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    さち倉庫

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    さち倉庫

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    壁尻いいよねってお話。澤蕪君のIQが3くらい。

    【曦澄】夜狩りに行ったら謎の陣に嵌り壁に胴体が挟まった宗主の話 ──どうしてこうなった!?
     江澄は困惑と憤怒の混じった行き場のない感情を爆発させる。
     門弟たちを連れいつものように夜狩りに出向いたはずが、この日だけは違った。夜狩り自体は何の問題もなく片付いたのだが、本当の問題はその後に江澄の身に直接降りかかったのだ。
     突然、江澄の足元が光り陣が発動した。咄嗟に陣から出ようと体を動かしたが陣の発動は思っていたよりも速く江澄は囚われの身となった。
     そう、文字通り『囚われの身』に。
     陣が発動すると江澄の体は宙を浮いていた。どこからともなく現れた壁に胴回りを挟まれ、上半身と下半身だけが出た状態になっている。足は地に着かず、まるで人に俵担ぎでもされているようだった。

    「ふ、ざ、け、る、な!! どこのどいつだこんな馬鹿げた陣を張った奴は!! クソがッ!」

     誰とも知れない相手を口汚く罵りながら江澄は紫電で壁を何度も打つ。しかし壁には電流を纏った鞭の焼け跡しか着かず、江澄はチッと大きく舌打ちした。三毒は腰に佩いていたので同じように壁に挟まっている。壁はそれなりの厚さがあるので三毒で斬ろうとしても無駄に終わるだろう。むしろ、三毒の方が刃こぼれしてしまう。
     江澄はしばらく暴れて抵抗してみたが壁はびくともしない。やがて暴れ疲れた江澄はだらんと四肢から力を抜いた。

    「しかし、この壁も妙だが……」

     この陣には壁以外にももうひとつ妙な点があった。江澄から自分を探す門弟たちの姿や声は確認できるというのに、向こうからこちらの姿や声は見えも聞こえもしないようなのだ。
     突然姿を消した宗主を見つける為か門弟たちは四方へと散った。

    「ここにいるんだがな……」
    「江宗主?」
    「ああ、この声は澤蕪君か──はっ!? 澤蕪君!?」

     門弟たちと入れ替わりにやって来たのはあの藍曦臣だった。江澄の後ろ──下半身側にいるので姿を確認することはできないが、声と気配は間違いなく藍曦臣のものだった。

    「はい、藍曦臣です」
    「なぜあなたがここにいるんだ!?」
    「夜狩りの最中に突然あなたの姿が光に包まれ消えたと、門弟の方から連絡を受けまして……何か力になれればと駆けつけたのですが、これは……」
    「あとでそいつの名を教えてくれ。それとあまりまじまじと見ないでいただけるか。あなたが話をかけているのは、その、尻だろ……想像するだけで酷い絵面だ……」

     江澄はどんよりと落ち込んだ。こんな間抜けな姿を澤蕪君に見られるなんて一生の恥だとさえ思った。

    「しかし江宗主、なぜこのような……ああ、わかりました。夜狩りを終えたあと突然謎の陣が発動し気付いたら壁に挟まれ、陣の外からでは自分の存在が見えずなんとか自力で抜け出そうと試行錯誤するも壁は壊れずお手上げ状態のところに私が現れた、といったところでしょうか」
    「全くもってその通りなのだが、あなたのその順応力の高さがとてつもなく恐ろしいな?」
    「ふふ、そんな褒められるようなことではありませんよ」

     いや褒めてないが。と江澄は出かかった言葉をぐっと飲み込んだ。
     だがこれは壁と陣から脱出するまたとない機会だろう。澤蕪君の力があれば壁も粉砕できるかもしれない。

    「澤蕪君、あなたの力を借りたい。礼はもちろんさせていただく」
    「な、なんでも……ですか?」
    「声色に不安を覚えるのは気のせいか? まあなんでもとまではいかないが、俺にできることなら……」
    「わかりました! ではまず裂氷から試してみましょう」

     物理ではなく?と思う江澄を他所に藍曦臣は裂氷を取り出し曲を奏ではじめる。澄んだ美しい音色が陣の中に響き渡った。

    「どうですか?」
    「どうと聞かれても……壁には何の影響もないようだな」
    「曲の方はどうでしょう?」
    「きょ、曲? ああ、うん、良い曲……だったな」
    「気に入っていただけたなら嬉しいです。あなたを想いながら作った曲なんですよ」
    「真面目にやってくれないか!?」

     流石の江澄も藍曦臣の思いがけない発言に苛立ちを覚えた。いつそんな曲を作ったんだとか、できれば日を改めて聞かせてもらいたかったなど言いたいことはあったが今は無駄話をしている場合ではない。
     藍曦臣は裂氷を仕舞うと顎に手をあて考える仕草をする。

    「裂氷が効かないとなると、あとは……」
    「あなたの手でどうにかならないか?」
    「引き抜けと?」
    「いや、それは俺の体が二つになるから駄目だ。こう、壁を殴るとか。澤蕪君の力なら壊せそうじゃないか?」
    「殴る、ですか……私の手は裂氷を奏で朔月を振るいあなたを愛でるためにありますので……」
    「本当に協力する気はあるのか?」

     江澄の額に青筋が浮かぶ。自由の利く身であったなら自分が藍曦臣を殴っていたかもしれない。

    「はっ、もしやこれは……!」
    「なにかわかったのか!?」

     突然なにかを思い出したように声を上げる藍曦臣に江澄はついに脱出する手掛かりが見つかったかと期待が膨らんだ。

    「以前、忘機に聞いたことがあります。この世には『性行為をしないと出られない部屋がある』と……この陣と壁はもしやその類のものなのでは!?」
    「頭がイカれてるのか!? どこにそんな馬鹿げた部屋が存在する!? 百億歩譲ったところでその部屋があったとして、この陣がそれと同じものだとは限らないだろう!」

     それにその話だってどうせ魏無羨に吹き込まれたホラ話だろうと江澄は怒った。
     ああ、あんなやつと一緒に暮らしているから澤蕪君も毒されてしまったんだ……そう考えると次に雲深不知処を訪れたときどんな顔で藍啓仁に会えばいいのか。いや、その前に魏無羨を連れ出し一発殴らなければいけない。そうしようと江澄は強く心に決めた。

    「ですが何事も試してみなければわからないでしょう?」
    「時間経過で解けるかも知れないだろう」
    「ですが既にだいぶ時間も経っています。そんなに長時間持つ陣を作れる人物がいるでしょうか? 陣にしろ壁にしろ作りがどうも妙です。ただの捕獲用とは考えられません」
    「いきなり冷静に分析されると温度差が激しくてこっちが戸惑うな……」
    「いくら外から中の様子が見えないといっても、門弟の方たちもいつ戻ってくるかわかりませんし、試すなら早い方がいいかと」
    「いつになく性急だな、藍曦臣?」

     ハッと江澄は鼻で笑う。藍曦臣の口振りは自分とまぐわいたくて仕方ないとでも言いたげなように聞こえたからだ。
     もちろん、恋仲である藍曦臣が相手ならばなんら問題はない。あるとすればこの状況くらいのものだ。
     壁の向こうでくすくすと小さく笑う声がする。それは江澄の醜態を笑うものとは全く別のもの。今この状況を楽しんでいるような笑いだった。

    「自分でも不思議なんです。今のあなたの姿がどうにも愛らしくて仕方ない。どうしてでしょうね、阿澄?」
    「さあな。だったら自分で確かめてみればいい」

     江澄が挑発的な声で返すと藍曦臣はにこりと笑った。

     ──では、遠慮なく。
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