緑の瞳は嫉妬の瞳。西洋の言い伝えなんて殆ど興味なかったはずなのに、書庫に積まれた本に書かれていたその内容が妙に頭に引っかかってしまった。
大典太は水心子をじっと彼を見下ろしていた。最初は名を呼んで首を傾げていた彼も、しばしの時が経つにつれ困ったように眉を寄せたり明らかに目が泳ぎ始める。
内心、あの親友の名を叫んでいることだろう。だが残念ながら今現在、大典太と水心子は二人で遠征に出ているからかの親友が偶然やってくるなんてことは全くなく。
それでも、身長差で見上げる形になってもほとんど視線を外さないのは彼の生真面目さが所以なのだろう。
「……あの、何かあったのか」
何度目かの問い。怯えはないが戸惑いの色が浮かんで揺れているその瞳は、まるで闇の中に紛れることなく浮かび上がりそうな色を湛えていた。
「いや……」
「何か言いたいことがあるのだろう。ただ黙って見つめられてしまうと、私も困る」
その言葉は尤もで、だがそれ故に困ってしまう。
言いたいことなど何もないのだ。ただ文献でそう言われているのを見たから、ついそれを思い出してしまったから。
「……緑だな、と」
「みどり」
「水心子、お前の瞳だ」
言えば彼はきょとんと目を瞬かせた。ああ、丸くなった。存外、彼の瞳は色だけでも感情が伝わってくるのだと今実感できた。
「私の眼がどうした?」
「……綺麗だと思ったまでだ」
嫉妬なんて縁遠いであろう水心子正秀という存在に、映える瞳だと思った。この瞳は瑞々しく生気に満ちた色とも言える。この意味でならば、彼に合っている。
水心子は数度瞬きをすると、頬がみるみる赤くなっていった。口を戦慄かせる水心子に大典太は首を傾げるとその頬に手を添える。大典太より小さい彼の身体は顔も同じぐらいに小さいようですっぽりと頬が掌に収まってしまう。親指でそっと目尻を撫でてやればびくりと肩を震わせた。
「熱でもあるのか」
「な、なな、何を言って……!」
「何、とは? 思ったままを言ってまでだ」
「そ、そうか……」
ああ、また色が変わった。戸惑いの中に混じる恥じらいと少しの明るい感情。目は口ほどに物を言うとは言い得て妙だと実感する。けれど己の目はきっとここまで感情を伝えてくることはないだろう。
「……貴方のことだ、きっと下心はないのだろうけれど。突然言われてしまうと驚いてしまうから気をつけた方が良いと思う……」
「む、そうか」
「でも、うん。ありがとう、大典太光世。些か恥ずかしいけれど褒めてくれるのは嬉しい」
ふにゃりと眉尻を下げて目を細める。その姿がひどく幼く見えてしまって大典太はそのまま親指で彼の目尻を優しく撫でてやれば、擽ったそうに笑みを浮かべてくるのだった。