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    saekihachi

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    柏真なれそめ話尻たたき進捗アップ

    ##本編軸
    ##SS

    やわらかく眩い朝(途中まで)ナツメ球の灯った部屋で目が覚めた。

    部屋を移動した記憶がない。柏木にすっかり世話を掛けてしまったな、と溜息をつき、目を凝らして時計を探すとまだ2時半を回ったところだった。明け方にも随分遠いと思うと再び瞼が重くなる。質のいい寝具が心地良かった。

    こうしてふかふかとした場所でぼんやりするのも久し振りだ。蒼天堀時代などは、あってもなくても変わらないような煎餅布団をいちいち敷くのも面倒で床の上に直に寝転んで眠ってしまうのが常だった。今になっても布団なんぞあるだけ重畳、無くても別に構わないと思っていたが、流石に羽毛のたっぷり入った布団というのは違うもんやなと半ば微睡みながら考える。
    こちらが畳で眠るのに、美麗は家に入り浸るようになった当時から嫌な顔をしていた。そのうち勝矢まで一緒になって習慣を改めさせようとしてくるので随分辟易したものだが、結局口うるさい二人に押し負けてわざわざ新しい布団を二揃い買いに行くはめになった。
    その布団も半年ほど前、家を引き払う際に処分してしまったが。

    思い出してしまった不眠の種に軽くなりかけていた頭がまた少し重さを増す。もっと早くに離れておくべきであったのに必要とされるままずるずると深入りしすぎてしまった、そのことへの後悔や反省の渦に頭の中を占拠されてどうにも余裕がない。
    ようやく距離を置き、これで良かった、と思った傍から美麗の人生が静かに崩れていくのを目の当たりにし続けて気が変になりそうだった。ここ何日か取り沙汰されているコンサート以外にも彼女の仕事が水面下で次々と白紙にされていることも、その理由が事務所の公表しているような“急病”などでないことも知っている。どうして俺はこうなんだ、とめちゃくちゃに喚きたくなるのを抑えつけるようにきつく体を丸めた。
    穴倉の中にいた時も、はじめの何週間かは同じような衝動に呻いたり喚いたりしていたような記憶がある。とても眠れるような精神状態ではなかったが、そうやって叫び散らしていると見張りが黙らせにやって来て、殴ったり犯したりして去って行く。そうして受ける仕打ちは図らずも――それが気絶であるとしても――ほとんど毎日、睡眠に似たものを齎してくれたのだった。

    殴り倒されてでも意識を失えるなら案外生きていけるものだ。自罰的な気分も相俟って三下共の相手をしていたが、どうにもむしゃくしゃしてつい手を出してしまう。
    柏木なら殴り返す前に終らせてくれるかもしれないと思ったのだが。
    柏木は強い。単純な身体能力だけの話ではない。喧嘩相手の攻撃とそれに乗せられた相手のすべてを跳ね返す頑強さ、受け流す柔軟性、あるいは受け止める度量。それらを併せ持ち、そして自らの拳に信条や精神性を乗せ、放つ力。喧嘩をしながらそういったものを感じる時、この男は強い、と思うのだ。あの意志ある拳で吹き飛ばされたまま眠るというのは悪くないと思った。もしかすると、時たま優しくしてくれる先輩に少し叱られてみたかったのかもしれなかった。

    静寂に耳を澄ますと扉の向こうからは小さく音楽が聞こえていて、微かな音を聴きとろうと集中すると少し気持ちが落ち着いた。何の曲かは分からない。インストゥルメンタルかと思ったが微かに人の声が混じっている気もした。ささやかな音楽が催眠術のように眠気を誘う。

    殴りつけるよりずっと柔らかい手段をとってくれた。漏れ聞こえる音を聴きながら嗅ぎ慣れた煙草の匂いのついた上等な毛布を抱えるといやに安心して、沈むように体を溶かしていった。




     やわらかく眩い朝




    路地につながる曲がり角に見覚えのあるバットが転がっていた。
    傍には切れたチェーンのネックレス。バットの横から引き摺られた血の跡が延び、薄暗い奥へ続いていた。ここ暫くいつ見ても昏い顔をしているこのバットの持ち主がボロボロになって倒れでもしているのではないかと覚悟しながら跡を辿ると、その男は例の昏い顔のまま、伸されたチンピラ共を見下ろしていた。

    「真島」
    「ああ、柏木さん」

    すまんな、と一言謝る。脈絡がないが、おそらくこちらのシマで暴れたことへの謝意なのだろう。
    見回りだと思ったのかもしれない。
    何かあったのかとずっと気になっていたことを訊ねると、質問の意図が伝わらなかったようで、カツアゲしとった奴らシメただけや、と返ってきた。

    「そうじゃなくて、お前に」

    ひでえツラしてるぞ、と言うと、苦しそうに顔を歪ませて、いや、なんにも、と絞り出すように答える。

    「なんにもないわ」

    案外優しいよな、あんた、と言ってブロック塀に寄りかかる。

    「殴ってくれんか。俺のこと」

    “なんにもない”ね、と思いながらちらりと横顔を見る。
    何の理由があってお前殴んねえといけねえんだよと言うと真島は、桐生チャンみたいな事言うなや、と渋い顔をした。
    横に並んで煙草を差し出しこちらも一本咥えると、相当参っているだろうに反射のようにライターを近づけてくるので、まめなやつだな、と少し可笑しくなる。
    吸いきるまでお互い何も喋らなかった。

    「なあ」

    吸い殻を踏み消した真島がぽつりと口を開く。
    こちらからは眼帯しか見えないが、一瞬、視線をこちらに寄越した気配がした。
    しばらく逡巡したような間の後で、小さく、抱き潰してくれてもええで、と呟く。思ってもみない台詞に一瞬虚を突かれかけたがその声にはさっきの「殴ってくれ」と全く同じ自傷めいた色しかなく、平常心に努めながら、荒れてんな、とだけ返した。

    「そういう気分なんや」

    吐き捨てるように言う真島を見遣りながら煙草を塀で揉み消し腕を組む。
    相変わらず右側の目は死角にあったが、火を貰う時に一瞬見えた酷い隈が気がかりだった。遠からず組を持つような話も聞く。見ようによっては地位ある人間らしい凄みが出たのだと言えなくもないが、どうしても初めて言葉を交わした時の精神の安定を欠いた姿が重なって思い起こされた。
    僅かに眉尻を下げているのが叱られた犬のようで、つい不用意に手を差し伸べてしまう。

    「うち、来るか?」

    自分から言ってきた癖に「本気か」という表情を浮かべて見てくる真島に、後のことは後になってから考えるよ、と断りを入れる。

    「まあ……酔い潰してやるくらいのこたあできんだろ」

    来るか?と再度訊くと、小さく頷いた。

    気色の悪いことを言うな、とでも言って突き放すべきだったのかもしれない。
    ボロボロの姿で事務所へ乗り込んできた真島と拳を交えて数年。ともすると女よりも男の方に目を惹かれそうになる悪癖を抑えつけながら知人付き合いを続けてきたが、言い聞かせるように定めていた“気に掛けている若い奴”という位置付けが自分の中でもはや意味を成していないということには薄々気付きはじめていた。
    女を抱けないとは思いたくないが、ここ何年か、その努力をするのを面倒に感じていることは確かだ。真島という男に惹かれかけている、と正面から認める事には抵抗があったが、今回家に招いた理由のうちに多少の下心が含まれていることは否めなかった。真島の荒みようを見ると浮き立つような状況はでないにも関わらず、この珍事に多少なり気分が昂っている。悪い傾向だ。

    タクシーでは上座を譲ろうとしてくるので無理やり奥の席に押し込んだ。
    不満げな顔をするのを無視して運転手に行き先を伝えると諦めたように窓の外を眺め始める。先程のように眼帯で視界が遮られる位置の方が落ち着くのではないかと考えてのことだったが、余計なお節介だったかもしれないな、と反省しながらラジオの音に耳を傾けた。急病でコンサートを中止してしまったアイドルの体調が心配だ、というような内容の投書が読まれている。何日か前に事務所でもそんなニュースを目にした覚えがあった。ぼんやり聞き流していたが、消してもらってええか、という真島の一言で車内はエンジンとタイヤの低音に包まれた。
    外を流れる見慣れた景色とは裏腹に、揺れる度微かに真島の膝が触れる非日常に心がざわついていく。車内の沈黙に耐えかねて煙草に火を付け、一口吸い込んですぐに消した。
    車載の灰皿に前の客が残した吸い殻が丸まっているのを見て、ふと部屋が汚れていなかったかと不安になる。前に清掃業者を入れたのはいつだったか。落ち着きなく思考は巡り、何かつまみに出来る物は置いてあったろうか、と冷蔵庫の中身を思い出しながら流れ去る街灯に目を遣っていた。



    「帰る……」
    「1階までひとりで降りられんのかよ、お前」

    酔い潰すことはできると言った手前遠慮なしに酒を注いでいると真島は予想よりもかなり早く限界が来たようだった。
    ついさっき日付が変わったところだ。家に来てから2時間も経っていなかった。やはりと言うべきか、飲みながら話していた内容から推し量るにどうやらここ数日碌に寝ていなかったらしい。“仕事に関わる事ではない”ということ以外結局のところ真島の身に何があったのか具体的なことは分からず終いで、女だろうか、という邪推が頭を過る。半年程前に離婚したらしい前の女と何か揉めでもしたものか、あるいは新しい女でもできたのか、と詮索じみた想像をしかけて自戒した。

    寝とけ、と言ってベッドに連れて行ってもまだもごもごと文句を垂れている。ほとんど寝言だな、と無視を決め込んで離れようとしたが、スラックスを軽く引かれて立ち止まる。

    「……抱かねえぞ」
    「分かっとるわ……」

    踏み入りすぎるのは良くないと思いながらも眠そうに目をしょぼつかせている真島につい絆され、眼帯を外そうともたついているのを手伝ってしまう。艶のある髪が指先を擽るのに心を波立たせないよう努めながら紐を解き、ヘッドボードに置く。初めて見る左の眼窩は痛々しく落ち窪み、瞼は完全に癒着してしまっているようだった。ベッドの縁に腰掛け煙草をふかしながら盗み見ると、真島は体を丸めて毛布を握り締めていた。

    暫くそうしていると寝息が聞こえてきたので、起こさぬように離れた。どこまでも非日常だ。ソファで眠るしかないことを差し引いても今夜は寝付けそうになかった。



    *



    天下一通りを行く通行人がちらちらと自分を視界に入れては目を伏せ足早に立ち去っていくのを感じる。このいかれた格好の男が公衆電話に肘を凭れて通りを睨み続けているのだから当然の反応だ。10分程立ち続けている間に近くでティッシュを配っていた女もどこかへ行ってしまった。
    追っかけのようやな、と思いながら風堂会館のドアを見ていると錦山彰がポケットに片手を入れたままビルを出てくる。2、3歩通りへ歩いたところでこちらに気付き、うわ、と眉を顰めた。

    「よお、錦山やないか」

    逃げられないうちに素早く歩み寄り、カツアゲでもするように肩を組む。軽薄な調子で、元気か?そのスーツおニューか、わりと似合っとるやん、結構ええやつなんとちゃうか、と矢継ぎ早に話しかけるとあからさまに「面倒な奴に捕まってしまった」という顔をされた。

    「桐生ならいませんよ」
    「今日は桐生チャンとちゃうねん」

    錦山の肩に腕を回したまま事務所の窓を見上げ柏木のオッサンおるんかと訊ねると、柏木さん?と一瞬警戒した目を向けられたが、私用やと素っ気なく答える。

    「別に取って喰おう言うんやないわ」



    あの日の翌朝、居間に入ると柏木は立ったままテレビを見ていた。もうすっかり出掛ける支度を済ませていて、こちらが来たのに気付くと電源を落とし、よく寝てたみてえだな、と暢気な声を出す。

    「着替え、取りに入ったの気付かなかったろ」
    「……すまんな、居座ってもうて」

    いいさ、そのつもりで呼んだんだ、と言いながら引き出しを漁る。
    投げ寄越したものを受け取ると、この家の鍵のようだった。

    「お前、まだ時間余裕あるか?」
    「まあ、あんたよりは」
    「じゃコーヒーでも飲んでけ。淹れてあるから」

    出てくときは鍵締めてポストん中入れてけ、と言うだけ言って靴を履こうとしているのを呼び止めたが、忘れてた、という顔で「眼帯、ベッドんとこに置いてあるぞ」と言って本当に出て行ってしまった。
    顔に手を当てると、確かに左目はむき出しの状態だった。

    広い部屋にひとりになる。
    一言くらい昨日の非礼に言及されるかと思ったが、柏木があまりにも普通にしているので何だか拍子抜けしてしまった。
    昨日も彼はこちらの抽象的な愚痴とも譫言ともつかない話に詳しいことは何も訊こうとはしなかったし、結局自分がしたことといえば、彼のボトルを雑に空けて一晩ベッドを占領したことだけだ。どう考えても迷惑だったはずなのに、それでもなお客分として扱ってくれる彼の懐の深さを改めて実感する。

    ——抱き潰してくれてもええで。
    ——……荒れてんな。
    ——そういう気分なんや。

    不意に柏木とのやりとりを思い出し自分自身に失笑する。あれについても結局ろくに触れられなかった。そんな風に言ったところで穴倉の見張り番のように嬉々として相手に乱暴を働くような類の男でないことは承知していた筈なのに、ささくれた気分のまま礼を欠いた態度をとってしまった、と後悔する。

    暫くの間、温めなおしたコーヒーをシンクに凭れて飲みながら「これもキッチンドランカーと言うんかな」などと適当なことを考えつつぼけっとしていた。カフェインが沁み込むと、久し振りに充分寝たからかあるいはいつもと違う環境にいるからなのか、何だか頭の中に空きがあるようで久々に清々しい気分になる。
    ふと、昨日流れていた曲はなんだったろう、とコンポの脇に並べてあるCDやLPを眺めてみたが、知らない海外の名前ばかりでどれが何だかよく分からなかった。



    その後連絡を寄越した勝矢が、美麗を大阪へ呼び寄せることも考えている、と言った。大阪芸能に移籍させることも一つの手段だと。事務所の意向とはいえ実際に仕事の急なキャンセルを続けてしまっている以上、大阪芸能に移ったところで——そもそも新興の小さな事務所だ——今後業界からの厳しい目が続くことは避けられないだろうが、勝矢なら意地でも彼女の道を切り開こうとしてくれるだろう。
    何にせよ、もう今の自分にしてやれる事など何もない。彼女は彼女の人生を立て直そうとしていて、信頼のおける男が彼女を気に掛けてくれている、それだけを信じて自分も普段通りの生活に戻るべきなのではないか。自分一人取り乱していても仕方がない、と、半月近く経ちようやくそう思えるようになっていた。

    そんな余裕ができた理由の一端が柏木が何も訊かず酔い潰してくれたあの夜にあることは間違いないのだが、あれ以来、柏木とは顔を合わせる機会を持てずにいる。
    単に忙しいのか、内心もう懲りたと思われているのか。
    今回の礼をさせてほしいと書き置きに電話番号を残してきたが、結局今まで連絡は来ずじまいだった。

    「……柏木さんなら外回って直に昼飯行ったそうです。俺も用があって来たんですけど……」
    「行きそな店、分かるか?」


    (続)
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