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    omaenozirai2

    @omaenozirai2

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    omaenozirai2

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    死者に好かれる魏無羨みたいなの書きたかったらしい。全てが迷子。全部全部分からない。

    忘羨と死者と江澄と 魏無羨は昔から死者に好かれていた。
     例えば幽霊。彼らは浮浪児として彷徨っていた頃から魏無羨に危険が迫れば教え、嫌いな犬が来たら追い払ってくれた。
     例えば屍。彼らは退屈で死にそうな魏無羨と追いかけっこをしてくれたり、隠れんぼをしてくれたりした。
     例えば怨霊、怨念。彼らは魏無羨に危機が迫れば、過激的に危機に、その元凶に、牙を剥いた。
     修士として生きていくのならば、この体質を利用すれば邪道と呼ばれることは理解していた。そのため魏無羨は江家に引き取られた早い内から体質を隠し、誰もそれを知ることはなかった。
     しかし、射日の征戦前に乱葬崗に落とされ、怨霊や怨念たちに命を助けてもらった時だった──。
     ──あいつ許せないんですけど!
     少女の怨霊が高い声で怒鳴る。
     ──魏無羨、あいつの一族皆殺しにしていい!?
     すると、他の怨霊たちも同意し、彼らの声は多く、大きくなっていった。
     魏無羨は確かに温氏を許せないが、江夫妻の遺品を持ってきてくれた温寧や、江澄に金丹を移してくれた温情もいる。彼らのように罪のない温氏もいるはずだ。一族皆殺しは望まないと、魏無羨は首を振る。怨霊たちは「魏無羨がそう言うなら……」と頷く。
     ──でも、やっぱり許せない!悪いことした温氏は皆殺しってことでいい!?
     蓮花塢と雲深不知処を焼かれて温晁らを憎んでいた魏無羨は、それに頷いた。そして、怨霊たちは魏無羨のためにと動くようになり。結果、怨霊たちを侍らせる魏無羨は、鬼道を修めたと言われるようになった。

     ……と、いうのから二十年近く経った現在。魏無羨が藍忘機の道呂となって数年が経過していた。何年経っても新婚のように甘やかな二人。魏無羨はこの命尽きるまで、そうであると思っていた。
    「藍湛なんか、知らない!」
    「待って魏嬰!」
     そうであると、思いたかった。
     改良した伝送符を使い、一瞬で雲深不知処から遠い、蓮花塢近くの林の中へと出る。改良したもののため、霊力をごっそりと持っていかれることはないが、それでも疲れてしまったため、魏無羨は木の幹に背を預け、ずるずるとしゃがみ込んだ。迷子の子どものように膝を抱えて、ずびっと鼻を啜る。そうすると出てくるのは涙で、いくら瞬きしても引っ込んでくれることはなかった。
    「藍湛の馬鹿、馬鹿野郎、人たらし、顔面国宝、阿呆……くそ!全然罵れないじゃんか、藍湛の阿呆っ」
     苛立ち紛れに地面を蹴ると、蹴った場所がいきなり盛り上がり、土竜が地面から顔を出すように、性別の判別がつかない泥に塗れた青い顔がひょこりと出てきた。間違いなく屍だ。死者に好かれて云十年、夷陵老祖と呼ばれて二十年近く。魏無羨が目の前の存在に驚くことはない。
     顔だけ出した屍は、その視線だけでどうしたのかと問うてくる。それほど強い屍ではないのだろう、話すことができないらしい。
    「聞いてくれよ屍ちゃん!」
     魏無羨は屍の視線に応えた。口を開いて出てきたのは、逃げ出してきたばかりの雲深不知処でのことだった。
     珍しく巳の刻前に起き、藍思追と藍景儀をからかったあと、暇を持て余して敷地内を彷徨いていると、愛する夫……ではなく、彼によく似た藍曦臣がただ立っているところを見かけた。閉関して久しい義兄ではあるが、最近は藍家内の重要な場になら出てくることもある。ということは、今からなにか重要なことがあるのだろうか、それとも終わった後なのだろうか?好奇心を抑えることを苦手とし、衝動的なところがある魏無羨は、早速藍曦臣に近寄った。あと少しで声が届く距離だという時、ただ立っているように見えた藍曦臣の目の前に、背の曲がった老人がおり、老人と何かを話していることに気がついた。慌てて近くの柱に身を隠し、聞き耳を立てる。老人の額に巻かれた抹香と着ている着物から見るに、あれは姑蘇藍氏のたぬき連中もとい長老の一人に違いない。以前行われた家宴でも見たような覚えがある。
    「曦臣、忘機にも言ってはくれないか。先ほども他の長老たちと言ったが──」
     藍湛?
     魏無羨の聴覚が鋭くなった。
    「──忘機本人が見合いを了承し、一夜を過ごすと言ったのにも関わらず、婚儀を挙げず、挙句ご令嬢は娶らないなど、姑蘇藍氏の名が廃るとな」
     その瞬間、魏無羨からありとあらゆる音が消えた。脳内は静かで、心臓も本当に動いているか怪しいほど鼓動が聞こえない。血は頭の天辺からさぁっと下がり、身体中が寒気を訴え始めた。
     寒い。温めてもらわないと。
     ──嘘だって、言ってもらわないと。
     魏無羨は足早にその場を去り、仕事中の藍忘機のもとへと向かった。
     藍忘機は以前夜狩りで遭遇した凶屍について書いていたらしい。突然やって来た魏無羨に藍忘機は驚くこともせず、歓迎してくれたが、魏無羨は扉を開けたまま入り口の前に突っ立って、美しい顔を見て口を開閉してばかりだった。藍忘機は筆を置いて、魏無羨のそばに寄る。
    「どうした、魏嬰」
    「……」
    「何かあったのか」
     優しい声だった。表情も滅多に変わらない彼にしては珍しく気遣わしげで、声もその顔も全て自分以外に向くなど到底許せるものではなかった。
    「……違う、よな」
    「魏嬰?」
    「俺がいるのに、見合いを了承したとか、一夜を過ごすとか、嘘だよな」
    「……」
     姑蘇藍氏は嘘を禁じている。否定しないということは、無言であったとしても肯定しているということだ。
    「しかも、婚儀を挙げない、娶らないときた。俺がいるからだろ?嬉しいよ。でも見合いをして一夜を過ごすんだな。吐き気がする」
    「魏嬰、私は」
    「やだ!聞かない!お前の言葉なんか聞くもんか!」
     藍忘機は自分を愛している。それは知っている。この体だけでなく、魂にまで刻まれている。大方、うるさい長老たちを静めるために勧められた見合いを了承し、一夜を過ごすと言ったのだ。子どもを設ければ、跡継ぎ問題を無視して男と結婚したということに、もう口を出さないはずだから。だが、それでも自分に何も言わなかったこと、相談せずに全て決めたこと、自分以外の誰かとそういう行為をすると決めたことが許せなかった。
    「藍湛なんか、知らない!」
     だから、止める声も無視して、雲深不知処を逃げ出した。
     事の顛末を屍に話し終えた頃には、魏無羨は膝に顔を埋めていて、もう何も見たくない、聞きたくないと目を瞑り、耳を塞いでいた。
    「俺に知られないようにしたかったのかな……確かに知らないままだったよ。俺が夜狩りでいない時に全て終わらせるつもりだったのかも。……せめて何か言ってくれたら、俺だって……」
     膝がぐっしょりと濡れて気持ち悪い。それでも涙を止められないのは、夫のせいだ。
     冷たい風が吹いて、肩を震わせる。そういえば、いつの間にか温度が下がっていた。それに何やら強烈な臭いもする。空気も酷く悪いし……。
    「あ!?」
     慌てて顔を上げると、そこには何十体もの屍がいた。屍だけでなく、幽霊までいる。怨霊がいないだけマシだろうが、こんなところを人に見られては夷陵老祖とバレてしまうかもしれない。少しは印象が良くなってきたとはいえ、世間からすれば夷陵老祖は未だ悪なのだ。夷陵老祖とバレたせいで宿の一つも取れないなんてことにはなりたくない。しかし、着の身着のまま出てきてしまったので、そもそも財囊を持ってきていなかったことに気づき、魏無羨はがっくりと肩を落とした。こうなったら紫電で打たれることを覚悟で蓮花塢に行くしかない。
     ──話は聞きました。
     一体の幽霊が言った。屍と違い、幽霊は弱くても喋ることのできる者が多い。
     ──仲間の情報から、凄い速さで剣を使い空を飛ぶ白い服の人がいるようです。ここにも、すぐに辿り着いてしまうかも……。
    「それは藍湛だな。多分」
     ──ならば私たちが足止めをします。
     幽霊の言葉に、他の幽霊も屍たちも頷いた。
     ──貴方を蔑ろにした人間を、私たちが貴方に近寄らせない。
    「えっ?」
     ──ですからどうか、蓮花塢へ。
     先ほどから喋るこの幽霊は、数体の屍の後ろに立っていて姿が隠れてしまっていた。何故幽霊が蓮花塢を出したのか気になった魏無羨は立ち上がって、幽霊へと近づく。景色が透けて見える体は、紫色の着物に──校服に、包まれていた。間違いなく、雲夢江氏の校服だ。それにその顔。魏無羨には見覚えがあった。射日の征戦前の蓮花塢襲撃で命を落とした子弟の一人だったのだ。
    「なんで、お前が……!」
     ──ずっと大師兄のことが心配でした。公子……いえ、今ではもう宗主となった彼のことも。他にも、あの日死んだ江氏子弟の幽霊はいますよ。ただ姿を現さなかっただけで。
    「だからって……なんで成仏しないんだよ!俺が祓って──」
     ──いいえ、私たちはそれを望みません。貴方と宗主が幸せにこの世を旅立つまで、決して成仏など致しません。
    「お前……」
     ──そのために、私たちは成しましょう……あの含光君を追い返すことを。さあ早く、蓮花塢へ!
     魏無羨は涙を乱暴に袖で拭うと、死者たちに拱手した。
    「感謝する」
     そして死者たちも拱手を返す。
     ──全ては江家のために。
     多少疲労は残っていた。それでも魏無羨は走り出した。走って、走って、林を抜け、川に出て、船渡しを見つけると蓮花塢まで乗せてもらい、魏無羨は川路を行くのだった。
     蓮花塢につくと、当然船頭に金を要求された。魏無羨は少しそこで待ってくれるように頼み込み、門番をしている現子弟たちに言って蓮花塢の中、試剣堂へと入れてもらった。魏無羨の存在は、ここ三年程で江氏子弟にも受け入れられていた。
     試剣堂にはかつての虞夫人のように紫電片手に子弟たちを鍛える江澄がおり、魏無羨は江澄のもとに走って行った。江澄の目の前に着いた時には吐く息も荒く、疲労が酷く溜まっていた。体力が無いせいでもあるが、藍忘機との間に起きた諍いによる精神的疲労の方が多かった。魏無羨には憎まれ口しか叩くことのない江澄ではあるが、さすがに普段と違うことに気づくと、「どうした」と尋ねた。
    「江澄、頼む……」
    「何があった」
     深刻そうな面持ちの元義兄に、江澄の表情も険しくなる。彼の眉間に皺が二本増えた時、魏無羨は口を開いた。
    「金を貸してくれ!」
    「断る!」
     子弟たちの苦笑が聞こえてきた。彼らに魏無羨がムッとして睨むと同時に江澄も睨み、子弟たちはひゅっと喉を震わせて、鍛錬に戻った。
    「で、何の金だ。お前には含光君という立派な財囊がいるじゃないか」
    「…………」
     含光君。その名前で魏無羨の様子が変わる。肩は震え、目線は下を向き、顔は青ざめた。
    「お前、含光君と何があった!?」
     魏無羨は江澄に肩を揺さぶられながら、死者たちのことは抜いて、ぽつぽつと今日のことを話した。そして何故金が必要なのかを知ると、江澄は懐から財囊を出して、魏無羨に持たせた。
    「さっさとその船頭に渡して戻ってこい。部屋は用意させておく」
    「ありがと」
    「お前から聞くその言葉は気持ちが悪いな。とっとと行け!」
     背を押されたまま再び走り出し、蓮花塢外で待ってくれていた船頭に金を渡すと、蓮花塢へと戻った。江澄は家僕に何やら指示をしていた。指示を出し終わったのを見計らって、魏無羨は声をかける。
    「江澄」
    「戻ったか」
     魏無羨から財囊を受け取り、話を続ける。
    「今、部屋を用意する指示を終えたところだが、時間はかかるはずだ。それまで何処かぶらついてろ」
    「うん」
     頷くがどこかに行く様子を見せない魏無羨に、江澄は背を向け、試剣堂へと足を踏み出した。逡巡するのをやめて、魏無羨は遠くなっていく背中に聞いた。
    「祠堂に入ってもいいか?」
    「今更なことを聞くな!」
     一度も振り返らずにそう答えられ、魏無羨は笑う。「そうだな!」と返し、祠堂へと向かった。
     祠堂に入ると線香を上げ、深く礼をする。その後は周りに誰もいないことを確認して、義両親と義姉の位牌に向かって話し出した。今日のこと、これからのこと。
     藍忘機を嫌いになるなんて難しい。けれど、自分以外を抱いた彼を、自分は以前のように愛せるだろうか。
     不安げであり寂しげである声を聞くのは、既に成仏してここにはいない死者の位牌のみ。返事があるはずなんてない。ただ線香の煙が、風もないのに魏無羨の頭を撫でるように動いただけだった。
    「そういえば、さっき師姉たちに話した幽霊になった江氏子弟たちが、俺と江澄が幸せに旅立つまでは成仏しないなんて言ってたんだ。師姉たちは知ってた?……ふふふ、嬉しいよな。いつもは姿を隠してるんだってさ」
    「ほう?」
    「うわっ」
     突然聞こえた声に驚き、振り返れば、そこには江澄がいた。彼は腕を組んで入口の柱に肩を預け、魏無羨を見ていた。逆光で表情は分かりにくいが、口角が上がっているのは見えた。
    「いつからそこにいたんだよ」
    「つい先程からだが?それで、幽霊だのという話は、俺は聞いていないが?」
    「うっ……だって話しにくいだろ!その、昔の江氏子弟の話はさ……」
     気まずい思いで、つい視線を逸らす。すると目に入るのは義両親の位牌で、魏無羨の脳裏には、全てが変わったあの一夜が浮かび上がる。倒しても倒しても出てくる敵、熱い炎、崩れる屋根、赤に染まる紫の衣、焼け落ちた江の旗と九弁蓮、誰のものか分からない銀鈴が爪先に当たった音。
     ふん、と鼻を鳴らす音が魏無羨を現実へと引き戻す。
    「……まあいい。酒でも飲めばお前のことだ、話すだろう?」
    「酒……それって──」
    「部屋の用意ができたらしい。この俺直々に案内してやるんだ、さっさと立て」
    「おう!」
     江澄の横に立ち、用意された部屋に向かう。着いた部屋は、客室というにはあまり使われていないように見えるし、そもそも客室が並ぶ区画から離れている気がする。卓の上には大量の酒甕が置かれており、杯は二つ並べて置いてあった。予想が当たり、魏無羨の口角が緩む。
     まったく、こいつはいつまでたっても素直じゃない。
    「江澄、忙しい宗主様でも、酒の一杯を飲む暇ぐらいは作れるだろ?」
    「一杯しか飲めないとでも?三甕空けてやる」
    「じゃあ俺は五甕空ける」
    「ふん、六甕は余裕だな」
    「はは、言ったな!」
     卓に着いて、早速甕の蓋を外す。最初は上品に杯に注いで飲んでいたが、すぐに二人は杯を使うのをやめ、甕から直接酒を飲み始めた。
     江澄は今日の残り一日を空けたに違いない。何だかんだ言って、懐に入れたものに甘い男なのだ。再び懐の中に入ったことを再確認し、魏無羨の酒を飲む速さも増す。魏無羨はそう簡単には酔わないが、今日は普段と違って精神が弱っていたため、彼の頬は赤く染まり、締まりのない笑みを浮かべるという、まさに酔った風貌になってしまった。そして江澄が言った通り、話していなかったことを──死者たちについてを話した。死者に好かれるというのには眉を顰めたが、かつての雲夢江氏の子弟の幽霊の話になると、その眉も下がり、顔を片手で覆った。震えた肩が、少年の頃と重なって見えた。酔いからくる涙でも、震えでもない。抑えきれない感情を、荒々しい息に変えて吐き出すと、江澄はぽつりと言った。
    「そうか」
     次に鼻を啜る音がする。魏無羨は持っていた甕を置いて、「うん」と頷いた。
    「……あいつらを成仏させるためにも、俺にはやるべきことがたくさんあるな」
    「そうだな、お見合い成功とか」
     自分で言って、気分が落ち込む。
     藍忘機は、魏無羨を愛しているにしろそうでないにしろ、見合いをする。そこにどんな理由があったとしても、ただただ嫌だった。
     あいつは俺の男だ!
     全ての人にそう言って回りたい。見合う女にも言ってやりたい。けれどできないんだろう、知ってる。あの長老たちも、他の家のものたちも、そう言うことすら許してくれないんだろう。
     大きなため息を吐く。酔っているせいで熱い息だった。
    「魏無羨、お前、藍忘機と別れたらどうだ」
     新しい甕を手に取って江澄が言う。彼もまた酔っていた。座った目で魏無羨を見ている。
    「姑蘇の長老ってのも気に食わない。こそこそしやがって」
    「それは俺も同じだ。でも」
    「おい魏無羨、相手は藍二公子だぞ。女と子どもを設けただけでハイ終わりなんて、できるわけがないだろう。結婚せずとも、女にそれ相応の援助をする。つまり、藍忘機はお前の知らん女と長い間関わることになる……間接的であろうとな。お前我慢できるのか?できないだろう。しかも相手は女だから、お前は手を上げられない。喧嘩してお互いに納得なんてできやしないんだぞ!」
     江澄は酒を一気に飲んで、ダン!と大きな音を立てて甕を卓に置いた。乱暴に濡れた口もとを袖で拭い、その手で「魏無羨!」と指差す。
    「子どもだって、お前育てられるのか?藍忘機にそっくりだとしても、どこかしらには必ず女から遺伝したものがある。それを、お前が平気な顔で受け止められるとでも!?」
    「それは俺が一番分かってる!」
    「分かっているのに別れないんじゃ意味が無いだろう!幸せになれない夫夫関係などやめてしまえ!これじゃあ、お前が会ったという子弟たちのためにも、お前のためにもならない!」
     お互いに立ち上がって睨み合う。魏無羨は胸元をギュッと握って叫ぶようにして言った。
    「絶対に別れたりするもんか!」
    「じゃあ何故ッ──」
     江澄の問いが、一つの声にかき消させれた。
    「魏嬰ッ!」
     それは部屋の外から聞こえた。しかし近くではない。どちらかといえば遠いが、蓮花塢内なのは間違いないだろう。
     姑蘇藍氏だろう、どんだけ大きいな声で叫ぶんだよ。
     なんでこんなに速いんだよ、可笑しいだろ。
     どうして来たんだよ、本当に俺のこと好きだな。
     今は会いたくない。何を言われても酷いことしか返せない気がする。
     会いたい。
     荒波にも似た思いが脳を埋めつくし、握りしめていた胸元の向こう、心臓が痛みを感じる。魏無羨の足が、入口の方へ向かおうとしては戻るを繰り返し、足音が近づいてきてようやく、入口へと向かった。
     「お止めください」「お引き取りください」と子弟たちの焦った声が、扉の向こうから聞こえる。扉が開かれると、その声たちは揃って「ああ!」と野太い悲鳴を上げたが、魏無羨に聞こえたのは、切羽詰まったような、大好きな人の声だけだった。
    「魏嬰……っ!」
    「藍湛……」
     藍忘機は酒の匂いに眉を顰めることなく、魏無羨に近寄ると、抱きしめようと腕を伸ばした。しかし、その腕は鞘に納められた剣によって拒まれる。魏無羨も藍忘機もその剣を知っている──江澄の剣三毒だ。
    「藍忘機、貴様……」
     藍忘機は「居たのか」という風に江澄をちらりと見ると、腕力をもって三毒をどけた。そして今度こそ魏無羨を抱きしめた。魏無羨は抱きしめ返そうとするも手を持ち上げられなかった。
    「魏嬰、魏嬰。離れていかないで」
     耳に吹き込まれる懇願の声に、涙が滲む。
     そこまで言う癖に、なんで。
     そんな言葉が心に浮かぶ。
    「貴様、誰のせいで魏無羨がここに来たと思っているんだ!」
     藍忘機は江澄の言葉に答えない。それに苛立ち紫電にその名の通りの紫色の雷を纏わせ、三毒の柄を持つ。
    「相当顔面の皮膚が厚いようだ!」
    「待ってくれ江澄!」
     鞘から剣が引き抜かれる音がして、魏無羨は声を上げた。藍忘機に固定されて頭を動かせないまま、江澄に続けて言う。
    「少し、藍湛と話をさせてくれ」
    「……ああ分かった」






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