ひかり心臓が張り裂けそうだった。息が上がる。足がもつれる。もう何年もこんなに走ってない。いや、今まで生きてきた中で、こんなにも必死に走ったことはあっただろうか。
人の密集した間を縫うように走る。今日はサンダルじゃなくて良かった。そんなことがふと過る。
信号が赤に変わった。立ち止まると、吹き出すように汗がでた。呼吸が荒い。吐きそうだった。駅のホームからマツゾー編集部まで、まだ半分くらいだというのに、もうからだがバラバラになりそう。こんなときに日頃の運動不足がたたる。
———— はじめ。もっと運動しないとダメだぞ。
あぁ、あの人もそんなことを言っていたな。いざというときに困るぞ、なんて。おれはそれになっていったっけ。怪物に襲われるわけでもなし、いざというときなんてそうそうやって来ないよ。そんな風に返した気がする。
(……唐次さん。あなたの方が正しいよ)
数分前の事を思い出す。
路線図から、赤ツ鹿へ向かうものはなくなっていた。行く手段が絶たれていたのだ。押し寄せた不安が絶望に染まっていく。
赤ツ鹿にいる兄や弟の顔が順繰りに過っては消えていき、最後に唐次さんの顔が浮かんだ。
——唐次さんに知らせないと。編集長にも。あの二人に相談すれば、なんとかなるかもしれない。
絶望の中で光が差す。そうだ、電車がダメならまた唐次さんに車を出してもらえればいい。とにかく、早く、編集部に帰らなければ。踵を返して来た道を戻る。
これからの手だてはどうしようか。考えなければ。考えろ。
心臓がバクバクと音を立てて思考の邪魔をする。手先が冷たくなっていく。
父さんが帰らなくなったときもこんな風になった。赤ツ鹿の四人は無事だろうか。違う、そうじゃない。無事に決まってる。とにかくあそこまで行く術を、なにか、建設的なことを考えろ。
足の歩みが早くなる。唐次さんにこのことを話して……、どう話せばいいかな。
編集長は編集部にいなかったから、二人で話してから連絡をとるべきか。いや、それとも先に呼び出して、そこから……あ、車で行くにしたってレンタカーだっけ。前は唐次さんが手配をしてくれたんだった。やっぱり、とにかく、編集部に戻って唐次さんに会わなければ。唐次さん。
……唐次さんは、無事だろうか。
血の気が引いた。気付けば走り出していた。
新しい穏やかな日常。いつもそうだ。失ってから気付く。父さんのときのように、唐次さんがいることが当たり前になっていた。どうして唐次さんはいなくならないと思ったんだろう。おれは馬鹿だ。大馬鹿者だ。
息が上がる。足がもつれる。限界なんてとっくに超えていた。訝し気に眉を顰める男とすれ違った。そりゃそうだ。こんな必死に走るおれは、はたからみたら滑稽だろう。
でもそれがなんだって言うんだ。編集部のビルが見えた。
明かりがついている。闇の中のおれのひかり。
急いで階段を上がると、何段目かで躓いた。あぶね、下手したら死ぬって。扉が見える。もう少し。お願いだから、そこにいてくれ。