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    saekihachi

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    saekihachi

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    鴨五 垣間見攻防戦(戦ではない)

    ##維新!
    ##SS

    まなざし譚 羽織を傘に、慌てて軒下へ駆け込む。
     ここ数日の晴れ空にすっかり油断した。商人は手慣れた様子で商い物を内に引っ込め、軒を伝って家へと戻る子供たちがきゃらきゃらとはしゃぎながら駆けていく。つい先刻までの日差しが嘘のように、洛内の町はあっという間に夕立に飲まれてしまった。
     通りの向こうに目を遣ると、見慣れた人の姿がある。羽織を被る暇もなかったか、前髪は額に張り付き、襟巻の藍墨は平時よりも濃く見えた。
     盆を返したような雨で辺りは白く煙り、雨粒が屋根を打つ音で耳が塞がれたようだ。四間ほど離れたこの場所では、仮令大声を上げたとしてもあの人までは届くまい。どこか隔絶されたところにいるような気になりながら、空を見上げ袖で顔を拭うその人を遠目にじっと見つめていた。影の者の性なのか、あの人は昔から視線に敏い。あちらが部屋に籠っていようがこちらが寝たふりをしていようが、物音も立てぬのに何故だかいつも気付かれてしまうのだ。
     人気の失せた雨の中、壁に凭れもせず姿勢よく立つ折り目正しい師の姿に、知らずこちらも背筋が伸びる。
     暫くそうして眺めていると、さあ、と雨が去ってゆき、何事もなかったかのように夏の陽が照り付ける。明るさに目を細めつつ雨の引いていった方向から目を戻すと、師もまた手で庇を作り陽を避けていた。声を掛けに行こうか、と考えた瞬間その人の目が真っ直ぐにこちらを見据える。
     今気付いた、という風ではなかった。お互い災難だったな、とでも言うように薄く笑んでいる。ひょっとすると初めからずっと気付いていたのだろうか。やはり夕立程度、あの人の隙にはならなかったか、と小さく溜息を吐いた。


    *


     道場前を通り過ぎざま、指導の最中の師の横顔を横目でちらりと眺めていた。ほんの一時、二、三歩足を踏み出す程度の僅かな時間だ。隊士のひとりに手本を見せて何事か話していた師が、前触れなくこちらを向く。少し外を見た、という程度のものではない。はっきりとこちらを向き、目が合った。しまった、と視線を外し、足早に通り過ぎる。
     辿り着いた障子の内側からは、行灯が橙に揺らいでいた。“上”との何か大事な書簡を書くため、あの人は時々部屋に籠る。声を掛けても良いだろうか、と遠巻きに様子を窺っていると、部屋の中から五郎、重助、と声が掛かり、重助と二人顔を見合わせる。薄く開けた障子の隙間から、待たせて済まないな、と顔を覗かせる師に夕飯ができた旨を伝えると、直ぐに行くから先に食べていなさい、と申し訳なさそうに眉根を寄せた。もう少しだけ待っていよう、と頷き合って縁側を行く。
     江戸にいた頃の道端と違って縁側は綺麗で居心地が良い。傾きかけた陽の光がぽかぽかと体を温めていた。いつの間にか眠ってしまったようだ。うん、と伸びをしようと身じろぐと手に何かがぶつかり、重助もここで寝ていたのか、と心の内で考える。薄く目を開くと、風にはためく干し物と、黒い着物の後姿。こっちを向いてくれないかな、とぼうっと眺めていると、まるで心の声が聞こえたように振り向き、起きたか、と笑う。どうして分かったのだろう。火照った顔を腕に隠してまた眠ったふりをするが、腕の隙間から覗き見たその人はまだ微笑んでいた。

     ——鴨さん。

     薄く目を開けると、文机に向かう師の後姿が薄灯りに照らされていた。構ってもらおうと思ったが、今暫く待て、と言われたまま眠ってしまったらしい。隊士達は三々五々家路に就き、残っていた各隊長の声もいつの間にかなくなっていた。大きな痕の残った顔もこの頃随分見慣れてきたが、以前のままに変わらぬ背中を見ると、やはり何だか安心する。不意に今し方見ていた夢の輪郭が浮かびそうな気がしたが、そこに辿り着くことはなく、ぼんやりとした像はもやりと霧散していった。
     昼の汚名返上と、敢えて周囲を満遍なく眺めるようにぼんやり目を遣る。張り合うようなことでもないとはいえ、こちらの視線にばかり気付かれるのはやはり何だか悔しいのだ。この人はいつも一枚も二枚も上手で、自分がとてつもなく子供であるような気持になる。実際のところ、この人と比べてしまえば自分はいつまでも子供なのだが、それでも時にはこの人を翻弄してみたかった。
    「待たせて済まないな」
     おわ、と声を上げて身を起こした。
     やはり駄目だったか。目を覚ました時から気付いていたのだろうか、昼の事といい、態と暫く気付かぬふりをしているところが小憎らしい。未だ文机を向いたままの師に、背中に目でも付いてるんか、と零しながら隣に座ると、お前は分かり易いから、と珍しいことにくつくつと笑声を漏らしている。
    「わ、笑ってまうほどか」
     なあ、そんなにか、と詰め寄ると、いや、すまない、と小さく手を挙げ一呼吸置く。気配のな、と破顔したまま続けるのをじっと見つめた。
    「操り方などとうに心得ている筈のお前が、隠れて俺を見る時だけははっきりと気を漏らすものだから」
    「へ」
     笑壺に入ったか、呆然とするこちらをよそに、ふふ、と肩を震わせる。
    「俺に目が向いた瞬間、お前の気配が、ふ、と現れるんだ」
     それがかわいらしくて、とはにかんで書簡へ目を戻す師に何だかやけに気勢を殺がれ、へなへなと目の前の肩口に顔をうずめた。
     全く以て意識の外のことだった。なんだかひどく恥ずかしいことをしていたような気になって、気を付ける、と苦々しく呟くと、師は、それは惜しいな、と言ってまた少し笑った。
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