それはただの偶然だった。それはただの奇跡だった。それを恐れた人はきっと間違いではないのだと頭ではわかっていた。
分かっていたけれど、受け入れるなんて到底できなくて。壊れた心は身体を与えてくれたはずの審神者に刃を向けてその身を切り裂いていた。
すでに身体は遡行軍のそれに成り果てて、それでも縋りたい思いで自分の空間に顕現前の親友を引き摺り込んで身体を与えて。そして、そして。
「……ごめん、清麿。ごめん」
そして、親友にその美しい刀を向けられるのだ。
「僕は刀剣男士だ。歴史を守らねばならない。今の清麿を、受け入れることはできない」
「うん、分かってる。大丈夫だよ、水心子」
刀を抜いて、相見える。水心子はじ、と清麿を見つめていて、その切先はぶれることなく清麿へ向けられていた。
その姿が美しくて、格好良くて、清麿は目を細める。
何度も何度も、水心子は清麿を拒絶した。新々刀の祖であるが故に、刀剣男士であるが故に。その精神に、きっと惹かれていたのだ。
「水心子、顕現してから実戦をしていない君が僕に勝てると思っては……いないよね」
「当然だ、清麿は強い。それぐらい理解している」
「それでも戦う理由って何?」
毎回同じ問いを投げかける。ただの確認だ。わかっている、何も変わらない。あの清純な刀はどこまでも澄み切った心を持っている。
水心子の新緑の目が細まる。柔らかく微笑まれた。
「僕は、清麿の親友だ。踏み外した親友を止めるのは、僕の役目だろう?」
こんなに汚れてしまったのに、また君は僕を親友と呼んでくれるのか。
まだ、親友と。何度折られても記憶がない状態であったとしても、水心子はいつも同じように微笑んでくれるのだ。
清麿は肩を震わせて思わず笑ってしまう。水心子も釣られるように小さく肩を振るわせながら笑っていた。
静かな空間に二人の笑い声が響く。ともすれば穏やかな空気に清麿も水心子も柔らかく笑みを浮かべあった。
「……私は、新々刀の祖であり江戸三作の一振、水心子正秀」
「同じく、江戸三作の一振、源清麿」
刀を、お互いに向け合う。穏やかに微笑んで、二人は静かに名乗りあった。
これで最後だ。たった数日しか共に在れなかったけれど、今回も大切な日々だった。
「さようなら、清麿」
「さようなら、水心子」
一歩踏み出したのはどちらだったか。
やがて、地面に真っ赤な血が広がっていくのだった。