Recent Search
    Create an account to bookmark works.
    Sign Up, Sign In

    10scapturebook

    @10scapturebook

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 14

    10scapturebook

    ☆quiet follow

    現パロエルリヴァハンでリヴァイ視点
    可もなく不可もなくな仲のエルヴィンとハンジさんがルームシェアしてる事故物件の天井裏に宿無しリヴァイが住みつく話
    リヴァイの妹がミカサちゃんでエレミカ設定あり
    *毎日15分ずつ書く練習です
    設定も何も決められなかったので、継ぎ足して書いていくので前後で矛盾したり飛んだりすると思います
    まとまったら手直ししてpixivに再upする予定です

    #エルリヴァハン
    elRiverhan.

    天井裏より愛を込めて 四月一日、ついに帰る場所がなくなった。
     多少の所持金と残高もカードもあるが出来るだけ温存したい。
     身内はいるが年内の式を前提に同棲しているので、そこへ間借りする訳にもいかない。有り難い事に義弟になる男も学生時代から慕ってくれているので、そのまま同居の形で居座っても妹も安心するだろう。しかし兄の見栄がある。見栄を張って早々に家を出たが、良い歳して実家ではなく妹夫婦の新居に転がり込むなんて、例え太陽が西から昇ってもあってはならない。
     その太陽が昨日と変わらず西へと沈もうとしている。昨日アパートの契約が切れた自分は今夜からの寝床を決めかねていた。いつもより早く桜の舞う季節が来たとはいえ、星が輝く頃になると芯まで冷える。
    先に寝袋を買うべきかと悩みながら薄紅のかけらを追った先に「それ」を見付けた。

     揺れる枝の間から見え隠れする窓。玄関でもなく、掃き出し口でもなく窓。なぜ窓かと思ったかと言えば、現在地が下り坂の中程、右手は眠りから覚めた山、その反対側から上がってきたから。
     別に無職宿無しを儚んで自然と一体化しようと山に来たのではない。この裏道が車通りもなく、ハローワークから街へ出る近道だっただけ。夜間の冷え込み以外にここも治安の悪さが聞こえるようになった。やはりネットカフェに避難すべきかと悩みながら坂を下っていたところに窓が目に入った。
     そう、「窓」だ。

     窓だと認識したのが先か。我に返るのが先だったか。
     山に似合いの三角屋根の下の格子窓。山風にも負けなさそうな頑丈な窓枠に、土埃と太陽にさらされた庇。普通なら道路と同じ高さの窓に手をかけようと思わない。そのどこにでもあるような「窓」を見た瞬間、足がそこへ向かっていた。ガードレールと桟までの距離は身を乗り出せば手が届くほど。伸ばした指先がガラスに触れると吸い込まれるように開いた窓から中に転がり込んでいた。

     中は暖かった。昼のうちに溜めた熱が知らぬ間に冷えていた体を包む。鼻をくすぐる埃臭が初夏の書斎を思い出した。
     背中を夜風に押されて、後ろ手に窓を閉めながら右足を踏み出す。二歩、三歩と奥へ進んで四歩目に違和感を覚えた。
     右へ顔を向けた五歩目、習慣で左と右と六歩七歩で壁に突き当たる。
     壁に右手を着いて八歩九歩、十歩目で見上げた天井の低さに驚いた。平均身長の自分の伸ばした手のひらが付く程。
     そこで一度「中」を見回して驚いた。
     ここには「窓」しかない。

     窓から入った部屋には窓しかない。
     四方の壁には向こう側に続く扉も、手を伸ばせば届く天井に照明器具とその跡がなく、同様に床もどこまでも平坦だ。
     窓しかない部屋、違和感の正体に気付くと、花冷えの風から逃れた体温が一気に失せた。 
     窓の中は塵ひとつないとは言わないが、義弟確定の後輩に潔癖症と言われる自分が腰を下ろせるくらいにはきれいだ。何も置かれてないせいもあるが、まあまあ許せる。春休みの教室だと思えば、今夜軒を借りて、横になれる。
     ただ、違和感の先に思い出してしまった事に背筋を冷やされている。

     ガキの頃に読んだ本だ。窓しかない部屋に迷い込んだ主人公が自分が誰で、どこか来たのか、どうしてここにいるのかと焦りと恐怖におののく話だった。学級文庫か何かだったと思うが、小学生が読むにはどうかと思う薄気味悪さがあった。
     そんな入り口も出口もない部屋にまた背中を冷やされる。大人になった今は、これは窓から風が入っているせいだと認識出来る。認識出来るので、窓に向かい、閉めて、鍵を掛けて、さっきの位置に戻る。これだけでも室温が上がったように感じる。手持ちの服を重ねただけで寝れそうだ。
     と膝を着き、リュックを下ろして、唐突に頭を抱えた。
     自分から「窓の中」に閉じ込めてどうする。
     途端にカビ臭さに喉の奥が詰まりそうになった。持ち物も自分自身も曖昧な輪郭になり、闇と一緒に閉じ込められた気になって目眩がしてきた。
     囚われてはいけない、食われてはいけないと、脈絡もなく浮かぶ昔読んだ一節に駆り立てられて窓へ行く。リュックの口が空いているが気にしている場合ではない。
     早くここから出なくてはと、鍵に手を掛けて、金属のその冷たさに冷静さが戻る。
     窓からしか入れないのなら、ここの家主が「窓の中」には入れないのではないのか。
     自分は絶対そんな事は思い付かない。悪魔が囁くというのはこういう事なのだろう。願わくば金髪ボインで長身の悪魔がいい。
    「おにぎり買っといて良かったな」
     今夜はその悪魔が夢に出ると信じて、最初に寝床と定めた位置へ腰を下ろした。


     いつも時間、いつもの場所でアラームが鳴り響く。
     昨日と違うのはやけに鳥の声が近いという事。時折羽をばたつかせる音に、これ以上壁の隙間を広げてくるなと羽毛布団を引き上げた。
     つもりだったが妙に軽い。もう毛布だけにしたかと考えるが、足先が冷えてる。なぜか全身も痛むし、重い瞼を抉じ開けながら体を起こして愕然とした。
     いや、「現実」を直視した。
     住み慣れた年季の入ったアパートではなく、雨風を凌ぐ為に一晩屋根を借りた「窓」だけの部屋で起床したところだ。
     反射的に右手を見るとアラームを止めた画面のスマホ。無事生きて朝日を迎えられたようだ。念の為、着信やメッセージをチェックしたが新着の表示はなく、まだ誰にも知られてない事にも一先ず安心した。
     それよりも宿無し二日目になりそうな今日に頭を抱えた。

     いや、呑気に頭を抱えて悲劇の主人公ぶってるところか。生物の三大欲求に性欲よりもこれを入れるべきだ。何事もなく翌日を迎えられた安堵から急激に催した。
     ここへ来る前、山道に入る前にコンビニがあった。そこで昨日の夕食を買ったので、駆け込むついでに朝食を調達しよう。
     道順と朝のメニューを思い浮かべながら、毛布代わりのコートを羽織り、床に敷いていたバスタオルをリュックにしまう。夜露は凌げたが、直接床へ横になったものだから体が冷えている。どこかで熱いシャワーを浴びたいが、それこそネットカフェに行く事になりそうだ。
     リュックを背負い、鍵を開けて、窓を開け、桟を跨ぐ。こちらから道路に出ようとすると、路面の方が若干高くなってるから気を付けないと家と坂の隙間に落ちそうだ。
     しかしなんで坂の側面というのかを背にして家を建てたのか、下の階は窓がない。世の中には窓がない方が良いという人間もいるなやはり掃除の時は不便だ。
     そんな事を考えつつ、桟の上に立ち、左手は上方の窓枠を掴んだまま、右手をガードレールに掛けると一気に全身を坂側に引き寄せて脱出した。
     転落防止にガードレールを跨いで、窓を閉めようとした時、無意識に一礼していた。
     「窓」しかいな不思議な空間に一晩守っていただいた感謝だった。

     切羽詰まるモノがあるので速攻でコンビニに駆け込み、人心地ついたらまた詰まるものの物色だ。うまい具合に配送直後だったのか朝食の選択肢が多く、体が冷えていたので汁物も調達した。
     宿無し二日目にしては贅沢をした気もするが、これからまた転職戦線に戻らなくてはならない。正社員なんて新卒でも厳しい時代、当然派遣も考えているが近場に住み込みはなかった。遠方にあるにはあるが、妹の結婚にまつわるあれこれが控えているので、帰省の交通費をかけたくない。
     さて、前線に行く前にシャワーでも浴びるかとスマホで検索を始めた。


     空元気に見栄まで張ったが、風呂には敵わない。家庭風呂では到底味わえない熱めの大浴槽に体を沈めて心を委ねる。昨夜の冷えから解放されて、無駄な虚勢が溶けていく。
     朝食を買ったコンビニ前の県道を西に向かうと市場があるからか、朝から営業している銭湯も近くにあって良かった。湧き出る源泉が高温なので入浴料も他より安い。ついでにコインランドリーも併設されているから、これでメシとフロの心配はない。
     昨日リュックに着替えと一緒に何気なく入れた入浴セットが役に立ったし、最近のコインランドリーは洗剤も不要だから下着と
    バスタオルを洗って帰るか。
     とそこまで考えて、浴槽の縁に掛けた足が止まる。
     帰る場所に二十四時間前に出たアパートではなく、十二時間だけ世話になった「窓」だけの部屋を思い浮かべていた。

     世の中はそんなに甘くない。それなりの貯えがあってもおいそれとは家を貸してくれない。不動産屋を通さない大家のところなら敷金礼金上乗せで当日入居可と聞いたが、むしろそんな貸家を見つける方が面接時即採用より難しい。そういうところは知人の紹介で決まっていくようなので、就職を期にこちらに来た自分にはまず無理な話だ。
     いっそ地元に帰って伯父に頭を下げるかと一瞬過ったが、向こうは向こうで大変らしい。
     仕事どころか面接も決まらない、派遣も要資格、単発は経験者自家車両持ち込み優遇、よって今夜もお気に入りの羽毛布団に寝事が叶わず、今朝頭を下げた「窓」の前まで戻ってきてしまった。

     人はすぐに慣れてしまうものだ。そして慣れとは恐ろしい。
     銭湯とコンビニとハローワークと一回だけ面接、またコンビニかスーパーを繰り返す事八日目、「窓」から出発して「窓」に帰る。一晩だけ夜露をしのがせてほしいと思ったので、四月一日だけにエイプリールフールのネタようだ。
     その上一週間も間借りしてるとも物も増えてくる。まず寝袋、その下に敷く段ボール。一昨日雨だったので傘と傘立て代わりの段ボール。毎日コインランドリーもないので洗濯する服を入れておく段ボール。他予備の段ボールと、一晩中我慢するのはさすがにきついので、段ボール製の仮設トイレも置く事にした。窓しかない不思議な部屋だったのに段ボールだらけの物置部屋のようになった。
     万が一、この家の住人がここに入ってきた時に、自分が不在の時には開かずの間に取り残された荷物達を装う事が出来る。いる時に踏み込まれたらはまだ考えたくない。
     初日に見付けたコンセントへ充電器を差し込み、今日も自分以上に働いているスマホを充電する。この状況は妹夫婦の未来に影を差すよろしくない状況なので、試しに「万が一」の際はいかほどのおつとめになるのかと青い鳥の囀ずる社交場を開いて気付いた。
     ここに来て八日目、この家に人の気配を感じた事がない。

     電気は通っているから人は住んでるか通ってるんだろうなと、一パーセント増えた充電ゲージを眺めながら寝袋に横になった時だ。
     スマホの画面分しか光のない部屋に吠えるような女の叫び声が響く。
     人はいないと再確認して油断しきったところだったので、枕の上とはいえスマホを落としてしまった。
     それだけでも心臓が爆発のアラートを鳴らしているみたいに煩いのに、部屋全体に響く荒い足音に背中を固くして息を殺した。
     もしかして見付かってしまっただろうか。八日も世話になってようやく調べようとしたのは虫の知らせというやつだったか。妹夫婦には身内から訳ありの人間を出してしまい本当にすまない。
     おつとめに入るまでの間に風呂に入れる機会はあるのか。半ば現実逃避をしながら顔を寝袋に埋めると、今度は男の声が聞こえた。
     どうやら女の名前は「ハンジ」というらしい。女の声と違って男の声は聞き取りにくいが、断片的に聞こえる二人の会話から訴訟するしないと揉めていた。男の方が彼女の為にもなんて食い下がるから、離婚調停かと思ったら傷害確実、名誉毀損と営業妨害は乗せないから安心しろと女が吠えていた。
     それにしてずいぶんと声色が変わる女だ。機嫌の良さそうな高い声で男の外面の良さをからかったかと思えば、次には唸るような低音で釘を刺す。内容的に一般には脅しだが、男の口調からするに軽く刺された程度だろう、「ハンジ」という女から得てる信頼と自分の信用に絶対の自信持っている男だ。言葉の端々からそれがわかる。
     恋愛でも婚姻関係にもない男女の揉め事こは面白そうだと、自分の危機的状況より直接床に耳を付けて聞いていた。
     
     男の方は「エルヴィン」というらしい。「ハンジ」が訴訟に至るまでを巻くし立てていた。女には理解しにくいだろうが、ようは男の見栄と甘えだろう。その辺りはなんとなく解る。しかも「エルヴィン」とやらは世間的に顔の良い部類に入るらしい、「ハンジ」の好みではないようだが。
     顔の良さと男の見栄と甘えに狂わされた「彼女」、と言っても恋人ではなく二人とも名前を出すのは躊躇っている雰囲気から単に代名詞で、なまじ男である「エルヴィン」側の人間が事を起こして、「ハンジ」側の周囲を巻き込んだ。そして示談は収まりきらない被害が出た、と。
     「ハンジ」は男として一切に興味がないと言い切るのに、「絵本の王子様みたいな顔で無駄に微笑み掛ける」と貶す口調だから、この家のどこかにいるらしい「エルヴィン」とやらはどれ程男前か気になってきた。
     声の感じからそれなりに体格は良さそうだなと予想している。
     一方「ハンジ」の方は声優か芸人かばりに声が変わる。トーンだけでなく質、意識的か無意識か、言いたい事、伝えたい事実、理解させたい単語ひとつでも自在に変える。こっちはどんな女のか想像できない。
     でもあちこちに飛び火する話し方に片付けられない女だろうなと思った。 

     最後に「しばらく帰らないから」と吠えた「ハンジ」と、遠ざかる荒い足音の後にようやく窓しかないこの部屋にいつもの静けさが戻った。
     それもおかしな話かと思ったら、溜め息が聞こえた。なんとも色っぽいが、さっきまでの事を思うと「エルヴィン」も余計な苦労を背負ってしまったようだ。
     そんな自分も明日こそはここからの脱出を願って寝袋に潜り込んだ。

     意気込みだけで世の中渡れたら世話はない。しかし捨てる神があれば拾う神あり。面接どころか書類選考にもこぎ着けられずに九連敗、今夜は割引き弁当を狙うかと入ったスーパーの玄関内掲示板にパート急募の貼り紙。詳しくはサービスカウンターにてに導かれて向かうと、ちょうど担当者がいたらしく、面接代わりに一日働いてみて良かったら採用すると言われた。この「良かったら」は採用する側ではなく、働く側にかかるのが離職率の高い部門ならではの採用方式らしい。一日だけでも給料出すし、なんなら一週間までは日払いしてくれるそうだ。
     そういう理由で早速明日から行ってくる為に、履歴書を作り、必要になりそうな書類を揃えて、景気付けに二割引カツ重とsns懸賞で当たった缶チューハイで前祝いを決めた。

     人というのは簡単に慣れてしまう。スーパーの面接兼体験入社から一週間後、パート社員契約の書類を提出した。五時間勤務だが一年以上経つと最大で七・五時間まで伸び、社保にも加入出来ると。一年後はともかく、これで家を借りると勇んで不動産屋に行くも苦笑いされたのは一昨日の事。
     なんだかんだと坂の途中の窓しかない不思議な部屋に住み着いて二十日目だ。
     気を抜くと他人の家に無断で住み着いている事を忘れる程快適な生活に馴染んできた。
     大体にして建物の中から入れないのに、生きたコンセントを残してあるのがいけない。天井が低く微妙に傾斜しているので、屋根裏部分を仕切って高くなっている側の壁の向こうを通常の部屋として改築しているのだろう。
     それにこの家は人通りのない山道を背にして建っているので、寝に帰ってくるだけならここ程ちょうどいいところはない。
     それでも住人がここに踏み込んだり、窓から入る時に通行人でも見つかったら終わりだ。

     惣菜のパートを始めて最初の給料を貰った。しかしやる事がない。
     今日は休みだから、不動産屋を通さなくて済むような貸家でも探す予定だったが、雨で出掛けるのも億劫だ。なんせ窓から出入りしなくてはならない。しかも二階分の高さのある隙間に気を付けながらガードレールを跨ぐのだ。濡れるのも滑って落ちるのもごめんだ。
     買い置きの朝飯は食べたし、夕方前には雨が止む予報でその隙に銭湯とコインランドリーへ行くつもりだ。万が一を想定して両手で持って逃げられる荷物しかないので、暇潰しはスマホを見るしかない。
     それにしても、なんでこんなに長い間他人の家の屋根裏に潜んでいるのか。そして何故見付からないのか。

     見付からないのは有り難いが、そのお陰で部屋探しも本気になれないところもある。妹の旦那予定から遊びに行っていいかと週一でメッセージが入るのをのらりくらりと返事をかわしている。月に一、二度は一人か妹や幼馴染みと来ていたのでこれほど長い間避けているとそろそろ強制訪問を食らいそうだ。次に連絡が来たら焼き肉でも連れ出してごまかすか?いや、その前に部屋を決めたい。
     今日は雨が止むまで出掛けないと決めたから、せめてネットで不動産情報サイトを探していたら、指が滑って噂の事故物件サイトを開いてしまった。

     開いた画面は天気予報よろしく現在地付近の地図が表示されている。そして現在地のピンと重なるように別のいろのピンが刺さっている。 
     タップしたのは好奇心より惰性だろう。
     今まさに自分が軒を借りる「窓」しかない部屋の本体についての「事故」情報を表示させた。
     
     地図上では一目で「事故」の内容が分かるよう記されていたアイコンは心理的瑕疵、「本物」の事故物件かと胃の辺りがヒヤリとしたが読み進めていくとそうでもないらしい。
     築百年は越え、建物は市の文化財扱いになっている。建てたのは絹で一儲けした豪商でかなりの好事家だったが、流行り病で一家全滅。同業者が骨董品込みで買い取るも時代の流れに負け、そこそこの小金持ちが屋敷の中身ごと引き受けるが、様々な事情から短期間で家主が代わり、今の家主で十三人目。曰くつきと言われたらそうかもしれないが、必ずしも死んだり破産する訳でもないようだ。ひとつ前の家主は有名な建築家で、拠点を海外に移す為にここを手放したが、開港したばかりの時の建築様式が今も残っているのが珍しいので保護する為に買い取ったと書いていた。
     ちなみに骨董品とあるが、初代家主の趣味で買い集めた物は近代史の資料にはなるが価値はないらしい。

     つまりのこの家は短いスパンで家主が代わるというのが「事故」要素らしい。譲渡で揉めた事もなく閲覧者が期待する「事故」もない。外観も内装から調度品含めて代々の家主に大切に扱われてきている。その証拠なのか初代と何代目か数人と建築家の前住人の名前まで載っているが、やはりというか今の家主の名前は載ってなかった。
     「エルヴィン」という男と「ハンジ」と呼ばれていた女。
     どんな人物だろうか、あれ以来どちらの声も聞いていない。
     ふたりはここに住んでいるのだろうか。いや存在しているのだろうか。
     そう考えついてしまったら、自分でそちら側の「事故物件」を作り出そうとしている。
     声は聞いた、名前も知っている。
     会ってみたい、なんて思ってしまうくらいに、自分だけが知っている誰にも言えない優越感を止まない雨音に流せなかった。


     こうして見ると、えらいところに住み着いてしまった。いや住み着く方がおかしいのだが、意外にも居心地が良い。意外と狭い方が良いのか、慣れてしまったのか。最低限しかないがそう不便は感じない。
     風呂とトイレはほしいがと意識が雨垂れに溶けかけた頃、突然頭側の壁から扉が開く音がした。瞬時にクリアになる視界、筋肉が硬直すると同じく心臓が早くなる。
     耳を澄まそうとすればうるさい鼓動に邪魔されるが、息を殺して聴覚に意識を集中させる。
     重量のない物を動かすと、不規則な足音。呟きのような声も聞こえたが男か女かは分からなかった。
     微かな金属の触れ合う音が左右に動いている。何分経ったのかとスマホで確認するが、始まりの時刻を見ていなかった。呼吸を止めながら音が止むのを待つ。雨が庇に落ちる音にも背中が跳ねそうになるのを堪える。
     「あぁ、これか」と安堵した男の声が壁越しに聞こえてきた。そのすぐ後に扉を閉める音が響く。
     目を見開き喉を固くして、画面の数字が三進むのを待って息を吐き出した。その同時に寝袋に倒れ込んだ。
     心臓に悪い。密室状態だから見付からないと思うが、何かいるのかと怪しまれるかと焦った。
     やはり一刻も早く転居先を見付けなくてはならないと決意した。

     あのまま少し眠っていたようだ。
     右手に握ったままのスマホの画面は黒く、倒れ込んだ時に変な角度でうつ伏せになったらしく首と左顎が痛かった。
     唯一の外との接点である窓を見るとまだ雨は止まず、時間を確認すると大して経っていたなかった。
     いつもの自分以外生物の気配はない空間に戻っている。
     溜め息をひとつ溢し、楽な体勢になろうと体を反転させた時だ。
     鼻先を掠めた香水の香り。女性物、とこかで嗅いだ事がある、よく香っていた、悪くはない匂い。
     懐かしいような、安堵するようで、鼻孔と心の奥を擽られる香りが突然して混乱した。
     誰か壁の向こうにいたのか、いるのか。いや人のいる様子はない。
     存外匂いを連れて帰ると聞く。しかし職種柄香水をつけている従業員はいないし、帰りの銭湯とコンビニでこれを着けるような人物はいなかったはず。
     なら、どこから、と首を傾げるとまた香ってきた。

     まとわりつくとは違う、付かず離れずに鼻から頭を撫でる匂いに誘われて立ち上がる。ゆっくりと左右に視線をさ迷わせていると、香りが行き先を導いてくれた。
     指を伸ばすと、さっき声が聞こえてきた方の壁。この向こうにあるのか。広くない部屋、四歩と少しで壁に手を付けられた。
     優しい記憶を思い出しそうな香水を求めて、そっと壁を撫でるとたわむ感じがした。気のせいだろうと、もっと力を込めると壁が持ち上がった。一瞬手を引っ込めるかと焦ったが、急に離したら大きな音を立てるかもしれないと思い直し、手首と肘に力を入れたままにする。
     少し考えてて、どんな風に動くのか今度は両手のひらを押し当てながら壁の動く方向を探る事にした。体感で指一本ほど上に浮かせる事が出来る。左手側の壁がよく動く、体を離して確認すると壁は三枚に分かれていた。一番左側、建物寄りの壁が外れそうな感じた。

     左側の壁に寄って両手をつき、指先と手のひらに意識を集中させながら上へ持ち上げるように力を込める。今度は簡単に浮いた。軽く左右に揺らすと、真ん中の壁側へスライドする感覚がある。音を出さないように神経を張り詰めながら静かに壁を動かす。
     ある箇所を過ぎると軽く開いていく。
     あまりの呆気なさに壁に寄せていた顔を上げると、例の香りが鼻先を擽る。 

     壁を右側へ滑らせると何もない部屋に別な空気が流れ込んでくるのが分かる。それは記憶を呼び起こす香水と一緒に他の臭いも連れてきた。湿気と埃臭さ、カビも混じっていそうな布の臭いだ。衣替えで開ける側の箪笥に似ていると、鼻と口を手で覆いながら動いた壁が作った隙間をそっと覗き込んだ。
     最初に見えたのは淡い水色。目を凝らすと服が並んでいた。吊り下げられた衣服達に、ウォークインクローゼットの壁でも開いてしまったのかと思った。

     「窓」しかない部屋から建物への「突破口」が出現した。
     さて、どうするべきか。引き返すなら今だ。傷は浅い方が良い。たださえ一月以上も無断で屋根裏のよいな空間に住み着いている。住人達に見付かる前に転居先を探して移れば、自分の存在を知られる事はほぼない。
     このまま壁の蓋を閉じて回れ右をし、寝袋に戻ればまた誰にも気付かれる事なく一晩雨を凌げる。
     そう頭で理解していて、甘さを含んだ優しい香りに操られるようにハンガーを掻き分けて、ウォークイン・クローゼットの中に吸い込まれていく。
     服の海に揉まれるのは思った以上に心地好い。腕を伸ばして海面を目指し、新鮮な空気を求めて顔を上げた視界へ入った人影に心臓が止まった。

     ついに見付かったのかと覚悟した。いや、安堵に近いかもしれない。
     女物の服、「ハンジ」と呼ばれている声の主か。
     相手からの断罪宣言となる第一声を期待して目を閉じて俯いた。
     
     一秒、二秒、永遠にも感じる。自分の心臓の音が処刑台へカウントダウンにも思えた。
     しかしいつまで経っても批難も悲鳴も聞こえて来ない。それどころか衣擦れの音もない。
     おそるおそる顔を上げ、恐々目を開くと、そこには上下女性物を身に付けた顔のないマネキンがあった。

     咎められる不安が消えて思わず溜め息をついた。
     しかしすぐに背中が冷たくなる。
     マネキンが着ているセーターの左裾に付けられたガード。
     『慕情』と女性の名前。
     そう書かれた意味を考えたくない。
     本能が警鐘を鳴らすが、この壁の向こうを渇望した衝動のまままだ漂う服の波間を掻き分け、それを探した。
     左手が押さえる淡いピンクのカーディガンには『郷愁』、右側の目の痛くなるタンクトップには『惜別』、どちらにも女性の名が印されてある。
     三枚目のガードに三人の女性の名前。
     急激に胸を掻きむしる息苦しさに襲われながら、手当たり次第ハンガーにかかる服を確認すると全てに見出しのようなものと女性の名前が書いてあった。
     
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    👏❤
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    10scapturebook

    REHABILI現パロエルリヴァハンでリヴァイ視点
    可もなく不可もなくな仲のエルヴィンとハンジさんがルームシェアしてる事故物件の天井裏に宿無しリヴァイが住みつく話
    リヴァイの妹がミカサちゃんでエレミカ設定あり
    *毎日15分ずつ書く練習です
    設定も何も決められなかったので、継ぎ足して書いていくので前後で矛盾したり飛んだりすると思います
    まとまったら手直ししてpixivに再upする予定です
    天井裏より愛を込めて 四月一日、ついに帰る場所がなくなった。
     多少の所持金と残高もカードもあるが出来るだけ温存したい。
     身内はいるが年内の式を前提に同棲しているので、そこへ間借りする訳にもいかない。有り難い事に義弟になる男も学生時代から慕ってくれているので、そのまま同居の形で居座っても妹も安心するだろう。しかし兄の見栄がある。見栄を張って早々に家を出たが、良い歳して実家ではなく妹夫婦の新居に転がり込むなんて、例え太陽が西から昇ってもあってはならない。
     その太陽が昨日と変わらず西へと沈もうとしている。昨日アパートの契約が切れた自分は今夜からの寝床を決めかねていた。いつもより早く桜の舞う季節が来たとはいえ、星が輝く頃になると芯まで冷える。
    10342

    related works

    10scapturebook

    REHABILI現パロエルリヴァハンでリヴァイ視点
    可もなく不可もなくな仲のエルヴィンとハンジさんがルームシェアしてる事故物件の天井裏に宿無しリヴァイが住みつく話
    リヴァイの妹がミカサちゃんでエレミカ設定あり
    *毎日15分ずつ書く練習です
    設定も何も決められなかったので、継ぎ足して書いていくので前後で矛盾したり飛んだりすると思います
    まとまったら手直ししてpixivに再upする予定です
    天井裏より愛を込めて 四月一日、ついに帰る場所がなくなった。
     多少の所持金と残高もカードもあるが出来るだけ温存したい。
     身内はいるが年内の式を前提に同棲しているので、そこへ間借りする訳にもいかない。有り難い事に義弟になる男も学生時代から慕ってくれているので、そのまま同居の形で居座っても妹も安心するだろう。しかし兄の見栄がある。見栄を張って早々に家を出たが、良い歳して実家ではなく妹夫婦の新居に転がり込むなんて、例え太陽が西から昇ってもあってはならない。
     その太陽が昨日と変わらず西へと沈もうとしている。昨日アパートの契約が切れた自分は今夜からの寝床を決めかねていた。いつもより早く桜の舞う季節が来たとはいえ、星が輝く頃になると芯まで冷える。
    10342

    recommended works