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    dear_twst

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    dear_twst

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    野良猫のように警戒心が強いイデアが成り代わりリドルに懐くまでのお話。入学式が始まる前にリドルがイデアを迎えに行き、ふとしたことがキッカケで色々してます

    今回は腐向けな表現が入っているので苦手な方は回れ右で
    自衛をお願いします

    ・not監
・大きな捏造注意
・自己防衛大事です
・ネタバレ注意

    お気に入りバシッと腕を掴まれる衝撃にびくりと体を強張らせるそちらを反射的に向く
    「さぁ、捕まえましたよ。イデア先輩」
    式典服のフードを被ったリドルローズハートが己の不敵に笑っていた。右腕を逃がさないとばかりに掴む姿に喉から乾いた悲鳴が漏れ、血の気がすぅと引いた。

    (なんでこんなことになったのやら…。いや、拙者が入学式に来ないから探しに来たんだと思うのだが)

    式典服をきて部屋から出てきたものの、途中の人混みに酔ってしまい中庭に避難したところをリドル氏に捕まった。

    その後、顔色が良くないと言われ有無を言わさず中庭のベンチまで誘導され座らされ、飴を渡され今に至りますが。正直いらないし食べたくもなかったけど視線が怖すぎて大人しく口に入れゴロゴロ口の中で飴を転がす。
    (甘いけどしょっぱい、塩飴というやつですな、熱中症対策に使うやつ。まあ、ミネラルも摂れて体調を安定させることを考えれば悪くない選択肢で…)
    口の中で遊びながら俯きつつ、チラリ窺うようにと隣の存在に視線を向ける。時間を気にしてるらしいリドル氏がアンティークな懐中時計の針を見ていた。
    (うわー、リドル氏のイメージ通りなおシャンティなアイテム!懐中時計とか今時使ってる人いる?時代倒錯では?)
    などと懐中時計ひとつにつらつら思った批判的なことを述べつつ罵倒する。面と向かって言えるわけないので心の中でだけだが。正直リドル氏に良い印象を持ってないし、今の状況イミフだし、全く神経が休まらないし、これだからホントに頭硬い真面目な優等生はこっちの気も知らないで「あぁ、この懐中時計、気になりますか?」
    唐突な問いにビクリッと身体を引き攣らさせた。一瞬で脳内がパニくる。
    「ヒィッ!?あ、え、あ、ぅ…そっ、そそそそそんな拙者は懐中時計を見た目だけのスキル皆無で機能性低すぎワロスwwwとか思ってないですし!?…ハッ!?…あ、いいいいまのはそそ、そのぉ…」
    言葉尻が弱くなり吃る。いらんことをいって絶対怒らせたやつ!ヤバいヤバいやばいですぞ!!リドル氏絶対ガチおこぷんぷんまるなやつ!!と身を強張らせ口の中の飴をガリリと噛み割った。ジュワリと口の中で溶ける。
    「まあ、そうですね、ボクも懐中時計のアンティークな外見は気に入ってますが機能性は低いと思ってます」

    思いがけない言葉にパチリと目を瞬く。

    予想に反して口調が穏やかで、こちらを肯定することを言われるなんて…リドル氏の方を見ると予想通りだと言わんばかりに小さく笑っていた。

    「これは寮生から快気祝いにもらったものです」
    「快気祝い?あ、そういえば…事故って入院してたんだっけ…」

    しばらくリドル氏の代わりにトレイクローバーが勤めていたことをぼんやり思い出す。他人事過ぎてトレイ氏面倒ごと押し付けられて災難だなと軽く同情した記憶があるような、ないような…

    「そうです。残念ながらボクだけ生き残ってしまいました」
    「ぇ、あ……ざんねん?…生き残った……?」
    「交通事故で…運転手だったお母様はそのまま帰らぬ人となったんです」
    リドル氏がパチリと懐中時計の蓋を閉じた。ポケットへと丁寧にしまう。少し悲しそうに、でも淡々した言い方と重い内容に戸惑った。
    「それはスマソ……お悔やみ申し上げます…」
    「ありがとうございます。残された側は気分の良いものではないですけどね」
    (…それはわかる)

    自身の体験を重ねて胸が酷く痛み、深く気持ちが沈む。

    残された側の苦痛は、言葉にならない、逃げ出せない地獄だ。
    あれは事故だった。どうしようもなかった。仕方なかった。
    あの時、どうしたら。どうしたらよかった?あのとき、と何度も何度も答えの出ない後悔。悲嘆。身を切り刻むような哀傷に雁字搦め。
    馬鹿みたいに泣いて、壊れて、発狂して。
    諌めて、抑えて、奥に奥に奥に。
    ソレを押し込めて見えないようにして。ふとした瞬間に底無し沼に叩き落とされる。やっぱり苦しくて苦しくて苦しくて、哀しくて……

    「ボクが死ねばよかったのに…」
    (ほんとに…)

    酷く共感した。
    淡々と、なんとも表現しづらい声色に仄かな暗い親近感を抱く。

    「さて、少しは良くなってきたみたいですね」
    「あ、まぁ…」
    「なら、式典に向かいましょう」

    先ほどまでの暗い雰囲気を払拭するかのように軽い口調で席を立つと、促すかのように手を差し伸べられる。どうするべきか戸惑いつつも、リドル氏の表情は意外と穏やかでこちらをなるべく安心させるかのように口元に小さく笑みを浮かべてる。

    (対応が完璧に幼児に向けるものなんだが…)

    警戒しつつも、差し伸べられた手に恐る恐る手を重ねた。そのまま手を引かれ歩く。せっかく好意を拒否する、のもなんか失礼かと思ったので。別に一人で立てますし?思ったより手が小さいとか、笑ってれば可愛いのになどと思ってはない。けれど、

    「うぅ…ちょ、ちょっとまって…」
    「イデア先輩?」

    リドル氏を呼び止めつつ、繋いでいた手を離してズルズルとその場に座り込んだ。膝を抱えぐったりする。式典服のフードが落ちてきて視界の端で揺れる。やっぱり気持ち悪いのだ。身体がだるい吐きっぽい。とにかく身体が重くて仕方ない。これはきっと精神的ストレス。休んでマシになったと思ったけど身体は悲鳴をあげてる。

    (つら。やっぱ無理なんだよ、どうせ僕なんか……)

    「ちょうどいい」
    「…?えっ?!」

    手が伸びる気配がしたかと思いきや、パサリとフードを脱がされた。ら、今度は額に何かがぐるりとくっつく。ソレに視界が遮られたのは一瞬で、すぐに視野が開ける。と思ったら今度は上から丁寧にフードを被せられる。視界の端に何かが揺れてる。
    「な、なに…」
    「イデア先輩は人目が苦手でしょう?だから、ヴェールを作ってみました」
    「え?」
    「魔力で透け感の調整可能です」
    そういって魔法で手鏡をだして姿を見してくれた。目を白黒させたが、確かにヴェールだ。紫色の、目元だけが隠れるタイプで学園長の仮面と同じぐらいの着丈か。相手から見えないけど、こっちからは見えてるマジックミラー的な効果なやつ。よく見ると魔法陣が入ってるからコレのお陰か。リドル氏作ったとか言ってたな。これなら拙者の顔が相手から見えない分マシかもしれん。

    そう認識するとヴェールで覆われてるはずなのに、余裕が出た分視界が広くなった気がする。身体も軽くなった気がする。精神的ストレス半端ないな。拙者単純すぎんか。
    瞬時に状況を分析して、脳内会議が激しい。
    「炎の髪が気になるようでしたら髪も纏めてあげますよ。そうすれば髪も式典服のフードで隠れて見えないでしょう」
    「…いや、そこまでしなくても」
    「そうですか。で、立てそうですか?」
    「まだちょっと…いや、やっぱり立ちますです、ハイ…」
    当たり前のように手を差し伸べてきたリドル氏の手を掴み立つと、少しよろけた。情けない。もやしインキャの悲しみが深くて身に染みる。
    「よろしい。キチンと向き合おうと、努力するその姿勢は良いことだとボクは思いますよ」
    「ソウデスカ」
    めちゃくちゃ上から目線なんだが。一応褒めてるつもりなんだよな?リドル氏。視線が思ったより柔らかいしさっき見たく小さく微笑んでる。気遣い、ということをなんとなく察した。
    少し遠回りしてからいきましょうか。とまた手を取られ、手を引かれて歩きだした。こちらを気遣ってるのか先程よりゆっくりとした歩調で歩きやすい。しばらくゆるゆるとゆっくり歩いて夜風に当たると少し体調がよくなってきた。それは良いのだけど、同時に今の状況を把握してだんだんと気まずくなってくる。静かな夜にカツカツと式典用のヒールが鳴り響く。静かすぎて息遣いまで聞こえそうで、気付かれないようにそうっと息を潜める。

    (はやく手を解放してくれ!無言が辛い…!なにか…なにか、しゃべらなくては、)
    「夜風が気持ちいいですね」
    「へあ!?あ、ぁ、ぁ、そ、そ、そぅ…すね?」

    (草。急に話しかけないでくださらんか!!てか、なに『そぅす』って!?ソースじゃないんだから!)
    心の中でツッコミが激しい。隠キャ、普段対面で話さないから唐突な変化に弱っちぃ…自分の変人さだけ暴露して辛…少し上がった気分が落ち込み、無意識に視線が下を向いてしまう。が、リドル氏の方が背が低いんで普通に顔見られてる。意味なかったわ。すみませんね、背が高くて…

    「顔色もよくなってきましたし、そろそろ式典に向かいますよ」
    「ゔぅ…ぃ、ぃゃ…せ、拙者は…」
    「部屋に戻るとでも?」
    「だって、わざわざ生身で出てくる必要なくない?拙者がいなくてもなんとかなるでしょ」
    「親元を離れて不安な新入生に『貴方の寮長はこのiPadです』等と説明すると?得体の知れないiPadを紹介するなんて、不信感を増長させるだけです。それにイデア先輩は普段部屋に引き篭もっていますし、入学式に一度で顔合わせを終えた方が効率が良いでしょう?」
    「正論過ぎてグゥの根も出ない」
    「それにアナタはイグニハイドの寮長だ。寮長の役目を承ったなら責務は果たすべきです」
    おっしゃる通りで。正論なんだが…
    「別になりたくてなったわけじゃないし」
    その物言いにカチンときて揚げ足取り、反射的に反発の言葉が滑り出た。ちなみに罪悪感はゼロ。事実しか言ってないですし?
    「そうだとしても、イデア先輩は寮長の部屋をいただいてるでしょう。寮長としての特権を享受して、仕事を放棄するのは怠慢というものです」
    (あー!あー!あー!聞きたくない!!)

    カッと頭に血が昇り一瞬で戦闘モード。次々とリドル氏に反発する、誹謗が爆ぜた。

    「うわぁ、でたよ、でたでた良い子ちゃんの優等生発言!真面目にしてれば全て自分の意見が通るとお思いで?正論がどの場面でもどの方面から見ても全て正しいとでも?あー、これだから世間知らずで苦労知らずのお坊ちゃんはwww日陰ものの拙者の気持ちなんてわかるわけないか、良いご身分ですな〜!拙者もリドル氏みたいな清き正しい優等生のような順風満帆な人生味わってみたかったわー、心底羨ましいですな〜?」
    「へぇ…?」
    「ヒィ!!」
    静かな口調なはずなのに五臓六腑が冷え混むような恐ろしい怒気を孕むその一言に、短い悲鳴とともに肩が跳ねた。

    女王の歩みがピタリと止まり、重苦しい雰囲気を纏いながらゆっくりと振り向きこちらを射抜く。

     表情がごっそり削げ落ちてるのに、細めた目だけがこちらを冷たく見下している。まさに圧倒的な王、上に立つ支配者の、女王様の威圧に慄き悲鳴を溢れる。どうやら地雷を踏んだらしい。
    (拙者しんだわ。一瞬リドル氏が穏やかで可愛いとか思ったのは幻覚でした勘違いでしたすんませんでした!)
    「随分と、可笑しなことを仰いますね」
    忌々しいとでも言いたげな恐ろしい瞳が内臓を底冷えさせ、ヒュッと口から息が漏れた。恐ろしさにカタカタと身体が縮む。
    「贖罪のために生きる人生が羨ましい?ボクにとってリドル・ローズハートは罪人同然だ。何も知らないくせに憶測でこのボクを侮辱するなんて、良い度胸がおありですね?」
    「ひっ…!?ざ、罪人?贖罪?…え、リドル氏なにいってんの…?厨二病でも患ってんの?」

    絶対零度の冷酷な重圧に再び血の気が引くが、こんな時でも余計な生来の口はよく回る。しまったと焦ったが、リドル氏も同じような顔をして先程までの空気が緩和されてる。あ、これは感情でつい言ってしまった系っぽい…?

    「…口が滑りました。ご放念ください」
    「いや、気になるんだが」
    「…あまり耳障りの良い話ではありませんよ、」
    「大丈夫、拙者地雷ないタイプなんで」
    「…まあ、良いでしょう」

    そういって、有無を言わさずグイッと強めに手を引かれて歩き出す。若干よろけたが抵抗せず大人しく従った。リドル氏はこちらを見もせず淡々と話す。どこか他人事のように。

    「ボクの日常はルールに縛られたものです」

    幼少期から起床時間、緻密な勉強時間、魔法訓練、習い事、栄養たっぷりのおいしくない食事。自由のないルールで縛られた日々。ルールを破れば激しく叱責される。

    「幼少期に砂糖たっぷりのイチゴタルトを食べた時は5時間以上に渡ってお母様に厳しく叱責されました」
    「それだけで?嘘でしょ…ヒステリック過ぎ」
    「その時からボクには自由時間がなくなって、友達という存在もいなくなりました」
    「いや、でも家ではそれでもさ、学校には親の監視の目がないわけで…」
    「お母様は教員資格も持っていましたし、所謂ホームスクーリングです」
    「…あ、」

    年に1回、『学力到達テスト』を受うけて、テストをパスすれば良いやつ。てことは、リドル氏は小さい頃からずっと母親と二人だけの世界だったわけで…

    「もうそれ教育虐待でしょ…拙者だったら絶対逃げ出してるし反撃してる。よく反発しなかったね」
    「『業』という言葉を知ってますか」
    「え?」
    急に話変えたなと思いつつ、聞いたことある単語に思考を巡らす。視線が泳ぐ。
    「あー、と。確か悪いことをしたら溜まるものってどこかの漫画に書いてあった気がする」
    「大体合ってますね、では『輪廻転生』はご存知ですか?」
    「魂は何度も生まれ変わってるってやつでしょ、え、急にどうした。怖」
    「何度生まれ変わったとしても、自分が積んでしまった悪い『業』が清まらない限り、目に見えない流れのもとにまた呪いのように同じような環境下に生かされるそうですよ。その場所から逃げて、一時的に改善したとしてもね…」
    「そんなわけ…」

    言いかけて、自分の身を振り返り言葉が詰まった。

    本当に?嘆きの島からNRCにきて環境が変わったけど、他に何が変わった?…狭い寮の部屋で、狭い世界で、オルトと二人。あそことココで何が違うか…?

    夜に、独りで過去の後悔に囚われて苦痛と悲観に押し潰されて寝れなくて。空いた時間は楽しいゲームや仮想世界にとことん集中してて、辛い過去や現実から逃げるように思い出さないように…

    精神的に病んで、寝ても疲れる。

    どうせ、どうにもできなくて、結局自分を嫌いだと自分はダメなのだと否定するしかなくて、そんな自分も嫌いでジレンマで、堂々巡りで…

    卒業したらどうせまた元に戻る。嘆きの島で、シュラウド家の宿命から逃げられるわけがない。

    そこまで考えついて、胸の底が冷え吐き気がした。

    「どこにいったとしても同じです」
    リドル氏が淡々と言う
    「それなら、過去世で犯した記憶のない『業』…『罪』を潔く償おうと今の苦難(罰)を享受しようと思いました」

    曰く、今の罰を受け入れることで悪い業というのは清算されるらしい。しかし、いつまでもその己の罪に気付かず逃げていると、気付くまでずっとそのまま罰を与え続けられる。

    「罰を全て受け入れてようやく全ての苦しみが終わります。囚人が刑期を終えたら自由になるようにね」
    「なんだそれ。そんなことしてて楽しい?ドMなのリドル氏」
    「まさか。ちゃんとお母様にはボクに対する深い愛があったから耐えられました」
    「愛?どこが?聞いてる限りただの拷問なんですが。」
    「いいえ、魔法士として地位と名誉を築いたお母様にとっての最大の愛とは『魔法士として最高の教育を授けること』です。ボクを深く愛していたからこそ…完璧な教育という厳しいルールを授けてくれたんです」
    「えぇ…本当にそれって愛?ただの自己顕示欲なのでは…?子供の名誉は親の名誉っていうじゃん?よくあるパターンでは…?本当にそれってリドル氏に対する愛なの?」

    甚だ疑問である。拙者の両親の方がまだ愛がありますわ。

    「さぁ?どうでしょうね」
    リドル氏が自嘲するようにせせら嗤う。
    「ボクはお母様の愛を『愛』として理解して認識しましたし応えようと努力しましたが、心から受け入れることはできませんでした。…ボクにとって、お母様の愛は息苦しくて、なぜか悲しかった……」
    「…それは」

    リドル氏の辛そうな声に、言葉に悲痛な想いが滲みでて、かける言葉がみつからず胸が苦しくなった。

    幼い子供が、好きなものを全て取り上げられて激しく叱責されたのだ。深く傷付いただろうに。自分を押し殺されるような、抑圧されてる24時間監視付きの囚人さながらの生活?さらに、それを愛として無理やり受け入れようとするだなんて。苦しくないわけがない。

    「そんな時に、記憶のない過去に犯した罪を償う為の罰なのだと。
    『お母さまの愛のおかげでボクの罪が消える』
    そう、認識することでようやく受け止めることができました。…お母様の愛(教育)を受け入れ応えることこそが、ボクが出来るお母様に対する最大の愛なんです」
    「なるほどね、まぁ…なんとも感想の言いづらいことですが、あー、その…哀れな話で狂ってるね」
    きょとりとした顔をしたあとくすくすと笑った。笑った顔は可愛いんだよなぁ…
    「そうかもしれませんね。さて、イデア先輩?ボクの人生を歩んでみたいですか?」
    「遠慮します」
    「よろしい」

    先ほどまで重い空気を飛ばすかのように声のトーンが上がる。こちらを揶揄うような口調にホッとした。

    「ボクもイデア先輩の気持ちはわかりません」

    咎める、といった響きではないがどこか諭すような響きを含んだ声に目を伏せた。

    「ちゃんとイグニハイドの寮長に相応しい能力をお持ちなのに、人の視線を恐れて、ビクビク震えて…やましい事をしているわけではないんです。自信を持って堂々とすればいい」
    「だって…できないんだよぉ…」
    「できたじゃないですか。ちゃんと式典用のメイクが出来てる。ちゃんと式典服を着れた。散歩ができるくらい時間に余裕をもって部屋から出てこれた。苦手なボクと対等に話せてる。ほら、こんなに頑張ったじゃないですか」
    小さな子を褒めるように、当たり前のことを丁寧に褒めてくれてる。よくできましたと言わんばかりな態度に羞恥を感じ身体がこそばゆくなる。てか、リドル氏拙者に苦手意識持たれてるの知ってたんか。
    「今のはただ、慣れてないから体調を崩しただけです。人混みの中で、独りというのは心細く辛い。今はボクと一緒なので、大丈夫ですよ」
    「あー、だから気遣って迎えにきてくださった感じなんですな。それはどーも大変ありがた迷惑!こんなお手製のヴェールまで作成してくれちゃって何が目的なの?ただの優しさだとしたら怖いんですが!?目的があるってハッキリ言ってくれた方がまだ納得できるのだが…」

    気恥ずかしさからつい強めに返してしまった。リドル氏が呆れたようにため息をつき肩を竦めた。かと思いきや、立ち止まりグイッと腕を引かれよろける。急な出来事で体勢がよろめき、前へと躓く。リドル氏が抱き止めてくれる。なんだと思う前に握っている方とは反対の手が、こちらへ向かう。

    何の脈絡もなく伸びてきた手に、そっと顔の向きを固定されて目が合う。指先が冷たい。
    突然の状況に、頭がついていかない。

    何故か、リドル氏が熱っぽくこちらの顔を覗き込んでいる。

    「イデア先輩が好きだからです」
    「はぁ!?」

    ……待ってくだされ。なんだって?

    ぱちり、と瞬く視界で、目の前のリドル氏は真っ直ぐに射抜いてくる。
    月明かりを反射して光る、滲むグレーの瞳。

    じわじわと投げかけられた言葉の意味を、頭が理解する……が、理解できないんだが!!??

    リドル氏が僕をなんだって?

    「今はボク特製のヴェールで隠されてますが、綺麗な金の瞳に整った顔立ち…」

    スルリと冷たい指が頬を慈しむように撫でる、視線はこちらを捉えたまま。吐息さえ感じる、非常に近い距離、にリドル氏がいて。
    そう、今はヴェールを着けてるから隠されてるはずなのに、

    「ボクより歳上なのに幼く純粋な、加護欲を唆る仕草…」

    その瞳に燈されてる熱が、やけにリアルで息が……

    「ッ!っり、りどる…氏…?」
    「押し倒して泣かせたら。さぞ、愉しいでしょうね?」

    つつつと指先が頬に沿って這い、唇に触れる。
    順に伝っていく情欲を掻き立てるような仕草にごくりと喉が鳴る。

    愉しそうに、薄い唇が蠱惑的に美しく、歪に口の端を釣り上げて

    「ほら、その可愛い声をもっと聞かせて?」

    とろりと甘くて柔らかい声でこちらを捕食しようとしている。

    「う、」

    甘美な雰囲気に呑まれて、思考と抵抗を溶かされる。が、賢い脳が状況を把握&理解し、耐え切れず発狂した。

    「ふぁーーーーー!!」
    「ぷっ。あはははは!!」

    添えられてた手が離れ、リドル氏が腹を抱えて笑い出した。もう片方の手は繋いだままであるが、楽しく楽しくて仕方がない、と言うような表情に揶揄われたのだと気付いた。そして、深く安堵した。肩を深く上下させる。

    (変な道開くところだった…)

    心臓がバックンバックンうるさい。
    そちらの趣味はないが普通に『快』だったから流されそうになってしまった。こんな感覚知らずともよかったのに、その一端を垣間見てしまったことに頭がこんがらがる。

    なまじ相手の顔が可愛いだけにオッケーしそうになった自分が恐ろしや。拙者、欲求不満か。高校生男子なんだから常に欲求不満だわ。

    脳内会議で瞬時に結論が出て一人合点する。

    「最高の反応をありがとうございます。迎えに来た甲斐がありますね。それだけ元気なら大丈夫でしょう」
    「う、まあ、緊張とかもう諸々吹っ飛んだけどさ…」
    「あぁ、毛先がピンク色になってる?あと少し顔色がいいですね?照れてるんですか?」
    「べっ、べつにちがいますし!」
    「可愛いですね」
    「ヒョッ!?」

    クスクスとリドルが笑う。こちらは意味のわからん状況に目を白黒させながら顔が真っ赤になる。

    「ほら、もう鏡の間につきますよ」
    「ぶぁ、あ、ハイ」
    「もう大丈夫ですね」

    そういって、手が離れていった。なぜか、離れた温もりが名残惜しく感じた。が、即頭から振り払った。

    (なんか、すごいイベントが起きてた気がするんだが)

    手を繋いで、ヴェールをプレゼントされて、せっ、拙者のことを好きだと告白される?いや、最後のはただのジョークだと思いますが…

    「で、リドル氏はなんでこんなことを?」
    しつこいようだか気になってもやもやするので聞いてみた。きょとりとした後に綺麗に口角が上がった。

    「後輩寮長をフォローするのは先輩寮長として当然でしょう。それに、」
    「それに?」
    「このボクが苦痛を我慢して式典に参加するというのに、一人だけ逃げようだなんて許せません。

    イデア先輩も道連れです」

    良い笑顔で言われた。

    すごく納得した。
    というよりリドル氏も苦痛に思ってるのか式典を…そこらへんももうちょっと詳しく聞きたいが。

    「あとイデア先輩が好きだからです」
    「す!?いや、それはもういいから!!」
    「本当です」

    酷く悲しそうにリドル氏の顔が歪む。思いがけない反応に戸惑った。そして、囁くように静かに告げられる。

    「イデア先輩、ボクはね…あなたのことを本当に尊敬してるし羨ましいとも思っています」
    「僕のことを羨ましい?どこが…」
    「ボクはお母さまが亡くなったことを本当に悲しんでいますが、同時に酷く安心しているんです。ボクの罰はなくなったんだなって…」
    「あ…」

    母親の愛=罰
    母親の死=刑期終了
    刑期を終えた囚人は解放される。
    それは囚人が心から待ち望むこと。

    リドル氏の考えに基づくと、この方程式が成り立つ。でも、それって…

    「お母さまの死をどこか嬉しく思っている自分に吐き気がするんです。ボクも貴方のように純粋に悲しんで悔やみたかった…」

    愛している人の死を喜ぶなんて、こんな酷い話があるのか…

    「そ、っか…」
    「だから純粋なイデア先輩が好きなんです」
    「いや、もうそれはいいって…」

    くすくすと面白そうに笑うリドル氏に力無く返すしかできなかった。

    じわじわ胸の底から湧き上がる、リドル氏に対するこの重たい形容しがたい感情を、何かを、なんと呼べばいいのか……
    上手く昇華させることができない。

    「そうそう、ボクも寮長になりたくてなったわけじゃないです。お母さまが『ハーツラビュルの寮長になるように』と望んだから寮長になりました。なので、ボクの意思は関係ないです」
    「なら、もうやめていいのでは…?」
    「それは出来ませんね。ハーツラビュル寮長の責務はお母さまからいただいた最後の愛なので」
    「あー、ハイハイ。なるほど理解。やっぱり狂ってますな」

    きょとん。として、ふふっと可憐に笑った。やはり笑った顔は可愛く見える。リドル氏生まれた性別間違ってませんか。

    式典の衣装を身に纏ったオルトが喜んでこちらに向かってきたので、今度こそリドル氏は離れて行った。

    (…リドル氏狂ってますな)

    胸中で再度ごちると同時に、腹の底が濁る。リドル氏の新しい一面に複雑な気持ちになる。

    哀れみ。憐れみ。痛ましい。
    もう彼を縛る存在はいないのに、まだ愛を乞うなんて。
    せっかく自由になったのに結局また縛られにいっている。愚かな。

    (僕のことが好きだって?)

    ウケるんですが。
    拙者と真逆な存在じゃんリドル氏。
    一般人で、小さくて可愛くて真面目で、カッチコチで無意味な古臭い伝統を守ってキャッキャッとお茶会ばっかりしてる陽キャ集団の寮長様じゃないですか。寮生からオシャンな懐中時計なんか貰っちゃうぐらい慕われてるし。なんでも揃ってるじゃないですか。

    (わざわざこんなお手製のヴェールまで用意してくれちゃって…)

    真意が分からない。

    たぶん優しさと気遣いは嘘ではない。
    なら、あの熱の灯った瞳、甘さの滲む声とこちらの情を掻き立てるような指先はなんだったのか。
    そう、こちらを混乱させる言動をポンポンと投げてくるなんて。
    実は快楽主義とか?

    『貴方のように純粋に悲しんで悔やみたかった』

    あの言葉も嘘ではない。

    感情に引っ張られかけて唇が少しだけ戦慄いていた。
    一瞬だけ食いしばった、そこに見えたのは悲しみと自分に対する怒り。

    たぶんだけど淡々と語っていたのは冷たいのではなく感情的になっているのだと思われないためだと思う…
    もしかすると、抑えないと溢れてこぼれ落ちるほど彼はいっぱいいっぱいなのかもしれない。

    リドル氏は結構、思った以上に複雑な存在なのかも…

    (まあ、とりあえず寮長の責務とやらでもしますかな)

    コツコツとヒールが響く。コツ、とヒールがたてる音に合わせて少し気を引き締める。気分は乗らないけど、せっかくの先輩寮長のありがた迷惑をもらったんで、ちゃんと式典やりますよ。

    (ヴェール、返さないと…一応お礼として苺のタルトでも添えますか。なんか好きそうだったし多分喜ぶでしょ)

    冷たいのか熱いのか分からない息を吐いて、この時気づく。

    リドル氏からもらった甘じょっぱい塩飴が、いつのまにかなくなっていた。



    補足

    イデア:リドルが自分とお仲間だと勘違いして親近感を抱いたし、思った以上に可愛いことに気づいちゃった陰キャ。後日リドル自作のヴェールの返却と共にお礼のイチゴタルトを贈るし、そっと寮長会議でフォローするようになる。

    成り代わりリドル:原作を思い出してイデアを迎えに行った。イデアは推しだったので内心ワクワクしてたが、イデアにイラァとしてイタズラした。リドルの顔の良さは知ってるので確信犯。

    正確に言うとお母様を愛していたはずなのに『お母様がいないこと』を喜んでいる自分にショックを受けてる。お母様の『死』に関しては悲しんでいない。この世の全ての苦しみから解放する『死』は忌避するものではないと思っているが、世間の人のウケが悪いことと自分の感性がズレていることは自覚してるので敢えてイデアに全てを正確に伝えてない。勘違いしてくれてた方が都合が良いので。本人的には面白かったし無事に式典に連れて来れたので今回のことは満足してる。これから仲良くできると良いなーとは思ってる。イデアのことは普通に好きだけど深い意味はない。

    トレイ:全く出てないけどリドルが不在の間、寮生に指示したり頑張ってくれてる。リドルのワガママを全力で協力してくれる苦労人。

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    syuryukyu

    DONEシルバーと恋人同士のnot監督生が監督生さんに絡まれる話
    の続きの小話みたいなものです。

    視点はnot監督生(女の子)
    not監督生ですが、名前はユウになってます。

    シルバーがよく喋ります。
    口調を含めて、キャライメージ違い注意。



    会話文の中にリドル、ディアソムニアが出てきます。
    キャライメージ違い注意。
    シルバーと恋人同士のnot監督生が監督生さんに絡まれる話
    の続きの小話みたいなものです。



    【ハートとスペードの子たちって】(会話文)



    『リドルくん、リドルくん』
    「やあユウ。」
    『昨日さ、あのよく話してくれるハートとスペードの子たちに絡ま…絡んで……ん、話す、んん…話す機会…そう、関わりを持つ機会があったんだけどね。』
    「絡まれる、と、話す、には違いがある気もするんだが…うん、それで?また何かやらかしたとか…?」
    『やらかし、は、してない…んじゃない?なんか、…なんか話してる流れで、その2人がね、騎士みたいなことしてたからかっこよかったよって伝えようと思って!』
    「ユウの返事にはなんでか引っ掛かりを感じてしまうのは一体なんなんだろう…。にしても騎士か、よくわからないが寮生が褒められるのは悪くない気分だよ、それは良かった。」
    『リドルくんは寮生想いだね、あ、1つ聞きたいことがあったの。』
    「そんなことないよ、寮長として当然さ。…なんだい?」




    『あのハートとスペースの子たちって、自意識強めな子なの?』
    「やっぱり何があって関わりが出来たのか詳しく教えてくれるかい?」

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