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    Ydnasxdew

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    Ydnasxdew

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    シーナあらわる

    #WT

    Maelstrom西ラノシア、シリウス大灯台付近。
    幻影諸島の隠れ浜に、ウェドは静かに降り立った。波の音がやけに遠く感じる。
    「言いつけは守ったようだな。いい子だ、ウェド」
    低く気怠げな声と共に、背後の岩陰から赤い影が姿を現した。ウェドはゆっくりと向き直り、少しの挙動も見逃すまいと体の力を抜いて睨みつける。
    「気安く呼ぶな、アルダシア・ガラム。お前に従ったつもりもない」
    「だがお前はここへ来た。取引に応じる気はあるんだろ」
    「…確信に足るものが無いのなら、ここに用はない」
    アルダシアはわざとらしく大きくため息をつき、鼻で笑って見せた。
    「証拠を見せろというやつか。なに、今にわかるさ。お前にはどうあれ手を…いや、その身を貸してもらう」
    アルダシアが口の端を吊り上げると同時に、背後から小型の球状をした装置が二つ、雷気を放って飛び出した。ウェドは瞬時に地を蹴り身を翻すと、宙を舞う球の絶え間ない雷撃を躱していく。
    「っ…!」
    「おぉ、小鳥がよく逃げ回る…だが」
    突然ウェドの足元の砂が大きく跳ねた。ハッとして顔を上げた先で、銃を構えたサリアが微笑んでいる。
    「籠の中でどれだけ暴れようが無駄だ。毎度考えが甘すぎるんだよ、お前は」
    「く…!」
    狙撃に気を取られたウェドの肩を雷撃が襲った。そのまま雷気の鞭に腕を絡め引かれ、拘束されてなすすべも無く地に膝をつく。
    「帝国と小競り合いがあった焦土に転がっていたものだが、ゴミにしては使い勝手がいいな」
    「あーあ、可哀想なウェド。これからどんな目に遭わせられちゃうのかしら」
    「無駄口を叩くな、サリア」
    「ごめんなさぁい」
    アルダシアは余裕の足取りでウェドへ近づくと、片手で乱暴に顎を掴んだ。
    「お前を虐めて遊ぶのもこれで最後になるかもしれん。何か言い残した事はあるか?」
    「吠えてろクソ野郎」
    鈍い音を立て、アルダシアの手の甲が勢いよくウェドの頬骨に叩きつけられた。口の中にじわりと鉄の味が広がっていく。
    「…まったく学習しないな、これだから躾のなってない野良犬は嫌いだ。おっと」
    アルダシアが立ち上がり、波打ち際へと目をやった。水の跳ねる音がする。ウェドは以前にも感じたなんとも言えない嫌な気配に、背筋から肌が粟立っていくのを感じた。
    「よう、お望みの『証拠』がやって来たぜ。あれがシーナ・ナーガだ」

    青白く仄めき揺らぐ波間に、いくつもの人影が現れた。背丈も体格もさまざまな男たちに囲まれた白い姿の女…シーナは、海水を滴らせながらゆっくりとこちらへ近づいてくる。
    星影に揺れる銀髪、青白い肌は海蛇のような鱗が覆っており、怪しく光る金色の瞳と暗色の青い唇が艶やかに際立って見えた。美しさと不気味さを兼ね備えたその異形の姿に、しかしかつての面影を見出したウェドは震える声で呟く。
    「…本当に…シーナ、なのか?…っ⁉」
    シーナの瞳を捉えた途端、激しい頭痛と動悸がウェドを襲った。胸に下げたペンダントが怪しく光を放ちはじめ、頭の中で得体の知れない声が響き渡る。ぐらりと回転する視界に、ウェドはきつく目を閉じた。頭上で話しているはずのアルダシアの声が、遠く歪んで聴こえる。

    「やぁ、良い夜だな、シーナ・ナーガ…お前の欲しがっていたものを土産に持ってきたぞ。ここ最近、手下に俺の事を付け回させて殺そうとしていただろう。俺はもう用済みか?悲しいね」
    シーナはそれに応えず、ただ静かに微笑んで佇んでいる。アルダシアはウェドの髪を掴み、シーナの方へ顔を向かせた。
    「話に聞けば、今お前はこの男に随分とご執心だそうだな。ずっとこいつを監視していたんだろ? …最後の取引だ、シーナ・ナーガ。俺はこいつをお前に引き渡す。そのかわり、もう俺の命を狙うのをやめろ」
    シーナはそれを聞いているのかいないのか、ただウェドをじっと見つめ、ほうと息をついて相好を崩す。
    「…ちょうど迎えに行こうと思っていたところだったのよ。私のウェド…可愛い甥、立派になって…思った通り、父親に瓜二つね」
    ここへ来て初めて発された、シーナの艶かしくねっとりとした声。ウェドはかろうじて目を開き、揺れる視界の中にシーナを捉えた。途端、再び激しい頭痛が襲ってくる。

    『甥』という言葉を聞いたアルダシアが眉根を寄せて身構えた途端、地面の砂から触手が飛び出し、アルダシアとサリアを捕らえた。
    「チッ!」
    「きゃっ!何よこれぇっ⁉」
    「アルダシア…悪いけど、どうあれ貴方には死んでもらうわ。裏切りは大罪よ」
    「なに…?」
    「私が知らないとでも?貴方はあの薬でウェドの魂を穢し、自分の物にしようとしたじゃない。商売に手を貸し、海の加護まで与えてあげたこの私を裏切って、私の大事なウェドに手を出した罪…貴方の魂を捧げて贖いなさい」
    「はぁ⁉何よそれぇ!アルダシア!早く逃げよう!このおばさん頭オカシイよ! …っ痛い!」
    サリアが喚き立てると、蠢く触手がアルダシアとサリアの身をより強く締め付けた。シーナはゆったりとアルダシアの前へ歩み出ると、腰につけたベルトからガラスの小瓶を取り出し、蓋を開けて眼前へ差し出す。
    「貴方はウェドとよく似てる。支配的な強い意思の力を感じるわ。でも貴方の魂は醜く濁りすぎて昇華させられない。だからそのエーテルだけを寄越しなさい」

    シーナの冷たい声が放たれた次の瞬間、その横をビュウと音を立てて何かが掠めていった。それはウェドを拘束していた球状の装置をまとめて破壊し、支えを失ったウェドの体躯がその場に崩れ落ちる。シーナとアルダシアたちの間を割って、砂煙が上がった。
    「今度は何よぉっ⁉」
    皆が目で追ったその先で、金糸の束が揺れる。
    巻き上がった砂を払い姿を現したのは、ウェドの身体を支えながら斧を構えたテッドだった。
    「君…どうして、ここが…っ」
    「それはあと!…あんた、何者?」
    テッドはシーナとアルダシア、両方に牽制しながら後退さる。
    「私はシーナ…ウェドの愛する海の大精霊、女神そのものよ」
    「…は?」
    「ぐっ、あ…!」
    「ウェド⁉」
    シーナの言葉に、ウェドが頭を抱えて苦しみだした。直接脳を震わすかのような不快な声。身体が熱を持ち、呼吸が荒くなっていく。
    「ふふ、精霊の声が聞こえるでしょう、ウェド?ああ、今まで長い時間をかけて痛め付けて待った甲斐があったわ。もう少しよ。貴方の祈りが、貴方自身の魂を昇華させるまで…」
    「気色の悪い海蛇女が…!お前は自分の甥を怪物にしようとしていたというのか…!」
    「怪物?違うわ。私だけのテンパード、〝精霊の遣い〟よ…」
    アルダシアが絞り出すように苦々しい声を出すと、シーナは恍惚とした表情で言葉を返し、悠々と語りだした。

    *****

    シーナ・ト=ウェル…かつてそう呼ばれた少女は、島に言い伝えられる海の大精霊・大いなる女神に歪んだ信仰心を抱き、ついには自らを女神と同化させようと禁忌を犯して故郷を追放された。
    だが、彼女は諦めなかった。
    数年後、人知れず再び島へ戻った彼女は女神との融合を果たす。その融合は不完全なもので、島の人々をテンパード化させるには力及ばず、妖異と化した人々は殺し合った後に泥のように地へ溶け消えた。
    その後のシーナは完全な女神となるため、信者を増やし、力を得ようと動いていた。持ち前の話術と妖しい魅力で悪漢や弱者を誑かし、自分を信奉するものを集めて、女神のテンパードとする─即ち、魂を昇華させる実験を繰り返した。
     しかしどれも完全な昇華には至らない。信者に祝福を与え一時支配しても、肉体は徐々に脆くなっていき、いずれ崩壊していく。集めた信者を海の大精霊のクリスタルに祈らせても、力は一向に満ちなかった。
     そんな時、彼女は見つけたのだ。
     惨劇から逃れ、海上で保護された〝特別な魂〟を…

    *****

    「何度も人体実験をしてわかったわ。普通の人間では私への祈りが足りないのよ。だからあの島でただ一人生き残った貴方を見つけた時は運命を感じたわ。今、この世で貴方だけが、大精霊である女神への信仰心を貫いているのですもの…でも迎えに行くのは後にしようと思った。深い絶望や危機を与えて育てれば、貴方の魂はより私への愛と祈りで満たされる…強い祈りの力が蓄積されていく。そして今、その時が来た。祈りの対象である私と邂逅して、貴方は昇華されはじめた。生まれ変わった貴方の力と、卑しい男どもに捧げさせた魂を使って再び精霊を降ろせば、今度こそ私は完全な女神になれる!」
     シーナは笑い声をあげながら、少女のようにはしゃぎ、その場でくるりと回って見せた。
    「私と貴方は一つになるのよ。あの島で生まれ、この世に存在する最後の男と女…大精霊たる女神を降ろすのにこんなに相応しい器があるかしら?二人が一つになることで、私は究極の愛をも手に入れる!ああ!もう少しだわ…世に蔓延る濁った魂の愚民どもを精霊の遣いに昇華させて、世界が私への愛で満ちるまで!」
    「ふざけるなッ!お前だったのか…!お前が故郷を…大切な人を、家族を…っ!…っく、うう…!」
    鳴り止まない声が、ウェドの頭に響き渡る。ふらついたウェドの身体を、テッドが両腕でしっかりと支えた。
    「あら、利用して何が悪いの?だって私は大精霊…貴方達の崇める女神なのよ」
    「ディアス!これでわかっただろう、そのイカレ女を殺せ!」
    アルダシアが叫ぶ。と、隣で拘束されていたサリアの身体がシーナの目の前に引き寄せられた。
    「きゃ…!」
    「まだ抗うのね…なら今この女の魂を力に換えて、停滞していた貴方の祈りと魂の枷を解き放ってあげる。さぁ、母なる大精霊に身を委ねなさい」
    「その子を離せ!っあ、がっ…!」
    「っ⁉ しっかりして、ウェド…っ!」
    テッドの腕をすり抜け、ウェドは頭を抱えて跪き苦しみだした。シーナはそれを横目に、サリアの頭を鷲掴みにして詠唱を始めた。
    「何、なんなの…嫌、離して!力が…抜けてく……!嫌ぁ!助けて!アルダシアぁっ!」
    サリアが必死に目を向けた先で、アルダシアがいつの間にかナイフで触手を切り刻み自身の縛を解いていた。そして目が合う間も無く、その姿は転移魔法の残滓を残して消えた。サリアのまだ幼さの残る顔に、絶望が広がる。
    「…や、だ…なんで…?やだ、嫌…しにたく…ない…」
    「やめろッ‼」
    「ウェド!」
    テッドが静止する間も無く、ウェドが地を蹴ってサリアに飛びつき、シーナの腕と触手の縛から無理やり引き剥がした。その瞬間、青く眩い光が爆発したように一瞬辺りを照らしだす。軽い眩暈を覚え頭を振ったテッドの視界の端で、ウェドとサリアの身体が砂浜を転がり、瓦礫にぶつかって止まった。
    「ウェド!サリアっ!」
    テッドが二人の元へ駆け寄るのを、シーナは笑みを浮かべて眺めている。サリアは青褪めた顔で、虚空を見つめていた。慌てて胸元に耳を当てると、まだ弱々しくも心臓の動く音がした。
    ウェドがすぐ横でのそりと起き上がる。テッドは安堵の息を吐き、取り落としていた斧を手渡しながら囁いた。
    「ウェド、大丈夫?怪我はない?…彼女、まだ息がある。一旦退いて…ウェド…?」
    ──様子がおかしい。
    テッドが気付いた次の瞬間、ウェドは手にした大斧をテッドに向けて振り下ろした。がきん、と重い金属同士がぶつかる音が響く。テッドは直前で身を翻し、代わりに刃を受けた斧の柄から火花が散った。すぐにサリアの身体を抱きかかえ、背後に飛び退る。
    「なっ⁉どうして…!」
    「魂が解放されたのよ」
    シーナが満足げな笑みを浮かべ、取り巻きを引き連れてウェドの首に腕を巻きつけた。
    「あは!ああ…なんて美しいの…!もう少しよ…あと少しで…その身体、その心、その魂、その命!全て!全て私のものとなる!」
    ふ、とこちらを見たウェドの表情からはあらゆる感情が抜け落ち、瞳には暗い水底に映るような怪しい光が揺らめいていた。それに呼応するように、胸元が青く光っている。
    (ウェドの、ペンダント…?)
    テッドがハッとして自身の左手を見る。指輪に光る小さな石も同じように、緩やかに明滅していた。
    「テッド。貴方の事は知ってるわ…清く、美しく、眩い光。…その魂、素晴らしい価値がある」
    シーナはウェドの頬をするりと撫でると、細い指先で唇に触れ、深く口付けた。

    「…はっ⁉何すんだよ!」
    「あの子の魂を持ってきて」
    命令されるまま、ウェドがゆっくりとテッドに向かって歩を進める。テッドはサリアを背後の岩陰に凭れさせ、斧を構え直した。
    気を落ち着ける間も無く、瞬時に間合いを詰めてきたウェドの乱撃がテッドを襲った。手合わせの時なら加減もしてくれる。だが目の前のウェドは、本気でテッドに襲いかかってきていた。防戦一方のテッドの腕が、一撃一撃に痺れ震える。
    「ウェド…っ!目を覚まして‼」
    必死に名前を叫ぶ。だが攻撃の手は緩まず、テッドの身体が後方へ弾き飛び、岩にぶつかって地に落ちた。
    「がっ…!あッ」
    「諦めなさい。彼はもう私の虜。私だけが、彼をコントロールできるの。さあ…私に魂を捧げるのよ」
    「…いやだ!」
    叫ぶと共に、テッドは魔力の鎖でウェドを拘束し引き寄せ、思い切り殴りつけた。
    「ウェド…思い出してよ…!あんたは俺を諦めなかった。何があっても、絶対に諦めなかった…!そのあんたを、俺が諦めてたまるもんか‼」
    「いや、諦めろテッド。そいつはもはやお前の知る男ではない…魂を奪われた、空虚な人形だ」
    乾いた銃声がした。ハッと音の方へ目をやると、シーナの背後に硝煙の燻る銃を構えたアルダシアが立っていた。
    「俺の勝ちだ、シーナ・ナーガ」
    シーナの口の端から、こぼれた血が滴り落ちる。
    「あは…あはは!ああ!アルダシア、愚かな男!」
    「何…⁉」
    シーナはくるりとアルダシアを振り向く。撃たれたはずの背後の傷が、パキパキと音を立てて剥がれ落ち消えていく。
    「言ったでしょう。私は大精霊…女神そのものだって」
    テッドが驚きに目を見開いた瞬間、頬に衝撃が走った。ウェドがテッドを殴り飛ばし、そのまま凄まじい速さでアルダシアへと躍り掛かる。
    アルダシアはどこからか取り出した大槍を振ってウェドが放った一撃を躱す。薙ぎ払われた槍の一閃を、ウェドは素手で受け止めてアルダシアの身体を蹴り飛ばした。
    「グゥ…ッ!小僧…!」
    「アルダシア、貴方も諦めて私に魂を捧げなさい…どこへ逃げたとしても必ず見つかるわよ。貴方は一度私の加護を受けた。海が、川が、雨が、水が…例えどこにいても、貴方の居場所を教えてくれるわ」
    シーナの取り巻きの男たちが、それぞれに武器を構えてアルダシアに襲い掛かる。アルダシアが急所を的確に貫いていくと、その骸は悪臭を放ちながらドロドロと崩れて消えた。テッドは吐気を覚えるような光景に頭を振って気を張り直し斧を握ると、ウェドに向かって走り出し大きく振りかぶった。
    「…っぐ‼」
    背後をとったというのに、ウェドはまるで見えていたかのようにテッドの斧の柄を振り向きざまに握って振り回した。テッドの身体が吹き飛ばされ、サリアのいる岩に叩きつけられる。間髪入れずに近づいてきたウェドの腕が、テッドの首を掴んで押さえた。
    「ぐ…がはっ……ウェ、ド…ぉ…っ!」

    苦しい。涙が溢れてくる。
    目の前にあるのは、まるで知らない人間のようになってしまった大好きな人の顔。
    それでも。

    「…俺、は…諦め、ない…!」
    「グッ…、ガァッ…」
    突然、ウェドが先ほどのように苦しみ始めた。テッドは咄嗟に、その身体を強く抱き締める。

    「ウェド!しっかりして‼︎」
    「あァ…テッ…ド…!」
    名前を呼ばれ、ハッと目を合わせる。そこにはテッドのよく知る、青く穏やかな優しい瞳があった。
    「…退、け……退くんだ、テッド……ぐ、あ、あぁアっ!」
    ウェドがテッドをサリアの上へ突き飛ばし、ついで何かを放り投げる。
    「っ!…これは…!嫌だ!だめ!ウェドォッ!」
    悲痛な叫びとエーテルの残滓を残して、テッドとサリアは強制転移装置で幻影諸島から弾き出された。
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