新刊『アルカディア』本文チラ見せ【口実は夜に咲く】
<あらすじ>
玉田の部屋を一日だけ追い出された大は、雪祈のアパートに居候する。アルコールと隣家から聞こえる湿った声に煽られて、ふたりは……
<本文抜粋>
――イラッ。とする心情というものは、ムラッ。と欲望を抱くときと、どこか似ているのかもしれない。と、雪祈はこの時人生で初めて知った。
……なんだか、良からぬ気分になってしまう。それに、隣から聞こえる女の嬌声は今日に限ってなかなか止まってくれなかった。
「あのさぁ。『恋をすると演奏が上手くなる』ってホントなんだべか」
ピンク色にまみれた空気の中で、突然、大は雪祈に質問してきた。
***
【Quichsand(流砂)】
<あらすじ>
ふとしたことから、カラダだけの関係を持ってしまった雪祈と大。野良猫のように部屋にノコノコと現れるようになった大に、雪祈が抱く感情とは。
<本文抜粋>
オレはゲスト出演したジャズバーで、はじめてヤツと出会った雨の日のことを思い返した。あの時は実際に音も聴いてなかったのにバンド結成の話を受けるのかよ、って今更ながら思う。オレってほんとバカだな。
そうしなければ、こんなふうに人生ごと巻き込まれることもなかったのに。バンドを組んだことは音楽的には一ミリたりとも後悔していないけれど、その結果、カラダだけのおかしく爛れた関係を持つまでになってしまったということにオレはなにか運命の因縁すら感じつつあった。
***
【君の胸に抱かれたい】
<あらすじ>
なんとなく付き合ったのはいいけれど、最後まで致さない雪祈に不満を持つ大。オレたちは身体の関係だけなのか?という疑問は膨れ上がるばかりで、演奏にも集中できなくなってしまった。雪祈とケンカした大は、テイクツーを飛び出して……。
<本文抜粋>
「……オレって、おまえのただのセフレなワケ?」
思い切って、やっと心の裡を打ち明けたものの、さすがにこんなことをハッキリとは言い出せなくて、大の口もモゴモゴした。
「…………は???」
大の口から飛び出した聞き慣れない単語に、雪祈の耳がピクついた。部屋に漂う甘いムードがスッ……と音もなく消える。
「いや、だから、その。オレっておまえの、ただの、欲望を解消するための、せ、セックス、フレンドってヤツなのかな。って思って……」
***
【永遠(とわ)と刹那のカフェオレ】
<あらすじ>
色々あって、ようやく本当の恋人同士になった雪祈と大だが、運命の日が近づきつつあった。ソーブルー出演、そして二人の仲はどうなる?
<本文抜粋>
「実は、このアパートからそろそろ引っ越そうかと考えてるんだ」
大の後ろから雪祈はコアラのように身を寄せてハグしながら話した。好きな人と身体をくっつけると、誰でも温かくて幸せな気持ちになる。
「さすがに、ボロボロだもんなぁ。初めて来たときにはビックリしたべ」
大は狭いアパートの室内をぐるりと見渡した。築五十年という木造アパートは防寒性も低く、エアコンの効きも悪いが雪祈があえてここに住んでいるのは都心部では破格の家賃と、最寄り駅が三軒茶屋だというブランドが欲しかったからだった。でも、JASSとしてある程度名を上げた今となってはそこにこだわる理由はもうあまり無かった。
「もうすこし郊外の街に移るのもいいかと思って。それこそ、二人でも住めるくらいの広さのところに」
得意げに、雪祈は大の肩に顎を載せる。
*
「正直、おまえのことそこまで好きなわけじゃなかったんだ」
「遊びみたいなものだったけど、それでも一緒にいる時間はまぁ悪くなかったです、」
色のない暗い瞳をした雪祈はベッドに横たわりながら、淡々と、冷酷に、大に言い放った。
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【Drifter】(※未単行化部分のネタバレがちょっとだけあります)
<あらすじ>
JASS解散から3年後、ふたりはボストンで再会した。大のバンドがボストンを離れる前日の夜、雪祈は元カレの大を自宅に招いて、長い年月のことを話し合う。
<本文抜粋>
その日は夕方なのに、もう月が見える薄い水色の空だった。夏の終わりのさわやかな風が、街に行き交う人々の頬を心地よく撫でる。
ボストンでのライブ予定の全日程が終了し、モメンタムが次の街に向かう前日の夜に『少しだけいいか?』と大は雪祈の住むアパートメントに誘われた。
「えーっと……。ここだべか」
メッセージで教わった住所に大が足を運ぶと、そこには緑色の蔦が這う赤レンガ壁のフラットが何軒か並んでいた。該当の号室を探して、インターホンを押す。
「おう。来たな、大」
玄関のドアがカチャと静かに開いて、家主がゆっくり顔を出した。何年間も会っていなかったのに、その間もずっと友達でいたみたいな感じの受け答えを雪祈はして、大はリビングの中に通された。
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こんな感じです!よろしくお願い致します。
七篠