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    かもめ

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    かもめ

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    pixivに載せたお話 https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=11474901 の推敲前ver.です。推敲時にかなりカットしたので、勿体ない精神で残してあります。後半は支部に載ってるのとほぼ一緒です。

    ##ヒロアカ

    【hrak】せろじろみなと文化祭の話 没ver.最後のフレーズのシンバルがパシャンと鳴らされて、部屋の中にビリビリとした余韻を残して曲が終わった。ベースの弦の振動が消えたのを感じた耳郎響香がふう、と息を吐く。それが合図だったかのように、張り詰めていた空気がほどけた。上鳴電気がエレキギターを抱えて床に座り込む。演奏中は常闇踏陰の影に隠れていた黒影がするりと姿を現わす。ドラムセットの前に座る爆豪勝己は何か気に入らない部分があったようで、何度も同じフレーズを繰り返し叩いた。
    文化祭に向けたバンド隊の演奏も漸くまとまってきた。初心者のギター勢はまだまだ止まったりつっかえたりと危なっかしいが、安定したドラムのリズムとシンセサイザーのメロディに支えられて、それらしい形になっている。あとは本番まで指と身体が覚えるまで弾き込むだけだ。


    「じゃあ、ちょっと休憩にしようか」


    耳郎は演奏中にじわりと額に浮かんだ汗をリストバンドで拭って言った。全身を使って歌うので一曲終わる頃には暑くなる。喉の渇きを感じて鞄の中からペットボトルを取り出して、最後に残っていた一口分の麦茶を流し込むように飲んだ。生温い液体が僅かに喉を湿らせて胃に流れ落ちていく。


    ──なんか、もっと冷たいのがいい。


    一曲歌いきった身体には、常温に放置した飲み物では物足りない。耳郎はベースのストラップを肩から外してケースの中に仕舞った。鞄の奥底に転がり落ちていた財布を引っ張り出して外に出ようとすると、八百万百が声をかけてきた。


    「耳郎さん、どこかに行かれますの?」
    「外の自販機。ちょっと冷たいもの飲みたくて」


    ヤオモモもいる? と尋ねたが、彼女は首を横に振った。休憩だと告げても真面目に運指が複雑なフレーズを練習したり、譜面を見て何やら考え込んでいたり、演奏や練習内容に意見を出してくれたりする八百万は、同じチームとして心強い仲間だ。上鳴と常闇が弱音を吐いたり励まし合ったりする声を聞きながら、耳郎は練習場所として借りている教室を後にした。


    *******


    雄英高校の広大な敷地の中には、自動販売機コーナーが何箇所か設けられている。練習場所から一番近いのは中庭の休憩スペースだ。お馴染みのメーカーの自動販売機の側には、ちょっとしたガーデンテーブルのセットも置いてある。
    渡り廊下から中庭に出ていくと、そのテーブルで見覚えのある人物がノートや紙を広げて話をしているのが見えた。相手もこちらに気づいて、ひらひらと手を振ってくる。


    「お、バンド隊隊長」
    「なにそれやめてよ」


    にやっと笑った芦戸三奈の呼びかけに、耳郎は眉を顰めて答えた。音楽経験がある自分がリードしないと、という意識はあるものの、"隊長"はどうにも照れくさい。芦戸と一緒に座っているのは瀬呂範太だ。


    「ちょーどいいや、耳郎もちっとこれ見て」


    瀬呂に促されて、テーブルに置かれたノートや書類に目をやる。ノートにはひょろひょろした瀬呂の字で雑多にメモが取ってあり、書類の中の一番大きな紙は──。


    「これ、体育館?」
    「そ。演出の相談してんの」


    演奏やダンスを披露する予定の体育館の見取り図だった。真上から見たステージの寸法やライトの位置などが小さな字で印刷されており、その上から鉛筆書きで丸や三角や矢印があれこれ書き込んである。人の立ち位置や動きを示しているのだろう。


    「バンドがステージの奥のこの辺で、手前でダンス隊が踊るとすると……、ダンスに使える奥行きって5メートルくらい?」
    「5メートルってどれくらい?」
    「俺3人分よりちょい短いくらい」
    「わかんないよー」


    軽口を叩きながら、瀬呂は見取り図のステージの部分に更に書き込みを増やしていく。


    「とりまバクゴーのドラムとかヤオモモのキーボードとかは動かさないよな。やっぱドラムは一番奥ど真ん中?」
    「そうだね。爆豪のリズムが骨子になるから、その方がみんなに聴こえやすいし」
    「じゃあ、ここがドラムとして……、マイクとかスピーカーとかもどの辺に置くか決めなきゃだな」
    「うん。ウチもそれ考えとくよ」


    耳郎は話し合いながら、携帯電話のメモ帳機能に要検討の項目を打ち込んだ。他にも練習の時に気づいたポイントやスケジュールが纏めてある。
    バンド隊の立ち位置や楽器の場所について瀬呂と耳郎が話している間、芦戸がステージの間取り図のそれぞれの立ち位置に各個人を模した似顔絵を落書きしていた。どうやら曲の冒頭では、芦戸と尾白猿夫が真ん中で踊るらしい。


    「で、途中で青山と緑谷がハケるんだよな?」
    「そう! すぐ天井に移動するから、結構バタバタなんだよねぇ」
    「天井行くなら、ここのソデの梯子からか。下手側でいいんだよな」


    瀬呂はステージのソデの部分に印刷されている梯子のマークに鉛筆で丸をつけた。


    「うん大丈夫。ねえこの立ち位置から梯子登って天井ってどれくらい時間かかるかな」
    「それは緑谷次第だけど、この図じゃ梯子の長さも書いてないしわかんねえよなぁ」


    瀬呂がうーんと頭を抱えた。体育館の天井がどれくらいの高さだったか、耳郎も記憶を探ってみたがぼんやりとしか思い出せない。確か何本か鉄骨の梁がむき出しになっていた。恐らく緑谷はその梁の上まで移動する予定なのだろう。


    「じゃあさ、ちょっと実物見に行こうよ」
    「はあ!?」


    芦戸の唐突な提案に、耳郎は素っ頓狂な声を上げた。


    「お、それいいね」
    「ちょっと、体育館って使用許可取ってないと入れないんじゃ……」


    瀬呂まで乗り気になっているようで、慌てて異を唱える。


    「行ってみるだけだって! 入れなかったら諦めるから!」
    「そうそう。俺ら2人だけで行ってもいいけど、バンド隊側からの意見も聞きたいし、耳郎も行こうぜ」


    二対一だ。こうなると止める方が骨が折れると判断した耳郎は、「ちょっと見るだけだからね」と2人の提案を受け入れた。
    バンド隊のグループトークに、「瀬呂とか芦戸と演出の打ち合わせしてるから、先に練習してて」と一言連絡を入れる。数秒も待たないうちに、上鳴電気からおちゃらけたOKスタンプの返信がきた。


    *******


    芦戸が体育館の扉にそっと手を掛ける。冷たい金属製の引き戸は、ごろごろと重たい音を立てて開いた。


    「……空いてる」


    こちらを振り返った芦戸の瞳がきらりと輝いた。


    「ほんとに入るの?」
    「いいじゃん、ちょっとだけ」


    するりと猫のように忍び込んだ芦戸と、近所のコンビニにでも入るかのように気楽な様子で扉を潜った瀬呂に続いて、耳郎は抜き足差し足で体育館に足を踏み入れた。無断で入っているので電気を点けるわけにはいかず、屋内は薄暗かった。二階部分にはアリーナをぐるりと囲うようにバルコニーが作られていて、そこにある窓から差し込んだ日差しが唯一の光源だ。誰かに見つかりたくないという心理から、耳郎は自然と周囲の物音を"個性"で探った。体育館の中だけでなく、周りにも自分たち以外誰もいないようだ。上履きなど持ってきていないので、3人とも靴下のまま歩いた。板張りの床のひやりとした感覚が靴下越しに伝わってきて、耳郎は思わず爪先に力を入れた。


    「……なんで空いてるんだろ」
    「前に使った人が閉め忘れたんじゃない?」


    3人しかいない四角い空間で声が響く。アリーナは普段の2倍にも3倍広く見えて、床だけではなく空気も冷たかった。体育館後方の扉から侵入したせいで、ステージがやたらと遠く感じる。芦戸がバレーボールのセンターラインを一本橋に見立てて爪先歩きで渡っている横で、耳郎は頭上の天井を見上げた。無骨で太い梁が横たわっている。中庭で思い返したよりもずっと高い気がした。

    小声で話しながらステージにたどり着き、舞台袖の階段から壇上に上がった。下が空洞になっているせいか、アリーナの板張りよりも足音が響いてどきりとする。舞台の両脇に垂らされたカーテンの向こうに、真っ平らで何もないステージが見える。光の向きの加減のせいか、アリーナの部分よりも仄かに明るく見えた。


    「お、これこれ」


    耳郎が舞台袖からステージを見ていると、背後から瀬呂の声がした。埃を被った椅子やひな壇の奥から聞こえてくる。二階のバルコニー、そして天井へと通じる梯子を見つけたらしい。芦戸と耳郎が近づくと、瀬呂は既にするすると梯子を登り始めていた。クラスの中でも機動性に長けているだけあり、あっという間にバルコニーにたどり着く。"個性"なしでのバランス感覚にも優れているのだろう。


    「ちっと高さ測るから、下で受け取って」
    「メジャーとかあるの?」
    「持ってないけど、これで測れるっしょ」


    瀬呂はそう言うと、慣れた様子で肘から"テープ"を射出した。芦戸がそれをキャッチして"テープ"の先端を床に合わせる。バルコニーの瀬呂は"テープ"を梯子と同じ長さに伸ばして切ると、粘着部がくっつかないように器用に縦半分に折り畳んだ。芦戸も下から同じようにテープを畳んで半分の太さにする。


    「で、これを後から測ればオッケー。あ、芦戸、もう離して大丈夫」


    梯子の上から瀬呂がテープを引き上げるのを見ながら、耳郎は感心して息を吐いた。瀬呂の"個性"にそんな使い方があるのか。


    「耳郎と芦戸も登ってこれる? こっから天井までも測りたいんだけど」
    「おっけー」


    芦戸は気軽に答えると靴下の足を梯子にかけて、あっという間に半分ほど登ってしまった。視線よりも少し上の高さでひらひらと揺れる短いスカートの裾から目を逸らしながら、耳郎も梯子に手をかけた。


    ──芦戸はいつも見えてもいいやつ履いてるし、下にも誰もいないし。


    自分に言い聞かせて梯子を登る。あまり使われていなさそうな梯子は埃っぽくて、手や足元がざらざらした。
    辿り着いたバルコニーはステージやアリーナよりも明るかった。窓が近いせいだろう。瀬呂は更に上へと続く梯子もあっという間に登りきり、先程と同じように"テープ"でバルコニーから天井までの高さを測った。他にも図面だけでは解らない構造や大きさが気になるようで、あちこち写真に撮ったり図面にメモを取ったりしている。
    芦戸は手持ち無沙汰になったのか、時折踊るようなステップを挟みながらバルコニーを端から端まで行ったり来たりしている。


    「ねえ私ら他にやることある?」
    「いや、取り敢えず一人じゃ測れないところはもうないから大丈夫」
    「ふぅん、ねえ耳郎、じゃあさ、もっかいステージまで降りようよ」


    芦戸は耳郎の返事を待たず、先行くね! と下に降りる梯子に向かって駆けていく。耳郎はチラリと瀬呂に目をやったが、大丈夫だという風に頷かれたので芦戸に続いて梯子を下りた。

    舞台袖とステージとの間には、明確な境目がない。真紅のカーテンも舞台と並行に垂らされているため、舞台袖から見るとステージから反対側の袖まで筒抜けだ。にも関わらず、舞台の中央に向かって歩いて行くと、「ここからがステージだ」と感じる境界がある。薄暗い視界がぱっと開けて、照明に照らされた空間に出る。観客席が目に飛び込んでくる。


    「ライトとかないのに、ステージはちょっと明るいんだねぇ」


    ステージに立つ瞬間を思い起こしていた耳郎は、芦戸の声で我に帰った。今2人が立っている体育館のステージは、芦戸の言うように、ライトもなければ満員の観客も見えない。広くて何もない平らな空間だ。その下にはもっと広くて誰もいないアリーナが広がっている。
    ステージの中心より少し後ろ。そこが耳郎の立ち位置になるはずだ。ゆっくりと歩を進めて、その場所に立って体育館を見渡した。


    「広いね」
    「うん」


    ステージに向かってアリーナを歩いている時も広く感じたが、その時とはまた違った、高揚感が混じった感想が口をついて出た。


    「でもさあ、ワクワクするよね」


    いつの間にか耳郎の隣に立っていた芦戸が言った。


    「ほんとにここで演るんだね」


    短いやりとりで、芦戸も同じように高まりを感じていると気づいた。黒い瞳がキラキラしている。


    「瀬呂たちが考えてる演出が上手くいったらさあ、たぶんチョーキレイじゃん」
    「うん」
    「氷と光がキラキラしてて、私らがあちこち散って踊ってさ」


    芦戸は何もない空間に指で氷の架け橋を描きながら喋る。耳郎も自然とその指が示す方向を目で追った。芦戸が描いた架け橋の上に、曲に合わせて踊るダンス隊の面々が見えたような気がした。不規則に反射されるレーザービームが目を楽しませる。背後からドラムの振動が響いてくる。


    「んでさ、その真ん中で、ここで、耳郎が歌うの」


    氷の橋をいくつも描いた指はステージ上に戻ってきて、最後に耳郎が立つ正にその場所を示した。芦戸の指を追いかけていた耳郎の目線も自らの足元で動きを止める。無意識に彼女の指先に合わせて視線を動かしていたことに気づき、目を上げて芦戸の方を見ると、彼女はにっと笑って言った。


    「想像したら、なんかめっちゃいいなって思った」
    「……うん」


    芦戸の指先を目で追いながら想像した景色を噛み締めるように、耳郎は頷いた。躊躇いなく、シンプルに"めっちゃいい"と言える芦戸の言葉は、不思議な説得力があった。


    「ステージからの眺めはどうよ」


    いつの間にかバルコニーから下りてきていた瀬呂が、ステージの袖から声を掛けてくる。


    「最高」


    芦戸の返答に「まだ客入ってないのに?」と笑いながら、瀬呂も2人が立つステージに足を踏み入れる。


    「俺はさ、あそこで観るの」


    丁度ステージの真正面、体育館の後方に位置するバルコニーを指差しながら、瀬呂は言った。


    「耳郎と芦戸が歌ったり踊ったり演奏したりしてるのも、盛り上がってるお客さんも、あそこからならみんな見える」
    「特等席だ」
    「だろ?」


    芦戸の太鼓判を貰った瀬呂は得意げだ。耳郎は先程バルコニーから見た景色を思い出す。あの場所から、眼下に架かる氷の橋や、歌って踊って盛り上がっている仲間を見るのは、確かに壮観だろう。想像すると背筋がぞくぞくした。早く音を鳴らしたいと、指先が疼き始める。


    「んじゃ、帰って切島たちと演出の打ち合わせすっか」


    そんな耳郎の疼きが伝わったかのようなタイミングで、瀬呂がぽんと手を打って言った。


    「私も帰って練習しよ! 実際の会場見てイメージ掴めたし」


    芦戸もそう言うと、1メートルほどのステージからぽんと飛び降りて出口を目指し始めた。瀬呂と耳郎もあとに続く。


    「ウチも。……なんかステージ見ると、楽器弾きたくなっちゃった」
    「あー! わかる! 私も! 今めっちゃ踊りたい」


    芦戸は今にも踊り出しそうな雰囲気だ。最初に足を踏み入れた時よりも早足で、3人はアリーナを横切った。体育館を出る直前、耳郎が後ろを振り返ると、相変わらずステージだけが仄かに明るく見える。
    あの場所で想像した景色をホンモノにしよう。耳郎はこっそり心に刻んで、体育館を後にした。

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