親世代妄想もの 夫の江楓眠が汚い浮浪児を拾ってきた。これからは養子として迎え入れるという。それを伝えると、彼は仕事に戻って行った。最後に言った言葉は、「少しの間君に任せる。仕事が終わったら、すぐに迎えに来る」だ。もちろん「すぐに迎えに来る」は目の前にいる元浮浪児に対してだ。
──なるほど。
「金珠、銀珠」
昔から私に仕える二人の名を呼ぶ。
「はい、夫人」
「何なりと」
私は蓮花塢の女主人としても、眉山虞氏の娘としても相応しい威厳のある声で言った。
「この者に、水攻めを行うわ」
目の前の子どもは恐ろしいものを見たかのように震えたけれど、金珠と銀珠は顔色ひとつも変えずにただ一言、是と言って全てを受け入れた。
「金珠は湯、銀珠は布類を」
「すぐに用意致します」
私の指示を受け動き出した二人に目を向けることなく、少し動けば虱が飛んできそうな子どもを見る。跳ねた髪に艶は無く、汚れたままの頬は寒さからではなく、新しくできた擦り傷が赤くなっていた。足にできた切り傷は膿んでいて、見ているだけで痛々しい。襤褸布を纏った体はやせ細り、煤でも被ったように黒ずんでいる。指で触れたら、その指はすぐに汚れるだろう。同い年で五日違いのはずの我が息子阿澄とは似ても似つかない境遇にあったことは、どれだけ悪い頭を持っていたとしても分かる。
──こんな子どもが。
私が鼻を鳴らすと、子どもはまたびくりと震えて、下を向いた。私が怖いのだ。
「お前は、名前は?」
子どもが顔を上げる。体がどれだけ汚くても、その顔の作りは幼いながらも整い、その中でも印象的な湖のような虹彩は澄み切って、汚れは一つもない。嫌な女を思い出させる。そんな女は、この子どもを産み落とし、数年足らずで死んだ。本当に嫌な女だった。見た目と力だけは誰よりも良くて、中身は女らしさの一つもないただの山猿。礼儀の文字を踏みつけることを生きがいとしているように見えた。江楓眠がこの子どもを連れてきた時、確かに彼はこの子どもの名前を口にしたが、私が問うたのだから、自分でもう一度名乗るのが礼儀だろう。やはりあの女は自分の子どもに礼儀を教えられなかったらしい。
子どもはじっと私の目を見る。私という人間を見定めているかのようだ。だがそれは無礼である。何故下の立場の人間が、上の立場の人間を何の許しもなくそう長く見るのか。しかも、目を!ああ、本当にあの女そっくりだ。あの女も、最初こうして私を見た。
「口が利けないのね?分かったわ、名乗らなくていい」
どうせ浮浪児の時に誰とも喋らずにいて、声を落としてきたのだろう。そのような話は少なくない。
「……ぁ、ち、がいます」
掠れた声が子どもから出た。子どもはそう言うと、こほこほと乾いた咳をして、見よう見まねなことが分かる、大変不格好な拱手をした。
「僕の名前は、魏嬰……」
ああ、そう。魏。そんな男と結婚したんだった、あの女は。
脳裏に蘇ったのは、よく笑いよく騒ぐ嫌な女と、その女を優しい目で見つめる静かな男。二人を飽きずに眺めるのは江楓眠で、忌々しく鼻を鳴らし、息を吐くのが私。そんな私の手を引っ張って、江楓眠の隣に立たせた女は、私のことを──。
「虞姐姐!」
私のことをそう呼ぶのは、あの子だけだ。私が眉根を寄せて振り向くと、走ってきていた彼女は顔を輝かせ、下ろしていた私の右腕に手を伸ばし、ぎゅうと抱きついた。
「蔵色散人、お前はもう少し慎みをもったらどうなの?」
掴まれていた手を払い、腕を組んで蔵色散人を見る。彼女は「慎みー?」とだらしのない声を上げた。私の隣にいた幼馴染は、顔を顰める。
「よくもまあ、貴女のような子が山を下りてきたこと。山に戻れば?」
「絶対に嫌!山は狭いしつまらないもの」
「ああ、戻れないんだったわね。さすがの抱山散人でも、貴女のような弟子はお断りに決まっているわ。慎みも礼儀も知らない女人なんて、ただの猿だものね」
幼馴染がそう言うと、蔵色散人は声を上げて笑った。白い歯が赤い唇から見え、下品だった。
「口を隠しなさい」
私は注意したけれど、蔵色散人は決して治すことなく、笑ったまま言った。
「猿!猿だって!あははは!うん、うん、猿だよ猿。猿相手に礼儀も何も無いじゃない!なのに真面目に注意しちゃって、姐姐たちは随分と厳格なのね!藍の血でも引いていたりする?ふふ、ふ、あはははっ!」
「誰が姐姐よ!」
「阿鳶、もう行きましょ。巻狩りの時間が減るわ」
「ええ、そうね」
幼馴染と共に、それぞれの侍女を背後に従え、剣を持って山道を行く。今日はとある世家主催の巻狩りのために、私たちはここに来たのだ。いくら礼儀知らずな女でも、蔵色散人はあの抱山散人の秘蔵の弟子だから招待されたのだろう。まだ巻狩りは始まったばかりとはいえ、狩っているものは既に三頭は狩っているはず。私たちは、女人であっても屍も妖魔も容易く倒せるのだということを仙門百家に知らしめなくてはならない。こんな女に構っている暇などないのだ。
「えぇっ!待ってよ、あたしを一人にするつもりなの!?」
「そうよ。一人で狩りをしなさい」
「やだやだやだー!一人は嫌よ!だって一人だと──」
その時、がさりと近くの茂みが揺れた。陰の気は感じなかったはずだが、野生の動物だろうか。私と幼馴染は剣を構える。ここで侍女たちが武器を構えないのは、この巻狩りに参加しているのは私と幼馴染であって、彼女らではないからだ。蔵色散人は余程自分の腕に自信でもあるのか、剣を構えていない。それがとても気に触った。
「お前、何をしているの!構えくらいとりなさい!」
「いや、だってさ──」
「蔵色殿!」
「──ああ、もう、まただよ……」
蔵色散人は疲れたように額に手を当て、項垂れた。
茂みから出てきたのは、妖魔でも屍でもなく、巻狩り主催の世家の若公子だったので、私たちは剣を下ろした。若公子は私と幼馴染を見ると拱手し、そして蔵色散人に向き直った。蔵色散人はイヤイヤと子どものように首を振り、私の後ろにいた金珠銀珠のさらに後ろに隠れた。それでも若公子は構わないのか、蔵色散人の名前を呼んだ。
「蔵色殿、共に行動しましょう。私が貴女のために、多くの獲物を狩ってみせます!」
ならこうしている間にも狩りに行けばいいだろうに。
「貴女のためならば、私はどんな妖魔にも立ち向かえましょう!必ずや、この山に放ったものたちの中でも一番強い妖魔を貴女の前で狩ってみせます!そして、それができたらどうか──わ、我が妻に!」
なるほど、どうやらこの若公子は、蔵色散人に熱を上げているらしい。その蔵色散人といえば、金珠銀珠の後ろで「うわうわうわ、絶対無理。ああいうのが一番無理。恋に恋してるんじゃないの?あー、無理。そもそもああいう人間は好きじゃないのよ、ぺっぺっぺっ、ここが師匠の山だったら今頃素っ裸にして木に吊るせたのに!」とぶつぶつ言っていて、若公子に脈は完全に無い。ここまでくると、若公子が哀れだと思う。
若公子はどれだけ蔵色散人を思っているか、どれだけ蔵色散人が美しいかを詩を引用しながら語り、ついにはその場で詩を作り出した。あまり上手くない詩で、聞いていて恥ずかしさを覚えるほどだったが、その情熱には目を見張るものがあった。だが、これらは全て他人事であり、私と幼馴染に一切の関係はない。
「何で私たちはここにいるの?」
「それもそうだわ」
幼馴染に言われ、私は頷く。侍女を連れて離れようとすれば、蔵色散人が銀珠の腰にしがみついた。銀珠はもちろん離そうとしたけれど、蔵色散人は彼女以上の力で抵抗した。さすがの銀珠も眉間に皺を寄せている。
「やだ!あの男とここに置いて行かないで!あの男、鼻だけが犬で生まれてきたに違いないわよ、だってあたしのいるところにすぐ現れるんだもの!お願いここにいてよー!もうあんただけでいい。名前知らないけど。あんただけでいいからー、ねぇー」
銀珠は私に目を向けた。どうすればいいか聞いている目だ。私は苛立ちながら蔵色散人に言った。
「お前、私に無礼なことをしないでくれる?」
「は?虞姐姐には何もしてないじゃん」
「お前が今抱きついている銀珠は私の侍女よ。私の侍女に無礼なことをするというのは、私に無礼なことをするのと同じなのよ!」
「はぁ?意味分かんない!銀珠は銀珠、あんたはあんたでしょー?」
幼馴染が「あのね!」と強い口調で言葉を挟んできた。
「少なくとも仙門百家が治める土地には人の社会が根付いているのよ。貴女はもう抱山散人の山から下りたのだから、人の社会に順応すべきだわ。いつまで貴女のいた山での常識を引きずっているつもりなの!」
「うぐ……たまには鋭いこと言うじゃないの……」
「自覚があるなら直しなさい!……って、たまにってなによ!?この小娘っ!そこに直りなさい!私を誰だと思って──…………?」
地面が揺れ、幼馴染の声が止まる。怪しい風が吹き始め、青い空を灰色の雲が覆い隠していく。間違いない、妖魔が出たのだ。それも、この近くに。
「蔵色殿!」
「うわ、まだいたの」
「私がついておりますので!」
お前がついていなくとも、その子は安全よ。
私は下ろしていた剣を構え直し、どこから妖魔が出てきても直ぐに対処できるようにした。隣の幼馴染もそうだ。さすがの蔵色散人も剣を抜き、背後に庇おうとする若公子の尻を蹴って突き放し、構えを取る。
「あっちか」
蔵色散人が西の方角を見る。事前に確認した地図によれば、向こうには川があったはずだ。
「音でも聞こえたの」
「微かにね。さすがに姑蘇藍氏ほどじゃないけど……そうそう!姑蘇藍氏といえば凄くかっこいい男ばっかりって本当!?」
「お前はっ!!集中っ!!しなさいっ!!」
真剣な顔をして西を見ていたはずが一転、蔵色散人は無邪気な顔で言うものだから、私はつい大きな声でそう言ってしまった。すると、岩を砕いたような音がして、次に木々が折れていく音が響いてきた。
「阿鳶の声のせいかしら」
幼馴染が揶揄う様に笑って私を見た。
「どうかしら。偶然かもしれないわよ」
木々が揺れ、目の前から消え去り地面に落ちる。現れたのは、巨大な馬腹だった。馬腹というのは川に住む妖魔で、主に人を食べる。体は大きく虎のようだが、頭は人間のそれと同じで、見ているものの精神を害するほど気持ちが悪い。加えて鳴き声は人間の赤子と聞き間違うほどであり、その声を利用して住んでいる川に人を誘き寄せることが多い。目の前の馬腹は頭や体からところどころ血を流しており、先程聞こえた岩を砕いたような音は、もしかしたら馬腹が硬い何かにぶつかり壊した音なのかもしれない。
軟弱な若公子は早くも戦線離脱気味で、女のような悲鳴を上げていた。対して蔵色散人は瞳を輝かせて、新しい玩具を与えてもらった幼子のようにはしゃいでいる。それには幼馴染も引いており、「何あの子……」と一歩、元々離れたところにいた蔵色散人からさらに遠ざかった。
「いいじゃない、いいじゃない、そうそう、こんなのがいいのよ!あはは、気持ち悪い〜!……ん?」
蔵色散人は何かに気がついたようだ。
馬腹はその場からあまり離れようとせず、体を上下に動かして何かを落とそうとしていた。その場で暴れるので、馬腹の足が着いている地面は私たちのいる地面より一段低く、常に砂埃が舞っていた。そして馬腹が体をぐるりと捻った瞬間、こちらからは見えていなかった馬腹の背中から、二人の少年が落ちてきた。背中は傷だらけで、一番出血が酷い。少年たちがやったのだろう。彼らは上手く着地すると、馬腹の前右足を同時に剣で切りつけた。馬腹の鳴き声が響き渡り、若公子はその気味の悪い鳴き声に、ついに気絶した。こんなのが中小とはいえ一仙門の跡取りかと思うと、今後の修真界が心配になってくる。
「あれは彼らの獲物かしら」
幼馴染が言う。私は「かもしれないわね」と頷いた。
「だけど、私たちにだって、あれを獲物にする権利はあるわ」
「さすが阿鳶。それじゃあ私は後ろ足」
「じゃあ私は背中を」
「ええ……って、小娘ッ!!」
蔵色散人が私と幼馴染よりも早く飛び出し、馬腹の目玉に剣を突き刺した。馬腹は視覚を奪われたことにより倒れ、痛みからのたうち回った。砂埃は、舞うというより吹き荒れる砂嵐のようで、容赦なく私たちの肌を攻撃した。砂埃の向こう側で、蔵色散人は暴れる妖魔の首に狙いを定めていた。獲物を取られてはまずいと、私もそこに飛び込んだ。幼馴染の「阿鳶!?」という声を背に、私は剣を振るう。よく磨かれた私の剣先が馬腹の首に突き刺さるが、それ以上は刺せず、一度剣を抜くことにした。しかしそれを馬腹が大人しく待っているわけがない。私の剣が突き刺さったのは蔵色散人の剣が突き刺さったのと、少年二人が馬腹の右前脚を切り落としたのと同時であり、その瞬間、馬腹はこれ以上にないほど暴れたのだ。私と蔵色散人は剣の柄から手を離し、共に馬腹から離れた。暴れる馬腹の頭に、黄色い札が飛ぶ。飛ばしたのは蔵色散人だ。札が額に張り付くと、馬腹は動きを止めた。
「あれは……」
「ほんの少しだけ動きを止められるやつ。持ってきておいて良かった!おーい、そこのお兄さんたちー!はやく倒しちゃってー!そいつは譲ってあげるからーぁっと、手が早いなぁ。もう首切り落としちゃってるよ」
蔵色散人の言う通り、馬腹が動きを止めた瞬間、少年の一人が首を切り落とし、もう一人の少年が彼と肩を組んで喜びを分かちあっていた。
幼馴染が私たちのもとへ駆け寄る。私の隣に立った彼女は、「あれは、江氏じゃない?」と言った。
「江氏って、雲夢江氏?侠客が先祖の?」
「少しは勉強しているようで何よりだわ、小娘」
少年二人が、私たちを振り返る。一人は優しそうというくらいで特に特徴も無いような顔をしていたけれど、私は何故だか目が離せず、もう一人の方を見ることができなかった。彼らは私たちのもとに近寄り、拱手した。私たちも拱手を返し、私が目が離せない彼へと口を開こうとしたその時。
「…………好き!!」
さすがの私も「は?」と呆けた声が出た。
脈絡のない言葉を放ったのは蔵色散人で、彼女は乙女さながら胸の前で手を組みながら、私が目を離せなかった少年の横に立つもう一人の少年に近づき、もう一度「好き!」と言った。
「好き、好き、好きだわ!かっこいい!」
その少年を見れば、寡黙そうに固く閉じた唇は薄く、鼻筋はすっきりとしており、目は切れ長で、確かに顔立ちは整っていた。その少年の隣にいるために、私が目を離せなかった方の少年は余計に顔を目立たなくさせてしまっている程だ。だかよく見てると、その少年も顔に不快に思わせる要素はなく、むしろ好ましい……と考えている間にも、蔵色散人の場も弁えない告白は続く。
「正直私から見れば弱い部類に入ると思うけど、うん、うん、世間的に見たら強いんじゃないの?その世間もあたしにはまだよく分からないんだけど!でも安心して、あたしが鍛えてあげるし、守ってあげちゃうから!ねえねえ、あんた名前は?あぁ!待って!当てるから。えーと、雲夢江氏なのよね?ん、土埃被って分かりにくいけど、よく見たら本当に紫の校服着てる!これは間違いないわね。そっちのは、江氏の公子ね?そういう雰囲気だもの。気品っていうの?があるよね。あたしにはよく分からないけど。で、あんたはその公子と一緒に行動していて、戦いの最中の息が、会話を交わしている様子はないのによく合っていた。となると……魏長沢!あんた、魏長沢でしょ!家僕から門弟となり、大師兄にまで上り詰めたっていう、巷で人気の寡黙美少年!」
長い言葉に返ってきたのは、短い言葉だった。
「ああ、私は魏長沢だ」
蔵色散人は当たったことに喜んでいるのか、返事をしてくれたことに喜んでいるのか。きゃあきゃあ騒ぐと、魏長沢の右手を両手で取ると、そのまま自分の胸へと導いた。視界の端に移ったそれに、私は思わず声を出した。
「恥知らずな!」
「この恥知らず!」
幼馴染と私の声が重なった。非難の声をもろともせず、蔵色散人は甘えた声で魏長沢に話しかける。
「ねえ聞いて、あたしの鼓動の音!早いでしょう?これはね、あんたと出会って、あんたがあたしに言葉を返してくれたからだよ。ねぇ、魏長沢、哥哥、あたしのお婿さんにならない?」
咳払いをする音がひとつ。
「お嬢さん、長沢が固まってしまっている。その……女人が無闇に人に触れるものではないと、私は思うよ」
「は?誰よあんた」
甘えた声は途端にいつもの調子に戻った。蔵色散人の甘えた声は正直鳥肌が立つものだったので、助かった。
「私は江楓眠。先程君が推測していただろう」
「あー……ごめん、忘れてたわ」
なんて無礼な!相手は江家の公子だというのに。
私は蔵色散人をキツく睨むが、蔵色散人はそれに気づかず、江楓眠の苦笑を受け取っていた。
「ああ、そうだ。山の外では身分っていうのが大事だったわね。この場合はあんたに許しを得ればいいの?」
「長沢と婚姻することかな?」
「そうに決まってるでしょ!ねぇ彼すごくかっこいい!さらに固まっちゃうなんて可愛い!魏長沢、長沢、魏哥哥〜ぁ、ねぇ聞いてる〜?」
また気色悪い声を出して!
私は鳥肌を鎮めるため、二の腕を摩った。
蔵色散人は魏長沢の袖を握ってみたり、彼の長い横髪を触ってみたりしながら、熱の篭もる視線を向けていた。江楓眠は一つ息を吐く。
「顔だけでそう決めたのなら、お引き取り願おう」
江楓眠は、静かな声でそう言った。優しい顔立ちなだけに、その声は意外さを含み、頭の中にすぅっと入って離れなかった。さすが五大世家の一つ、雲夢江氏の跡取りだ。彼は人を支配する側らしい力があった。彼に命じられた人々は頭を垂れて「是」と言う他無い。
しかし蔵色散人はどこまでも規格外な女だった。
「人間を知るにはまず見た目からよ。そこから中身を知って、どちらに好きの重石を置くか決めるの。見た目から好きになるなんて、そうそうないことよ!」
胸を張ってそう言った彼女に、江楓眠は再び苦笑を見せた。先程から蔵色散人に対してばかり表情を変えるのが気に食わない。五大世家程でなくともそれなりの世家の娘である私や幼馴染を放って、抱山散人の弟子とは言っても、結局はただの親無しの田舎娘でしかない蔵色散人にばかり構うのは、一公子としてどうなのだろうか。
「」
魏長沢と想いを交わしたことを虞夫人に告白する蔵色散人。
初めて会った時の思い出話をする蔵色散人と虞夫人。
出会ってすぐ、汚れていた蔵色散人を水攻めする(お風呂に入れる)虞夫人。
駆け落ちするように去っていった蔵色散人を陰から見送り、達者で、と言う虞夫人。
そして「今」に戻り、魏嬰を風呂に入れる。
雲夢江氏のものとして、清潔を保ちなさい!と言う。
終わり。
……となる予定だったらしいけど、細かいシーンが思い浮かばなくて書くのをやめてしまった。