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    かもめ

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    かもめ

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    書きかけだけど、たぶん続き書けないなーと思ったのでキリのいいところまで。

    #上耳
    upperEar
    ##ヒロアカ

    【hrak】上が耳にお願いをする「なぁ耳郎頼む!! この通り!!」

     一体どうして、こんなことになってしまったのか。
     耳郎響香は、所狭しと楽器が並んだ自室でため息をついた。目の前には、土下座でもしそうな勢いで「あること」を懇願してくる上鳴電気。
     耳郎が微かに眉間に皺を寄せて首を横に振ると、その小さな仕草を察した上鳴が深く下げていた頭をおずおずと上げた。人見知りの子犬のような上目遣いでこちらの様子を伺ってくる。
     
    「……やっぱ、無理?」
    「そうじゃなくて、そこまでの勢いで頼み込むことかなって呆れてんの」

     耳郎はそのすがるような瞳を直視しないように気を付けつつこめかみを揉んだ。床の上で膝を正している上鳴と、手近にあったドラムスツールに腰掛けた耳郎。この構図では、自然と上鳴を見下ろす角度になってしまって居心地が悪い。

    ──別に嫌じゃない、嫌なワケじゃないんだけどさ。

    「頼むよー!! だって俺、ひとりでやる自信ないしさ!!」

     問題は上鳴のこの態度だ。だってこれでは、押し切られて流されたみたいな形になってしまうではないか。

    「な!! 一ヶ月だけ! 一ヶ月でいいから、俺に、歌とギターの特訓をしてください!!」


    *****


     頼みたいことがあるから、家を訪ねてもいいか。
     今の部屋に引っ越してきてからおよそ二ヶ月経ったある日、上鳴からそんな連絡がきた。
     最後に会ったのは、引っ越しの手伝いを半ば無理矢理頼んだときだ。あのときは彼なりに思うところがあったのか、直前に頼んだ割にばっちり予定を空けてくれていた。
     しかしそうは言っても、上鳴電気──チャージズマと言えば人気急上昇中で昨今注目を集めているヒーローだ。しかも、独立してまだ日が浅いときた。日々のヒーロー活動に加えて、メディア対応や事務作業に追われていることは想像に難くない。実際、ここ数ヶ月で彼をメディアで目にすることが急に増えた気がする。
     そんな多忙を極めているであろう相手を何度も呼び出すのは気が引けて、約束していた引っ越し作業の礼もできずにいた矢先の便りだった。

     訪ねてきた上鳴は、まだあまり使い込んでいない様子のギターケースを背負っていた。引っ越しを手伝ってくれたときに、せっかくギターを買ったのだからたまにはここで弾けば、と声をかけたことを思い出す。「頼みたいこと」とは、要は思いっきり楽器を弾きたいから場所を貸してくれとか、そういう話だろうか。
     楽器に侵食されかけた部屋で、耳郎はローテーブルの側に置いてあるクッションを「座れば?」と示した。耳郎と向かい合って腰を下ろした上鳴は、そわそわと落ち着かない様子だ。薄っぺらい近況(事務所の近くに新しい中華料理屋ができたとか、昨日自動販売機で当たりが出たのに間違って好みでないブラックコーヒーを選んでしまったとか)は話すくせに、肝心の頼み事については触れようとしない。
     しばらく音沙汰がなかった上鳴の、突然の訪問。その要件は気になるものの、自分から水を向けてやるのは癪だった。「で、頼みってなに?」という言葉を三度飲み込んだところで耳郎は痺れを切らし、上鳴の話がひと呼吸ついたのを見計らって立ち上がった。

    「ウチ、ちょっとお茶淹れてくる。緑茶でいい?」

     いくら相手が上鳴とはいえ、来客なのだから飲み物くらい出すべきだろう。
     耳郎はわざとらしい言い訳を胸の中で呟きながらキッチンに足を向ける。その様子を見た上鳴は、慌てたように「あっ、耳郎、ちょっと待って」と声を上げた。
     やっと本題か、と振り返ると、彼はクッションの上で姿勢を正したところだった。なにやら神妙な雰囲気に気圧されながらも、それを気取られないように短く「なに?」と相槌を打つ。すると上鳴は、立ったままの耳郎を見上げる体勢で口火を切った。

    「なぁ耳郎、あのさ」

     上鳴は喋りながら、言葉を探すように目を泳がせる。何かを誤魔化したり取り繕ったりするときに斜め下を見るのは、彼の昔からの癖だった。

    「俺、バンド組むことになっちゃって……」
    「……バンド?」
    「そう、バンド」

     果たしてどんな打ち明け話が始まるのか。そう身構えていた耳郎は、彼の言葉に拍子抜けしてオウム返しに聞き返した。

    ──バンドを組む。上鳴が。

     そんなにかしこまって打ち明けることか、と感じながら、もう一度その言葉を心の中で繰り返す。すると耳郎の胸の奥に、もぞもぞと居心地の悪いさざ波が生まれた。
     その感情はなんとなく他人に見せてはいけないような気がしたし、また、自分で直視するのもやめた方がいい気もした。だからそのさざ波には気がつかなかったことにして、耳郎はできるだけ平坦な声で言葉を紡ぐ。

    「ふーん、いいじゃん、バンド」

     適当に口にしたその言葉を聞くと、上鳴は少しほっとした表情を見せた。余程緊張感のある報告だったらしい。

    「でもなんでバンド? 誰と?」

     飲み物を用意するタイミングを失った耳郎は、手近にあったドラムスツールに腰掛けながら尋ねた。床に座った上鳴との距離が少し近くなる。

    「この前さあ、Aバンドで突発ライブみたいなの、やったじゃん? あれから俺、そーゆー方面の取材とか、受けること多くてさ」
    「うん、知ってる」

     上鳴が口にしたのは、耳郎や元A組のヒーローの多くが警備スタッフとして参加していたライブイベントでの出来事だった。本番直前にハプニングに見舞われた出演者の穴埋めをするかたちで、Aバンドの五人がステージに立ったのだ。
     実情は突然決まったぶっつけ本番のパフォーマンスだったが、外部には「ファッションと音楽の祭典にスペシャルゲスト 注目ヒーローがサプライズライブ!」などという見出しで煽られて大きく報じられた。
     その記事やイベントでのライブ映像があちこちに拡散されて、以前から副業で音楽活動をしていた耳郎はもちろん、上鳴や常闇、爆豪、八百万にも、取材や副業のオファーが急増したというわけだ。

    「そんでさ、この前なんかテレビの企画のオファーがきてさあ」

     上鳴が口にしたのは、ゴールデンタイムにオンエアされている、誰でも名前を聞いたことがあるようなバラエティ番組の名前だった。何やら思い詰めている様子だったのに、その名前を口にするときだけは自慢気で嬉しそうな様子が隠せていないのが上鳴らしい。

    「俳優とか芸人とか、音楽が本業じゃないタレント? 有名人? を集めて、バント組もうっていう企画らしくてさ」

     そう言って上鳴は、他に招集された著名人の名前を指を折って挙げていった。
     漫画原作の舞台で有名になった若手俳優、子供に大人気の動画クリエイター、そして名のあるコントの大会で準グランプリを受賞したお笑い芸人……。

    「……で、そこにアンタも入るってワケか」
    「そう! しかも俺センターなの! 歌とギター! ヤバくね!?」

     上鳴は正座のまま身を乗り出して言った。確かに彼が名を連ねた著名人たちは各方面で人気急上昇中、注目株揃いだ。十代二十代に人気がある番組の企画としても納得の布陣。SNSが盛り上がることは間違いない。

    「で、それがどう繋がってウチに頼みごとがあるって話になるの? 練習場所提供してくれ、とか?」
    「あー、それもなんだけどさ、それだけじゃなくって」

     耳郎が問いかけると、上鳴はしゅんと空気が抜けたように大人しくなった。居心地悪そうに目を逸らし、折り畳んだ膝の上で指を組んだり解いたりする。彼は目線を落としたまま言葉を続けた。

    「俺、短時間でそんな、テレビ出れるほど上手くなる自信なくてさ。そんで、あの、Aバンドのときみたいに、ちょっとだけ、耳郎サンに教えてもらえたらなあ、とか……」

     ちらり。
     上鳴はそこまで言うと、上目遣いで耳郎の表情を伺った。なるほどそういう要件か。一通り話を把握した耳郎は、彼の話を聞いている中で頭に浮かんだ疑問を口にする。

    「でも、そーゆーのって番組側でコーチつけてくれたりするんじゃないの? 練習風景にもカメラ入ったり、その映像が番組で流れたりしてさ」
    「うーん、それもあるっちゃあるんだけどさあ、やっぱ個人練も必要じゃん、俺、メインボーカルだし」

     上鳴はわざとらしく腕組みしながら耳郎の問いに答えた。
     番組側がどれほどの練習時間を用意するのかは知らないが、それとは別に個人でも練習がしたいとは大変熱心なことだ。独立したての身で、ヒーロー活動もそれ以外の副業もひとつひとつの仕事が貴重で重要な時期だろう。気合が入るもの頷ける。
     しかし心のどこかで、そうやすやすと承諾したくないとも感じていた。「上鳴がバンドを組む」と知ったときにさざ波が起きたのと同じ部分が、「ちょっと気に入らない」と反抗している。
     耳郎が押し黙ったままなのに耐えきれなかったのか、上鳴は両手を合わせ、拝むポーズをして今度は深く頭を下げた。

    「なぁ耳郎頼む!! この通り!!」

    ──でもまあ、断るものなんか可哀想な気がするしなあ。

     ちらりと心に浮かぶのは、昔から危なっかしかったこの同級生への情だった。潔く突っぱねることができない自分と、大袈裟に頭を下げて頼み込んでくる上鳴と、両方に呆れてしまってため息が出る。

    ──変わらないなあ、ウチも、コイツも。

     一体何度こうやって懇願されて、コイツの「お願い」を聞き入れてきたことか。授業中寝てしまったからノートを見せてくれとか、夜の学校に一人で忘れ物を取りに行くのが怖いから付き合ってくれとか。ウチだって怖かったのに、と余計なことまで思い出してしまって、耳郎は無意識に眉間に皺を寄せた。不要な回想を振り払うために、小さく首を左右に振る。

    「……やっぱ、無理?」

     上鳴の様子を伺うような上目遣いは、蛍光灯の光を反射して潤んで見える。耳郎は思わず目を逸らし、こめかみを揉んだ。直視し続けると、うっかり了承してしまいそうだ。

    「そうじゃなくて、そこまでの勢いで頼み込むことかなって呆れてんの」

    ──別に嫌じゃない、嫌なワケじゃないんだけどさ。

     ただ、「耳郎に頼み込めばなんとかなる!」と思っていそうなコイツを、甘やかしてやるのが悔しいのだ。

    「頼むよー!! だって俺、ひとりでやる自信ないしさ!!」

     尚も縋りついてくる上鳴に、耳郎は沈黙を貫いた。体のいい断り文句のひとつも思いつかない自分の脳みそが嫌になる。あと一押しで勝負が決まってしまいそうなこの雰囲気も。

    「な!! 一ヶ月だけ! 一ヶ月でいいから、俺に、歌とギターの特訓をしてください!!」

     ああこの顔は何度も見た。ちょっとくらい大人びた顔つきになったって、独立して人気ヒーロー街道をずんずん進んでいたって、何百人何千人のファンがついていたって、こういうときの表情は変わらない。
     隣の席に並んで座っていたあの頃の景色が一瞬耳郎の胸の奥を掠めて、苦いような切ないような感情が残り香のように鼻の奥をくすぐった。
     そして、そうやってうっかり懐かしい気持ちになってしまった時点で、耳郎の気持ちはもう押し負けているも同然だった。

    ──そもそもココでギター弾けばとか、教えてあげるとか言ってたの自分だし。
    ──それに引っ越しの手伝いのお礼もできてないし。

     断る理由は一つも浮かばなかった癖に、承諾する言い訳はいくらでも頭の中を行き来する。
     耳郎はせめて不承不承を装おうと眉根に力を入れながら、小さな声で「……わかった」と応えた。
     その返答を聞いた上鳴は勢いよく顔を上げ、「マジで!?」とその目を輝かせる。こうやって大袈裟なほどに喜んで見せるところまで、あの頃となにひとつ変わっていない。

    「わかったけど、ホントに一か月だけだからね」

     耳郎は唇を小さく突き出して釘を刺す。照れや自意識に邪魔をされて素直になれないときの癖だ。上鳴はというと、耳郎の葛藤を知ってか知らずか、きらきらと嬉しそうな表情でうんうんと頷いていた。

    「それと、ウチが教えるだけじゃなくて、個人練習もちゃんとすること」
    「了解ですセンセイ!」

     上鳴は景気よく返事をして敬礼のポーズをとる。呆れるほど調子の良い彼を見て、耳郎は「それやめて」と再び苦い顔になった。


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