疲れた日は美味しいものを食べるに限る南泉は極修行から帰ってきて連日の出陣で疲れていた。
長義は審神者の溜まりに溜まった仕事の処理で疲れていた。
豊前は朝からの畑仕事とその後のれっすんで疲れていた。
「「「つ、疲れた…」」にゃ…」
三振は、各々がそれぞれ違う理由ではあるにしろ、とても疲れていた。
「いや、だから、にゃんで俺の部屋に集まるにゃ……」
「ここが一番落ち着くから」
「一番ゆっくりできるから」
「にゃぁ…」
畳に寝転がって天を仰いでいる南泉が呟いた。長義は湯呑を持ったままぼんやりと何もない机を見つめている。豊前は机に突っ伏している。うとうとしているようでもうすぐ寝てしまいそうである。
「怪我は手入れ部屋で直せるのに、疲労だけは治せねぇの、なんでだ?」
「「さぁ……」」
豊前の疑問は生返事でかき消された。
否、皆思っていることではある。
疲労は手入れ部屋では治せない。
治せるのは時間だけである。過去、何度も手入れ部屋で直そうとしては失敗を繰り返してきた。そしてそのうち皆理解する。人間と同じ形のこの体は、疲労が溜まると何もしないをすることで治るのだということに。
だから、この本丸の刀剣男士達は疲れるとちゃんと休む。ちゃんと休まないモノもいるが、その時は周りの男士達や審神者が無理やりにでも休ませる。それで円滑な活動ができている。自由な遠征もその一環だと思えば納得もできる。リフレッシュというやつだ。
しかし今回は遠征に行って気分をリフレッシュ。というわけにもいかないくらいに疲れていた。ここは寝てしまえばすべて解決するのだが、いかんせん今はまだ八つ時。つまり寝るにはまだまだ早い。眠れそうだがこのまま寝てしまえば夕飯を逃す可能性が大いにある。それくらいには爆睡できてしまう。
三振は各々ぼんやり考えていた。
少し小腹が空いているかもしれない、と。
そしてしばらく時間が経ったあと、スッと長義が立ち上がった。
「厨へ行こうかな」
南泉も豊前も何も言わなかったが、音もなく頷いて長義の後へと続いたのだった。
さて、長義はあまり料理をしなかった。燭台切の手伝いはよくするところを見かけるが、自ら進んで厨で何かを作るという場面を見たモノは少ない。
曰く、料理上手なモノたちが腕によりをかけて作っている中で、自分の拙いものをわざわざ披露する必要性が感じられない。
そこまで得意ではなさそうな口ぶりであった。
そのため、厨をぐるりと見渡した後、口元だけ微笑んで静かに急須へお湯を注ぐだけだった。
「いや、食いもん探せにゃ」
「腹減ってる感じじゃねぇけど、せっかくだしなんか食おうぜ」
一人湯呑を傾ける長義に、思わず突っ込んだ。疲れているのか正論しか言えない。長義もボケたくてボケたわけではない。
「食べるって何を?」
厨は綺麗に片付けられていて、残り物など無いように見えた。厨の主達の指導が行き届いている証拠だろう。
南泉は冷蔵庫を、豊前は戸棚を開いた。何かあれば良し。何もなければ茶を飲んで誤魔化せば良し。だが何かあってくれ。と願いながら開いた。
「お!」
南泉が明るい声を上げる。冷蔵庫の扉を閉めて振り向いたその手には、三連で一纏めにされたカップがあった。カップの中には黄色いものが詰まっている。
じゃーん!と言わんばかりに差し出されたそれは、そう、プリンである。
南泉は良いものを見つけたと言わんばかりにニコニコしている。
「やれやれ、プリン一つでそんなに喜べるなんて、猫殺し君はかわいいねぇ」
「じゃぁお前は食わねぇんだな?残念だぜ〜」
「食べないとは言ってないだろ」
「プリン、美味いよな!食おうぜ!」
憎まれ口を叩きながら、長義はそばの引き出しから小ぶりなスプーンを三つ取り出し、豊前は戸棚から小皿を三枚取り出しテーブルへと並べた。
南泉と長義はにこにこ笑顔の豊前と小皿を見つめて、同じ方向に小首を傾げた。
「皿?」
べりべりとプリンの蓋を開ける南泉が、呟いた。
プリンを食べるのに皿がいるのか?と言わんばかりの声と視線である。長義もすでにスプーンを持って、食べる寸前だ。
豊前は豊前で、なぜ皿が必要ないのか不思議そうに首を傾げている。
「だって、いるだろ?皿。これプッチンプリンだぜ?」
「うわ、ほんとだ。にゃ!皿要るわ~」
プッチンしてこそだよな!とにぎやかになる二振と手にしたプリンを交互に見て、長義は呆れた顔をした。たかがプリンでなぜそこまではしゃぎ出したのか、不可解そうな表情である。
「……これがどうかしたのかな?」
「「えっ……」」
これを知らないと?と言わんばかりに、二振は長義に振り返った。勢いが良すぎて長義は少し後退る。
「これはにゃ!プッチンするべきものにゃんにゃ!!」
「いやいや、猫語が増えまくってるよ、君」
「知らねぇのか!?これを!?嘘だろ!!」
「いや知っている。知っているが、わざわざ皿に移して食べるのか?洗い物が増えるだろう?」
「「うわー」」
長義が言い終わると、二振はじとりと湿った視線を向けていた。何かおかしなことを言ってしまったのかな?と少したじろぎつつも、間違ったことは言ってないはずだと長義はそのねっとりした視線からそっと逃げるように身を捩った。
その時、大きなため息を吐く音が聞こえた。出処は南泉である。
「お前は!何もわかってねぇ!にゃ!」
「何がだよ」
南泉は語る。カップの状態で食べるプリンもしっかりと美味い。しかし、プッチンすることでさらに美味さはアップするのだと。プッチンして、皿に落ちるまでのドキドキ感、プリンが落ちた瞬間のぷるぷる震える様、そして上から溢れて流れるカラメルソールの茶色と黄色いプリンのコントラスト、目で見ても楽しく、食べても美味しい、皿にプッチンするだけで、プリンは何倍にも美味しくなる。と。
あまりの勢いに長義は押されに押されていた。
あまりの勢いで説明する南泉を見ながら、豊前は笑っていた。よっぽど面白かったのだろう。
普段のように、長義はうまく揚げ足を取って反論できていないし、南泉は訳のわからない強さと勢いで語っているし、豊前は笑いの沸点がめちゃくちゃに低かった。
つまり、皆疲れているのである。
「わ、わかった。俺もプッチンをして食べる」
「おう。わかればいいにゃ」
「おっもしれぇ~~~!!」
三振は同時に皿の上でプリンのカップをひっくり返した。相談したわけでもないのに、なぜか一緒にプッチンする流れになっているようで、カップの底の端にある、プラスチックの突起部分に手をかけた状態で静止している。
「じゃ、いくにゃ……!せーの!」
南泉の掛け声とともに、三振は突起部分を倒す。静かになった厨にペキッと突起が折れた音が響いた。
そしてカップに空気が少しずつ入っていき、ゆっくりともったりとカップの下へ下へとプリンが移動していく。そして重力に従って、カップの外へと飛び出して、皿へときれいに着地した。着地と同時にぷるぷると震えて、徐々に動きが止まる。止まったら食べ時だ。
「おぉぉ~~!」
豊前は楽しそうな声を上げた後、さくっとスプーンで掬って口に運んだ。
疲れた体に冷たくて甘いものが染みる、と言わんばかりに両目をぎゅっと閉じている。それくらい美味しく感じ出たのだろう。飲み込んだ後もまだ口の中に残る甘さの余韻に浸っているようだった。
「めっちゃ美味いっちゃ」
「だろうね。見ていたらすごく伝わってきたよ」
「俺も食うにゃ」
長義も南泉も豊前に続き、プリンを食べ始めた。やはり体に染み渡るようで、糖分が疲れた部分にとても効くといっても過言ではない様子である。なぜかわからないが、両目をしっかりと閉じて一口目のプリンをしっかりと堪能する。どうして両目を閉じてしまうのかはさっぱりわからないが自然と閉じてしまうようだった。人の体とは何とも不思議である。
甘いものがこんなにも美味しいとは思わなかったと言わんばかりに、次から次へと口へ運ぶ。体は疲れてはいるが、一口食べるごとに癒されていくのがしっかりとわかるようだった。
打刀にとって小ぶりなプリンはあっという間に三振の腹へとおさまったのだった。
「美味かったにゃ~」
「こういう食べ方もたまにはいいね」
「だろ~?こうやって食べた方が美味く感じるよな!」
幾分か疲れが取れたようで、三振共少しだけ表情が明るくなったようである。
疲れた時は甘いものを食べる。三振の脳にインプットされた瞬間であった。
使い終わった食器を洗いながら、疲労から多少思考回路が回復した長義があることに気づいた。
「君たち、もしかして、短刀しかできないプッチンをやりたかっただけなのでは?」
一瞬ぎくりと肩を震わせた南泉と豊前。
「そ、そういうこまけぇことは良いんだよ!な!美味かったし!」
「……まぁ、そういうことにしておいてあげよう。美味しかったしね」
「そうにゃ!そうにゃ!」
少しだけしどろもどろになりつつ、美味しかったよな!プリン!また食べたいにゃ!と話をプリンの美味しさに逸らそうとする。
長義もその様子がおかしかったのか、声をあげて笑い出した。
それにつられたのか皆笑って、食器を片付け南泉の部屋へと戻っていったのだった。
なお、この本丸では別に短刀以外がプッチンしても誰も怒らないし誰がしても良いのだが、なぜか短刀限定イベントになってしまっているのであった。