猫になったペレディール1日目
「じいさん…それ…」
「む…?」
「ペレディール殿…」
森での戦闘を何とか終え、肩の力を抜いた旅団の面子は、彼の頭を見て絶句した。
そして自らに向けられる何とも言えない表情をひとりひとり、ちらちらと目で追い、彼…ペレディールもまた眉間の皺を深め、何とも言えない表情を浮かべる。
浮かべながら視線を集める自らの頭に、恐る恐る手を伸ばした。
それが指先に触れた瞬間、ペレディールは目を見開き、察した。
「ぬぉわあぁ!?な、なんだこれは!?」
森中にその叫びは木霊し、鳥がバタバタと羽ばたいた。
森の中の拓けた場所で、旅団は野営をしていた。
戦闘で前衛を担っていたペレディール、ヒースコート、マドレーヌ、メノらが、焚き火の前で唸っている。
小さく座り込むペレディールは残りの三人に囲まれ、頭に生えたふさふさのそれを眺められ触られていた。
「ねぇ…これ、どうする…?」
メノがペレディールの尾ていから生えているしっぽを握る。
そう、耳だけではないのだ。
「こ、こら…あまり触らないでくれるかね!?しっぽはどうも…」
「えー、でも特に害はないんでしょ?」
マドはこのままでも…良いと思う!とあとに続け、ペレディールの頭に生えた獣の耳を楽しげにもしょもしょと触った。
ペレディールがぐむ…と何とも言えない表情をする。
その様子を見ながら顎に手をあて、ふーむ…と唸るヒースコート。
「はて…どうしたものでございましょうか…」
「君もなんだかんだ、害がないならそのままでも…とか思っていないかね!?」
しげしげと眺めてくるヒースコートを軽く睨んで、ペレディールが言った。
「そんな…滅相もない、ペレディール殿…」
ヒースコートはマドレーヌが弄んでいるふさふさの耳を見ながら返事をした。
「ヒースコートさんも触ろう!」
マドレーヌが笑った。
「これはこれは…」
ヒースコートも微笑みながら耳をふさふさと触りだした。
ペレディールと同じ灰色の毛色である。
「君たち!人の頭の上でやめてくれないかね!?」
「ごめんなさーい…」
「これは失礼を…」
「そうだよ二人とも。とりあえず、うちの旅団の狩人、学者、神官と薬師…総出でこの猫の耳としっぽの治療法を探しているから…」
三角座りに頬杖で三人の様子を見守っていたメノが、言ってから立ち上がる。
「ご飯にしよ。今夜はみんなで集めたキノコでシチューだよ」
トリッシュが待ってる、と尻の砂埃をはたいてから三人に微笑みかける。
「わーい!」
マドレーヌがあっさりとペレディールの猫の耳から食へと興味を移し、一目散にトリッシュの元へと駆けていった。
メノもゆっくりとあとに続く。
地べたに背中を丸くして座るペレディールと、メノたちを見送るヒースコートが残された。
トリッシュたちが賑やかにしている様子を、ヒースコートの瞳が見つめている。
その顔を、ペレディールはじっと見上げた。
向けられた視線に気が付いたのか、ヒースコートが目線だけをペレディールに向ける。
「…わたくし達も行きましょうか」
少し笑ってヒースコートが歩みだした。
「ああ、そうだな」
ペレディールも立ち上がった。
シチューの香りがふんわりと漂っている。
「魔物が出した粉を浴びたらそうなったのか…」
トリッシュがペレディールの猫の耳としっぽをまじまじと見つめながら言った。
ペレディールは気まずそうにしっぽを揺らしている。
「弱点見つけて、魔物が気絶してるとこを叩いてたんだけど、魔物の意識が戻っちゃってさ」
「逃げ遅れたペレディールが…ね」
今度は戦闘で前衛をしていた面子の顔が暗くなる。ペレディールを庇えなかったり助けられなかったことを気にしているようだ。
「ごめんねペレディール、マドがもっと早く気がつけたら…」
「いやいや、君たちは悪くないさ。私もつい夢中になってしまって…」
ペレディールはマドレーヌの肩を軽く叩いて、前衛の面子に笑いかける。
確かに、あの魔物は見たことがない。
きのこ型の魔物だが、ふさふさと獣のような毛が生えていたのだ。
「確かに、話を聞いていてもそんな魔物見たことありませんね…」
マイルズが頬ばったパンを飲み込んでから不安そうに言う。
「俺も後衛にいたんだが、じいさんに猫耳としっぽが生えたときはたまげたわ…」
じいさんだぜ?とギルデロイが眉間に皺を寄せながらペレディールを見る。
「む…よしてくれ!あまり見ないでくれないか!」
「次出会したら…今度は俺か…!?」
「君も同じ目に遭ってしまえ!」
「…喧嘩か?」
二人がわいわいとしていると、ハンイットがやって来て座り込んだ。
トリッシュがよそいだシチューの器が2つ、メノからハンイットへ渡される。
2つ受け取ったハンイットは1つを後ろのルーセッタへ渡した。
ギルデロイが席を少しあけ、その横にルーセッタが座る。
「なにか分かりましたか?例の魔物…」
マイルズが問いかける。
「いや…」
ハンイットは俯いて首を横に振った。
「でも食料は手に入った。鴨がいたんだ」
そう言ってルーセッタはシチューを冷ましてからゆっくり味わう。
顔が美味しそうに綻んだ。
トリッシュが微笑む。
「とにかく、みんなお疲れ様だ。もう休んで…明日からまた頑張ろう」
「うんうん!旅団の資金と、マドの寄付金集めのために魔物からたくさん素材もらわなきゃね!」
ヒースコートはその団欒の様子を黙って、静かに微笑んで眺めていた。
ペレディールはそんなヒースコートをしっぽを揺らしながら見つめていた。