静かにスプーンを置いた。
二人の会話を聞きながら静かに食事を終えた三日月は立ち上がり、食器の乗ったトレーをアトラの元へ返した。
「ご馳走様」
「三日月。どうだった?量は足りた?」
「うん。お腹いっぱい。美味しかったよ」
「えへへ、ありがとう。明日も頑張って作るね」
アトラは微笑みながら受け取ったトレーを片付けた。
「ねぇ、アトラ。マグカップって借りれる?後、お湯も欲しいんだけど」
「お湯とマグカップ?いいけど、どうするの?」
「ちょっと、お茶を淹れたいんだ」
◇
会食を終えたオルガは鉄華団へ戻った。
時刻は深夜に近づいている。
オルガは深い溜め息を付きながら団長室に入った。
ネクタイを緩め、シャツのボタンを外すと、だらしなくソファーに座りうなだれた。
疲労感と気持ち悪さで体が動かない。
酒に酔っているよりは、豪華な食事に胃が負けた胸焼けが酷い。
ダメージを負った分、成果は大きかった。
有力者たちから沢山の有益な情報を得ることができた。
持たされた土産を迎えに来てくれた団員に、自分は食べないからと渡すと満面の笑みで喜んでくれた。
疲れていても、今日の成果を考えると嬉しくなる。
これでもっとアイツらにイイ暮らしをさせてやれる。
誰も来ることが無い深夜。
普段は周りの人間に見せることのできない姿でソファーでダラついて居ると、ドアをノックする音が団長室に響いた。
オルガは慌てて身を正すと声をかけた。
「こんな時間に誰だ?」
「俺だよ。オルガ」
「ミカ、何か合ったのか?」
「うん。ちょっとドア開けてくれる?」
「あぁ」
オルガがドアを開けると、三日月がマグカップが2つ乗ったトレーを持ていた。
「ごめん、手がふさがってて」
オルガは肩をすくめる三日月からトレーを受け取ると部屋の中へ招き入れた。
「かまねぇよ。それよりどうしたんだ?」
三日月にソファーへ座るよう促し、トレーを机に置くとオルガもソファーへ座った。
「これ、オルガと飲もうかと思って」
三日月はマグカップを手に取りオルガへ差し出した。
オルガが受け取ったマグカップからフワリと良い香りが漂ってくる。
良い匂いで、ムカついている胃がスッと落ち着く感じがした。
「これは?」
「火星紅茶。なんか最近特産品で人気なんだって。さくらちゃんが教えてくれたんだ。凄くいい匂いだよね」
「ありがとうミカ。頂くな」
オルガは紅茶を一口飲んだ。
鼻を抜ける何物にも比べられぬ尊い香りに癒やされる。
優しい温かさに胃が温まりホッとする。
「料理が多かったから食べすぎてたのが紅茶のおかげで楽になったよ」
「オルガは食べなさすぎるから、オルガの食べすぎは一人前くらいじゃない?」
「そうか?ミカが食い過ぎなだけだろ」
オルガはゆっくりと味わいながら紅茶を飲んだ。
三日月は紅茶を飲んでオルガの表情が緩むのを確認すると、自分のマグカップを取り口をつけた。
深夜の団長室での静かなティータイム。
「ミカ、ありがとな」
「オルガ、お疲れ様」