Part of your Heartさらさらと風が木々を撫でる音に目を覚ました。虫の声が耳に心地いい。
この部屋でウェドと一緒に眠るのにも慣れてきた。
ウェドがザナラーンに部屋を買ったと聞いた時は驚いた。住むところになんて全然関心がなくて、そのうえラノシア方面の仕事をメインにしているはずなのに…
しかも俺に一緒に住まないか、なんて言ってくるものだから、嬉しさと信じられなさとで咄嗟に言葉が出てこなかったほどだ。
とはいえあの廃船を手放したわけではなく、最近はさらにもう一つの拠点として、ウェドの知り合いだという大きなロスガルの男がミストヴィレッジの家を貸してくれる予定になっているらしい。
ザナラーンのこの部屋は、俺とウェドだけの新しい「隠れ家」といったところだろう。場所をわざわざこっちにしてくれたのは、俺のことを気にしてくれたのかな、とも思う。
部屋の中は砂都形式の作りで、お風呂もベッドもどことなく懐かしさを感じるものばかりだ。
すぐ隣に感じた暖かさに身を寄せる。ウェドは眠り方の行儀がいい。寝返りをうってもほとんど位置が変わらないし、布団を蹴り飛ばしてるところなど見たことがない。寝息もすやすやと静かなものだし、一緒に寝ていると俺の方が夜中に蹴っ飛ばしたりしてないかと心配になってしまう。
星明かりに照らされた肌に、いくつも傷跡が浮き上がっている。俺はなんとなくいたずら心にその一つに指を沿わせ、ゆっくりとなぞった。
ウェドが僅かに身じろいで、俺の方へ頭を傾げる。
綺麗な青い瞳は、瞼の裏に隠れて見えない。
胸がきゅっとするような愛しい気持ちが溢れてきて、閉じられた唇に触れた。
突然、ぽろぽろと涙を流して泣いていたウェドの姿が頭をよぎって、出会って間もない頃にウェドが溢した言葉を思い出した。
──俺は実は人魚なんだ。魔女に頼んで、足をもらったのさ──
人間に恋をした、人魚の悲しい物語。
声を代償に人の足をもらった人魚は、しかし自分の命が泡となって消えることのないように、次は愛する者の命を捧げなければならなかった。
彼は生き残った。愛した家族や、妹の命と引き換えに。
彼は生き残った。恋した少女の命を犠牲に。
あの時、おどけてみせたウェドの表情は見えなかった。
俺の事を励ますために、他愛のない冗談を言っているんだと思った。
…でも、今思えば。
目の前で海に落ちて死にかけた俺を抱えて、ウェドは何を思ったろう。
あの寒い中、自分が濡れているのにも構わず、髪も乾かさずに俺を介抱し続けていたウェド。
震える俺を包むようにして、ずっと暖めてくれていたウェド。
…本当はとても、怖かったんじゃないだろうか。
だから、あんな物語に自分を重ねて、自分自身を皮肉って。意識的なものかはわからないけど、自戒してたんじゃないだろうか。
俺が目の前でアルに連れて行かれた時、きっとすごく苦しかっただろう。
俺がわがままを言って危ない思いをした時、きっと気が気じゃなかっただろう。
ウェドが俺を愛してくれてるって知ってから、思い返せば彼につらい思いをさせていただろうことがたくさんある。
俺はもう一度、昔の話をしてくれたあの夜ウェドに誓った言葉を噛み締めた。
「ウェド…」
もう怯えないで。
自分で自分を傷つけないで。
俺、ウェドを想えば今よりずっと強くなれるよ。
あんたのことが、大好きだ。そばにいても、離れていても、誰よりも、何よりも、ウェドが好き。
だから、笑って生きていてほしい。俺の隣で、ずっと。
近くを流れ落ちる小さな滝の音を聴きながら、ウェドの緩く跳ねた灰茶の髪を撫で、そっとキスをした。