悪魔が擬態した神父と出会ったシスターの話首都よりも賑わい、王城よりも豪奢で荘厳な大聖堂がそびえ立つ聖都。
街の中心に建立されている大聖堂を中心に広がる町並み。
沈みかけた太陽の強い光と濃い影が伸びている。
夕刻の礼拝の時間を知らせる鐘が辺りに鳴り響いている。
人々は足早に神に祈り捧げるため礼拝堂へ向かった。
巨大な大聖堂に数多とある礼拝堂の一つにシスターマッシュは静かに入っていった。
辺鄙な場所にありボロボロに朽ちているこの礼拝堂を使うものはほとんど居らず、ここで祈りを捧げるシスターはマッシュだけだった。
使う者が居ない礼拝堂は埃っぽく掃除もされていないが、神の像の後ろあるステンドグラスは凝った作りで幻想的な光で礼拝堂の中を照らしている。
マッシュは礼拝堂に誰も居ない事を確認すると祭壇の前に膝をつき神に祈りを捧げた。
ステンドグラスの光を浴びながら無心に祈りの言葉を口にする。
神に身を捧げ祈る為に肌を隠した禁欲的な修道服に身を包み祈るマッシュの姿はとても美しかった。
何度も繰り返し祈りの言葉を捧げる。
祈りの言葉を紡ぐ度にマッシュの首筋に付いた剣の形のアザが濃く浮かび上がり熱くなる。
修道服の下に隠れて見えない剣の形をしたアザは悪魔のつけた呪。
祈り度にアザから広がる熱は首から広がって胸を通り、腹を伝い、股に向かっていく。
呪はマッシュの乳首と股間を中心に波のように熱を広げてジンジンと疼く。
身体を巡る熱は快楽だった。
マッシュは祈る度に快楽を感じて求める呪を悪魔に刻み込まれていた。
祈りに集中して快楽に悶えている事を表に出さないようにしているが、服の下では火照った身体を人に見られるの恥ずかしくてたまらない。
必然的にマッシュは誰も来ることのない朽ちた礼拝堂で祈るようになった。
祈る度に心がグラグラと揺れる。
このまま身体の内から広がる快楽に身を任せたい。
気持ち良いことがしたい。
今すぐ自分の手で乳首を摘み、ペニスをしごき、アナルを弄りたくて仕方なかった。
祈りを止めて自慰行為に浸りたい。
気持ちいいことだけを考えたい。
あの人に犯されるのを思い出しながら身体を慰めたい。
理性と欲求がせめぎ合う。
でもそれをしてはダメだ。
自慰をしてはいけない。
本当はあの人の手で乳首を嬲られたい、ペニスを弄ぶように触られたい、アナルに太くて熱いペニスを入れて欲しい。
祈る度に脳が焼けるに思い出す。
それでもマッシュは祈る事で欲求を押さえつけた。
マッシュは神に身を捧げた祈り手、シスターだ。
快楽に身を落とし堕落してはいけない。
神を称え、祈り、救いを求める。
たとえ悪魔の呪われても祈ることで克服しなければならない。
シスターが悪魔に屈服してはいけない。
悪魔に打ち勝つ為に神にに強く祈るほど呪を強く感じマッシュの心は揺れる。
あの時の快感をもう一度感じたい。
悪魔が与えた快感は格別だった。
マッシュに呪を付けたのは見た者を一目で魅了する美しい悪魔だった。
悪魔はマッシュと出会ってから慈しみ、宝物のように扱いながら快楽を教え、与えた。
毎日少しずつ教えられた、沢山の快楽の喜び。
悪魔に快楽を教えれてから二人っきりで過ごす甘美な夜の時間が待ち遠しいくてたまらなかった。
あの教会でずっと一緒だと思ってた。
ずっと二人で居られると思っていたのに、なんで居なくなったんだろう。
ダメだ、気まぐれな悪魔に惑わされてはいけない。
僕は決意したんだ。
あの人を思って心をが揺れないように、あの人を忘れる為に聖都に来て修行を積むと決めたんだ。
修行を積んで呪を克服するんだ。
聖都は聖なる結界に守られている、聖なる結界の中へ悪魔が入る事はできない。
ここにあの人が来る事はできない。
僕がここにいる限りもう会うことはない。
だから忘れるんだ。
さぁ、呪いを克服する為の祈りを再開しよう。
祈りを捧げて快楽を忘れ……でも、あの人……。
レインくんは優しくて、凄くカッコよかった。
マッシュは自身に呪を刻んだ悪魔レインの事を忘れる事ができなかった。
どんなに忘れようとしても、マッシュはレインの事を鮮明に思い出す。
髪は太陽の光を集めた金髪と艷やかな黒髪のツートンカラー、満月のように魅力的な琥珀色の瞳、顔の造形は彫刻のように整っていた。
僕の名前を呼ぶ声は低く蠱惑的で、触れる指先は優しかった。
耳元で甘い吐息のように名前を呼ばれる度に喜びを感じた。
初めて会った時、こんなにもカッコいい人が居るなんてと驚いた。
二人の出会いは二ヶ月前になる。
マッシュは辺境の村にある教会に仕えていた。
そこに赴任してきた神父、それがレインだった。
孤児だったマッシュは育ての親、神父のじーちゃんの元で育てられ、修行を積みシスターになった。
元々は聖都近くにある森の教会に仕えていたが、自由奔放なマッシュには聖都に近い教会では色々と面倒な事が多かったので、自分に合う辺境の教会でのんびり神に仕える事にした。
辺境の村の人達は信徒として真面目だが、聖都周辺の人々と違って戒律に厳しくなく、のどかで大らかな人ばかりだった。
マッシュが大好きなシュークリームを毎日食べていても「本当に好きなんだね」と笑ってくれた。
じーちゃんと離れて暮らすのは寂しかったが、シスターとしてどこか抜けた所があるマッシュには相性の良い場所だった。
マッシュが赴任する前から居た神父は壮年の真面目な人で、真面目にコツコツ励んだ奉仕が評価され、マッシュが来てから一年で聖都へ御栄転となった。
その代わりにやって来たレインだった。
今までいた神父に比べはるかに若い神父に対して村の人達は不安に思っていが、レインは理想的な神父だった。
表情筋が動かないのでとっつきにくいが、優しく面倒みが良く相談に乗り、誰にでも平等で公平に接してくれた、
迷える人を神の元へ導く説法、典礼の取り仕切り、全てが完璧だった。
こんなにも凄い人が辺境に来てくれるなんてとありがたいと、あっという間に村の人達から尊敬された。
マッシュも村人同様、すぐにレインに対して尊敬の念を覚えた。
マッシュにとって初めての思いだった。
レインと一緒だったら何をしても楽しくて、辛いことも平気だった。
ずっとこの人と一緒にいたい、そう思った。
同じ時間を過ごしていて、悪魔などと疑った事など微塵もなかった。
レインが悪魔だと気がついたのは偶然だった。
マッシュはいつも夜はぐっすり眠って朝まで目覚める事はない。
しかしその日はたまたま夜中に目が覚めた。
再度寝付けなくてベッドでゴロゴロしていたが気分転換に台所で水を飲もうと部屋を出た時、レインが外へ出ていくのを見た。
なぜ深夜に外出するのか疑問に思ったが理由があるのだろうと、その日は気にしなかった。
しかしその日以降、レインが頻繁に深夜の外出している事に気がついた。
なぜわざわざ深夜に外出するのかと疑問に思ったが、レインを信頼しきっていたマッシュは理由があって深夜でしかできない人助けでもしているのだと思った。
きっと村の人に助けを求められて、夜じゃないとダメな事だから、深夜に外出しているんだろうな。
人助けなら僕にも声をかけてくれればいいのに。
眠っているマッシュに声をかけない気遣いを嬉しいと思ったが、淋しさも感じた。
不審に思ったのは村で流れていた噂を聞いてからだった。
新しく教会に来た神父は村娘と深夜密会している。
神父は村娘と恋仲になっている。
噂話を聞いたマッシュは違和感しか感じられなかった。
レインくんが村娘と恋仲で密会している?
ありえない。
村の人達みんな「良い神父が来てくれた」って言ってたのに何を言っているんだろう。
神父であるレインくんが恋人を作って深夜に密会だなんて……。
村の女の子と恋仲になっているなんて。
ダメだ、僕は何を考えているんだろ。
証拠も無い噂話を信じるなんて。
村の女の子なんてレインくんに相応しくない。
だって……。
噂を心の中で全否定したが、不信感と好奇心は消えなかった。
マッシュはその夜、深夜に外出するレインの跡をつけた。
レインは暗い夜道を小さなランプ一つでためらうことなく歩く。
跡をつけるマッシュは小さな光を見失わないよう必死でついて行った。
噂が嘘であるように祈りながら真っ暗な道を進んだ。
しばらくすると村の外れの淋しい場所にだどりついた。
なぜこんな場所に来たかと疑問に思ったがすぐに答えが出た。
レインが着いてしばらくすると村で一番美しい娘が現れた。
落ち合った二人は少し離れたヒッソリとした場所にある納屋に入っていった。
噂は本当だったんだ。
レインくんは村の娘と付き合っていたんだ……。
だから深夜に外に出ていたんだ。
神父と村娘が恋仲になるのは許されない。
悪い事だから告発しないと……。
告発すればレインくんは村の娘と別れなければならない。
別の場所に赴任を命じられるだろうけど、僕はそれについていけばいい。
そうすればレインくんと一緒に居られる。
でも恋仲じゃなくて人に聞かれて困る相談を受けてるのかもしれない。
ちゃんと確認しなくちゃ。
真偽を確かめる為に壁の隅間から納屋の中を覗き見る事にした。
マッシュは中で行われていた光景を見て衝撃を受けた。
納屋の中でレインと村の娘は淫らな行為にふけっていた。
なんであんな女がレインくんと……、羨ましい。
僕だってレインくんとキスをしたい。
舌を絡めて、唾液を混ぜ合って、身体を深く繋げたい。
レインくんの手に身体を触れらるだなんて……、妬ましい。
マッシュは激しく嫉妬しながらも淫らな行為から目を離せなかった。
二人の行為をしばらく見つめているとフツフツと湧いてくるものがあった。
ダメだと思いながらも、自分を制御できなかった。
マッシュは自身の性器へと手を伸ばし、レインと娘の行為を見ながら自らを慰めた。
自分の手をレインの手だと思い、自身の感じる部分を触る。
今まで生理現象を鎮めるために自身を慰める事はあった。
でも今は違う。
二人の行為を見て起きた現象だ。
レインの事を思いながら、淫らな行為を見ながら行う自慰は今までにない気持ちよさだった。
あっという間に達してしまったマッシュは息を乱し納屋の中を見た。
視線の先には快楽に顔歪めるレインが見えた。
あの表情をあの女じゃなくて僕に向けてくれたら……。
え……?
マッシュは気がついた。
レインが人では無いことに。
人ではなく悪魔だ。
レインの顔に悪魔の象徴である角と線が二本現れていた。
食事をする為に現した本来の姿。
目の下からアウトラインへ続く二本の真っ直ぐな線。
誰よりも美しく、魅力的な悪魔の姿。
あれが本当のレインくん……?
礼拝堂でステンドグラスの光を浴びながら経典を読み上げるレインくんの姿が神々しくてカッコよくて大好きだった。
濃い蜂蜜色の瞳が、よく通る低い声が、光に照らされる髪が、レインくんの全てがキラキラして憧れた。
でも目の前の姿は違う。
普段シワ一つなく禁欲的なほどにぴっちりと身に付けているカッソクはボタンが外され着崩れている。
はだけた合間に見える鎖骨や筋肉が色っぽい。
乱れた髪の間から生えるヤギのような捻れた角と黒く伸びた爪。
どう考えても異質なはずなのに整った顔立ちを引き立て魅力を感じる。
マッシュが驚きながらも本来の姿から目を逸らせないでいるとレインと目が合った。
レインの瞳はいつもの濃い蜂蜜色ではなく、ギラギラと華やかなシトリンのように輝いていた。
マッシュの方をジッと見つめ、ゆっくりと蠱惑的に目を細めた。
その瞬間マッシュは弾かれたように壁から離れ、後ろを向くと教会へ向かって全速力で走った。
教会に戻ると一目散に自分のベッドに潜り込んだ。
眠れ、眠れと自分に言い聞かせたが、眠れなかった。
夜明けまで何時間もある事に絶望した。
ただ祈った。
目撃した出来事が自身の見た夢でありますようにと願い、祈った。
起床時間が来た。
普段は目が覚めてもベッドから中々出ることが出来ず、時間ギリギリにならないと動けないけれど今日は違う。
あれから全く眠れなかった。
ノロノロとベッドから出ると身支度をした。
部屋にある水差しで顔を洗い鏡を見る、修道服はなんとか着ているが顔色は酷く悪い。
一睡もできなかったせいで目の下には濃いクマが出ている。
朝食の席でどんな顔をしてレインくんに会えばいいのかわからない。
行きたくない。
昨日見た光景が真実なら、レインくんはもうここには居ないかもしれない。
それは嫌だ。
キッチンへ行って確かめないとダメだ。
マッシュは葛藤しながらキッチンの扉を開けた。
「どうした?今日は早いじゃないか。いつもならまだベッドに潜ってる時間だろ」
キッチンではいつものようにレインが朝食の準備をしていた。
香ばしく焼き上がったパンの香り、調理であがった湯気が柔らかい朝日に照らされている。
テーブルには朝食の後筋トレをするマッシュの為に用意された高タンパク朝食とレインの朝食が並べられていた。
「ぁ……、おはようございます」
いつもの、いつもの光景だ……。
モゴモゴと挨拶をしてマッシュはテーブルに付きレインを見た。
いつもと同じ神父の姿。
レインが居た事に一安心したが、口の中がカラカラに乾いていた。
「どうした、マッシュ?いつもは速攻で食べて筋トレに行ってるだろう?」
普段と違うマッシュを気遣うようにレインは湯気が立ち上る紅茶を差し出した。
受け取った紅茶を一口飲むと少し落ち着いた。
一口では乾きを消すことができなかったので残りを一気に飲み干した。
温かい紅茶を飲んで落ち着くと、今まで自分が思っていたことは間違いじゃないと思えた。
「え、ぁ……いや、僕は……。昨日の夜悪い夢を見たみたいで……。ちょっと混乱しちゃったみたいです」
そうだ、昨日見た光景は夢だったに違いない。
だってレインくんはいつも同じで優しい言葉を僕にくれる。
僕は何か思い違いをしていたんだ。
マッシュは自分に言い聞かせた。
しどろもどろに話すマッシュにレインは優しく微笑みかけた。
「マッシュ。昨日の夜、お前が見たもの全て真実だ。夢じゃない」
レインの言葉にマッシュはハッとした。
瞳が濃い蜂蜜色ではなく、ギラギラと華やかなシトリンのように輝いていた。
「やっぱり……レインくんは悪魔……、なんですか?」
「あぁ、俺は始まりの72柱の一人、בליאלだ」
「שלמה המלךの72人の悪魔……、בליאל。神話は本当だったんですね」
「俺達の知っている事と人間に神話には相違があるが、まぁ合ってる。……で、どうする?」
「どうする……って、何をですか?」
「俺を告発しないのか?」
「え?いや……。何もしない……です。だって、僕が告発したら……レインくんはどうするんですか?」
「そうだな、教会の連中に捕まるのはごめんだ。しばらく身を隠すつもりだが?」
僕はレインくんと一緒に居たい。
レインくんがここを去ったら、他の場所に行ったら、他の人と過ごすかもしれない。
いやだ、僕と一緒に居て欲しい。
一緒にいれるなら人間じゃなくて悪魔でもいい。
「僕はレインくんが悪魔でも、夜に出かけないでいてくれたらそれでいいです。レインくんが夜出かけないでいてくれたら……僕は黙っています。だから……。僕はレインくんと一緒に居たいです」
「……そうか。わかった。お前が黙っててくれるなら夜の外出はやめよう」
良かった、一緒に居れる。
レインの言葉にマッシュの上に伸し掛かっていた見えない重いものが消えていった。
二人はいつもの様に朝食を済ませると、いつものように教会での奉仕に従事した。