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    usizatta

    @usizatta

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    usizatta

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    花と海とポケモンの楽園※今までよりエグい話になってるので注意。

    【長い三日間 一日目】
     キナギタウンは海の上に立つ町だ。これは文字通りの意味で、この町の人々は海の上に板を張り、その上に家を立てて暮らしている。
     美しい波と朝日を毎日見ているはずの人々だった。だがある日、そんな人々に、いつもと違うおぞましい光景を見せるような事件が起きた。

     その日、夜明けととともに起き出した人々が足元に広がる海を見ると、色が朱に染まっていた。
     何事かと目を凝らしていると、波に乗って、ぐったりと動かないポケモンが何匹か流れてくる。朝日が登るに従ってその数がはっきりと見えてきた。
     海を赤くするほどの量だった。鱗を全て剥ぎ取られた上で体を切り刻まれたラブカスがそれだけの数、流れてきた。他の種類のポケモンも多く無惨な姿で浮かんでいる。
     悲鳴をあげるキナギの人間達の中に紛れて、ある青年もその光景を見ていた。
    「姉さん。姉さん……」
    その日の夕方、青年は姉を思いながら誰にも気づかれず一人で町を飛び出していった。
    「姉さん。キナギの海をあんなにした人間を、オレが必ず見つけてやる。そして姉さんの分も……」

     別の日のこと。警察の格好をした男が4人、ホウエンリーグチャンピオンの家を訪ねた。最近起きる凶悪事件が凄腕のトレーナーが犯人ということで、何か協力をお願いできないかと考えたためだ。
     本来、ポケモンリーグで行われるバトルは、観戦する人々の感覚としてはスポーツのようなものであり、リーグチャンピオンも要するに一般人だ。
     だがこの世界の少し危ういところとして、凶悪犯が凄腕のポケモントレーナーだった場合、対抗できるのもやはり、職業としてポケモンバトルに従事している人達が中心になってしまうのだ。スポーツとしてのバトルと、治安の危機、環境の危機に起きる戦いの境界線が、この世界は曖昧だ。
    「犯罪者に立ち向かえとは言えません。しかし一度現場を見てもらって、意見を伺いたいのです」
    「最近になって大きな手がかりが残った現場を見つけたのですが、その手がかりと言うのが……」
    警官達の依頼にチャンピオンが同意したので、彼は事件現場に連れ出された。ここに至るまでで、もちろん警察官達にも葛藤はあった。
    「情けないな……一般人を守りたくて警察をやってるのに」
    「最悪の事態……バトルとか……起きない限りは、危険がないように護衛しつつ助言だけ聞くようにしましょう」
    「あとは、できるだけ気持ちを落ち着かせてもらうために……ううむ、年が近い奴が気軽に話せるようにしとくか」
    「というわけで、ハイビス頼む。確かチャンピオンはまだ若い男性だったはずだからな」
    「そうなんですか?」
    こんな相談をした上で、警官達はチャンピオンの家にきた次第だった。
     仲良くなるように頼まれたハイビスという青年は、家からチャンピオンが出てくるまでの間、どうしても「どんな人かな?」と考えてしまっていた。
    (なんかオレ、優しい人間としか仲良くしないみたいな偏見持たれてるけど……確かに優しい人だったらありがたいかなー)
     チャンピオンも一緒に車に乗り、まずは港に向かう途中ハイビスは早速彼に話しかけた。
    「こんにちは。ハイビスといいます。今回はよろしくお願いします」
    「ダイゴです。こちらこそよろしくお願いします」
    事前に聞いた話だと、ホウエンのチャンピオンは鋼タイプのポケモンを中心に育てているらしかった。その前情報のせいか、ハイビスはチャンピオンの髪と目の色を見て
    「わあ、鋼ポケモン育てるの似合いそう。髪もお目目も銀色ですね」
    と口にした。
    「オレの目とは正反対だ」
    「ハイビスさんは綺麗な赤色の目ですね」
    そうチャンピオンは答えた。
    (この人いくつかな? オレは大体二六とか七とかくらいに見えるらしい……それよりちょっと下っぽい見た目だな)
    これから悲痛な事件の現場に向かうというのに、ハイビスは呑気なことを考え始める。
    (キナギじゃそんな人間できなかったけど、カナズミのトレーナーズスクールとやらでできる後輩というのは、こんくらいの年の差の人かな?)
    そしてにっこり笑っていった。
    「たぶんオレの方が年上なんで、頼ってくださいね!」
    「はい。警察の方ですし、もちろん頼りにさせてもらいますね」
    チャンピオンもそう言って笑い返した。そして港に着くと今度は船に乗り、ミナモシティへそしてカイナシティへと一行は向かった。

     一日目。一行は事件現場にやってきた。この辺りで一行の空気も変わった。規制テープが小さな建物の周りを囲っており、他にも捜査を進める人間の姿が複数見られた。テープをくぐり中へ入る前に警官達は暗い顔で言った。
    「何匹か、ポケモンが犠牲になっています。彼らはまだそのままになっています。その光景をお見せしなければなりません」
    「……分かりました」
    「では、お願いします」
    中には、確かに警官が語るような光景があった。壁には数本、刃物で切りつけたような線がある。家具にはいくつか食べられたかのような穴があけられて壊されていた。
    「恐らく金目当てだと思うのです」
    警官の一人が言った。
    「以前、別の地方ではガラガラの頭の骨が高く売れるとかで、乱獲された事件があったとか……そういう、ポケモンの体の一部を手に入れるための事件が、ついにホウエンでも頻発するようになったのでしょう……」
    「キナギタウンじゃ、ラブカスが鱗をむしられていたんですよ」
    ハイビスも口を挟んだ。
    「『ハートの鱗』が目当てだったんでしょうね」
    「…………」
    こんな現場に連れて来られているのだから当たり前だが、チャンピオンは言葉少なくなった。しかし犠牲になったポケモンを見て一言聞いてきた。
    「……この中には、野生のポケモンも、人に育てられたポケモンもいるように見えますが……」
    「はい、盗まれてきたのでしょう。この子など明らかにトレーナーからスカーフを巻いてもらって……」
    「……う……」
    チャンピオンの口から、小さく声が漏れた。隣にいたハイビスは、どうしていいか迷ったがとりあえず背中をさすってあげた。するとチャンピオンがハイビスの方を見た。
    「ありがとうございます……」
    「あ、いや、これでいいんでしょうかね……?」
    しばらくして、チャンピオンは捜査に参加する気持ちを固めたようだ。すっと表情を消して現場を眺め、壁に走った線を見つめ始めた。
    「……チャンピオン、その線は何でついた傷か分かりますか?」
    「はい、推測できます」
    触らないようにしながら、その場で指を使って線をなぞる仕草をした。
    「三、四本の線が、同じ方向に流れています。下端の一本だけ、少し短くて……こういう線は見たことがあります」
    「それはつまり……」
    「はい。エアームドが翼で切りつける時、こういう線がつきます」
    「こちらの椅子は金属でできていました。鋼タイプのポケモンはこういうものを食べますか?」
    「場合によっては。そしてこの現場で犠牲になったポケモンに鋼タイプはいないようですね」
    「チャンピオンは……ボスゴドラも育てていると聞きました……。歯型が似ていたりしませんか?」
    頷いた。そしてあまり感情を見せない声で言った。
    「ボクも報道で聞いています。有名な人の手持ちを真似る凶悪犯がいると……警察の皆さんは、この犯人が今回、ボクの手持ちを真似ているとお考えなのですか……?」
    警官達もまた頷いた。
    「あ、あの……あの、念の為に、チャンピオンはどんなポケモンを六体、手持ちに入れてるか聞いてもいいです?」
    ハイビスがそう呼びかけてみる。
    「戦法によって違うポケモンに入れ替えることもありますが、リーグの中で戦っている時はおおよそいつも、エアームド、ボスゴドラ、アーマルド、ユレイドル、ネンドール、メタグロスの六体です」
    「なるほど。……それにしても、やっぱりひどい。人が大切にしているポケモンを、他の人が好きな種類のポケモンをわざわざ使って手にかけるとか……思いつく限り、一番最低な嫌がらせだ……」
    ハイビスが言ってから、誰も次の言葉を発しなかった。嫌がらせ、そんな生半可な言葉で片付くものではない。場の沈黙はむしろそう伝えてきた。ハイビスも自分で口にしておいて、そう思っていた。だか上手く言い表せる語彙を持ち合わせていなかったのだ。それがもどかしかった。
     まだチャンピオンがどんな人かは分からないが、少なくともこんな目に合うような恨みを買う人ではないことだけは感じる。そう思いながら、ハイビスが彼を見ると、もともと濃い色でなかった顔色が、すっかり蒼白になってしまっていた。
    「……同じ、ポケモンを使っているのなら、きっともう少し現場を見て気づけることがあるはずですね。なんとか、したいと思います」
    真っ青なまま、そんなことを呟いていた。
     しばらく全員で部屋の中を見ていた。ハイビスは最初のうち「チャンピオン、具合悪そうだな」と心配していたが、そのうち考えている余裕がなくなってきた。自分の方も具合が悪くなってきたのである。
    (まずい。今のオレは警察……! 姉さんに甘えてたあの頃のオレじゃない。頑張れ……)
    そう思いながら何事もなさそうな顔を保って立っていたはずだった。しかしチャンピオンに声をかけられてしまった。
    「ハイビスさん、大丈夫ですか?」
    「い、いやいや、オレ警察ですよ?」
    「警察だからって、慣れる光景でもないんじゃ……それに失礼ですけど、ハイビスさんは新人の方なのでは?」
    そのやり取りを見て、別の警察官が二人に言った。
    「一度、外の空気を吸ってこいハイビス。チャンピオンもお連れしろ」
    「……はい」
    二人は一度建物の外へ出てきた。
    「うーん。うーん。上手くいかない。気持ちとしては、ここにいる人間全員、オレが守ってやるぜ! ぐらいの意気込みなのに……うおっ」
    今度はチャンピオンの方が、ハイビスの背をさすってきた。驚いた後、ふと「あっやってもらうとこんな感じなんだ」と思った。
    「どうも」
    「いえ」
    建物がある場所はカイナシティの外れで、遠くの方にうっすらとサイクリングロードが見えた。まるで川の上に伸びる大きな橋のような「シーサイドサイクリングロード」は、川に見えるが実は海の上に立っており、カイナを北へ抜けたところと、キンセツシティの南のところにそれぞれ出入り口がある。この建物の近くにも小さな川があるが恐らくこれはサイクリングロードの海に流れているのだろう。
     彼らは吐き気を抑えようと、遠くのサイクリングロードを眺めた。
    「あれが人の道で、下の草原がポケモンの道。だとかなんだとか」
    「そういう風に言う人もいますね、サイクリングロード」
    「飛べるポケモンにはどっちの道も関係なくないですかね?」
    そうハイビスが言うと、チャンピオンが少し笑った。ちょっと笑ってもらえるだけで嬉しくなるほど、さっきまでの彼の顔からは笑顔が消えていた。そうだ、そうだ、そうだった。自分が最初に命じられた任務は、この人の気持ちを落ち着けて仲良くなることだった。よし、任せろ。オレの優しさで、この人に懐いてもらうんだぜ、そう思って気分を盛り上げることにした。
     盛り上げようとしているのに、その相手がさっきまでの位置からいなくなっていた。辺りを見渡してみると、数歩先のところでしゃがんで何かを見ているだけだった。ハイビスも見に行くと、地面に大きめな石をどかしたような跡があった。
    「どうかしました?」
    「足跡かなと思って……」
    「え、石の跡でしょ? 暇なときに石ほじくり返すと土はこんな感じじゃないですか。ちょっと湿ってて、石の形に丸く穴空いて」
    「そういう足跡をしているんですよ、ユレイドルは」
    「ユレ……」
    先ほど、チャンピオンが手持ちのポケモンとして名前を挙げていた一匹だ。さらに近くを見渡すと川と建物の間に、石みたいな跡はもう一つあった。恐る恐る川に近づくと、水面にぶくぶくと小さな泡が起きている。
    「こ、これ……」
     次の瞬間、川からポケモンが一匹飛び出した。このポケモンの野生のものは、はるか昔に絶滅している……誰か、いや間違いなく犯人のユレイドルだった。
     ユレイドルはハイビスの手に触手を絡ませた。そして手をねじ切りそうな強さで締めてくる。
    「何をする!」
    抵抗したが離れない。不意に、建物の中にあったポケモンの中に、首にあざができ苦しそうに顔を歪め、目が飛び出してしまったものがいたのをハイビスは思い出した……あの子らの苦しみはこういう痛みだったのかと悟ってしまった。
    「メタグロス!」
     そんな想像で一瞬体が止まったハイビスの横で、すでにチャンピオンはポケモンを繰り出し、出てきたメタグロスが手にまとわりつく触手を切った。そのままメタグロスが超能力で攻撃し、ユレイドルが光線を吐いた。
     自分も手持ちをと思い、ハイビスはラブカスを出し「水鉄砲」と指示したが、まともに当たらない。これではかえって邪魔かと思うと、そこで指示が止まってしまった。
     そうこうしているうちに、ユレイドルの方が超能力で持ち上げられ地面に叩きつけられた。すかさずチャンピオンのメタグロスが寄ってユレイドルにのしかかり押さえつけた。しばらくしてユレイドルが動かなくなったので、離れる。見ると気絶したようだ。
     建物の中にいた警察の人々が駆け寄ってきた。後で二人が聞いたところ、警官達は物音に気づき外に出たが、やはり固唾を飲んで見守るしかできなかったらしい。
     チャンピオンが警察に報告をした。
    「このポケモンは気を失いました。……ポケモンセンターに運ばせることはできますか?」
    「……犯人のポケモンですよね?」
    「だから、治療はできないということでしょうか。確かにきっとこのユレイドルは…………。しかし、調査するためにも、どこかに運んで……気絶しているうちに……」
    「分かりました。大丈夫、治療できる場所に運びます」
    するとチャンピオンは申し訳ないのとホッとしたのが半分ずつ混ざったような表情になった。好きなポケモンが加害者になった人間とはこんな顔になるのだろうかとハイビスが気の毒に思っていると、こちらに近づいて声をかけてきた。
    「腕は痛みませんか?」
    「大丈夫です。ユレイドルって触手が千切れちゃうと、もう元に戻らないんですか……?」
    その言葉を聞いたチャンピオンから、申し訳なさの中にかすかに嬉しそうな気配を感じた。ユレイドルを心配したからだろうか。そうらしかった。
    「ハイビスさん、優しい方なんですね。……再生はしますよ。ボク達が行うポケモンバトルでも、たまに千切れることはなくはないです」
    「ふうん……」
    応援が呼ばれ、ポケモンを運ぶためらしき荷台に、ユレイドルは乗せられた。ただしガッチリと拘束具はつけられた。何人かの警官はそのユレイドルに付き添っていこうとしたが、運ぶ時にユレイドルが何か持っているのを一人が発見し戻ってきた。
    「犯人の手がかりかもしれません」
    スピーカーらしきものがついた小さい機械だった。すっかり濡れてしまっていたが、もしスイッチをつけたら犯人の声が少しでも流れるのでは、そんな希望的観測が全員の頭をよぎり入れてみる。すると
    「……カラクリ……第一問……」
    それだけ聞こえて、あとはガガガと音が乱れた。
    「カラクリって……何?」
    「まさか、カラクリ大王のところの?」
    「な。この事件に彼が関与していると?」
    「まさか。あの人はそんな人じゃない」
    「おや、あの親父と親しいのか?」
    「息子が遊びによくね……」
    「……すみません! カラクリとか、カラクリ大王とか、なんですか?」
    ここで質問者へみなが顔を向けた。
    「キナギ以外の人の町ってまだあんまり行ったことないんです……教えてください……」
    ハイビスが、みなの視線に対して居心地悪そうに言った。
    「サイクリングロードのカイナ側の出入り口近くに屋敷を立てて住んでる変な人だよ」
    「妙なカラクリをよく作ってて、屋敷にはよくトレーナーが面白がって出入りしてる」
    警官の一人は考え込んだ。
    「……彼自身は事件と無関係でも、犯人も屋敷を出入りした可能性がある……?」
    こうして警察の一行は翌日まで待って、明日はすぐにカラクリ大王の屋敷を訪ねることに決めた。まだユレイドルの方から何か見つかるかもしれず、今夜は報告を待ちたかった。それに今日はもう日がだいぶ傾いてしまったため、一度休みを取る必要があるという指示が上司から出た。
    「最後に……チャンピオン」
    今日家にやってきた四人のうち、上司である年長の男性が声をかけた。
    「今日一日ご協力いただきありがとうございました。最初の約束では明日以降もということでしたが……」
    別の警察官も恐る恐る言う。
    「もし、お辛いようならここから先は警察だけで……」
    「いいえ。むしろボクからもお願いします。明日からも協力させてください」
    チャンピオンはこれ以上何も言わなかった。警官達も「ありがとうございます」とだけ言った。しかし警官達の脳裏には「あるいは」という考えも浮かんでしまった。
    (想像よりも警察が扱うポケモンが弱く、犯人に太刀打ちできないことを悟ってしまったから、これまでのように任せられなくなったのだろうか)
    そう考えると、人を守る職務であるはずの自分達を不甲斐なく感じてしまった。
    (みんな暗い顔をしてる……)
    ハイビスも落ち込んでいたが
    「皆さん……いざとなったら奥の手使ってでも、オレが守りますよ」
    と口にした。それには周りも苦笑いしてしまった。
    「なんだ奥の手って。お前今日、チャンピオンに守られてたくせに」
    「だ、大丈夫。奥の手ちゃんとあります!」
    「はいはい」
    苦笑いする一行は、ハイビスに本当に「奥の手」があることを知らなかったし、ハイビスの方も自分が笑われることで、少しだけみんなの心を軽くしたことに気づかなかった。

     その日の夜はカイナシティで宿をとり、警察官達は全員同じ部屋に滞在していた。協力者であるチャンピオンだけ別の部屋だ。ハイビスはその、一人だけ別の部屋にいる彼を訪ねた。扉をノックすると出て来たので、満面の笑みで呼びかける。
    「チャンピオン、今日の仕事は終わりです。悲しい気持ちにいっぱいなりました。それでも! 一旦苦しい思いをパーっと忘れた方が、明日の活力になると思うんです」
    こっちを黙って見つめてくるチャンピオンを明るい声で誘った。
    「夕ご飯一緒に食べに行きましょう!」
    「……構いませんけど……お酒は控えた方がいいかなと思いますが」
    「分かりました。じゃあ行きましょう!」
    宿を出てカイナシティの海岸へ向かう。途中、看板が道に現れた。おそらくここはカイナシティ、とでも文字が書いてあるのだろうとハイビスは思いながら通り過ぎた。
     海岸に海の家があって、そこへハイビスから入っていく。後ろをついてくるチャンピオンは、ここでご飯を食べるとは予測してなかったのか、目を丸くしていた。
    「できるだけ庶民的なものを食いたいんです」
    「なるほど」
    店の中で食べると言うのに、焼きそばはパック詰めのものしか売っていなかった。お店の人にお金を払うと、ハイビスはパック焼きそばとサイコソーダと割り箸とを、ふたつずつ、先にチャンピオンが席取りをしている位置まで運んできた。
     チャンピオンにパックの焼きそばを渡すとパチッと音がした。この、輪ゴムで止められた、透明な、プラスチックの、焼きそばのパックというヤツは、どんなに気をつけてもパチパチ音がする。チャンピオンは何気に素材が良さそうな服を着ていたため、こういうパックに入ったものを食べるイメージが全く湧かなかった。つい観察してしまう。だがチャンピオンが視線に気づき「どうしました?」と聞いてきたので途端に気まずくなり、
    「いえいえ! いただきます」
    と手を合わせ、続けて勢いよく割り箸を縦に割った。
    「いただきます」
    向こうも静かにそう言って、割り箸を横にして割っていた。少しずつ箸で麺を持ち上げて普通に食べ始めた。やっぱりそれを見ているだけでもちょっと面白い。
    「そんなに心配かけたかな? 見守ってもらわなくても大丈夫ですよ」
    「視線気になります?」
    「……正直」
    「いやーごめんなさい。仲良くはなりたいんですけど、話題どうしようか困ってまして」
    「話題ですか?」
    「あっダメです、待ってください! オレに考えさせてください! これも特訓みたいなもんなんです。オレにとって!」
    そう言うと、チャンピオンは不思議そうな顔をしながら何も言わなくなった。ハイビスはしばらく焼きそばをすすりながら考え、やがて思いついた話題を投げかけた。
    「じゃあですね。質問なんですが、チャンピオンの今欲しいものってなんですか?」
    「欲しいもの?」
    「ある程度の地位にいる人間ってどんなものを欲しがるのかなと思って。本当に欲しいものを答えてくださいね」
    思案するチャンピオンを見ながらハイビスも返答を予想してみた。
     金は持っていそうな感じがする。ポケモン勝負を生業にしてる人だし「強さ」とか答えるかも。普通にいま欲しい道具の名前とか言うかな? でもでも、この人はなんと言っても、今回の捜査に協力してくれる人柄なわけだ、「ホウエンの平和」とか高尚なことを言ってくれるかもしれない。その場合はオレも今は警察やってるわけだし、「自分もそういうのを願ってる」って答えたいなあ。あれこれと言葉はハイビスの心を流れていった。そしてようやくチャンピオンが答えた。
    「まだ収集してない種類の石が欲しいですね」
    ハイビスの予想の斜め上だったので、一瞬答えが頭に入ってこなかった。
    「うん? なんて言いました? いし……石……⁇」
    「はい、ボクは珍しい石を集めるのが趣味なんです」
    チャンピオンは微笑んでいた。ハイビスは相槌をうちながら、少し顔が引き攣ってしまった。実を言うと、彼的にその返答は怖かったのである。
    「えーと、その、例えばどんな石……?」
    この質問の返答によってはさらに怖い思いをしそうだと思ったが、とりあえずは確認してみたかった。するとチャンピオンは笑顔のまま、石の話をし始めた。
     聞いているうちに、ハイビスからは少しずつ恐怖が消えていった。
     まだ図鑑の写真で見ただけの石があって、それが写真だけでもどんなに美しいのか、とか、この物語に登場する石は、作家によってこんな風に表現されているのだとか、そんな話をされた。まだ彼が行った事がない鉱脈には、こんな宝石が埋まってるはずだとか、カントーの博物館には隕石が飾ってあるんだとか、夜空に輝く星は人類が触れたことのない石なんだとか。
    「触っていてスベスベな石とかあります?」
    ハイビスはいつの間にか新しい質問をしていた。
    「ありますよ。ボクが好きだなと思う触り心地の石は……」
    触り心地というのは、彼の言葉で説明されたって、本当の、答えは分からない感覚のはずである。
    「へぇーいいな。オレも触ってみたい」
    それなのに、説明が終わった時、ハイビスはそう答えていた。不思議だった。
    「ボクばかり話してすみません。ハイビスさんの欲しいものも教えてもらえますか?」
    ふいにそう言われて、ハイビスは我に返った。
    「オレ? オレの欲しいもの?」
    今度はこちらが悩む番になった。もうすっかり焼きそばは食べ終わっており、ふと気になって手の甲で口を拭うと青海苔がついていた。これはチャンピオンの口にもついちゃってるんじゃないかと確認してみたが、彼はティッシュか何かでとっくに拭き取っていた。
    「オレは、ものって言うか……姉さんみたいになりたいです」
    「姉さんというのは、ハイビスさんのお姉さんですか?」
    「そうですけど……あー。あの、この話すると暗くなるから答え変えていいですか? 『速さ』が欲しいです! そもそも本気だせば速いんですけど、普段からもっと速くなりたい」
    「速さ。走ったりするのが得意なんですね」
    「走るっていうか、あの……。なんかつい追いかけっことかしたくなるんですよね。以前も子どもを見かけて、追い抜いて、喜んでいました。葉っぱについた朝露がぽちゃんと池に落ちる時間のことだったような。子どもは自転車に乗ってて……そんな日だったと思います」
    「ということはハイビスさんも自転車に乗っていたんでしょうか。なんだか思い浮かぶな」
    実は肝心な部分を言葉にしていないのだからしょうがないのだが、その受け答えに「あ、違う」と思ってしまった。
    「……思い浮かぶ? どこが? たぶん全然違う姿想像してますよ」
    「え?」
    「うー……というかもやもやしますね。言葉で説明するのってなんか面倒くさいです。頭に浮かぶ映像、そのまま流せちゃえればいいのに」
    突然素っ気ない言葉を言ったせいか、チャンピオンが面食らっているのがハイビスにも分かった。
    「……ごめんなさい。でも面倒くさいなって思ってしまって。なんだろう、頭の映像がオレの言葉になった途端、正確じゃなくなる上に、余計なものが混じる感じがして」
    そしてこの言葉自体も、心そのものとは微妙に違うもやもや感があった。
    「そうですか……汲み取れなくて申し訳ないです。それに、ボクも言葉が上手く伝わらなくてもどかしい時はあるから分かります」
    「ですか?」
    「はい。あっでも、そういう悩みを突き詰めていく人が、映像作品で表現する職業に就く感じがしますよね」
    「へっ?」
    チャンピオンは、またなんだか面白そうなことを言ってきた。ハイビスは途端に再び楽しそうな顔になって、チャンピオンに向き直った。
    「映像作品って言うと、ドラマとかアニメとか?」
    「あと映画とか」
    「じゃあゲームとかも」
    「ふふ、ハイビスさんはゲームをされる方なんですか?」
    「しないし、テレビとかも全然見たことないけど……でもほら、やっぱそうなんですね。やっぱり他の人間も、上手く伝わらない言葉使うより、バンと見せた方がよっぽど伝わる感じするんですね」
    「うーん。絵画とかも、言葉で説明するのは難しいかな」
    「ですよねー」
    やがて、チャンピオンは少し困った苦笑いでこう聞いてきた。
    「ひょっとして、最初のボクの石の話も分かりにくかったですか?」
    「いえ、それは面白かったです」
    返答していて、ハイビスは自分でも「うん?」と思った。チャンピオンはその答えにくすくす笑って「よかった」と言った。
     そのままなんとなく会話が終わり、二人は手を合わせてごちそうさまを言った後、宿へ戻った。それぞれの部屋に戻る前、ハイビスは何気なく「よかったら明日もどこかに食べに行きましょう」と言った。しかしそれを聞いたチャンピオンは首を横に振った。
    「申し訳ないですが、あまり解決が長引くとそれだけ犠牲が増えるから、明日もとは考えたくないです」
    「だからこそです。明日も解決しなかったらオレ達、自分を責めて暗い気分になるかもしれないじゃないですか。確かに解決するのが一番ハッピーだけど、解決しなくても楽しいこと用意して、前向きな気持ちを保っておかないと」
    「……なるほど、分かりました」
    それから、どちらともなく「おやすみなさい」を言って別れた。こうして捜査の一日目が終わった。
    (続く)
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