天国に一番近いこの場所で Rooster Ver. 「父さんと母さんのところに行こう。」
唐突に思いついたことだった。でも自分の中でもしっくり来たのか、次の瞬間には愛車のカギを持って玄関を飛び出していた。
車を走らせ、窓から入ってくる風を感じながら父と母が居る墓地へ目指す。今までならありえない行動だ。きっとマーヴの「考えるな、行動しろ」の教えのせいだな…と一人笑う。
先日の極秘任務で無事和解した俺とマーヴは、今までの空白を埋めるように会話をしている。俺もマーヴも所属している部署が違うから直接会って話せる時間は少ないが、それでも電話とメールで多くを話した。仕事のこともあれば、同期の話、父親との思い出話の時もある。でも、唯一話せていないことがあった。願書の件だ。俺もマーヴもそのことについては、触れないようにしていた。なんせ数年にも亘って仲違いさせた原因だ、気軽になんて話せない。
フェニックスとボブが検査入院した日、なぜ願書を抜いたのかと怒りに任せて聞いたが、「お前はまだ準備が出来ていなかった」と返された。確かにそうだったかもしれないが、あの頃の俺はマーヴに拒絶されたと思いショックで堪らなかった。
しかし、今考えると理由はそれだけでは無い気がする。あのマーヴが俺に隠し事をするなんてよっぽどだ。少し頭の中で考えたが、…放棄することにした。無理に探り当てるよりも、今までの時間を埋めることに専念したいと感じたからだ。
墓地近くの駐車場に愛車を止め、近場の花屋で母の好きだった花が入った花束を買った。ごめん、父さん。父さんの好きな花、知らないんだ…。でも、父さんなら笑って許して、「いい花束だ!母さんの好きな花は、俺も好きだよ!」そう言ってくれそうだと笑ってしまった。
懐かしい道を歩く。一番古い記憶は、母さんとマーヴに手を繋がれ、父さんの墓参りに行く記憶だ。その次は、マーヴと二人並んで両親の墓参りに行く記憶。最近は無言で一人両親の墓標まで歩く記憶しかない。寂しい記憶だ。でも、今回は違う。両親に報告することがたくさんある。マーヴと仲直りしたこと、マーヴと一緒に任務で飛んだこと、マーヴに救われて救ったこと。そして、マーヴが操縦するF-14の父さんがかつて座っていた後席に乗ったこと。数えたら切りがないくらい話したいことがある。
両親の墓へ向かう足取りは軽かった。記憶している道を進み、あと少しのところで足が止まった。両親の墓の前に誰かがいる。…“マーヴェリック”だ。
なんだ、考えることは同じだな、とクスクスと笑いながら俺はマーヴを呼ぼうとした。
「…マー…!」
呼びかけて気が付いた、様子がおかしい。でも、体調が悪い感じでもないらしい。俺は、なんだかいることを悟られてはいけない気がして、そっと身を近くの木に隠した。
少し様子を窺うと、ドサッと体が崩れ落ちた音と嗚咽が聞こえた。
…マーヴが泣いている。
マーヴが泣いているのを見るのは、初めてじゃない。昔の、俺がまだ幼いころに1回だけ見たことがある。父さんの命日の夜だった。
その日、俺は一度寝るため子供部屋に戻ったが、どうしてもマーヴと一緒に居たくて部屋を抜け出した。母さんにバレると怒られるので、ゆっくりと音をたてないように歩いて、マーヴが居るリビングに向かった。ちなみに、この当時のマーヴは俺に甘々だったから、夜更かしに起きてきても、疲れている時に「遊んで!」とせがんでも、怒らないし、全力で答えてくれていた。
話を戻して、…母さんにバレずにリビングにたどり着き、マーヴに甘えようとした俺は初めての光景を見た。マーヴが泣いている光景だった。
暗いリビングに一人座っており、テーブルには、琥珀色の飲み物…多分、ウィスキーのロックを2杯置いてマーヴは泣いていた。「…グース、グース…すまない、すまない…」と悲痛な声をあげて泣いている姿は、普段のマーヴからかけ離れており、とても驚いたのをよく覚えている。そんなマーヴを見た幼い俺は、なんだか辛くて悲しくて、見てはいけないと思い、そっと子供部屋に戻ったのだ。それ以来、俺は父さんの命日の日や、母さんが亡くなってからは母さんの命日の日は、夜のリビングには行かないようになった。
そして今、その状態のマーヴが目の前に居る。悲痛な鳴き声もあの日のままだった。マーヴの内側にある痛みは何十年たっても、治らないままなのだと改めて知ってしまった。俺は、なんだか遣る瀬無くなり、この場を去ろうとした。
「キャロルに…言われていたのに…ブラッドリーをパイロットにしないでって…でも、止められなくて…」
マーヴの言葉に、歩こうとした足が止まった。どういう事だ?と頭で考えるが、頭が真っ白になりうまく考え事が出来ない。俺はその場にドサッと崩れ落ちた。
マーヴは今なんて言った…?キャロル…母さんに言われた?何を?…パイロットにしないでって…。俺はマーヴが言った言葉を反芻し少しずつ呑み込んだ。
「俺は、サイテーだ。…願書を抜いて大切な時間を奪ったのに、ブラッドリーと飛べることに喜びを感じていた…。」
少しずつマーヴが言った言葉を理解しようとしている時に、聞こえてきた次の言葉で俺は全てわかってしまった。…つまり、俺はマーヴに拒絶させていなかったのだ。
そう、すとんと考えがそこに落ちると今までのことが、走馬灯のように流れてくる。父さんと母さんとマーヴが楽しそうに話している朧気な記憶から、母さんが亡くなって俺を力いっぱい抱きしめているマーヴ、願書抜かれて怒っている俺を見ないで出て行ってしまうマーヴの背中。そして、極秘任務で俺を指名するマーヴ。色々と思い出だし、感情が爆発した。これは何ていう感情なんのだろうか…?分からないが、気が付けば目から涙がボロボロと零れ落ちる。
あぁ、マーヴ…この人は何て不器用な人なんだろうか。同じくすれ違っていた俺も人のことが言えないけども。もう、貴方に対して怒ればいいのか、喜べばいいのか分からないよ。…早くマーヴの元に行って抱きしめたいのに、足に力が入らず動けない。
「…マーヴ、マーヴ。ごめん…ごめんなさい…。」
ルースターは優しく少し暗い木陰の元、声を殺して泣いていた。